2013/11/24 勢いで
電子書籍版買ってしまった。
2013/11/23 やっと映画見れたー。
金曜ロードショーで録画しておいた、死の秘宝をやっと見れました。
2012/04/06 お久しぶりです。
日記は三年半ぶりになります。
友人と話していて、大事なことに気付いた。
愚かしくも7/23に外せない予定を入れてしまったので、
サイトURL変更しました。
ご無沙汰してます。
土曜日にでもゆっくり読もう。
月日が流れるのって、早い。
もう仕事が嫌になったので、全て放棄して映画を見てきました。
Aさん誕生日おめでとうございます。
だって1巻いまだけ半額…。
あといま私は電子書籍ブームで、本棚を電子化することにはまりまくってるのもある。
あと原作が実家にあって読めないというのが一番大きい。
電子書籍なら、あの凶器になりそうな重い本を持たなくても、スマホ片手にすいすい読めるという画期的な時代の進化よ!
そういうわけで、1巻だけ買ってみたんだけど、やっぱり半端無く面白かった。
後の複線も今なら完全に見えるので、余計面白い。
つーか、赤ん坊のハリー連れてくるのにシリウスにバイク借りたって、シリウスまだ捕まってないんだ。
あとハリー1歳だった。1歳って記憶はないだろうけど既に歩く子も多いレベルだよ。意外だった。
そしてスネイプ先生の複線張り具合にびびる。
そしてそして、最後の種明かしでやはり、これがジェスネでなくて何だ!
と思ってピクシブ覗いてみたら、案外ジェスネがたくさんあって更に盛り上がってしまった。
やっぱり理想のライバル関係だよ、1巻だけなら。
あー々にジェスネ書きたくなったけど、ハリポタ風の文章書くのって、かなり脳内を組み替えないと行けないんだよなー。
リハビリも兼ねてサイトの文章細々ピクシブに上げようかなあ、ほぼ陸の孤島だし。
それにしても、当時初めてコレを読んだとき、自分なら、倫理的に間違ってても自分の命の方が大事と逃げるかもしれん
とリリーさんの行動に対して思ったが、いまはわかるわ。わかってしまう。
隔世の感がある。
もうあれから13年も経ったんだなあ。
映画館行けなかったのでありがたい。
そして、原作でわかりにくかったところが映像で見れてやっと理解できた感じ。
ここから原作読み直せば面白いだろうなあと思う。
というか、原作は死ぬ人が出るのが怖すぎて、さらっとしか読んでいなかったので。
しかし、これでスネイプ先生の心境を考えながら一巻から読み直せばものすごく面白いだろうな。
そうです。ずっとスネイプ先生のファンです。これからも。
校長をやってるスネイプ先生見て、「ああ。全然幸せじゃないけど、幸せそうだなあ」としみじみ感じました。
大人世代はツケを払いきったよね。頑張った。
ああでも、ルシウスさんはもうちょっと頑張って欲しかった。
悪ならちゃんと悪に所属しろよというか。
しかし、現実には生活様式というか、信条の違い対決だった。
ヴォルさん以外は。
以下散漫ですが、見てて思ったことをつらつら書きます。
それにしても、
魔法使いという人々の理解できないところは
・魔法使いなんだから走って攻めてくるなよ。魔法使いなのに。
指輪物語もそうだったけど、日本(のサブカルチャー文化)と魔法の概念が違う気がする。
とにかく走りながら魔法打ちまくってる姿を見ると違和感です。
だってそれじゃ体力勝負なところあるじゃないですか。
若い方が有利じゃん。
年取っても脚力鍛えてないといけないじゃん。
もっと他の手段はないものか、魔法使いなんだから。
と思うんですが、二本の足で走る方がきっと魔法より便利なんだろうなあ。
でも見ばえしないなあ。
飛んでる人たちもそこそこいたけどね。でもそっちの方が速んだから、全員飛ぶべきじゃん?
・MP切れってないの?
どうやったらMP回復するの?
この発想自体がゲーム文化に毒されてる??
・あと、魔法使いの人々は、スペアの杖は2,3本常に持ち歩くべき。
日常生活ならまだしも、こんな戦闘が日常茶飯事な状況で、スペアは一人につき2,3本は必要だと思うのですが、なんなの。あの人達。
杖が吹っ飛んだらスペアの杖出して、吹っ飛んだ自分の杖を呼び寄せればいいじゃん。
この点、疑念は尽きない。
・それにしても、このハリーポッターという話は、つくづく少年漫画を読んでいない人が書いてるなあ、と思いました。
地味というか。
そもそもハリーからして、必殺技とはいかないまでも、特技とかないじゃん。
いや、ほうきで飛ぶのうまいけど、それ最終決戦に役に立ってないじゃん。
血統も、特に凄くもなく。父も特に凄くもなく。
てゆーか、ハーマイオニーがいなかったら世界滅んでる。
数えてはいないけど、体感で20回くらいはハリー死んでると思う。
ハリーのヒーロー感のなさを見ていると(主人公補正はあると思います)、
ホント、世界ってやつは、庶民の大人が地道に身の回りの正義を実行することからしか
成り立たないのだなあと思います。
ああでも、複線が多すぎ&機能しすぎなせいで、ご都合主義にも見えてくる。
・ヴォルさん
部下の質が悪すぎます。なんなの。
日和見が多すぎる。
ホント、上司として質が悪いなあ。
カリスマない。
ラスボスランクが低い。
・イギリス人のセンス
なんていうか、作中の冗談とか、ニュアンスがわからない。
元々自分自身空気読むのが苦手なけど、セリフが冗談なのか皮肉なのかわからない。
皮肉と冗談の比率がわからない。
面白い冗談なのかつまらない冗談なのかもわからない。
あと、同じく民族性の違いだろうけど、
息子にスネイプ先生の名前をつけちゃうハリーの気持ちもわからない。
絶対先生嫌がってるからね!?(だよね…?)
