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umapochi                             

ぼんやりとした不安  〜デュアルスポーツに参加して〜

元に戻る                          99.3.8 K.Yamamoto

 

 強引にエンジンのオーバーホールを終わらせたXRに久しぶりに跨った。バイク屋の店長は、私の顔を見ながら言った。

「急がせるからエンジンしかみてないぞ。アクセルも戻らないし、ハンドルも曲がってる。ブレーキのタッチも悪い。後は帰って自分でやれ。」

去年の夏前から推定5馬力位落ち込んでいたXRのエンジンを、デュアルスポーツと社外スタッフの話と少し悩むのを理由に、この不景気の中、やっとの思いでオーバーホールに出したのである。新車と初めて出会った瞬間とまでいかないものの、胸の高鳴りは抑えられなかった。 

 枕の横にツーリングマップを携えながら、雪の影響を考えてルートを模索した。篭坂峠を通る国道138号か国道52号に廻るかだ。国道52号に廻れば、約一時間余計に掛かってしまう。篭坂峠はかなりの確率で路面凍結しているだろう。その手前の御坂峠も結構怪しい。でも、天気は問題ないらしい。久しぶりのXRで、しかも明日のために装備を揃えた(一部足りないが)初めての冬季ツーリングだから年甲斐もなく興奮しているのが自分でも分かる。そしてルートの迷い。ルートは朝の気分で決める、と決めたにも関わらず、その夜はなかなか寝つけなかった。バイクに乗れば、少しは解決できるだろう。

 まだ一時間位眠れるだろうと薄く開いた目で時計をみる。針は寝過ごしたこと示している。カロリーメイトを急いで頬張る。いつもより着替えに手間取る。厚めの靴下を履いたから、ブーツがきつくて仕方がない。ブーツのバックルをずらそうとしても寒さで堅くなって思う様にいかない。腹立ち気味で調整を終える。これだけ遅れると、篭坂峠を通ざるを得ないと、勇んで出発した。

ガソリンスタンドで給油して、篭坂峠を目指す。が、信号で止まった瞬間、雪の富士山が目に入るとやっぱり国道52号と躊躇することなくUターンした。これだけ決断が鈍くなると弥が上にも歳を感じる。寒さのせいにできるのなら、したいくらいだ。

国道52号を富山橋の入口まで行き、富山橋を渡って県道9号を走る。ダンプの多い国道52号を避ける、結構「お気に入り」の道である。下部町をちょこっと掠め、身延町。県道10号に繋いで、南部町の時間帯通行止めの箇所を時間前に通過する。そして、富士川身延線(この道も静岡県の県道10号)に乗り、静岡県の芝川に抜けた。道も少しづつ混み、富士宮市の国道139号に合流した時には出発から約1時間半が経っていた。オーバーホール上がりのXRをいたわりながら走った割にはいいペースである。ギヤ1速分の余裕が感じられる。全部で幾ら掛かったのだろう。そんなことを気にしながら、富士市に入り、国道1号のバイパスに乗った。この道を走る時、いつも気になるのだがここの制限速度はいったい何キロなのだろう。アクセルにかなりの余裕を残して、車の流れに合わせて走る。愛鷹山が良く見える。途中でRMXが抜いていく。装備がないから、デュアスポ参加者じゃないと判断する。こういう集まりでは、どんなバイクが多いのだろう。

バイパスが終わり、道が一気に混雑する。急がなくてもいいのに流れの速い車線を探し、前へ前へと先を急ぐバイク乗りの性が悲しい。ゆっくり走る言い訳は三つ位あるのに、なぜこうも急ぐのだろう。国道414号か国道136号か少し考えて、渋滞から少しでも早く抜け出したいのと、冬の海を見ると決めて、伊豆長岡町を目指して国道1号を右折した。

潮の匂いを感じながら、大滝詠一の「雨のウェンズディ」を口ずさむ。・・・海が見たいって言い出したのは君の方だよ・・・ん、もう、15年も前の歌だ。バイクに乗っていると、こういう瞬間に良く出くわす。バイクはノスタルジアを感じさせる機械である。(もちろん、・・・この道はいつか来た道、ああそうだよ・・・なんてのは初中終で、このレベルはバイクじゃなくても感じることができる。例えば、今回のように一人で走っている道が、バイクで久しぶりに走る道で、おまけに以前タンデムで走った道だったりすると、思い出と言うより、無くしたと思っていたレコードを見つけたようなもので、聞きたくても、今はもう聞くことができない切ない現実を感じてしまう。)

