015:螺旋階段


闘いに疲れた僕は、どこまでも続く螺旋階段を、重たい身体を引き摺って這い 蹲るようにして昇ってゆく。
ここを昇り切れば、塔の上には姫君がいる。
姫に会わなければ。

息も切れて身体中が激しく痛み始めた頃、白く輝く高 い塔が眼前に聳えるのが目に入った。
やっと辿り着いた。姫に会いたい。
僕は叫ぶ。
姫君、窓を開けてください。
わたしを招き入れてください。
その栗色の髪を垂らして、わたしをつたい登らせてく ださい。

姫君はこたえて言う、
おまえはここは来られない、
わたしの髪は長くはないし、おまえを迎え入れること はできぬ。
第一おまえの行く先は、あちらの黒い塔なのだから。
さあ、早く、この階段を下りておまえは城下へ戻りな さい。

振り返るとそこには、黒々とした邪悪な塔が、おどろ おどろしく吹きすさぶ風の中に聳え立っている。
僕ははっとした。
そうだ、この塔こそ僕に相応しいのだ。

この血に汚れた襤褸の服で、美しい姫君の前に立てる はずもない。
姫君はあの小さな窓にちらとも姿を見せはせぬ。
ただすすり泣く声が、風にまぎれて聞こえるのみ。

姫の細い声がする。
もう一度言う、
さあお行き、わたしのそばから立ち去りなさい。

それは弱弱しくもあまりにも決然としていて、その刹 那、僕は転がり落ち始めた。
暗闇へ続く長い螺旋階段を、いつまでも、どこまでも どこまでも。


………

目を開けると、まぶしい光と安堵のため息が僕の上に 落ちてきた。
僕は手術台の上に居て、白衣のひとがそばにいる。
僕の頭も胸も腕も脚も、ひどく痛んでたまらない。
あの階段で怪我をしたのに違いない。
苦しい息をつきなが ら、痺れる脳髄でいくら思いを凝らしてみても、
光る白い塔の姫君が誰であったのか、もはや思い出す ことが出来ない。
この血の色の襤褸を着て、どんなに疲れ傷ついても、 僕は闘い続けるだろう、
いつか風に聳え立つ あの黒い塔へと、ひとり辿り着くその日まで。

(2005 年3月1日) 

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