誰にも言わないでほしいと懇願された秘密だったのにー。
そう気軽に人の名前付けちゃう文化なのかな?
スネイプ先生肖像画でホグワーツに残ってるだろうに、その名前の子をホグワーツに入れちゃうの?
ある意味究極の嫌がらせだよ。
でもハリーとスネイプ先生の関係としては正しい気もする(笑)。
でもなー。息子嫌がってるじゃん。
あと、基本魔法使いの人々って情弱じゃん。
スネイプ先生の誤解が世間に解けてないことは、かなり確率であり得ることなんだよなー。
なのに、その名前もらっちゃって息子は可哀相だと思う。
そうなんだよ。全体的に魔法使いって論理的というより情弱っぽいんだよ。
わざわざそんな風に描かれている。
イギリス自体がそういう雰囲気なのか、魔法使いの文化なのかが気になるなぁ。
・ホグワーツ争奪戦
夢でした。理想でした。
映像で見られて感無量です。
もりあがったー。
願わくば、その職員室の戦力の中にスネイプ先生が欲しかったけれども…。
この魔法使ってみたかった!
というマクゴナガル先生可愛かったです。
それにしてもヴォルさんはツメが甘すぎると感じましたが。
あと、ハリーが一人で闇の森に行く前。
負傷者の救護所を見ながら、「生き残った男の子、ハリーポッター万歳」という
一巻のセリフを思い出していました。
この惨状を見れば、あのセリフにどれだけの感慨が込められていたかが、今ならわかる。
しかし、もうちょっと明るく締めてほしかったなあという気もする。
マクゴナガル先生の、宣戦布告宣言、ぐっときました。
かえすがえすも、スネイプ先生がそこにいなかったことが口惜しい。
まあ無理だったんですけれどもね、作品の仕掛け的に。
でも…心の目で見ると、きっとスネイプ先生もいます。
まあでもあの人は教師であることよりも個人であることを優先した人生でしたけれども。
やりきったなあ。
最後のからくりの成立はスネイプ先生の覚悟がなければできなかったもんなあ。
恩人ではあるよなあ。
でも、だからって、息子に名前付けるほどなのか?
色々やられまくったのになあ。
ハリーは心が広いというか、結局スネイプ先生のひねくれ具合は理解できていない気がする。
とにかく、アルバス・セブルス・ポッターさんの存在は、
肖像画のスネイプ先生が苦虫をかみつぶすこと請け合いです。
死んでまでかわいそう(苦笑)。
・本はかさばるので実家に置いてきてしまったから、電子版買ってみようかな。
別の人の翻訳が読んでみたい。
ヴォルさんの一人称が「オレサマ」でなかったらいつか買いたい。
スネイプ先生の一人称が「我輩」でなかったら、いますぐ買う。
我輩、好きだけど。大好きだけど、別の一人称のスネイプ先生も見たい。
そして三年ほど前にPCが壊れて、書きかけのテキストをサルベージできませんでした…。
流石にもはやゼロからは書けないのです。多くが未完になりました、すみません。
でも一個だけ、別のフォルダに紛れ込んでいた話があったので、それだけ救えました。
書きかけ、かつタイトル書いてなかったんで、多分新作のはず。
久々に更新しておきます。
リドルさんの話なんですけどね〜。(唯一救えたのがこれか)
最近、めだかボックスの球磨川先輩がリドルに似てる気がしてきました。
…違うな。リドルもこのくらいはっちゃけてれば、もっといいラスボスになったと思うよ。
球磨川さんはホント最低の人だが、面白いし、イイ感じに反吐が出る人格だもん。<いや本当にひどいんですよ
でも球磨川先輩は最近丸くなった。
丸くなってホグワーツに教師として赴任するリドルが見たかったなー。
久々に、読めそうな話を読み直してみたのですが、
やっぱりジェースネは最高だしアールシも最高です。
憎み合う関係って大好きです。
もう原作はこっちにおいといて、自分の道を究めようと思った(特にJS)。
2008/09/28 大事なことに気付いた
私は7巻のラストのハリーの名付けの話は、