 いつしか道の国道標識は国道414号と国道136号が並んで表示されるようになった。有料道路となるバイパスが国道表示となっていて、注意していないとついついそちらに引き込まれてしまう。もう少しこの標識は、なんとかならないものか。紛らわしい標識が無くなり、静かな道端になる。気持ちもアクセルも緩んで県道道12号の標識を見落とさないようにする。それにしても、早く着き過ぎる。もう少しゆっくりできたと後悔する。時間を読み違えた。でも車が空いているのは時間が早かったおかげか。それとも、季節の所為か。冬の伊豆、あまりありふれたイメージではない。でも、もう少し経つと「梅は咲いたか?」だから、ちょとしたポケットの時期なのだろう。それにしても、前を行く練馬ナンバー、もう少しまともに運転しろ。

 中伊豆町を示す標識に従い、国道414号を左折し、県道12号に入る。その次は、しばらく現れない信号が見えたら、県道59号だ。この辺りも年度末を前にした道路工事をやっている。片側通行の信号待ちで練馬ナンバーの前に出る。急いでも仕方ないのだけれど、せっかくのバイクだから、とついつい出てしまう。時間たっぷりあるのに。目的地まで行って、場所を確認したらそのへんをプラプラするか。それとも昼寝か。そんなことを考えていたら、もう、信号が見えてしまった。とりあえず、尿意を感じたので、目的地とは別の方向に曲がる。

 バイクが止め易く、スモールインパクトできる場所を探す。気が付けば、部屋を出発してから一度も休憩していなかった。そして目の前に、調度具合のいい退避所が見える。「ラッキー!」と同時にウインカーを灯す。

 バイクを止め、エンジンを切り、注意してグローブを脱ぐ。オバーグローブを同時に外さなければならないから、慌ててはいけない。ゴーグルを外して、ヘルメットのストラップを外す。顔に巻いたバンダナを外す。まだ、慌ててはいけない。ジャケットのファスナーを下から上に開き、オバーパンツのホックを外し、ファスナーを降ろす。まだまだ慌ててはいけない。フリースパンツのを下げ、ポリプロピレンのタイツ、なぜかトランクス(こういうときは、ブリーフだと思う)、「ふう」やっと湯気である。結構、我慢したなー。

くゆらせた煙に目を細目ながら、「だいぶ、調子良くなったな」と呟く。あと一万キロ、走ってやるよ。煙草を吸い終える前に、次はガソリン、そして昼飯と決め、目的地についたら、寝ることにした。

 先ほどの信号をちょっと戻って給油。130キロちょい、だから6リッターいくかな、と思っていたら、4.7リッター。燃費もだいぶいい。道路を渡ってファミリーマートで昼飯を買う。鼻水が垂れていないことをミラーで確認する。バイトの女の子、二人ともかわいいけど、一人は愛想いまいち。スパゲッティとお握りと文庫本を買う。文庫本は時間を潰すためである。雑誌でもよっかたが、かさばるからやめた。世界地図の話らしい。それほど気合いをいれなくても読めそうである。目の前の少年がバイトの女の子に話かける。

「お兄ちゃん、今日なにやってる?」

「家にいますよ」

ツーリング先での昼飯がコンビニ弁当という寂しさの中、おばさんや変な親父じゃなくて、いかにも高校生といったバイトの女の子の存在は、この寒空の下、缶コーヒーよりずっと心をホッとさせる。別にどうってことないのだけれど、普段高校生なんてなかなか見れないから、なんかとても貴重である。そう、私が高校生の頃は「100円玉で買える温もり、熱い缶コーヒー握りしめ」何て時代だった。いつしか、100円玉で買えるのはアイスクリームだけになってしまった。店の前でバイクに跨って飯を食う。心のホッが消えないうちに煙草に火を付けよう。家有り触れた町並みの、有り触れたコンビニの前で、一人はみ出した事をしている。だから、同じ様な身なりが通らないかと期待し、規律正しいストップ・アンド・ゴーを眺めていた。まだ一時間もある。

県道59号に入ると、目的地である「萬城の滝キャンプ城」の看板が目立つ。この道もいつか来た道と思い出す。CRMに乗ってた頃だろうか。看板に促され、記憶に残る道を離れる。道幅が次第に細くなり、「萬城の滝」の看板、その反対側に「萬城の滝キャンプ城」。時間が早すぎるけれど、一応と思って中に入る。まだ、誰もいないよなーと思って駐車場を横切ると下の方で声がする。おお、いるじゃん、と思って下のキャンプ場に向かう。

「この人、見たことあるな」(後で確認すると、デカビタン高杉?さん)

