「猫怪人と小猿奏者、そして鳥王妃」
先日、世にも不思議というか、気味の悪い体験をしたのでここに報告する。
私の住んでいる所から電車で5、6分のところに吉祥寺という街がある。
吉祥寺といえば女性誌をはじめとするあらゆる雑誌で「住みたい街アンケ
ート」を取れば毎回必ず上位に入ってくる人気の街である。
新宿・渋谷に中央線、井の頭線一本で出られる立地条件もさることなが
ら、武蔵野の豊かな自然と衣・食・住あらゆる文化が老若男女すべての人
を優しく受け入れる形で融合しているその懐の広さも人気の秘密なのだろ
う。私も大好きな街である。
だが一方でその懐の広さゆえに不可思議面妖な妖怪が出没するところで
もあるのだ。
私は最低でも週に一度は吉祥寺に行っている。そして時間があり、かつ
一人のときは井の頭公園に寄って池のほとりのベンチに腰かけ本など読ん
だりしている。
この日はドラマ『ラストフレンズ』でも頻繁に出てきた野外劇場前のベンチ
に座って本を読んでいた。平日の夕方に近い昼下がりとあって人数はあま
り多くなく、周りのベンチは高校生や大学生、主婦やその子供たち、営業中
にちょっと小休止をというサラリーマンなどでちらほら埋まる程度で、皆それ
ぞれに世間話をしたり子供を遊ばせたりハンカチで汗をふきふき飲み物な
んかを飲んだりしていた。
と、目の前でバサッという音がした。顔を上げてみると前のベンチに一羽
の鳩がいて私をじっと見ている。↓
http://orange.zero.jp/tokyosennin.fox/hato1.html
私は辺りをキョロキョロ見回した。誰かがエサになるようなお菓子でも
持っているのかなと思ったからだ。しかし皆それぞれの作業に没頭して
いて鳩に気づいているのかいないのかこちらを見る者もいない。
どうもこの鳩は私が目当てのようだ。エサも持っていないのに穴があく
ほど私を見つめている。まあ心あたりはあるっちゃあ、あった。
私はなぜか動物に好かれるのだ。というよりナメられていると言っても
いい。犬、猫、鳥、鹿、蛙にいたるまで私と接した動物たちは全員私に気
を許す。奴らは私を一切恐れない。いま目の前にいる鳩も明らかに私“だけ”
を見つめていた。
だがはっきり言って私は鳩が苦手だ。子供のころコイツらのせいでヒザ
に7針縫う大ケガを負ったこともあるし学生時代に京都東本願寺で彼女と
のデートを大いに邪魔されたこともいまだ許しがたい。また東京の日比谷
公園で意中の女性と歩いている最中にはフン爆撃まで受けた。
しかもコイツらは生意気にも赤い靴下なんかはいて悦に入っている。お
前らボストンレッドソックスのファンか。まあ赤い靴下はどうでもいいが
とにもかくにも無視していればそのうちどっかに行くだろうと踏んだ私は
また本に目を落とした。と、ふたたびバサッという音がして今度はヒザに
軽い衝撃があった。
目を上げて絶句する。なんと奴が私のヒザの上に飛び移ったのだ。↓
http://orange.zero.jp/tokyosennin.fox/hato2.html
『おいおい、どこまで俺に気を許してるんだ』
私はたじろいだ。どれだけ見つめようとエサは出てこんしお前に惚れる
こともないし結婚もできんぞ。
私はそんなようなことをアイコンタクトで送ったが、そんなことは先刻
承知とばかり彼(彼女? )は含みのない表情と色のない視線を放ってく
る。フン爆撃と同じく、なぜ私なのかという疑問をさしはさむ余地もない
問答無用の見つめ方であった。
ここへきて鳩に気づいた周りの者がこちらをうかがう気配も感じ始めて
いたが、なにか追い払うタイミングを逸してしまったというか、このまま
追い払うのも文字通り鳩にヒザを屈したようでシャクに触る。意地になっ
