078: 青玉(サファイア)


 荷物をあらかた片付けてがらんとした部屋の中、ただ俺と彼女という存在だけが
開け放した窓からの薄暗い光を浴びていた。
 俺は昂っていた。部屋に最後に残されたもうひとつの存在に対して。
 それは彼女も同じだった。普段なら用心深くカーテンを閉め、明りを遮ることを求める彼女が
今夜は窓をバタンと明け、風を受けて短い髪をなびかせ俺を振り向いた。
その瞳の色は月の光で深い青にみえた。白いカーテンが揺れる。
 瞳を見つめながら、顎を掴み唇を塞ぎ舌を絡めあう。昂りが熱を帯び俺たちはそのまま
ソファに倒れ込む。

「愛して。」言葉など要らないのに。再び唇を塞ぎ、息も止まるほどに激しく吸い言葉を止める。
 俺は彼女の服をもどかしく剥ぎ取り、彼女も俺の胸元のボタンをちぎらんばかりに開くと
シャツを投げ捨てる。
 俺は彼女がもう十分過ぎるほど俺を待っていたのを確かめ、そのまま斜めに勢いも強く貫く。
古ぼけたソファが軋む。速く規則的
な激しい音を耳障りに立て続ける。
 そのまま床に転げ落ちて俺たちは互いを貪る。硬い床の上、俺は彼女の腕を掴み
俺の上に身体を引き上げ抱きしめる。彼女はそのまま俺の上でゆっくりと時に激しく動く。
その度に猛り狂う俺の身体の中心から痺れ上がるような快感が体中を舐めつくし目が眩む。
 目を開くと彼女の豊かな胸と、恍惚と苦悶とが綯い交ぜになった表情で彼女が身体を
揺らしているのが見える。豊かな乳房が彼女の動きとともに重たい夜の海の波のように揺れる。
 彼女の甘く搾り出すような声が間断なく響き、そこに俺の声がこらえ切れずに混じる。
俺たちは何度も何度も互いの体を求め、その度に互いを食い尽くす。

 俺たちは今夜、理性も何もかも忘れた、獣なのだ。

 今また彼女は俺の上にいる。
 俺は左手で彼女の両の乳房を交互に鷲掴みにし揉みしだきながら、
右手で頭を引き寄せ耳元で言う。
「目を開けてくれ」
 そしてその青く深い瞳を覗き込む。月の光にぼうっと青く光る裸身と、その瞳の対照。
 俺は彼女とつながれたまま今度は彼女を俺の下に組み敷く、そして汗で額に張り付いた
栗色の髪をすっとよけ、熱っぽい頬に似合わぬ涼しく深い青の瞳を見つめる。
 まるでこれが最後の夜のように、彼女の身体の全てを、その瞳を胸に永遠に刻むように。
 そして互いの昂りが頂点に達したとき、
ふわりと彼女の裸身に吸い込まれるように俺は力を失い、
ゆっくりとあふれ出す俺の体液が暖かく彼女の脚を伝ってゆく。

 俺は瞳を閉じる。耳元に彼女の荒く甘い息がかかる。

 閉じた瞼には深く青い瞳が残像のように残っていた。フィルムに刻まれた映像のように。
今宵が俺に永遠に刻まれるよう主張するかのように。

………

 そう、その夜が、俺たちの最後の夜。
 俺の失われた身体は印画紙になって、あの夜の彼女の昂りと青い瞳を刻み込んでいる。


                                              (2004年6月10日)


「百のお題へ」