とりあえず頭を下げるが、何となく気まずくなって、行き場を失う。それでも、5台ぐらいいるかと確認する。ここまで来ると、場所の確認のつもりが、今更また外に出にくくなって、徐行する。車もある。トランポ可じゃないだろ!軽装だから、注目されてるような気分になる。何処に止まろう、と一瞬考えたたが手ごろな切り株が目に入り、その脇に止めることにした。一人で来るんじゃなかった。いくら過酷でも、キングオブフルーツの方が良かったかも知れない。そして、そこはトイレの目の前であった。 目的地に到着したものの気分は落ちつかない。グローブを脱いで、今度はゆっくりと。ヘルメットを脱ぎ、、ディバックを下ろし、ウエストバック外し、平静を装い切り株に座る。念のためにエアマットをもってきたけど、膨らますのが面倒だし、変に目立ちそう。まわりにいる人達の様子を伺う。このガスガスは「ここどこ」で見たことあるな。とりあえず、先程の文庫本を開く。目で字を追ってもなかなか頭に入らない。関西弁も聞こえてくる。バイクはアフリカツインらしい。それなりの体格だ。俺はどうせXRだよ。特に目立つバイクじゃない。けど、レースもツーリングもそこそこ走っている。一粒で何度もおいしいんだ。話てることがちょっとウンチクぽいけれど、黙っているよりはいいかもしれない。その向こうでも、さっきの人を囲むように話が盛り上がっている。

「編集部の連中遅いよ」

確かにそう思う。少し位早めに来て場を繋いでくれ。また煙草を吸ってしまう。「随分、荷物が少ないですね」

と近くのセローに乗った人が話かけてきた。よかった、このまま誰とも話さずに帰るところだ。(まだ始まってもいないのに)

「ええ、今日だけですから」

「日帰りするの、明日仕事か何か」

私は、多分、若く見られているのだろう。

「仕事はないけれど、やることがあります。それに、真冬のキャンプはしたことがありません。一応装備は揃えたんですけど。オーバーパンツも今日初めてはきました。」

「俺も、冬は初めてなんだけどな」

「普段、冬はそんなに出歩かないんです」

そんなたわいのない話をしているうちに、次第にバイクが集まってきた。アフリカツインがもう1台来て、「極悪」で盛り上がっている。みんな、知り合いらしい。インターネットでつながっているようだ。。ホント、自分が浮いていると思う。日帰りの格好でただでさえ浮いているのに。早く始まらないのか。間が持たない。不規則な間隔で到着するバイクを横目で追いながら、またまた、煙草を吸ってしまった。ジェベルXCが結構多い。次にTT−Rレイド、って感じかな。以外とXRは少ないというより、いまのところ1台だけ。

 キャンプ場にチェロキーが入ってきた。やっと編集部が来たらしい。早く始めようよ。編集部の人達は、気が付けば私と同じ世代の様に感じた。冷静に考えればごく自然なことなのに、同じ趣味に生きる先輩の様な感覚があったから、本当はもっと老けた人たちが作っていてくれたんじゃないかと思っていた。でも、自分もそれだけの年齢になってるから、そんなに驚くこともない。

 上の駐車場で受付が始まった。あ、これがあの1BOXか。あの賀曽利さんもいるんだ。申込の証であるビバンダムのペンダントをデイバックのストラップをつけて、コマ図を貰ってやっと気持ちが踊る。逆デュアスポってのが少し紛らわしいが、何とかなりそうだ。雪もあるらしい。楽しみの一つとして取っておくか。パスチェックの一つは、は行かなくても何となく答がわかった。でも、まだまだ走りだせないらしい。もうしばらく遅れて到着する人を待つらしい。久しぶりの辛抱もここまで来ると、どうでもいいやと投げやりになる。レースじゃないんだよな。

冷えきったエンジンを始動し、温まるのを待たずにスタートした。おかげで出発のチェックでエンスト。格好悪い。何台か先にさっきのセローさんがいる。このまま追いついて、ずーと後をつけようかと思ったが、でも、ここはターマック(なつかしい響き!)、レイドカムロじゃ追い越し厳禁。それに、せっかくのデュアスポなんだから、きちんとコマ図で走らないともったいない。どこかで集団から離れたら、飛ばせばいい。

しばらく使っていないXRのトリップ機能を巧みに使って、といきたかったが、オーバーグローブが邪魔でボタンが上手く押せない。日も出ているし、暖かさを感じたから、すぐさまオーバーグローブを外して、手元を解放した。これで、トリップバッチリ。あとは、コマ図をつくったバイクとの誤差に注意するだけだ。

