002: 灰色
『身体ノ損傷度70%…』
 その灰色の四角い空間に倒れこんだ時、データ脳は無情にも有り体に
俺の現状を告げていた。
この基地で最強と思われる敵が一瞬の隙を見せて通路の角から現れた時、
俺は自らのダメージを計算に入れた上で至近距離からミサイルで攻撃し、
相手の爆発と己の武器の炸裂で体組織の大半を破壊されているのだ。

 横たわる灰色の床の上に、どろどろとした赤黒い血液や循環液、潤滑油の類が
流れ出して、嫌な色彩の対照をつくっている。
 あいつを倒した。これで仲間たちは無事だろう。
 そう思うと、このままここで息絶えても構わないような気分で俺はぼんやりと
灰色の床の上の赤い液体を見ていた。
 体液の流れてゆくのと同時に、俺の意識も徐々に薄らいでゆく。


………

 赤い空。夕焼け。嫌な赤だった。午後から久しぶりに晴れた一日の終わり、
ちょうど丸く輝く夕日が灰色のビルの間に姿を隠した時。
「何だか怖いような空ね。」腕を絡ませていた彼女が、一層力を込めて俺に
身体を押し付けてきた。
 柔らかいその身体、その存在のいとおしさと、空の血のような赤をより恐ろしく
見せるその灰色の街への憎悪とが胸の中で混乱を起こして、俺は乱暴に彼女を
抱き寄せて顔を引き寄せ、狂ったように口づけた。
 彼女は目を見開いて俺の目を見つめながらも、抗わず俺のなすがままに任せていた。

 この灰色の街から君を連れて出てゆこう、俺の無謀な試みへの決意はあのときまた
より強く俺の胸を占めるようになったのだった。

………
 また爆発が起こりこの四角い空間にも炎や破片が吹き込んで来て俺の混濁した
意識に入り込む。

 燃え盛る炎。叩きつけられた灰色のアスファルト。流れる赤い血。
力をうしなったあの柔らかな存在。
 君を失って俺は再度始められさせた…生きることを。
喪ってなお、俺一人だけが生き続けることを。

 再び意識が戻り、俺は頭を上げる。この灰色の空間の扉と見える四角い光の上に、
ぼんやりと“SHELTER”の文字が見える。
 また守られたか。俺はかろうじて繋がっている左肩で這いずり、その扉を閉めた。
外の爆発音が一層激しさを増した。

 あの赤い空。灰色のアスファルト、君の流した血。

 ………「……4、…004!」………
 ………「004!どこにいる!」
 仲間たちから脳波通信が入った。
「ああ、無事だ。30%はな。………位置は……」

 灰色の街から一人出た俺は今、灰色の箱に守られて、この生を
また生き続けてゆく。

                                      (2004年6月4日)

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