「ちょっと息子本人には可哀相な話だなあ」と思いつつも、まあちょっといい話?みたいに
思っていたんですが、違いました。
よく考えたら、スネイプ先生にとってあれは、屈辱エンディング以外の何物でもないよなあと。
別にハリーと和解なんてしてないし、死んだ後だって望まなかっただろうに、
ハリー側からの一方的な和解展開は、屈辱この上ないよ。
許されたり尊敬されたりだなんて、絶対嫌だったはずなのに。
ひどいよハリー。流石だよ。
でもスネイプ先生にはこういうの似合うからなぁ…。
ホグワーツの校長室の絵になったスネイプ先生も、ものすごく苦虫をかみつぶしたような表情だと思います。
生きてる人の勝ちってことだよね、これ。
2008/07/25 それは
私がそれを始めたのは7/24 22:12のことでした。
そして25:36 実に………3時間と24分。
………? おかしいな、前回は5時間はかかったように記憶しているのだが。
今回は意外と短い。
まあともかく読み終わったわけです。そして、後回しにしておいて正解でした。
用事など片づけて引きこもるに限る。読書、それも最終巻というものは。
以下はネタバレ込みなので、ご注意ください。
********************************
7巻の感想ですか。
それを話す前に、私は私が危惧していた一つの可能性が回避されたことを報告したい。
・全員生き返る。もしくは生きていたという展開。
ないとは思っていたのだが、ハッピーエンド主義者の自分としては
どこかにそういう可能性を期待している部分は僅かながらにあって、
それを打ちのめして粉々に砕いてくれたことは実に、実に、清々しい。
この物語に於いて「生きる」ということ、「生き延びる」ということの価値が貶められることはなかったし
「死」の力はとても恐ろしく、力強かったわけです。
命乞いしてでも生き延びるということは、とても価値があることだと思う。一般庶民だから。
そして全員が一般庶民なんです所詮。
アルバスもリドルも、そしてゴドリックもロウェナもヘルガもサラザールも。
(おお、間違ってるかもしれないが、しばらくぶりで創始4人組のファーストネームがちゃんと出てきた自分を褒めてやりたい)
普通の弱さを持った普通の人が普通の弱さを持った、最終兵器級の力を持つ犯罪者に立ち向かうというのかな。
ああ何度言いたかったことか。「そもそもリドル純血じゃないし」
とりあえず、全世界の子供達には多大なるトラウマを与えたように思いますが、
死んだ人は魔法使いを以てしても生き返らないのだということを刻み込んだかと思います。
でもこれ確実にトラウマだと思う。
私子供の頃にこの話読みたくないな。せめて高校まで待って欲しい。
・ざっと感想
ええそういうわけで、じわじわと社会が崩壊していく様はとても恐かったです。
なんだろう冷戦時代とか知ってるとまた一味違うのかな。
マスターキートンやモンスターに通じる怖さがあった。
冷戦て資料の中でしか知らないが、ちょっと年が上の人に話を聞くとその人達は
不思議な感覚を身につけていることが分かるのです。
「実際、明日世界が滅んでも不思議じゃなかったからねー」
今がそうじゃないとは言いませんが、その笑いながら話す様が、
今が安全だから笑い話だよという意味でなのか、一度命を掌の上に載せてみた人独自の感覚なのか
私は後者のような気がするのです。
うまくは言えないんですけど、
禍福はあざなえる縄の如し、ではないな。なんというか、
>最初の方に死んだ人の決心<この最初の方というのはニュアンスです
結局私は死ぬかも知れないけれど未来を生み出そうとする意思を失っては未来は生み出せない
>中程で死んだ人の決心
もしかしたら繋がるかも知れない未来のためにここで諦めないことが重要
>最後の方で死んだ人の決心
私は生きたいし、皆も生きたかっただろう。ここで最後に足掻くことが無駄とは思わない。
……まあそんな感じに、なれるのかなあ?
