『無意識』
「あー旨いもん食いてぇ」
と最初に呟いたのはシリウスだったのだが。
「なに贅沢言ってるの、毎日おいしい食事が出るじゃない」
リーマスが冷たく突っ込む。
確かに、ホグワーツでは校長が杖を一降りするだけで、大広間の空っぽの皿の上にたちまちご馳走が現れる。
自炊嫌いのマグルからしてみれば羨ましい限りのシステムだ。
「そうなんだけどよ」
シリウスが寝ころびながら言う。
「やっぱさぁ、なんかこう、手の込んだ料理とか食べたいじゃん。高いものとか」
「シリウスってブルジョワ…」
「ハイソな名門出身者はこれだから」
ジェームズが唇をとがらせる。
「そういうお前ん家はどうなんだよ」
「いや…僕の家系はまだよくわからないんだよね。もうじき四巻も発売されるし、ここで迂闊に設定するのもどうかと思って」
眼鏡をすちゃっと押し上げながら言う。
「はい? (四巻?)」
「まぁ、そこらへんはハリーが成長してけばそのうち明らかになる謎でしょ」
「ジェームズ…一体何が見えてるのさ…」
「ハリーって誰…?」
リーマスとピーターが不思議そうに呟く。
「いやそれは置いといて。なんでホグワーツに家庭科の授業はないんだろうね?」
「えーと、似たようなのがあるからじゃない?」
ピーターが一本指を立てる。
「何? 何のこと?」
「材料を、刻んだり、煮こんだりするんでしょ? 料理って」
「あーなるほど」
「魔法薬学だね」
「それだ!!」
突然ジェームズが叫ぶ。
「それそれ。どーして今まで思いつかなかったんだろ」
「何一人で悦ってるんだよ。何か思いついたなら教えろって」
「ふっふっふ」
ジェームズは「何かたくらんでます」と言わんばかりに、腰に手を当てて笑う。
「さてここでグリフィンドールの皆様に問題です。僕らの学年で一番魔法薬学の成績がいいのは誰でしょう?」
「ボーナス問題だな」
「だって当然答えはスネイプでしょ」
「ちなみにこないだのテストでは、ジェームズが120点、セブルスが132点だったね」
そこまで言ってから、一同は嫌な予感に襲われた。
「ジェームズ…まさか、さ」
「自分で地雷原に踏み込むようなこと、考えてないよね?」
「死にてぇのかお前は」
「あーひどいな。じゃあ賭ける?」
「えぇ!? そこまで自信あるの?」
「僕しーらない」
「いや、俺は受けて立つぞ。ジェームズがスネイプの作った料理を食べられるかどうか。で、俺は無理な方に5ガリオン」
「食べられないに5シックル」
「同じく、即行断られるのに10シックル」
口を揃えて不可能だという友人達に、ジェームズは宣言した。元々障害が多いほど燃えるタイプである。
「僕はやるっていったらやるからね。覚えてなよ〜?」
斯くて「おいしいものが食べたい」というシリウスの願いは、ジェームズの手により、
「スネイプに料理を作ってもらう」という完全に見当違いなものへと変化してしまったのだった。
* * *
「相も変わらず常人には理解できない思考回路を持つ男だな、ポッター」
「いやぁ、そんなに褒められると照れるよ」
「誰が褒めとるか!」
友人達の推測通り、ジェームズの提案は一笑に付されただけだった。
しかし、その程度で引き下がるジェームズではない。
自慢ではないが口八丁手八丁には自信がある(本当に自慢にはならんな…byセブルス)。
「いやでもさ、セブルス。君、クリスマスにもバレンタインにも、随分手の込んだプレゼントくれるじゃない」
「まぁな。実は結構時間を割いているんだ。感謝しろ」
「うん。これで部屋中が小麦粉だらけになったり、一日中口から煙が出たり、新年まで眠りっぱなしとかいうことがなければ、もっと嬉しいんだけどね」
「私だって、開けたとたんに透明なヒキガエルが数十匹飛び出すとか、一晩中音痴な歌をわめき続けるノートとかでなければ、もっと嬉しいぞ」
「いやぁ。それは慣習だから」
「そうだな。慣習は大事にせねばな」
二人ともにこやかに、背には黒いオーラを発しつつもにこやかに、笑顔を作った。
「…あ。そうじゃなくて〜」
ジェームズは慌てて両手を振る。
「次のイベントは僕の誕生日じゃん? 僕、君の手料理が欲しいな〜と思って」
「何故お前に内容を指定されなければならないんだ」
「えーでも、誕生日ってそういう日じゃん」
「は? どういう日だって?」
「世界が僕のために存在する日」
「去ね」
「あ、いやいや、だからね〜」
あくまでジェームズは食い下がる。
「僕は君が嫌がらせのプロだと思っているのです、これでも」
「…ポッター。それは持ち上げているつもりなのか? まさか、本当に? 本気で?」
「……真顔で言うなよ。スネイプ」
「いやすまない。あまりにも陳腐で低レベルだったものだから、つい」
「……そこまで言うからには、君、僕の挑戦を受けてもらおうじゃないか」
「ほう?」
挑戦、という響きにセブルスは興味を持つ。
「僕は僕の誕生日プレゼントに料理を要求する! 君もプロならその指定の範囲内で僕に嫌がらせをしてみせろ!」
バーン、という効果音と共に、セブルスに人差し指を突きつけるジェームズ。
対してセブルスは、「む」と一度唸った。
しばらく思案するように沈黙するセブルスの制服をジェームズが引っ張る。
「ねぇねぇ、いいじゃない。そんな深く考えなくてもさ。いいって言ってよー」
「……お前、いつからそんなガキっぽくなったんだ?」
「え。でも僕らまだ子供なんですけど」
「あー…」
