[2001/3/30]

色白の彼女

 



「色白の彼女」

 透き通るような肌の白さもまぶしい彼女が、私の前に現れたのが15年前
のちょうど今頃だった。「なんか、小柄だな」というのが、第一印象だった。
それまで私が付き合ってきたのは皆大柄だったので、よけいにそう感じたの
かもしれない。

 彼女は優しくて、そしてクールだった。相反する魅力を併せ持っている彼女
はとても魅力的で、それからの生活になくてはならないものだった。

 彼女は私がいつ部屋に帰ろうと、イヤな顔一つせず三つ指ついて待って
いてくれた。そしてすぐに冷えたビールやおつまみなどを出してくれる。
 時には凍ったピザやカラ揚げ、霜が降りた焼きおにぎりなどを振舞ってくれる
のには閉口したが、なあに、温めればいいのさ。俺はそのクールなところに
惚れて一緒に暮らし始めたんだから。それに物静かなのもいい。時々、夜中に
うめき声を出してビックリすることもあったが、慣れてしまえばどうってことなかった。

 俺は毎日のように彼女の体を開いた。だが、あろうことか彼女は、私の
知り合いにも等しく体を開いた。彼女は誰にでも優しく、そしてクールだった。
不思議とヤキモチなどは焼かなかった。なぜって?俺は彼女のクールな
ところが気に入ったんだから。それさえあれば、何も望まなかった。

 俺に恋人ができ、部屋につれて行った時も彼女は冷静だった。
怒るどころか、俺の恋人に冷たいジュースまで出してくれた。俺と彼女が
愛し合っている時は、黙って目を伏せている奥床しさをも兼ね備えていた。

 何年か経つと、彼女の優しさやクールさは俺にとって当たり前のものとな
り、彼女を乱暴に扱うのにも抵抗を覚えなくなっていた。白磁のように輝い
ていた肌は次第にくすみ始め、様々なアザも目立つようになった。

 最初のうちこそ彼女の体を折にふれ拭いてあげていた私だが、この頃は
そうするどころか、磁石やらワッペン、果ては初心者マークまで彼女に貼り
付けて平気な顔でいた。当時は気付かなかったが、彼女は悲しそうな顔を
していたと思う。

 去年の初夏のことだ。俺は彼女がだるそうにしているのに気付いた。手を
当ててみるとかなり熱を持っているのが分かる。俺は、風邪でもひいたんだ
ろう、そのうち直るさと気にも留めなかったが、一向に熱は下がらず、氷を
頼んでも水しか出せないほど彼女は弱っていた。

 俺はようやく事の重大さに気付き、治療に乗り出した。壁の間際に彼女を
座らせていたからマズかったのかと少し離してもみた。彼女の背中が異様
に熱かったからだ。だが、全く効果はなかった。他にもありとあらゆる方法を
試してみたが、ダメだった。
彼女は日を追うごとに衰弱していった。

 そうなってみて初めて俺は彼女の存在の大きさを知った。
思えばいつもそばにいてくれた。知らず知らずのうちに支えになっていた。
落ち込んだ時には黙って冷たいビールを差し出してくれた。

 クーラーもなく、夏には灼熱地獄となるこの部屋で、そっとアイスクリームと
アイス枕を出してくれた。
小腹がすいた時にはキンキンに冷えたいなり寿司を食べさせてくれた。

 俺の恋人が俺の告白を受け入れてくれた時は共に喜んでくれた。その最愛
の恋人に振られた時は一緒に苦しんでくれた。

 風邪をひいてウドンしか食べられなくなった時には冷凍うどんを出してくれた。
そのトンチンカンさに随分慰められもしたものだ。

 嬉しいとき、悲しいとき、楽しいとき、怒りにうち震えているとき。
何も言わず、ただその色白の慈愛に満ちた表情で15年間も俺を見つめ守っ
ていてくれたのだ。

 今、彼女の脈はほとんど感じられないくらいになってしまった。もう夜中
に突然うめき声をあげることもない。だが、今でも彼女は懸命に冷えたビー
ルを出そうと最後の力を振り絞っている。どれだけ頑張ってもビールは
生温いままだ。もうクールじゃなくなってしまった。でも、もうクールじゃなく
てもいい。今度は俺が返す番だ。

 昨日の夜、数年ぶりに彼女の体を拭いてあげた。出会った当時の肌には
戻らなかったが、それでもけっこうキレイになった。俺がサボっていただけだった。

 夜があけ明日になれば、彼女とはもう二度と会うことはない。もう彼女に
は何もしてくれなくていいと伝えた。かわりに俺が何かしてあげたかった。
彼女がこの世に存在していた証を刻みつけようと思い、手前勝手ではあるが
メルマガで配信した。感謝の気持ちを表わしたかったのだ。

 彼女はどう思うのだろう。聞いてみたかったが、無駄だとも分かっている。
彼女はいつでも黙っている。俺の支えになるためだけに一緒に旅して来たの
だ。本当に長い間ありがとう。ゆっくり休んでください。

 彼女は今この瞬間も、後ろで俺を見守ってくれている。内に菩薩を秘めた
まなざしで。

 あさって4/1以降、彼女は家電リサイクル法の対象となる。


☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆ 

予告どおり、キッチンタオルで尻を拭いたぞお。
なんか変な感じだった。というよりもったいない。
でも意地になる仙人であった。

 

 

book1.gif
つぎ

 

book1.gif          book1.gif
もくじ           表紙