あの話の中にぶち込まれたら、最初でも中程でも最後でも、どこかでこんな風に思うことができる
登場人物になれたらなあと思いますが、まあとりあえず逃げたいですね。
でも根本的解決にならないからなあ。
時を間違えずに動くことはとても無理なので、やはり最初から抵抗勢力に身を投じていれば
いつか誰かが時を掴むだろうと。
…覚悟って高い代償を要求しますね。
で、自分のことは置いておいて、しかしこの話を読んだ人はとても多いわけで、その人達がいつか、
自分が成すべき時に自分が何を成すべきか考える一瞬があったのなら、とても成功だったのではないかと思います。
まあ私には成すべき時なんて来て欲しくないけど。
そのときにはおそらく考えるだろうと思う。そのときに一瞬この物語で得た何かが脳裏をかすめるかも知れないと思う。
・総人数について
まあなんといいますかですね。
○ンダムもびっくりな死亡率でした。
ちょっと想定を越えていた。T中先生でもここまではすまいと思った。
私の想定など生ぬるかったです。
若い頃、というか過去の過ちはここまでのツケを払わなければならないのかと思った。
まあちょっとそれも論点ずれているのですが、
でもやっぱりそう思ったなあ。
あの時誰かが間違えなければ、ここまでは、と。
でもそれでも
なんだろう。ハリーには主観を感じなかった。
彼はナビゲーターのように感じた。
ええ、勿論とっても不幸だと思いました。
そりゃ……先生も絶句するよ。
でも彼はやっぱり物語の主人公というより、道筋を辿ってきたように感じた。
なんだろうな。後ろにテーマが見えていたからなのかな。
<
皆様のご冥福をお祈りしております。br>
・先生について
6巻を読んだ後、いつもごとく本を読んでいない友達に粗筋説明をした。
「というか、6巻の粗筋は一文で表せるんだけど、ネタバレだけど言っていいかな?」
「もちろん」
「――――スネイプ先生がダンブルドアを殺して逃走した」
以上です。これ以上言うことはない。
(敢えて「校長」の呼称は取ってみた)
勿論私がスネイプ先生のファンであることを友人は重々承知であるからして、
私の言わんとするところはそれで伝わったと思うのです。
6巻が終わった時点での私の先生の推察はこうです。
『多分あの人は、昔取り返しが付かない間違いをして、
そのツケを払うために今でも黙々と何かしている。
そしてそのためにダンブルドアと裏取引した。
あんなわかりやすいフラグが立っている人が犯人のはずがない。
だがハリーは例え先生の行動が何かに基づく誤解だったと知っても
次に出会った瞬間出会い頭に魔法をぶっ放すんじゃないかな(苦笑)?』
しかし強固に信じていた私でさえ、7巻中盤以降までの悪行の連発には
少し心が揺らぎそうになった。が、
『いやいやいや、こんなにはっきりと悪事を重ねているからには、何かあるに違いない』
といいう気持ちで頑張りました。心が折れそうになった。
いや、ネタバレがあったからって先生の悪事が消える訳じゃないけどね。全然。
でも信念に殉じる様はとてもすがすがしいものでした。
たとえその信念が「悔恨」であったとしても。
(あと、悔やんだからといって別に心入れ替えてないよね、先生。間違ったのは認めても思想は変わってないように思う)
ちょっと違うけどいわゆる悪の美学的な。
――――しかし何でヴォルさんにはホント悪の美学が皆無なんだろう。色々駄目すぎる。ラスボスランクは幸村より遙かに劣るよ。
確かに強くはあったし恐くはあったけど、何故にあんなに小人物。
そして小人物に乗っ取られる世界。やっぱ世界なんてそんなものなんだー。
一般庶民が自治レベルで保持していくしかないんだー。
ちくしょう私もこれからなにかがんばる。
真面目に働いて税金納めて一社会人として社会の末端を構成してやるーーー。
そんな気持ちになりました。
何なのハリー・ポッターって話は。(でもそういう話でしたよね)
まあとにかく、私はやっぱりスネイプ先生が好きだし、
最後のちょっとしたサプライズには、ちょっとかなり心が跳ねました※。
(※総じて、ハリー心広いなあ、とかスネイプ先生も公式に親世代に入れてもらえたのかなあ、とか、ハリーちょっとジェームズのこと信用してない部分あるよね、とか、なんというかここまで思うことは間違ってるとは思うがある意味父親代わりだったのだなあ先生は、というかここに来てジェスネと感じる自分の心を律したいけどこの二人の父親って嗜好はちょっと好きだというか、それならダンブルドアを抜かしてはいけないけど……。あ、すまないシリウス素で忘れてた。ああでも先生の最後の言葉がここに繋がってよかったなあ。等々、様々な感情を伴う、おおまかにまとめると喜びの感情)
しかし……あの人は、最初から(1巻から)既に生きた人ではなかったのだなあと感じています。
生きてはいたけど、既に結末に向かって歩いていたというか。