た私は鳩をそのままヒザの上に乗せて読書を続けた。
しかし想像してみてほしい。ある夏の日の昼下がりの公園のベンチに腰
かけ、ヒザの上に鳩を乗せたまま黙々と読書を続ける長身痩躯の男の姿を。
ふと気が付けば私の周りだけ人がいなくなってしまったような気がするのも
気のせいだけではあるまい。その姿ははたから見れば世の中からはじき飛ば
され、鳩を伴侶に人生を漂っているイカレ仙人のように見えないでもなく、
その体から間断なく発せられる控え目なうさんくささ、怪しさに、この男には
なるべく近づかないでおこうという人々の防衛本能が働いた結果に違いない
のだった。と、その時だった。
「その鳩ちゃん、あなたの? 」
ふいに後ろから声が降ってきた。と同時に赤靴下が弾かれたように飛ん
だ。一瞬の羽音とともにヒザが軽くなり軽い喪失感を覚えたのも束の間、
私は鳩を追う目をそのまま声の主に向ける。息を呑んだ。
妙なオッサンが立っていた。
年は50代とも60代とも見える浅黒い笑顔を向けてオッサンは立っていた。
しかし何が妙ってそのオッサンはパッチワークといえば聞こえは良いが、
ようは互いに何の関係も脈絡もない生地を適当につぎはぎしただけの目に
も落ち着かないジャケットを着込んでおり、それだけならまだしも下はスパ
ッツともレーザーレーサーともつかぬ黒いタイツをはいて股間を否応なく
もっこりさせているのだ。しかも素足に革靴。スピード社や北島康介が見た
ら卒倒するぞ。
まさに狂人の名に恥じぬ弾けっぷりだったが彼を決定的に狂人たらしめ
ていたのはその扮装だけではなかった。なんと彼の両肩と頭の上には猫
(子猫でも大人猫でもなくその中間くらいの大きさ)が乗っかっていたのだ。
「鳩ちゃん、カワイイよね」
彼はその顔にしてみたら甲高い、しかしそのわりに妙に生あたたかい猫
なで声で、そうするのが当たり前のように私の隣に腰をかけた。気がつけ
ば周りのベンチにはもう誰もいない。
「鳩ちゃん食べたことある? 」
オッサンがニヤリとしながら私に顔を向ける。すると両肩と頭上に鎮座
した黒ブチと白ブチと三毛も同じように私を見る。一人と三匹、合計八つ
の瞳に射抜かれ、正気とも思えないネタを振られた私は絶句を返事にする
しかなく、そのまま固まってしまった。
「とってもおいしいよ。あ、でもあなたの鳩ちゃんを逃がしたのはピッピと
ピーチとピー○じゃないけどね。フェッフェッフェッ」
オッサンは新聞紙をクシャクシャに丸めたような顔で笑った。最後が聞
き取れなかったがどうやら猫の名前だと気づいた私は遅ればせながらの
鳥肌を背中に粟立たせ、「あ、あの、私ちょっと用事がありますので」と、
見えない糸につり上げられた人形のように立ち上がってベンチから逃げ
出した。
別に知人でもないんだからわざわざ断りなど入れる必要もなかったと気
づいたのは歩き始めてからで、それほど私は身も世もなく動揺していたん
だろうけど、しかし一体全体あのオッサンは何なのだ。
そうだ、写真撮っとくか、と思いついて振り返ると、オッサンと3匹はまだ
ジッとこちらを恨めしそうに見つめ続けていた。私は声にならない悲鳴を
飲み込み一目散に公園出口を目指した。背中にいつまでも視線がからみ
ついているようで本当に気味が悪かった。
とまあこんな出来事だったのだけど、この吉祥寺という街、この手の怪人
がやたら多いように感じるのだ。
10年ちょっと前に初めてこの井の頭公園を訪れたときもそうだった。
井の頭池にかかる橋のたもとに遠目にも妙なオーラを放っている人がいる
ので近づいていってみると、蝶ネクタイをキメたオッサンがアコーディオンを
奏でていた。
それだけなら普通の大道芸人のオッサンで何の感慨もないんだけど彼の