 団子状態のまま、ちょっとしたダートを走り、あっと言う間に舗装路に戻ってパスチェック1へ。「ここの銅像の文学作品の作者は誰でしょう。」答は、案の上、宍戸錠、銅像は「伊豆の踊り子」、川端康成だろう。他のみんなと同様、一服したいところを抑えて、1台きりで出発する。とりあえず、ガンガン行く。前の集団は見あたらない。国道に接している砂利道を下ると、広場が現れた。そしてその先に林道標識。ここまで、行けども行けどもT台きりなので少し不安になったが、地面についたタイヤの跡を見つけて少し安心。ガンガン走りたいけど、コマ図の距離が気になって、思うように飛ばせない。ダートはやはり、SSでないと。だから、区間距離が比較的長いと少し嬉しくなる。やっぱり、編集部の人を見つけて、ホントに安心。

 パスチェック2は「この天然記念物に着くまでに、木の階段は何段ありますか?」バイクを止める。後ろからはまだ誰もこない。パッと見て、かなりきつい斜面である。最近はホント、歩く事が少なくなった。この勾配とモトクロスブーツじゃ、目標とする天然記念物を視界に入れたとたん、息切れしてしまう。「数えろ」というなら、数えましょう。下から眺めただけじゃ、答は出せない。出題者も大変だね。

「いち、にい、さん、しい、ごう、、、」

子供の頃、神社やお寺の境内に登るまでの石段を同じ様に数えたものだ。いや、ここ数年前、何故か身延山の石段を数えた覚えがある。

「ななじゅうく、はちじゅう、、、」

調度いい数字だから、これが答で多分正解。踊る心臓を宥めつつ、段数を確認しながら降りる。途中、これから登る人とすれ違うが、置かれている状況が良く分かるから、頭をちょっと下げるだけで済ましてしまう。この経験のおかげで、私は休み明けの月曜の朝から、6階にある自分の職場まで階段を登ることにした。再び一服したい欲望に駆られるが、林道をすっきりと気兼ね無く走る事の方を遥かに欲しているから、ここでも怯む事無くすぐ出発した。来た林道を戻り、再び国道にでる。

 この道は天城峠の道だから、次は旧道の入口だな、と予想し、その先の林道を思い浮かべる。トリップメーターの数値と照らし合わせて確証する。旧道のダートを走り、パスチェック3へ。「有名文学者の石碑です。この石板の表に書かれた文字数は、いくつ?」また数の問題か。伊豆の踊り子の1頁。また声に出して文字を数える。毛筆の、つながるような字の書き方だから、油断していると、文字の区切りが分からなくなる。またまた、区切りのいい数字。これで、ここも多分正解。でも一応、逆からも数えて確認した。もう、後は本当に走るだけ。コマ図には「この先雪あり」の注意書き。わくわくしてくる。しかも、次のコマ図まで7キロ!。本日最大の区間距離である。辺りの感触から記憶が甦る。さっきの記憶と一致する。この道もいつか来た道である。区間距離が長いから、やっと景色を見る余裕ができた様な気がする。今回のように、コマ図で走ると、気持ちがコマ図に集中してしまい、景色まで気が回らない。でも、よく考えれば、普通のツーリングで林道を走る時でも、川の流れと同じ様な、道の流れみたいなものに乗って走っているから、同じことかも知れない。

 なかなか前にバイクが現れない。ゆとりをつくる為に一人になったが、いつの間にか孤独が焦りになる。だから、その分アクセルを開ける。きっと、前にバイクがいたとしても、犬のように追いかけるのだろう。ついつい、気持ちが「レイドカムロ」とラップする。また、レースをやりたくなってきた。「レイドカムロ」が無くなってから、何だか走る目的をなくしたようで、他のレースもやらなくなり、河原のコースでの練習へも行かなくなった。そして、体力が落ち込み、お腹の脂肪が増えた。

 デュアルスポーツは、一人で走っているようで孤独ではなく、一緒に連なってツーリングのように走っているのとも少し違う。ツーリングでは、大抵先頭を走る人間の後を付いていくだけで、前のバイクに付いて走ることが目的になってしまう。先頭を走る人間と、それに続く人間とでは目的が違う。先頭が道を間違えようが、それに続く人間は金魚の糞状態である。その点、デュアルスポーツは、個人として走り、全員で同じ目的を持ってはしる。そして、競って走ろうが、人とつるんで走ろうが全く自由である。ちょっとあいまいな感じだけど、これがデュアルスポーツの魅力なのだろう。また、コマ図を作った人間も大満足。私も以前作ったが、自分の指示どうりに大勢の人間が動いてくれる喜びは、なかなか楽しい体験だった。そして、これに普通ではなかなかできない、大人数でやる冬の野宿が加わるのだから、その組み合わせの楽しさは想像しただけでも分かる。

