『声』


「ねえ、セブルス。君はリップサービスという単語を知らないのかい?」
「……何の話だ」

夜。壁と壁とにそれぞれ背中を預けて向かい合う。
部屋は狭い。だから視線もそんなに遠くへは飛ばない。

「だからさ。たまには「好き」とか「愛してる」とか言ってみないかってこと」
「何故そんな単語を言わなければならん」
「そりゃ、僕が聞きたいからさ」

顔をしかめたセブルスに、ジェームズは彼特有の笑みを向けた。

「いいじゃん。減るもんじゃないし」
「減るに決まっているだろう」
「え?」

初耳だ。
ジェームズは困ったように瞬きした。

「減るの?」
「減るとも」
「知らなかったな」
「私の神経をこれ以上すり減らす気か?」
「いいね。君の言葉は安くないわけだ」
「そうとも。お前の言葉はビーンズ一つよりも安いがな」
「言ってくれるね」
「自覚がないのか? それは重傷だ」

せせら笑うセブルスに、ジェームズは殊勝な表情を作る。

「一回でいいから」
「…一度きりだぞ?」

戯れを装って、彼は口を開く。

「―――やはり無理だ」
「おいこらちょっと待て。まだ一音も発音してねーだろーが!」
「言えんものは言えんのだ!」
「違う! 君には言う努力が足りない!」
「勝手に人の努力の程度を測るな! キサマなんぞにわかってたまるか!」
「わかんないよ! だから言えっつってんだよ! ―――わからせたいなら」

その一言にセブルスは押し黙った。
つられて、ジェームズも口を閉じる。

しばしの沈黙の後、石造りの狭い部屋に小さく声が響いた。