030: 四面楚歌

わては久しぶりに国に帰っているのアル。
せっかくやいうことで京劇「覇王別姫」を見に北京の劇場に来たのヨ。
項羽が最後、敵に取り囲まれ故郷の歌を聞き、嗚呼我が故郷すら敵の手に
落ちたかと絶望のココロ、愛する虞姫とともに命絶つ、わて涙止められず
終わっても席立てなかったヨ。

帰り道、北京の大通りの空見上げてわては考えていた。
あの時、木にかけた縄の輪っかから見上げた空と同じ色やと。
わてもあの時死のうとしてた。何もかももうお終いや思うてた。
故郷の歌は聞こえなかったけど、生きてゆくにも万策尽きたと
減った腹が
きゅるると鳴いて訴えてたネ。

でもわては今こうして、少しばかりいびつな形ではあれど生きて食べて
仲間持ってる、店持ってる。
あの時もし
わてが一瞬早くあの輪っかをくぐってたら。
わて今頃あのお空のどこかアル。

覇王項羽はんと比べてヨロシかどうか分からないアルが、万策尽きた
あの方、もしあのまま生きていてもきっと劉邦はんに殺されはったやろ。
わては死せずしてこないなことになったアル、決して楽ばかりじゃない人生アルが
それでもワテ、今きっと幸せヨ。
こないな身体でもわて、胸も腹も張って言えるヨ、生きてて良かったアルと。

覇王項羽はん、命絶ったアナタきっとあの時仕方なかった、ネ。
でもわては、今のわては、きっと未だ見ぬわての虞姫を横において、
取り囲む敵兵と一緒に故郷の歌を歌うことできるネ。
美しい歌歌いまひょ、ヒト、その命の続く限りに。


                                    (2004年6月25日)


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