 林道は少しづつ方角を変えて行く。路肩の雪が目に入る。しだいに日陰が路面を覆っていく。コーナーを抜けると、そこは雪国だった。なんてことはないが、一気に雪が現れた。出発前のミーティングで路面凍結しているから、バイクを押して通過しろと言っていた。見た感じの、ここの雪はまだ柔らかく、タイヤのグリップ感もある。行く手の雪面にもタイヤのパターンを見つけることができた。スピードを抑えて、少し緊張し、雪の微妙な感触を味わって、最初の(この時はもうないと思っていたが)雪路を通過する。聞いて想像していた区間より、実際の区間が短い。ここでは無いということか。

 雪が消えてすぐ、ハイラックスがすれ違う。ドライバーが怪訝そうな表情でこちらを見ている。「またバイクかよ」なのか、それとも「雪があるのに、よくバイクで走るな」の意味なのか。おそらく両方なのだろう。雪があっても走る、オフロードバイクの素晴らしさを少しでも知ってくれただろうか。それでも、やっぱり土の方がいい。この辺りの路面は補修用と思われる妙に赤い土が所々に盛ってある。さらに何メートルか置きに道をモッコリと横断するように盛られている。腰を引き、うまくアクセルを合わせてやると、バイクがビュッと飛ぶ。

 ビユッビュッと飛んでいたら、また白い雪が現れた。今度はさっきより、雪の量も距離も長い。明らかに後から運ばれたと分かる土の妙な赤さと、雪の白でとても不思議な雰囲気。行く手にある、出口が見えないコーナーも十分に覆っている。さっきの雪より、その下は堅く冷たそうである。にわかに恐怖心が沸き立つ。ここは、充分に減速して、惰性で下ろうと、臆病な思考が駈けめぐる。いつでも足が出せる様に心構えをする。そして、グリップしそうなラインを探すが、決断できないまま、迷っているうちに雪に突入する。一度バイクを止めて、ゆっくり考えてから先に進めばいいのに、通過できる道だと分かっているから、無駄に止まらないことが粋だと、くだらないプライドが邪魔をする。と同時に、再び判断力がだいぶ鈍くなってきたことを実感する。私の実にならない葛藤の意に反して、バイクは車が作った轍に引き寄せられる。こんな場合は、轍の方が固められているから、凍結しやすい筈だと頭で分かっていても、体はなぞってしまう。行けるかな、無理かな。行けそう。行けそう。行ける、行けると油断した。一瞬、体が堅くなる。視線を前方に流せない。こんなんじゃ、だめだと思ったら、フロントタイヤが逝ってしまった。フロントタイヤからの転倒だから、成す術もないまま、私の体はうつ伏せでバイクにかぶさった状態となった。ヘルメットが無ければ、顔面の強打である。転倒と同時に路面を叩いた手が痛い。しかし、バイクの上に落ちて、ぶつけているはずの腹が思ったより痛くない。どうやら、ウエストバックが適度な緩衝材になってくれたらしい。なに食わぬ素振りでバイクを起こし、辺りを見渡す。誰もいないことを確認して、バイクを押して歩く。バイクの痛みが消えたころ、コーナーを抜けて雪も抜けた。これでまた林道の進むの方角が陽の当たる位置に変わるのだろう。この先にも、雪はあるのだろうか。

 ダートをガンガンいきたかった気持ちも、体に怪我が無いことを痛さで確かめて、いつしか意気消沈。バイクも、緩んだミラー以外、特に異常は無い。低速での、ごくありふれた転倒だった。雪とはなかなか上手につき合えない。まともなダートがしばらく続いて、雪はもうないだろう、と思っていたら、また現れた。今までで一番の距離も厚さもある。ここが最大の難関なのだろう。通過できることを知らなかったら、迷わず戻る場面である。もし、同じ技量同士だったら、迷わず進むだろう。そして、私の方が上手だろう、と思う相手なら、相手の意志にまかせ、私の方が下手だろう、と思う相手なら、「進みましょう」というだろう。今回はデュアスポだから進むのは当然である。

