患者さんから喜ばれていますか?

患者減にどう対応するか 医事新報02年8月31日号
「正確」「親切」「素早さ」の勧め
     医療生協さいたま おおみや診療所
                   松本 光正
はじめに
全国の多くの医療機関が「門前雀羅を張る」とまではいかないまでも多少なりとも患者減を感じています。しかし全ての医療機関が患者減に陥っているわけではありません。相変わらずどころか、ますます押すな押すなの大盛況、「門前市をなす」医療機関もたくさんあります。「門前市をなす」医療機関と「門前雀羅を張る」医療機関の差はなんなのでしょう。
今、医療機関は選ばれる時代に入っています。門前に雀の巣が出来初めたのは、それなりの理由があるはずです。火のないところに煙は立ちません。煙が上がるからにはどこかに火があるのだと言うことを認識する必要があります。そしてその火は自分がつけたのだと言うことを認める必要があります。分かっていないのは自分だけです。周りの職員,患者さんたちは案外分かっているのです。
ようするに今までの「つけ」がまわってきたのではないでしょうか。この「つけ」を返さない限り患者減をくい止めることも患者増もあり得ないでしょう。では「つけ」はどうして出来たのでしょうか、そして、どうやって返したらいいのでしょう。

「外来について 」
 問題のある病院のなかではとかく外来は軽視されがちです。しかしかけ声だけはいつでも「外来重視」なのです。外来の重視を言いながら本当に外来が重視されることはありません。「外来を重視する」と言うことは、どういう事なのかすら分かっていないようです。だから何をどうしようと言う具体的な 提案ができないでいます。そして苦しくなるたびに思い出したように「外来重視」と叫ぶようです。
病棟医療、入院医療の大切さは否定するつもりは毛頭ありませんが、同じ比重ではなくそれ以上の比重で外来医療を考えるべきでしょう。
それには外来医療とはどういう医療なのかを分析してみることが大切です。
外来医療は病棟医療(入院医療)の延長ではありません。同じ内科と言っても病棟と外来ではその医療に大きな違いがあります。この違いを理解する必要があります。
病棟では慢性疾患医療の管理というのは殆どありません。しかし現在の外来の70%以上は慢性疾患で占められています。この管理がきちんとできることが外来医療では重要です。疾病にも大きな違いがあります。病棟ではまず見ないような病気がたくさんあります。内科と言っても小児科の疾患、婦人科の疾患、整形外科領域も、精神科の領域等々多岐にわたります。また末期の疾患よりは病名がまだついていない初期の患者さんが殆どです。
 病棟では患者さんは医者を選べません。いやな医者でも自分から医者を替えることは殆ど出来ません。外来では医者の選択権は患者さんにあります。嫌なら医者を替えます、病院も替えます。今の医療法では医者は患者を選べませんが、患者は自由に選べるのです。また、一人の医者は患者数も病棟とは比較にならないほど多くを相手にします。
患者さんは病棟と違い診察が済むと病院の外に出ていってしまいます。病棟ではもう一度、診たいなと思えば何度でも患者さんを診ることが出来ます。患者さんさんはいつでも傍にいてくれます。診断にしろ治療にしろ分からなければ他の医師の意見も聞くことが出来ます。しかし外来というところはたいてい医師は一人です。他の医師と一緒に一人の患者さんを診療するということは限られています。
病棟では患者さんは医師のそばに24時間いますから、いくらでも時間をかけて診察出来ます。外来では時間は限られています。そして殆どが短い時間に制限されています。この短い時間制限内で診察しなければならないのが外来医療です。短くても診察の質は「良質」でなければなりません。短くても患者さんに満足を与えなくてはなりません。短い時間であっても次回又、診て貰いたいと患者さんが思うように診なくてはなりません。短い時間であっても充分な説明をし、納得してもらわなければなりません。短い時間に、何をどのように伝えるのか、普段から考えておく必要があります。短時間でのインフォームドコンセントです。そういう技術は病棟ではなかなか研修できません。
そして、たいていどの研修病院でも病棟医療ができるようになると外来医療に移ります。しかし病棟医療と外来医療は大きく違いますから病棟では優秀な医者が必ずしも外来でも優秀とは限りません。それどころか職員からも患者さんからもヒンシュクモノになってしまう場合さえあります。これは外来医療というものをきちんと認識していない病院の責任でしょう。こういう責任の「つけ」が数年後に患者の診れない医者、患者のつかない医者という「つけ」となって現れてくるのです。そして患者減に繋がるのです。
