035: 水彩色鉛筆

あの人がいなくなってから、もう何ヶ月になるだろう。
あの人は空へと落ちて行った、
大切な仲間と一緒に。
こうして普通のような顔をして暮らし始めた日々。
私を気遣う仲間たちが研究所に、私のそばに残ってくれている。
私は彼らの身の回りの世話をするという役目を敢えて引き受けた。
だから私はこんな日々にも正気を保っていられるのだろう。


あの人がいない。
この美しい季節に。
あの人がいない。
こんなに青い空なのに。
青と対照を成す鮮やかな白い雲。
私は大空を見上げ、まぶしさに目を細めながら
そこにあの人の面影を描く。


そのうちに曇りだして大粒の雨が降る。
私は傘をささずに雨空を仰ぎ、雨に涙をなだめてもらう。
空に描いたあの人の面影は、雨ですっかりにじんでいる。

私は雨に濡れたままずっと立ちつくしている。
身体は芯まで冷えている。
そこへまた日が差して、私の身体を温める。
あの人の落ちていった空が、私の身体を抱き締める。

ふさぎこんでもいられない。
夕食の買い物に行かなければ。
それを口実に画材店へ行って、特別な色鉛筆を奮発しよう。
画用紙を空に見立てて、私はその色鉛筆であの人の濡れた瞳を描こう。
そして今度は構わずに思いきり涙の雨粒をそこに注ごう。

それはきっと、誰よりも美しい少年の、私だけの大切な水彩画になるだろうから。


                                       (2004年7月2日)


「100のお題へ」