 速度を抑えて、雪に進入する前にルートを探そうとする。しかし、結局車の轍に乗ってしまう。路肩の方は枯れ葉が見えていて、なんとかなりそうな雰囲気だ。でも、そこそこグリップしていて、なんとかこのまま行けそう。行ける行ける、今度はクリヤできる?轍を抜けようぜ、フロントちょっと傾けた。いい、いい、この調子。てっ?ああ、今度はリアだ。股の下でバイクが泳ぐ。もう、勝手に行って状態。ハンドルから手を離し、犬の小便の格好で足を上げ、バイクだけが進んで転ぶ。御免ね。

 今度はさっきより長い距離を押して歩いた。道は下っている。時々バイクが勝手に進む。追いつけなくなったら、また手を離そう。転ぶと分かっていて、本当に転んでも同じことを繰り返してしまった。全く身に滲みない。行ける所まで行く、バイクはそう簡単に降りりものじゃない、という、妙なプライドが、雪があろうと、忠告があろうと、安全サイドにまわる気持ちを起こさせない。さっきの雪はダメでも、今度の雪は大丈夫かもしれない、わずでも可能性があると思っている。バイクなんて転んで当たり前、降りないことに意義がある。転倒が恐くてバイクに乗れるか。転ばないオフライダーはいないはず。バイクを極めればオフロー道。これが若さ(?)か愚かさか。転ばずにバイクを押すより、転んでからバイクを押す方が気持ちがいい。安全な方法で前に進むことも正しいが、少しでも速く駈け抜けることもまた真理。雪を抜けた林道から、その通りと、遠くで富士山が言っているように見えた。

 林道を抜け、再び国道414号へ。ここまでコマ図の読みは完璧だった。そして、国道からの左折のポイントを見つけ、次のコマ図のポイントは「ごみ箱」、「広場」である。ところが、この「ごみ箱」がみつからない。何度か国道からの道を往復していると、軽トラのおじさんが、

「国土峠、さがしているの?」

と聞いてきた。

「いいえ、違います」

正直なところ、コマ図を見せながら、「このごみ箱探しているんですけれど、わかります?」と尋ねたかった。けれど、そんなことをしたら、おじさんも悩んでしまう。そのうえ、逆デュアスポ。逆デュアスポとは、一旦普通に読んだコマ図を、逆に読み、前に読んだ時に来た方向へ戻って行くものである。少し落ちつきを無くした心情では、なかなか冷静に読めない。難しい。この道の標識は県道59号。そのままいけば、ゴールのキャンプ場に着ける。このまま進んでもいいけれど、せっかく此処まで順調にコマ図を辿って来たのだから、最後までキチンと走りたい。しかし、ちょと考えて、他力本願することにした。国道414号に頭を出して、後続を伺う。

 来た来た。しかし、みんな、この角を曲がらずに行ってしまう。ここはやっぱり迷い所らしい。車に注意して、さりげなく後ろに付く。そして、みんなその先のコーナーのコンビニに流れて行く。そこにはすでに、何台ものバイクがあった。バイクを止め、ビックオフの人たちと話す。

「ごみ箱見つかりました?」

「もう、コマ図どおりに走っていないんですよ」

ここに来た人達は、曲がり角が見つけられなかった人達らしい。

「雪の上はどうしました。」

「皆さんに助けていただきました」

その時、一服しようと、ウエストバックに視線を移す。底の方から液体が出ていることに気付く。さっきの雪の転倒でウエストバックの中に入れて置いた紙パックのトマトジュースが破裂したらしい。中のツーリングマップは少しトマトジュース漬け。一緒に入れていた携帯は、そのおかげで無事だったようだ。他の中身を出して、コンビにの駐車場の水道で洗う。

「ジュースをウエストバックに入れるのは、良くないですよ。なかなか見れないことですから、ちょっと、いいですか」

としっかりアフリカツインさんに写真を取られてしまった。

「顔は写してませんから」

適度に休憩し、誰かが出発するか、様子を伺う。よく観察していないと、メットや、グローブを付けている間に出かけてしまい、一緒には出発できない。そこへ調度出発準備をする、TT−Rレイドさんを見つけた。聞いてみると、戻ってコマ図を辿るらしい。渡りに舟と思い、後に付く。同じ様に「ごみ箱」で迷うが、「ごみ箱」らしきものを見つける。しかし、進む方向は、私と違う判断である。こっちに進むのなら、真っ直ぐ行って、県道で戻った方がいいのにな、と思いつつ、こちらを気にせず先に進むので、一瞬迷ったが、それを告げようと追いかけた。追いついて、思慮のため止まっている時に、さっきの道で帰れると告げたが、