外来には外来の研修方法があるはずです。しかし外来の研修は病棟ほど簡単ではありません。それは前記したように外来特有の制約があるからです。「スピード」「素早さ」が要求され、時間制限のある診察時間、もう一度診ようと思うときには患者さんは傍にいない、指導医と一緒に患者さんを診る機会が少ない等でしょう。そういう制約があるのですから尚いっそう外来研修には時間をかけなければなりません。しかるに殆ど研修らしい研修が無いのが現状です。研修のないままに外来にでてゆくのです。そういう医師が病院の顔とも言うべき第一線の外来を担当していくのです。これでは病院の医療の質は決して確保できません。それが「つけ」となって現れて来ているのです。

「正確、親切、素早さ=スピード 3S政策」
医療機関の理想的な姿を標語にすると「正確」「親切」「素早さ=スピード」の3つに凝縮されると思っています。「正確」「親切」「素早さ」はそれぞれローマ字で書くと頭にSがつきます。そこで私はこれを3S政策とよんでいます。これらは一つずつ独立していますが、相互に絡み合っても存在しています。
「正確」
 医療機関にとって何よりも大切なものは「正確」です。
医療ミスが毎日のようにマスコミを賑わしています。医療ミスは他人事ではありません。いつでも自分の傍で起こります。起こりますと言うより、起こっていますと言う方が正しいでしょう。マスコミに取り上げられているのは、ほんの氷山の一角にしか過ぎないことは医療者が一番知っています。ミスのないこと、すなわち「正確」は医療機関の命です。ほんの小さなミスが患者さんの命も奪うし、医療機関の存亡に関わってきます。
診断・治療の「正確」さが無くては医療機関は成り立ちません。その診断、治療をミスの無いように「正確」に実行しなくてはなりません。間違いを決して許せないのが医療機関です。「正確」だけが厳しく求められています。
マスコミが患者さんを考える患者さんに育てています。患者さんはいろいろなことをよーく知っています。「正確」さのない医療機関は選別されてゆきます。
「正確」は医者だけの問題ではありません。 薬局、会計、受付、検査、レントゲンなど、院内のどこでも「正確」は要求されます。
特に薬局の間違いは相当あります。誤投薬です。数年、同じ病院に通院しているとどの患者さんでも一回や二回の間違いは必ず経験します。間違いを経験しない患者さんは絶対といってよいほどありません。それほど薬局の間違いは多いものです。この間違いにどのように対応しているか、管理部は把握する必要があります。薬の数が足りない、いつもと違う薬が入っていないなどのデンワがかかってきたら、患者さん宅に出向いて薬を渡すなり交換するのが当たり前ですが、たいていの場合患者さんに病院まで出向いてもらうという事を平気でしています。まさに大名商売です。
検査部門も同様です。血液の採り間違い、採り洩れに対して、きちんと患者さん宅まで出掛けていって採血をし直すという事は殆どないようです。申し訳ありませんでしたと、謝るのですが、出掛けて行こうとはしません。患者さんが病院に来るのが当たり前という体質が染みこんでいるのでしょう。間違えたのは病院なのですから、有無を言わさず「お伺いいたします」という対応をして欲しいものです。「正確」が欠如した上に「親切」もなければ当然患者減は起こります。
診察の順番を違えただけで二度と来院しない患者さんもいます。受付の「正確」さも大切な条件です。「正確」というのは大きな「親切」です。病院をあげて取り組む重要課題です。

「親切」
 「正確」の次に大切なのはなんと言っても「親切」です。「親切」にしてあげることがもっとも患者さんを喜ばせます。「親切」にされた患者さんは次も、その次も訪れます。他の業界ではこれをリピーターと呼んでもっとも大切にしています。徹底的に「親切」にする事が大切です。
「親切」の中身は「優しさ」や「思いやり」や、「患者さんの立場に立つ」等の言葉と置き換えが可能です。優しくしてあげることはまさしく「親切」です。患者さんの立場に立って行動すればそれは「親切」そのものです。
物事をきちんと正確にしてあげれば「正確」も「親切」になります。
それを「素早く」してあげればそれも「親切」です。「スピード」は立派な「親切」です。医療機関にとって「清潔」は当たり前ですが「清潔」も立派な「親切」です。きれいな待合室も患者さんに心地よさを与える「親切」です。
前日診た気になる患者さんに「どうですか」と電話をすればすばらしい「親切」です。
「親切」はその気になって探せばいくらでもあります。「親切」をしようと言うかけ声が上からあるかないかで職員の動きは大きく変わってきます。
「親切」は医療者にとってまさしく一番大切な標語でしょう。管理者はこの事を職員に徹底させてこないとその「つけ」はじわじわと患者減という形で現れてきます。
プライバシーを守るというのも「親切」です。人前で平気で問診をとるという事を未だにしている医療機関があります。ひどいのは診察室の声が外まで筒抜けなどというのがあります。声だけでなく姿まで見える診察室があります。「親切」からほど遠いと言うべきでしょう。
いろいろな掲示物がべたべたと貼ってあるのは見苦しいものです。整理整頓も「親切」のうちです。そしてその掲示物の字が小さくて見えないようでしたら最悪です。視力障害者にも見やすい掲示物にすることも「親切」です。