彼にとって恐いのは目的を果たせないことで、死は恐ろしいものではなかったのだなあと。
だから、なんというか『親世代』の中でしか生きていないような気がしてきた。
話はややそれますが、私はジェスネの人間でやっぱりここに至ってもジェスネだが
7巻まで読むとこれは筆を折らざるを得ない。
でも書きたくなったら書くけど。
あと最後に。
ニセRPG書いた身としては、最後にホグワーツ籠城戦が実現して万々歳です。
職員室大活躍で幸せすぎた。
マクゴナガル先生以下皆様が大好き。
本当はスネイプ先生も一職員仲間としてそこに参加してほしかったのだが、それは、仕方がない。
先生がそれを望まなかったのだしな。
全然7巻まとめになってないし、大体言いたいことは最初の方で言ってしまっているのだが
ハリー達のホグワーツ退学の一年が、華々しいRPG的探索でもなんでもなく、一年の大半を逃亡に使い、
また同時に社会が崩壊していく一年であったことが物語として素晴らしかったと思います。
でもあれですね。
正直大人になってから読んだ方がよいかと思います。
スネイプ先生は実はいい人だったんだよ、とかやられたら目も当てられない。
また書きます。
2008/06/08 7巻待ち。
内容は変わってません…。
6巻を読んでシェーマス・フェネガンあたりで一本書きかけたのですが、
ハリーの性格がイマイチ掴めなくなって中断したままです。
グリフィンドールって難しい…。
それにしても学校閉鎖悔しすぎる。
もちろん仕方のない結論なのですが、マクゴナガル先生の思いとか
想像するだにこう…唇を噛み締める感じです。
校長だって再開を望んでいるはず…。
私はヴォルさんのラスボス能力には疑念を持っていて、
わりと悪役としての認識がなかったのですが、今回はホント悔しいです。
そして社会の信頼とはもろいものだなあと、毎回感じますが
今回いつにも増して感じます。
これを狙ってやってるんだから、作者凄い。
****
しょ、衝撃でした…。
この停滞サイトに訪問者様がいらっしゃったことに。
平身低頭してお詫び申し上げたい次第です。
私閉鎖がわけもなく寂しいので、最悪でも倉庫を作って
どこかに保存するつもりです。データが吹っ飛ばない限り。
たとえ最初の作品はもう自分が読めなくなっていたとしても。
今回不義理をしていたリンクページを改めて編集したのですが、
時の流れを感じまくりました。
サーチまで消えてるし。
人様の閉鎖ほど寂しいものはないので……。
というわけで、お詫びも兼ねまして、何の編集もされていないのですが
「語り」のページ再び繋げました。
それにしても申し訳ございませんでした…。
そして、ありがとうございます。
2007/05/07 一見無関係に見えてハリポタをちょっと話すよ、な日記
そのうち、サイトをもうちょっと奇麗にしたいと思ってます。
語りを繋げたい。
自分がもはや読めないものでも下げませんので、減りません。まあ代わり映えしないと思います。
閑話休題。スパイダーマン3を見てきました。
大型映画の作り。
大型映画は押さえる方です。スターウォーズも見ましたし、指輪も見ました。
1を見てないのにパイレーツオブカリビアンの2も見ました。その後1も押さえたり。
そういえば、3の今回予告をちょっとやっていたのですが、東インド会社に立ち向かうために伝説の九人の海賊を集めなければならない、とか言ってて……それちょっと違うと思うんです。
「東インド会社」と「伝説」のかみ合わせの悪さ。(が素晴らしく笑いを誘う)
「伝説の海賊」が九人もいるとか。
そもそもそのレベルの海賊がつるむというのが変。とか。
海賊を集めたら東インド会社に対抗できるっていうのか、とか。
とにかく「東インド会社」が誤解されそうです。
何かかなりこう…ずれてるところがむしろ面白そうだけど。
いうなれば…ドラゴンボール的な感じがして、この「妙」な感じが逆に売りなのなあと思ったりしました。
まあ流石に、流行を追うだけの時は、見るのは一度きりですが。
でも王の帰還は字幕吹き替え併せて四回は見たのです。
流石に四回目ともなると精神的にもきつかった。
それにしても指輪物語のラスボスはもちろんサウロンなわけですが、
(ああ、そこに至るまでにも色々あったなあ…魔法使いなのに二人とも肉弾戦かよ! とか)
サウロンは、ラスボスとしては良かったです。特に目が。
あれは良かった。あの効果も凄く良かった。
邪悪、恐怖、とかああゆうものでなくては。
…しっかし、目じゃない方のサウロンはあんまりでした。微妙。
強いってか…強いけどそれ違くない? みたいな感じで。
それは私の勘違いかと思ったのですが、指輪を信奉している教授が「あれはないよー」とトホホな感じでくだを巻いていたので
まああながち感じたことは間違いではないと思うのです。
「悪」とはうかつに人間型を取ってはならぬ。弱く見える。威厳を損なう。
なんていうか、ラスボスならそれらしくあってくれ。最後のカタルシスのために。