「こっち、行ってみます」

と、さらに迷い込んで行く。こうなると、こちらも面白くなってくる。知らない道も二人なら、何でもありだ。しかし、そんな私の親近感とは裏腹に、どんどん一人で先を急いでいる。仕方が無く、あきらめるまでついていくことにした。そして、迷い込んだ林道は、いつしか雪に囲まれ、やっと、県道59号に戻ることになった。県道59号の逆行は、見たことある景色が流れていく。やれ、やれ、やっとゴールらしい。

 めでたくゴールして、出発前と同じ場所にバイクを止める。切り株に座って一服する。なんだ、アフリカツインさん達はもう戻っている。辺りは、まだゴールしていないバイクがいるにも関わらず、デュアスポ出発のときより、バイクが多いようである。出発後来た人達もいるのだろう。さあ、今日はこれで終わり。今は午後4時過ぎ、もしかしたら、まだ陽があるうちにここを出発できるだろう。早速、編集長に帰っていいかと訪ねる。

「最後の人がゴールして、パスチェックの答合わせが終わるまで、待っていてください。」

それなら、あと1時間もすれば帰ってくるだろう、とこの時は思った。ところが、なかなか帰れない。コーヒー、おでん、ガーリックトースト、のサービスを頂いて、焚火の準備をしたが、時間を弄ぶ。帰りのルートも帰る時間によって変わる。夜は地図が簡単に読めないし、標識が見落としがちになるから、なるべく明るくて、知っている道を帰りたい。しかし、寒さを考えると、初めてでも、暗くても早く帰れる道に決定した。地図をしっかりと頭に入れる。夜、長い時間走ることがめっきり少なくなった。途中、ゴールの状況と社外スタッフの話しを聞く。

 ついに、煙草も無くなって、午後5時半を過ぎたころ、再び編集長に帰っていいか尋ねた。

「まだ帰ってこないんですよ。一人、エンジンントラブルでバイクが動かなくなって、今、回収に行ってます。」

いったい、いつ帰れるのだろう。日暮れとともに、夜を過ごす楽しさを待つ雰囲気が漂って来る。しかし、明日のことを考えると、少しでも早く帰りたい。もう、寒くなる前にとか、陽があるうちに、なんていうのは、理由にならない時間になった。逢魔ヶ刻である。この時間帯は、過去に一度事故を起こした時間。つまらないトラウマが気持ちを複雑にする。セローさんが焚火の前で寝てればいいという。それに従いたいくらい、キャンプ場はすでに夜更かしモードである。しかし、何をどうしても、今夜はこの寒空のなか、今から三時間も掛けて帰らなければならない。

 今回のコマ図の作成者である、デカビタン高杉さんが戻ってきた。早速パスチェックの答合わせをし、すぐ帰る旨を伝える。次回の林道祭に、できたらまた参加して下さいと、お誘いをうけ、おそらく明日の賞品となるであろうソフトクーラーボックスを頂いた。

「それでは、帰ります」

 焚火の炎をバックミラーが映し出す。キャンプ場大きな心残りとともに、帰路に向かう。キャンプ場を出てすぐ、灯と暖かさを無くしたことに気付く。今の時刻は6時半。部屋に戻れるのは9時半頃になるだろう。日常を忘れるためには、日常を考える時間が有り過ぎた。それでも、この季節の、この瞬間、バイクに乗っていることこそ、日常を逸している。キャンプ場を出てすぐの道は、キャンプ場へ続く道だから、暗く寂しくて当たり前。遠く低く見える街の灯が夜景を縁取る。空は曇で、星が道を教えてくれる雰囲気も無い。早く車に遭遇して、ライトで先を照らしてもらおう。少し位、風も避けれるだろう。赤いテールランプを見つけた。速度を上げて、車に追いつく。

 橋を渡る度、家と家の間隔が少なくなり、道が明るくなって行く。道は県道12号になった。暗闇とはしばらくお別れだ。体温はまだそれほど奪われていない。昼食を買ったファミリーマートを掠める。来る時には気付かなかった修善寺駅が、ネオンに照らされている。温泉に入って暖かい所で眠りたい欲求が頭を横切る。夜の道はくだらない光でも、視覚を刺激する。

 帰りは国道414号ではなく国道136号を走った。途中、伊豆中央道の誘惑にかれるが、そのまま真っ直ぐ進む。速度と奪われる熱の関係が、体で分かり始めてきた。足元の寒さを感じずにはいられない。韮山町の混み具合はそれほどでもなかった。三島市の2車線を適当に飛ばして、国道1号に乗った。

