044: 硝子細工
街外れの公園での待ち合わせ。
君はいつも時間通りだね。
あなただって、いつも私より早いじゃない。
たまには言ってみたいわ、遅かったじゃないのって。
君がころころと笑う。
夕日が差して君の横顔を照らす。
大きな碧の瞳が透明に光る。
桜色の唇がうるんでいる。
僕は君にくちづける。
君は僕の身体に腕を回して微笑みを向ける。

僕らは二人で暮らす部屋へ向かう。
君が話す他愛ない今日の出来事。
美しくくぐもった君の声に僕はうっとりする。
僕も君にささいな出来事を話す。
どんな話でも君はじっと聴き入ってくれる。
そんなふたりの食事が終わる。
君がコンロにかけたやかんがシュウシュウと音を立てる。
この国の粗末なコーヒーでも、君が淹れてくれるとおいしいよ。
窓の外に灯りがともり、薄暗いこの部屋の中、
君の柔らかい輪郭が暖かく浮かび上がる。
僕は君にまた口づける。
君は碧の目で僕をみつめ、
そして二人は愛しあう。

朝の君の寝ぼけまなこ。
栗色の短い髪の寝癖。
シーツにくるまれた身体の線。
昨夜の君を思い出して、僕は君をまた抱きしめる。
「遅れるわ。」君に言われて僕はしぶしぶ服を着る。
やかんの音。コーヒーの香り。
いつものように二人は部屋を出て行く。
またあの公園で、ね。

………

知らなかった、知らなかった、
気付かなかった、分からなかったんだ。
僕は思ってもみなかったんだよ、うかつにも

それら全てが
この手のひらから滑り落ちて壊れてしまう
世界にたったひとつの
このうえなく美しい、硝子細工だったということを。


(2004年6月7日)