標榜の時間どおりに診療を開始していないところもあちこち見受けられます。ひどいところでは10分も15分も遅れて始めています。標榜の開始時間は患者さんとの約束事です。約束を守れないような病院は患者さんから見放されても仕方ありません。開始時間に神経を使わないような管理部は何に対してもルーズなのではないでしょうか。
トイレにどのくらい気を遣っているでしょうか。臭いの強いトイレ、中に掃除用具がごたごたとおいてあるトイレ等色々あります。朝、掃除したら翌日までそのままという病院があります。病院は足腰の丈夫な人だけが来るとは限りません。便器にきちんと用を足せない人達が集まるのが病院です。汚れるのが当たり前です。汚れるのが当たり前なのに、汚れをそのままに放置しているトイレをあちこちで見受けます。ファミリーレストランのお客は殆どが健常者です。トイレを汚すことは病院よりは少ないはずです。しかし2時間おきに清掃をしています。それがファミリーレストランとしてのサービスだと心得ているからでしょう。病院のトイレはファミリーレストランより遙かに汚れるのですから、ファミリーレストラン以上に清掃に気を遣うべきでしょう。トイレをきれいにするのも「親切」のうちです。一輪挿しに花の一つもあれば大きな「親切」です。今、殆どの高速道路のトイレには花が飾られています。病院のトイレに花が無いというのは管理者の恥と思うべきです。
その場は薬価差で少々の利益を上げても、薬の多い医療機関はじきに淘汰されるでしょう。薬の多さという「つけ」が回ってくるのです。薬が少なければ医療費は安くなります。安さというのも大きな「親切」です。こういう「親切」も患者さんの間では大きな話題になるものです。ちょっと脚が痛いと言っただけなのにCTを撮られた、その上にMRまでやってきた、そして4万円もとられた、等という話はよく耳にします。こういう噂は燎原の火のように広がるものです。 そして大きな「つけ」となって戻ってきます。
そのほかにも様々な「親切」があります。医療デフレの時代にも益々患者が増えている医療機関はそれなりの「親切」を本当に実行しています。
「様」呼称で患者さんを呼んでいる病院があちこちにありますが、患者さんを「親切」にしているつもりでしょうが本来の病院というサービス業の姿を忘れているのではないでしょうか。「様」呼称は医療機関の呼び名としては不適切です。不親切です。病院はサービス業ですが、単なるサービス業ではありません。ホテルのフロントで「○○様」と呼ばれずに「○○さん」と呼ばれたら大きな違和感を感じます。ホテルは、人をお客さんとして扱ってそこから儲けを得ようとしています。お客さんもそのことを承知しています。そしてサービスを求めます。そこで、「お客さん」は「お客様」になるのです。「○○様」とお呼びすることがサービスなのです。言葉によるサービスなのです。
ですから「○○さん」ではなくて「○○様」と呼んで当然なのです。又、呼ばれても当然ですから何の違和感も感じないのです。
病院は、儲けようとしての患者さんではありません。さあ一緒に病気を治そうではありませんか、私達は専門家としてお手伝いをしますよ、という対等の立場です。そこで「○○様」と呼ばれると自分が儲けの対象にされているように感じて大きな違和感を感じるのです。違和感どころか、いやーな感じがするのです。患者さんから儲けようという意図が全面にあるならば「患者様」でもいいでしょう。そうでないならば「患者さん」という日本語の方が遙かに親しみのある言葉ではないでしょうか。「様」を付けることに意義を見つけるのではなく、「やさしさ」、「素早さ」のなかにこそ「親切」があるということに気がついて欲しいものです。
「様」をつけながら時間外の患者さんをいかに断ろうかと四苦八苦している病院もあります。病院は、「まず診る」という姿勢が大切です。これこそ「親切」です。それなのに職員が医者の顔色ばかりうかがって「まず断る」「まず言い訳をする」という体質の医療機関もあります。沢山の患者さんがいるときならばこれでもよかったのでしょうが、患者減が現実になってきている医療デフレの時代にそれではとても生き残れません。「まず断る」という体質が染みこんでいるのは医者のせいです。管理部のせいです。こういう体質が厳しい時代に「つけ」となって現れてくるのです。「様」の前に「まず診る」ということではないでしょうか。

「素早さ=スピード」