 国道1号は混んでいるが、追い越し車線の流れは速く、バイクでこの流れにのるには、もう少し気温が必要である。真ん中の車線が調度気持ち良く走れる。それでも、頻繁なゴー・アンド・ストップは免れられない。前の車に注意し、運転しているのが女の子かな、なんて考えながら走る。食い物屋の看板が食欲をそそるが、富士市までの距離が書かれている標識を見る度に、まだそんなにあるの、という気持ちになり、掛かる時間を計算して先を急いだ。

 国道1号がバイパスになった瞬間(多分)、前の軽自動車が妙な動きをし、急激に速度を落とす。「危ないな、どうせクソババアだろ」と感情が高ぶった瞬間、妙な動きの原因が分かった。道路上に一斗缶が散乱しているのである。軽自動車の動きに追従し、一斗缶を避ける。避けた、と安心したら、同時に後方から「ガギャー」という激しい音。後方としたのは視界の中に音の原因が見つからなかったから。一瞬、私が缶を挟んで走っている、と思ったが、足元を見ても何もない。激しい音はまだ続き、追いかけてくるようだ。そしてその激しい音は左側に抜けた。擦れる一斗缶が火花を出している。綺麗だな。めったに見れるものではない。その車はたまらず路側帯へ。事故にならずに本当によかった。でも、このままでは、事故が起こりかねない。

 富士市に入り、国道139号の看板を見つけて国道1号を降りる。今朝きた道を逆に辿るのだが、夜道なので、安心できない。国道139号の途中で給油。やはり、燃費がいい。今朝の記憶をたよりに走るが、夜道のせいで距離間隔が狂ってきている。国道139号から、適当に走って県道10号富士川身延線舗装路に乗るのが今夜のポイント。標識で芝川を確認して、道を進む。信号の数も数えていないし、見えない景色では、今どこを走っているか確証はない。しかし、方角は合っている。腹もすいてきた。道も再び暗さが増す。早く次の標識が現れないかと思いながら走り続ける。車の数も次第に少なくなってきた。

 やっと、記憶にある橋が現れた。ぐっと安心感で満たされる。その先の公差点の標識には芝川、身延と書いてある。間違いない。公差点を右折して、安心してファミリーマートに入る。今日はファミリーマートで腹を満たしてばかりだ。売れ残りの弁当を買う。待ちくたびれて切らした煙草も買う。バイトの女の子もほっとさせる雰囲気がある。「あと、マルボロライト下さい。」バイトの女の子、煙草の棚の前で迷う。高校生の女の子が簡単に煙草の名前がわからないところがまたいい。外に出て、2月の夜空の下、バイクに跨って、バイク乗りがコンビニお握りを食らう。その横で、集まって中坊が煙草を吸っている。なんじゃこりゃ。空腹を満たし、心配ごとを一つ思い出す。一服していると山梨交通バスが走り去っていく。煙草を吸い終えてからでも、追いつけるだろう。

 コンビニを出発して、しばらくすると、車は前を走る山梨ナンバーのワゴンR一台だけになっていた。さっきのバスはどこへ行ったのだろう。ワゴンRに乗っているのは女の子二人らしい。道は一段と暗くなり、この世で今動いているのは、この車とこのバイクだけかと思う。車中で赤く小さな光が揺れている。(煙草、捨てるなよ)寒空の下、何処まで一緒に行けるのだろうか。徒然なるまま流されるようについていく。寂しい道中、車のテールランプがストーブに見えてきた。

 国道52号に出た。出たと思ったら、ワゴンRは国道52号から消えた。しばらく、我が影の他に一つの影も無し状態が続く。国道なのに、本当に暗くなる。途切れ途切れの対向車のライトが眩しい。夜の国道52号は気持ちの悪いコーナーが続き、本当に走り難い。山梨県に戻った安堵感をいけないもののように感じさせてしまう。富沢町道の駅でひと休みして、スキーやスノボを積んだ車を眺める。静岡の人がスキーをするのは本当に大変だと思った。でも、彼らに私はどのように写るのだろうか。それにしても、止まるということは本当に暖かい。しかし、それを気付かせたこの寒さも、あと1時間と少しで終わってしまう。寂しさに慣れた頃、車を見つける。信号の度に、車が次第に増えてきた。もう、国道52号に寂しさはない。私の意識も、日常を取り戻す準備に入るらしい。

 住み慣れた街の灯は、明るいが暖かくはなかった。お金で買った、暖かさを感じさせるだけだった。何も解決していない。こんななら、凍えながらでも野宿をするべきだった。そうすれば、もうしばらく、現実から逃れていられた。

 XRのエンジンを止めて、一服した。私に「お帰り」と言ったのは、明日起こる、ぼんやりとした不安だけだった。