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元に戻る 〜紀伊半島ソロツーリング〜第4回                     H13.6.23 

 

                   捜神記(最終回)  

                   

   挿絵作者:われもこう

   K.Yamamoto

 

*:アドバイスがあれば宜しくお願いします。

 

 

 捜神記   〜紀伊半島ソロツーリング〜

最終回

 

「花の色は霞にこめて見せずとも 香をだにぬすめ春の山風」

 

気が付いたら、雨は止んでいた。重い瞼を開くと、落ちきれない滴が見えたような気がした。時刻の分からない色の中、手掛かりはそれだけだった。

テントから這いだし、方角を確かめる。影のない世界で朧な光の固まりを見つけ、晴れていればそこにある太平洋を想像した。残り僅かな水を薬缶に入れ、ストーブに火を点ける。沸騰するまでの間、天気予報に耳を傾けた。午前中の降水確率は50%以上だが、午後になれば晴れ間が現れるらしい。10時頃までここに居座り、雲が移動していくのを待つ方が天候には恵まれるだろう。しかし、もう一つの頭は部屋を懐かしがって、帰り着く時間を計算している。朝食を取りながら、考えたふりをした。

今出発すれば、最後の目的地から帰路に向う頃に雨雲に追いついてしまうだろう。濡れることを急ぐ必要はないのだけれど、どこかに濡れても構わない気持ちもある。濡れることを躊躇うなら、最初からバイクには乗らない。濡れる覚悟はもう、とっくにできていたことに気が付いた。

朝らしくない場所から少しでも朝を感じるために、最後の出発へと準備を始めた。

登った道を再び下る。頬に触れる風は、まだ冷たい。工事現場の作業はすでに始まっていて、昨日と同じ視線を感じた。道幅が広くなり、タイミング良く集団登校の小学生に出くわす。お陰で、やっと朝の気分になった。明るい小学生の顔を見ながら、将来、何人がこの格好を理解するのだろうと考えてしまった。

国道42号は少しずつ北へ方向を変え、再び西に向かう。今朝も車の流れは順調で、ストレスを溜めることなく距離を稼ぐことができた。しかし、空の暗い色は憂鬱で、感じるはずのない液体に触れたかのような錯覚を起こす。信号で止まる度に空を見上げ、行く先の色を伺った。そんなことを何度か繰り返していると、空の手前に高架の道路が見えた。「伊勢自動車道」のようだ。「勢和多気IC」の看板がそれを示していた。当初、道が混雑していれば走ろうかと思っていたが、わざわざ使うまでもなさそうだ。そのまま国道42号を進み、仁田の交差点で県道13号に曲がった。そこから先は、「伊勢神宮」への道標だらけで、迷ってなどいられない。この道も順調に流れ、県道37号線へと導いていく。時折大型バスが一つ向こうの通りを走っていて、いかに平日だろうと、流石がに「伊勢神宮」と思ったりもしたが、この道が間違いでないことは周囲の状況から分かっていたので、きっと目的地は別の場所だろう。道はいつしか二車線になり、伊勢市駅駅前通りを走っていた。この伊勢丹が本家本元の伊勢丹なのか?駅のロータリーの信号で止まって、伊勢神宮外宮を指す方向へ向かった。

行く気になって初めて知ったのだけれど、伊勢神宮というのは外宮、内宮の二つの総称で、それぞれ豊受大神宮と皇大神宮という名があり、豊受大神宮には農工の神様が祭られているらしい。一応メーカーに勤める身としては豊受け大神に詣でるのが筋だと思い、迷わず此方を選んだ。実際は、内宮の方が門前町とかあったりして、別の意味の旅ならそちらの方が楽しめるのだが、雑踏の中で孤独を感じることは目に見えていたので、今回は見送ることにした。

駅前通りから進入禁止(二輪除く)の道に入って、外宮の駐車場へ。意外なほど車は少なく、バイクも見あたらない。駐車場を掃除する叔母さんにバイクをどこに停めたらいいかと尋ねたら、

「今日は平日で空いているから、車の所へどうぞ」

と言ってくれた。車一台の枠の中にバイク一台をゆったりと停めた。このツーリングで唯一のきちんとした駐輪である気がした。エンジンを切ってヘルメットを脱いだ。辺りの気配が変わった。それまで、バイクは景色を遮断しない乗り物だと思っていた。いや、バイクというより、この形のヘルメットは常に外気に触れているから、その場の雰囲気はヘルメットの中でも感じられると思っていた。しかし、ヘルメット=身を守るものという意識は持ち続けていたようで、ヘルメットを脱いだとたん、無防備になった自分に気が付いた。

やはりここは違うらしい。神社には変わりないのだが、明らかにこれまで自分が知っていた神社とは違う。予め叩き込められた知識が起こす錯覚か、それとも本当にこの場所が持つ雰囲気の所為なのか。何故か威圧感が漂う境内の中を、看板に従い神殿の方に歩く。暫くすると、汚れた髭面に視線が刺さった。この視線でやっと納得することができた。そこら中に警官と見間違うかのような服装をした人間が立っていたからだ。由緒ある神社を保護するための専門的な組織かもしれないが、この光景は神社には馴染まない。古の風格を保つ手段かもしれないが、奇妙な現実感が神聖な土地に障る。