という部分はありまして、凋落したラスボス倒しても正義の物語としてどうなのよ、と。
逆に、正義の物語でない場合は凋落した敵っていうのは勿論ありで、これはBASARAの鬱金王などに顕著でしょう。
敵が落ちぶれることで、逆に「これは正義の物語ではない」と語れる。
でも、悪と、正義や勇気を対比したいのなら、やはり悪は悪として際だってあらねばなりません。
やはり私のラスボスランクトップは「白面のもの(うしおととら)」、次点が「ノロイ(ガンバ)」。
人間じゃないじゃん、ていうとそうなんですが、
人間じゃないというのはラスボスとしての強みなのです。
意味が、目的がわからないものは怖い。というのもあるし、
ノロイなんかは、イタチとネズミの話なわけで、捕食者と被食者の関係、話し合いの余地など絶対にない!というところが
ラスボスとしての位を高めます。
あと、「目的が分からない怖さ」などは、人間型でも発揮できるところで、モンスターのヨハンなどは、まさにそれ。
銃で撃ったら死ぬ人だというのはわかりきっている。だが怖い。故に怖い。
明らかに人間という範疇から外れていないのに、超越している。そのすさまじさ。
ヨハンはラスボスかと言われると、すこしずれているのですが、人間型の中ではトップレベルの恐怖者です。
ラスボスとは恐怖と畏怖を持たねばなりません。
超越した力が悪の証であることもあります。
これは指輪のサウロンと被りますが、辺境警備の冥王も、超越した絶対的な存在。神にも近い。
というか邪神。
故に、勇者が英雄であり得るのです。
まあもっと典型的にすると、ダイの大冒険の大魔王とかね。
でも、邪神とか、そうレッテルを貼ってしまうと、途端に弱く見える部分もあるのでわりと控えています。
この「超越した存在」と「人間だけど怖い」の中間型が、ネウロのXIなどにあたるでしょう。
サイは久々に出会ったラスボスの流れを汲むキャラクターで、とても期待しています。
でも、ヨハンとは道が違うなあとしみじみ感じる。
ヨハンを超える「人間」にはしばらく出会えないと思う。十年単位で待つかなあ。
まあブリーチの藍染様とかもラスボスランクで換算したいところだけど、彼はまだ分析するには情報が足りない。
目的が意味不明という点では、高得点でもあるが。
常人には理解しがたい目的、というのも、「話し合えない」という意味で、ランクは高いです。
美学がありそうなところも好感が持てるが、あんまり強そうじゃないという点と、部下の質という点でイマイチ感がある。
あと、かなりマイナーですがRINGシリーズに「東の白」というラスボスがいまして、これは全く持って正体不明。
人型かどうかも分からない。ただ部下達が世界征服をしている。という感じで、部下すら倒せそうにないのに
どうやって対応するのか、という心躍る存在です。
「正体不明」というのも一つの要素。それから「正義の側の勢力が弱い」というのも、悪サイドを際だたせる
ものであるといえましょう。
ああ…絶版なんです。悔しい…! 大好きなのに。(悪側が)
あと、同じ系統なのが、ジャイアントロボのビッグファイア様(正体不明、正義側が弱め)。
孔明と十傑集がいるんじゃなあ…。部下によって、ラスボスの評価が上がったり(下がったりも)します。
まとめてみると、ラスボスとしての評価点
「正体不明。得体が知れない」
「美学・思想・狂気がある」
「目的が不明。もしくは理解できない」
「(人間でないので)分かり合えない」
「超越した力」
「統制の取れた組織力」
「部下が強い。忠実である」
「正義側を追い詰めつつある」
…とこんなところでしょうか。
正義と悪の物語で、このあたりを押さえておくと、きっと立派なラスボスが出来ると思います。(言い切った)
まあそういうわけで、スパイダーマンなどは、ラスボスが存在しない物語ですね。
個々に敵が登場しては散っていく感じ。
―――で、ヴォルデモートさんのラスボスランクは低い、って常々言っていたわけですが(常々「ラスボスランク」と口にする人もどうかと思います)
最近、このハリーポッターという物語は、もっと違うものなんじゃないか、ともやもや思っていました。
すんなりこないのですよ、
ヴォルデモート卿は邪悪だ。とかダークとか。グリフィンドールは正義だとか。スリザリンだから怪しいとか。「愛」の効果はまあ許容範囲内なのですが。
魂が汚れているとか。
もちろんヴォルデモート卿のやっていることは、悪いことです。
でもそれって「邪悪」なのかなあ。ただの「犯罪」じゃないの?
彼は「犯人」であって、ダークロードなんて名乗れるほどの何があるんだ、と思うのです。
ヴォルさんの目的と思われるもの
・不老不死(お前それが最終目的か)
・圧倒的な力(今現在持ってないって事ですよね。その「圧倒的な力」を)
・魔法界を支配(支配の後の目的は?)
・人間界を支配(支配の後の目的は?)