セブルスは深く溜息をつくと、「まぁいい」と答えた。
「え!?」
とこれにはジェームズが驚く。
「ホントにいいの? セブルス。料理って言ったら、食べられるもののことだよ? 毒が入ってたり、動き回ったり、口の中で爆発しないものを料理っていうんだよ? あ、あと幻覚作用があったりバーサーカー化するのもなしなんだよ? 本当にそんなもの作れるの?」
「貴様。どうあっても私に喧嘩を売りたいようだな…」
「うぅん。本気で心配してる」
「なお悪いわ!」
業を煮やしたセブルスは、持っていた教科書の角をジェームズに向かって振り下ろす。
「あっぶな〜」
「避けるな!」
「避けるに決まってるだろ、そんなの」
「覚えておけよ。貴様の誕生日に死ぬほど後悔させてやる」
言って踵を返すセブルスに、
「はーい。楽しみにしてまーす」
とジェームズは脳天気にも手を振ったのだった。
* * *
「はっはっは。だから言ったろう? 僕に不可能はないって」
鬼の首でも取ったかのように高らかに宣言するジェームズに向かって、シリウスが言う。
「だけどよー、ジェームズ。賭けの内容はお前がソレを食べられるかどうか、だったよな〜?」
「もらうだけじゃダメだよね。しっかりと、それを食べて、飲み下してもらわないと」
「勇気あるな〜ジェームズって。流石グリフィンドールだよ」
「君らさ…なんとなく最近僕に冷たくない?」
ジェームズはちょっぴり恨みがましく友人達を睨んだのだった。
* * *
そして誕生日当日。
様々な信奉者(シリウスに言わせれば物好き)からのプレゼントを受け取りつつ、ジェームズは運命の時を待った。
「…わざわざグリフィンドール寮まで来てくれるとは思わなかった」
セブルスの姿を見て目を丸くする。
「まぁ、一生に一度くらいは悪くないだろう。ほら、約束の嫌がらせだ」
「なんか変な会話…」
物陰からピーターが呟いた。
スネイプが苦手(というか怖い)彼は、早々に人混みの外側に避難している。
「で、マジこれ食う気?」
「そうしてもらわねば困るな。それを見届けるためにグリフィンドールくんだりまで来たのだから」
「お前…案外暇人だよな」
「何を言うか。暇人なのはお前らの方だろう、ブラック」
「いや、ぜってーお前の方が暇人だって」
真顔でシリウスが突っ込む。
「で、食べるんでしょ。ジェームズ?」
リーマスが促した。
「う、うん…」
ジェームズが包み紙を開けると、箱の中にはクッキーが入っている。
「見た目は普通だな」
「うん。おいしそう」
「これが毒もクスリも入ってなくて爆発もしなくて喋ったり動き回ったりしないクッキー?」
ジェームズが確認する。
何も言わず、セブルスは顎で「喰え」と指示した。
「じゃ、いただきます〜」
意外にあっさりと、つまんだ一つを口にするジェームズ。
「………………」
「………………」
「………………」
「…………ず」
「は? どうした? やっぱりトリカブトが入ってたか!?」
「いや、水…って言ってない?」
最初から用意していたらしく、リーマスはひょいっとコップを差し出す。
「セ……」
それを一気に飲み干してから、ジェームズは涙目で叫んだ。
「まずい!」
「それはよかった」
「よかったじゃないよ。死ぬかと思ったよ!」
「いや、残念か。いっそそうなってくれればよかったのに」
「あー、終わってみれば、結構単純なオチだったねえ」
「リーマス…それで話を済ます気?」
「ま、食べ物で嫌がらせといったらこの手だろう。少々古典的だったが。…ああ、ところで」
セブルスは周囲を見回す。
「ミス・エヴァンスはいるかな?」
「わたしなら、ここですけど」
人混みの中から手が上がり、やがて赤い髪の少女が顔を出す。
「お久しぶりです、先輩方。いつもながら素敵な会話ですね」
「こんにちは、リリーちゃん。ホントにそう見えるの?」
無邪気に笑う少女にリーマスが頭を掻いた。
意外に最強キャラというのは身近にいるのかもしれない、と。
「ミス・エヴァンス。よろしければこれをどうぞ。焼き菓子だ」
「え…いいんですか?」
包みを手渡そうとするセブルスの手を、シリウスが掴んだ。
「おまっ…ジェームズですら殺せるようなものを人様に食わせる気か!?」
「僕ですらって…シリウス?」
「馬鹿を言うな」
セブルスが手を振り払った。
「このままだと、どこかの誰かが「セブルス・スネイプは料理が下手だ」という噂を流してくださりそうだから、普通に作ったものも持ってきただけだ」
シリウスの目を真っ正面から見据えて言う。
「ってことは、わざわざまずいもんを作ったってことか?」
「あぁ。流石に3度目にして味覚が壊れそうな気がしたから、それ以降は味見をしていないが」
ちなみにそれは5作目だ、とセブルスはこともなげに言った。
そして、シリウスの手が出る前にさっと身を翻す。
グリフィンドールの真ん中ではこちらに不利だ、と言い残して。
「―――とりあえず、仕返しの資金として、5ガリオンと15シックル」
ジェームズはどす黒いオーラを漂わせながら、シリウス達に向かって手を伸ばした。
* * *
「おいしいわね」
一人、部屋で菓子をつまみながらリリーは呟きを漏らした。
「これは一度で焼けて、ジェームズ先輩にあげたのは5度目なんだって」
使い魔である細身の黒猫が、隣でニャアと鳴く。
その喉をなでてやりながら、リリーは溜息をついた。
「ねぇ。どっちが愛されてると思う?」