整えられた参道の脇に大型バス用の駐車場が区分けされている。歩行禁煙の看板が至る所に立ち並ぶ。人々が保ち続けようとする思いだけでその場所は一種の環境を持つのか。それとも、選ばれた土地だけが持つ特有の空気なのか。もし何も知らされず、仮に視覚を失っても、この場所に立てば同じ様な感覚を味わえたのか。全く異なる環境で育った外人であったなら、どうなっていたのだろう。

アスファルトが切れ、砂利道の参道に入ると、そこは時間が止まった場所だった。古い町並みの懐かしさとは違う、無理矢理止められた時間。電池が切れた目覚まし時計を眺めてるようだ。奇妙な制服が余計に時代を惑わす。生活臭の匂いがしない威厳の空間に、ブーツと砂利が擦れる音が響く。制服が向ける視線は神社に参るという目的を改めて問い質している。奇妙な格好は俺の方か?歩くことしか手段なかった時代、そして歩いて参ることが信仰であったなら、移動の手段による格好は、普段着よりいくらかは本来の信仰に近んじゃないかと思えて、少し窄みかけた肩を元に戻し、胸を張った。

一応の型式道理に賽銭箱の前に並ぶ。賽銭箱は神殿の門の前に置かれ、その門は開いているものの暖簾でその先が見えない。果たして、その暖簾の先に神は存在するのだろうか。碌な作法も出来ないまま、硬貨を投げ込んだ。頭を垂れながら暖簾の先を覗き見たい衝動にかられたが、賽銭箱の脇からも熱い視線を感じたので何とか我慢した。目の前に並んでいた人の仕草をもう少し注意して見ておけば良かったと後悔した。疑う余事もないと思わせる神の存在の象徴の前で、一体なにを祈れば良いのだろう。手を合わせた気持ちは諦めと期待が一緒になって、曖昧な存在を利用した自分の言い訳を捜している。目に見えない存在に縋るより、そんなことを考えさせる実在に感謝するべきで、そうなったらもう、神など捜さなくても良いのかも知れない。神がいるべき目当ての神殿も建て直しの最中で、それなら今はどこにいるのかと、余計な混乱を招く。即席の信仰心と猜疑心を押さえ込んだ願いなど叶う筈が無いと思いつつ、それでも祈る都合の良さが我ながら恨めしい。僅かな神秘性を感じたような錯覚だけが痼りになった。やはり、想いは遙かなままなのだろう。

後ろ髪を引かれながら、駐車場へと道を戻る。途中の水場で水を掬い、手を洗って口を漱いだ。わざわざ祈りなどしなくても上手くいくものは自然に流れ、一度の祈りだけで勢いが強まる訳でもない。結局、理由を捜していただけだ。冷たい水の清涼感で日常が甦り、先ほどの叔母さんの声が自分だけが特別でないことを気付かせた。

「どこからですか」

「山梨です」

「遠いところからご苦労さまです。今日こちらにきたのですか」」

「いえ、これから帰るところです。今日は、雨が上がったんでここに寄ったんです」

「それじゃあ、神様が晴れにしてくれたのでしょう、学生さんですか」

「いいえ、社会人です」

「気をつけて帰って下さい」

何気ない会話が全てを片付けてくれた気がして、肩の力が抜けた。日常の小さな喜びが神様のお陰と、誰もが疑わなかった時期がある。幼い頃はそういう気持ちが自然に信じられていた。いつからか、神様の言うとおり、なんて言葉も口にすることはなくなって、都合の良い時だけ神様を当てにする。小さな喜びに感謝ができないから、大きな喜びに感謝する機会がある訳がない。今、無事にここまで来られたことを感謝した。

相変わらず車の少ない駐車場で一服した。長野ナンバーの車が入ってきた。フェリーの様子を聞こうかと思ったが、ここを訪れる手段はフェリーばかりではないと気が付いて止めることにした。ここからは再び国道42号に進み、そのまま海岸線まで走れば鳥羽港である。大まかな道程を頭に入れて、静かに地図を閉じた。もう、この旅の終わりである。

鳥羽港に着いた時、調度乗船が始まった。最後に土産をもう一つ、なんて思いは立ち所に消され、奇妙な偶然に身を任せることにした。どうやら、伊良湖崎は雨が降っているらしい。最後にやっと濡れるようだ。

 

 「花を惜しみて春起きること早く 月を愛して夜眠ること遅し」

 

 

少し遅れて春が追いついた。紀伊半島の記憶もまだ鮮明なうちに桜が散り、アスファルトに寂しい跡を重ね始めた。流行りだした「桜坂」は、切ないくらい、タイミングがよかった。

 

「あなたが青春時代を考えないのは、それを失っていないからよ。きっと。」


皆様へ

長い間「捜神記」をご愛読され有難う御座いました。

次回の旅日記をお楽しみに。

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又、「われもこう」さん、素敵なイラスト有難う御座いました。

HP作者:Umapochi

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