・自分を頂点とする、血統を中心にした秩序の再構成(結局自分のことだけなのか。しかも血統にコンプレックス持ちなのに…)
なんていうか、せせこましい。
それ邪悪というより、エゴです。
人間の醜い部分を見せられてるだけです。
ヴォルデモート卿の目的に、勿論同調も出来ませんし、一種の悪としての清々しさも美学もない。
でも、「わかる」んですよね…。
「わかりきってる」というか。
人間じゃないものになったのに、行動の人間くささといったら。
克服したいコンプレックス、自分を殺せる力への恐怖、予言(未来)を知りたいという渇望、
人より上に立ちたいという顕示欲、本心からひれ伏す部下を望み、けれどそれが期待できないことを知っている。
おー…なんていうか、普通とは言えませんが、所詮人間だなあと思うのです。
で、この話の凄いところは、そんなヴォルさんでも魔法界征服しかかってるところです。
結局、怖いのは人間、と安易に言いたくはありませんが、
人間安全を求めるし、殺されたくないし、人を疑うし、俗だし…そういう人が所詮低俗であるところにつけこんで
着々と勢力を広げていく様子は
別に魔法界でなくても、普通に今日の社会情勢に重ねられるところもあり、
作者が本当にそう言いたいのかは分かりませんが、所詮これは「人間」の物語であり
「薄汚い」ということが「とても怖い」。
人の、こんなエゴ丸出しの目的でも、こんなにも世界をどん底に落とせる、という見本を見たようで
とても暗澹たる気分になります。
ああ、所詮こんな目的で、思想もなく、世界征服って出来るんだー。という。
そして実際に出来てしまいそうなところが、人間に対する絶望を伴って、非常に落ち込みます。
ヴォルさんやらデスイーターを見ていると、ファンタジーを見ている気がしない。むしろリアル。
で、これは「邪悪」に対峙する物語ではないわけですから、当然グリフィンドールの有志の面々も「正義」ではありません。
ああ、ここで納得。
正義と悪の話じゃないんですよ。ハリーが勇者でないことなんて最初からわかっていましたが、所々に散りばめられる
単語に欺された。
邪悪とか、正義とか、ダークロードとか。
これは普通の人が犯罪に走った話であり、普通の人が立ち向かう話であるのです。
正直しょぼい目的ではありますが、だからといって、殺人拷問を全く躊躇わない人に向かって
「お前は間違っている!」と正面切って言えるかっていうと、言えないです。
言えないうちに、目をそらしているうちに魔法界は支配されかかっちゃってるわけで、
ここは、はっきりという勇気が必要なのです。
それがハリーやら何やらに期待されることで。
シリウスやリーマスだって正義ではないし、自分のエゴもあるし、ダンブルドアだって絶対的に正しいわけじゃないし
でもそういう「ごく普通の」薄汚い面も持つ彼らが、読者に示してくれる「勇気」が、この物語の糧なのだと思います。
正義でない人に救われたくないとか贅沢は言えません。
というか、「邪悪」がないので「正義」もないのです。
誰も救ってくれないと思います。ハリーポッターも。
自分がささやかにやるしかないのです。
それは死ぬか生きるかの脅迫されたときに、一体どういう態度を取るか、ということであり、
それは勿論その場に直面してみなければ誰も分かりませんが、
このハリーポッターという物語が、そういうシーンに直面した人にとって、なにかの指針と成りうる結末であることを
祈っています。
以上、七巻への期待でした。
ああ、つまり。ヴォルさんはヨハンやノロイには成り得ないのです。
二十世紀少年の「ともだち」が、一番ヴォルデモート卿に近いと思う。
正直「ともだち」にも及んでいないとも思うけど。(部下の質と、組織力、狂気の点が特に)
つまるところ悪というより、犯罪。
ヴォルさんってどこまでも「正気」ですよ。それが怖い。
ファンタジーじゃないなあ。元々カタルシスからは縁遠い物語でしたが、ここ数年特にそう感じます。
最近はもうハリーを通してのヴォルさんの動向が気になってしょうがないです。
そんな背景と目的を背負って、人間らしいエゴだけでどこまで行けるのかなあ、あの人は。
―――って、友達に言ったら、「おかしいよ」と言われました。
ヴォルさんとか呼んでる時点でおかしいので、もういいです。七巻が楽しみです。
あと、「たとえスネイプ先生が冤罪だったとして、それをハリーが知ったとしても、ハリーはスネイプ先生を許さないんじゃないか」という話題になりました。
そうなんだよね…。ラストダンジョンで、誤解が解けた後ですら、ハリーに殺されそうな先生が目に浮かびます。
なんていうか、先生はポッター家とは相性が悪いです。
決して、互いの性格だけのせいではなく。
そう…最近ちょっと離れているのは五巻ショックが思いの外深かったというのもあるのです。
封神演義にも見られたように、こういう地雷というか自業自得は連載を追う者の宿命だとはわかっていたのですが、
でもやっぱりきつかった…。
心の底から「4対1は止めてー。1対1でも勝てるかどうかわからんのに」。
やっぱ対等というか、勢力は拮抗しているのがよろしいかと思うのです。喧嘩の場合特に。
2006/05/18 6巻読みました。
今朝まではそう思ってました。いえこの本を買うまでは。
日付変わってるよ…。1ページ目をめくった時点で簡単に予想できたことなので後悔はないです。
相変わらず面白い…。脱帽です。
しかし、更新むしろ出来なくなりましたね…。
七巻まで、最終巻まで予断を許しません。しかも余計な一言を発せない状況。
あ、いやそれはそれこれはこれ、だとは思っていますが。
でも一つだけ言いたい。読み終わった後でも心から言える。私はあの人を信じてる。
2005/11/09 実に一年ぶりの更新になるわけですが
このサイトに訪問者がいるのかは甚だ疑問ですが、とりあえず久々に更新などを。
しかもキリリクです。申し訳なくて顔が上がらない…。
悩んでいても、突然話って出来るものだと思った今日でした。
ALっていいなぁ…。
しかし、最近修行を怠っていたせいで、洗練された悪口が書けていません。
どうもルシウスさんの性格が丸くなりすぎていて…もっと舌鋒鋭く人を斬り殺せるような会話が
展開できないものでしょうか。
ちょっと口惜しいです。
映画前売り券を五枚買いましたので、おまけのトートバッグが揃いました。
(実際のところ、トートバッグを揃えるために五枚買いました、が正しいんですが)
お気に入りは黒のホグワーツです。
映画楽しみなんですが、フラーはいいとして、セドリックとクラムが、ちょっとイメージと違う…。
特にセドリック。
チョウは、勝手にお団子頭を想像していたので、髪型にびっくりしました。
後は、闇の帝王の一人称がオレサマでないことを祈るのみです。
何か、ヴォルさんの美学について目から鱗な解釈とか期待。容姿については覚悟を決めておきます(苦笑)。
2005/06/11 Zみてきました
職場の連中と(どういう職場だよ)。
全員スーツでZですよ。かっこいい(笑)。
ネタバレといえばネタバレなので以下気を付けてください。
Zよかったです。
絵はかなり奇麗になってるし、昔の絵との繋ぎも問題なし。
一通りの人物はみんなリメイク画像出てたし。
昔のキャラ大集合系の話が好きな自分としては、みんな出揃うことが本当に嬉しい。
カイさんとかもちゃんとリメイク画像出てました。嬉しくてもう。
てか、ストーリー変わってるし。
それにしても機械類。変形速い。戦闘速い。人の作画より力入ってるんじゃないかと思います。
関節部分の動きが最高でした!