肩には白い小猿が乗っかっていたのだ。私は思わず『うわ、アメディオや! 』
と小さく叫んでしまい周りの人からいぶかしげに見られて恥ずかしい思い
をした。
ちなみにアメディオというのはアニメ「母をたずねて三千里」の主人公
マルコ少年の肩に乗っている白い小猿の名前だ。
別にその小猿はオッサンのアコーディオンに合わせて踊るみたいなこと
もせず、ただ肩に乗っかっていただけなんだけど、思えばあれがこの街の
もう一つの顔を見た最初の出来事だったような気がする。
しかしまあこの小猿アコーディオン弾きにしても今回の猫怪人にしても
井の頭公園という閉ざされた空間に出没する希少限定生物と考えれば、
狭いながらもそれなりに広いこの日本、他にもそんな怪人が生息してい
る街の一つや二つあるかもしれない。
ところがだ。この街の恐ろしいところはそういった事象が限定空間に収
まりきらず普段の日常空間にいとも簡単に流出してしまっているところに
あるのだ。
つい4ヶ月前も度肝を抜かれたことがあった。場所は東急吉祥寺店前の
銀行ATMだから、そりゃもう繁華街中の繁華街だ。私がATMの順番待ち
をしていると後ろで自動ドアの開く音がした。入って来た人は私の後ろに
付いた。と、すぐに首すじに“ふぁさ”みたいな軽い風圧を感じたので何気
なく振り返ると私は全身を雷で打たれたように硬直させてしまった。
そこにいたのは50代くらいの女性。しかしなんと肩にオウムを止まらせ
ていたのだ。それも猫が襲いかかりそうな小さなセキセイインコレベルじ
ゃない。逆に猫を襲いそうなくらいの馬鹿デカさのオウムを。それが私の
鼻先30センチくらいのところで私をにらみつけている。
怪鳥は赤や黄色や青といった原色バリバリのトロピカルな全身とは裏腹
に、松の根っこのようにたくましい脚の先から恐竜のようなカギ爪を出して
女性の肩にガッシリ食い込ませている。クチバシなどカリフォルニアクラブ
のハサミのような重量感で、奴と目が合った時、思わず「かみつかれる! 」
と後ずさりしてしまったほどだ。
ちょうど私が住んでいる街のペットショップの店先にも似たようなオウム
がいるので写真をのせておく。この「なんだお前? 」みたいなふてぶて
しい目つきがソックリ。↓
http://orange.zero.jp/tokyosennin.fox/oumu1.html
http://orange.zero.jp/tokyosennin.fox/oumu2.html
またその女性の服装が奇矯だった。なにかインドのサリーみたいな着流
しというかアラビアンナイトに出てくるエジプトの王妃みたいな、ユルイんだ
か豪奢なんだかよく分からない出で立ちをしていて、首には金銀財宝で出
来た「しめ縄」のようなネックレスがジャラジャラ音を立てていた。
そんなまさに“ひとりパイレーツ・オブ・カリビアン”状態の彼女が『いらっ
しゃいませ。お取引のボタンを押してください』というATMのアナウンス
に促されてタッチパネルを操作しているのだからシュールという言葉では
とても追いつかない。そこに居合わせた人々は天地無用のパラレルワール
ドにでも迷いこんでしまった様相で、一様にとまどいと不安と好奇心をな
いまぜにした表情を浮かべ、早々に出て行く者、唖然と立ち尽くす者など
様々だったが、怖れを知らぬ女子高生たちはキャッキャッと携帯で写真を
撮ったりしてその身の程知らずぶりを大いに発揮していた。
最初に書いた。この街はすべての人間を優しく受け入れてくれるとても
懐の広い街だと。しかしだ。股間を盛り上がらせた黒タイツの猫怪人や怪
鳥を肩に置いたデビ婦人が縦横無人に徘徊するに至って、あえてはっきり
言わせてもらわねばなるまい。
懐が広いのにも程があるのだよ!