シャアはますますへたれた感じに。
いやでも格好いいと思います。やっぱり好きです。そりゃあへたれてますけれども。
つうか、人が死ぬペースが早い。
短縮版なんだから当然としても、早い。
あと、アムロとシャアの再会シーンが全面的にリメイク。
長めになっていました。
その効果の入り方といったら。
私、アムロとシャアにはライバルセンサーが動かないんですけど。
でもあのシーンはいいなあ、と素直に思いました。
てゆーか、アムロとシャアは明確な敵同士じゃないし嫌い合ってないし年齢差がありすぎるし
二人とも口汚くないし周囲に喧嘩を売るタイプでもないし立場が違いすぎるし
私の好きなタイプのライバルではないんです。(それはとてもいいことだとおもいます)
だから、全然ライバルには見えない。
でもよかったなー。盛り上がりました。
ちなみに腐れた目で見てもこれはおいしいシーンだったと思いますが。
でも食指は全然動かないな。
一応昔検索したことがあるんですが(嫌な過去が)、ダメでした。
一番好きなブライトさんが大尉と喋ってるだけでもう感無量でした。
もう一回見たいと思います。二周…いや三周は行けます。
入れ替え制の映画館ってつまんないなあ。
>S嬢
七月に、間に合ったら一緒に見たいですね。
多分無理だとは思いますが。
2005/03/06 おもいだすはるのひ
今日か十日のどちらかだったと記憶しております。
大雑把ですみません。
……いや、そもそもこのサイトを知っていらっしゃるかどうかすら知らないのですが。
お元気だと伺いまして、なによりだと思います。
最近日記を付けていらっしゃることを知ったのですが、ココ見ていたら教えてください。(笑)
ところで、今日は歯医者に行ってきました。
半年ほど前に母が歯医者に行き「よかったよ〜」と言っていたので、自分も行ってみたくなったのです。
虫歯も心配でしたし。
……そして半年も予約しなかった……と。
いえその、今住んでいる地域で病院って行ったことがないんです。
そろそろ、掛かり付け医を捜さなきゃならないと思ってはいるのですが、
なにせ行く機会がなくて。
(特に風邪の時。一人暮らしだと病院に行けないです。億劫だし、悪化しても困るし、そもそも病院の場所を知らないし)
どうせなら口コミで地元住民からいい病院を聞こうと思いまして。
とりあえす「行かない方がいい目医者」は目星がつきました。
けれどオススメの目医者が見つかりません。一番行きたい医者なのに。
歯医者は一軒オススメを教えてもらって、先日気が向いたのでネットで検索して予約。
電話番号に辿り着くまでが結構大変でした。意外と対応していないところも多いんですね…。
話は変わりますが、私は歯医者さんが好きでした。
多分「病院好き属性」と「よくいく歯医者のお爺さんが好きだったから」と「部活を堂々と休める口実(オイ)」の三種類が入り混じってるからだろうと推測しております。
あと、歯医者で痛い思いをしたことがないというのも理由の一つかなー。
地元のかかりつけの歯医者さんは、お爺さんが一人で経営。
ちょっと厳しい感じの痩せたお爺さんでしたが、そういうお爺さんが好きなんです。
ですから、今でも根拠もなく歯医者さんが好きなのですが、今日行ってみて驚きました。
最新機器の数々。(うがい用の水道が椅子脇に完備されてるし)
待たされない待合室。(そして豪華な椅子)
懇切丁寧な説明。(虫歯の有無から歯石の解説、さらには歯の磨き方まで)
時代の趨勢を感じました。(あとは「さすが都会」…と)
やー、くせになりそうです。
年一度の贅沢だなぁ、これ。歯じゃなくて、心が洗われた気分。
なんか、手入れには自信なかったのに、「よく手入れされてます」と言われたので(たぶん持ち上げてくれたんだと)
歯磨き指導を実践しようと誓いました。
結論:虫歯なかったです。