「素早さ=スピード」も非常に大切な要素です。しかしこの事が強調されることはそう多くはありません。他の業種では常に「スピード」が重要な話題になりますが医療界では半ばタブーになっている面があります。特に医師の間ではほとんど話題になりません。話題にしてはいけない分野なのです。「速い」医師はそれなりに医師の間でも尊敬をもって受け入れられてますが、『のろい』医師を傷つけてはいけないと言う配慮から公然とは褒め称えられないのです。『のろい』医師をかばうのです。陰では、のろいことを非難していながらも、本人の耳に入るおそれのある場では「のろい」が「ていねい」にかわってしまいます。ですから人の2倍診る医者が必ずしも尊敬されるとは限りません。速く診ることを「さばくのが上手」という表現でしか評価できないのです。「さばく」という言葉には「ただ速く診ているという」ニュアンスが含まれているのが医療界です。しかし本当にそうでしょうか。「さばき」ながらも、「さばき」の中にもきちんと診察しているからこそ、その先生には患者さんがたくさんついているのではないでしょうか。「のろい」のを「ていねい」だという言葉でカバーすることはそろそろやめたいものです。そういうのんびりした時代ではなくなっているのです。「のろい」医者にも「のろい」事を気付いてもらうようにすべきです。のろのろしていたのでは患者さんはいやになってしまいます。
客商売ではどの店でも「スピード」は最重要課題として取り組んでいます。ファミリーレストランではいかに速くお客さんに食べ物を届けるか苦心しています。スーパーではいかに速くレジを通過するかが重要問題です。他の業種の「スピード」に対する姿勢は医療機関にとっても大いに学ぶものを含んでいます。
医療界では外来の待ち時間問題が問われています。「素早さ」は親切です。それも大きな親切だと思うことが大切です。 「待ち時間」の短縮は大きな親切です。
 人が待てる限界は20分といわれています。それ以上待つと不安になってくるか怒りが出てきます。これは自分が患者として医療機関を訪れてみるとよーくわかります。20分待っていると、本当に呼ばれるかどうか不安になります。不安になるのは初診の時です。怒りを感じてくるのは再診の時です。患者さんの心理として、予約時間にぴったり行く人はいません。たいていの場合、予約に遅れたら今後その医療機関との関係がわるくなると思うので5分や10分、予約前に行きます。遅れそうになったら息せき切って走っていったり、タクシーに乗ったりします。それなのに20分以上も待たせられたら怒り心頭に発するというものです。それなのに一時間以上も予約時間が狂うのが日常化しているところがあります。予約制をとっているならば時間は正確に守らねばなりません。予約制があるから予約時間を守らなければという制約が起こるので、予約制は実施しないという意見がありますが、予約制がないと待ち時間は延々と延びることは必須です。これでは患者さんは別の意味で怒ってしまいます。
医療機関にとっても時間は大切ですが、時間は患者さんにとっても大切なものであるという認識が大切です。そのためには、各部署がスピードアをする必要があります。
しかしなんといっても一番大切な部署は医者の部門です。医者が診察のスピードをあげない限りこの問題はほとんど解決しません。何も、速く診るのが美徳だといっているのではありません。速く診なくてはいけないときは速く診るべきだと思います。普段はゆっくり診察してもかまいませんが、速く診なくてはいけないときに速く診ることが出来なくてはいけません。いつでものろくて、速く診なくてはいけないときも速くできない医者は、その教育過程に問題があったのです。速く診ることを訓練しなかった「つけ」が数年後に現れてきたのです。のろい医者をのろいといわずに「ていねい」などいう心にもな言い方で医者をかばってきた「つけ」が、速く診なくてはいけないときに速く診ることが出来ない状態を作り上げてしまったのです。これは一朝一夕では解決しません。「つけ」というのはこういう事を言うのです。のろい医者の周りのスタッフも大いに困るし、患者さんも困ります。のろい医者自身も困ってしまいます。速く診る事がいかに大切かを、管理者自身
が知らなければなりません。
風邪というもっともポピュラーな疾患。この疾患は患者さん自身も良く知っています。医者に診察してもらわなくても殆どの場合、風邪と診断できます。ですから患者さんは薬が欲しいのです。診察してもらって早く帰りたいのです。それを10分も15分もかかって診察し、結局「風邪ですね」と診断していたのでは患者さんは怒り出してしまいます。待合室はあふれてしまいます。一時間に5人か6人しか診察できません。これではとてもインフルエンザの流行時には対応できません。目をつむって「黙想」と言われた時の1分はとても長く感じられます。1分はそれほど長い時間なのです。「黙想」を2分もしたら眠ってしまいます。それほど2分は長いのです。5分あれば熟睡です。1分、2分を大事にして、5分以内に済ませる事が出来るはずです。こういうことが外来診療では求められるのです。それが今の日本の医療の現実です。速く診ることが必ずしも良いと言っているのではありません。そうしないと日本では医療が成り立たないのです。自分の好き勝手に十分な診療時間をとれないように医療制度ができているのです。日本の医療制度を無視して現実の医療は成り立たたないのです。
 すぐに速い医者を作り出すのは困難ですそこで速く診ることが出来る環境を作ります。
たとえば、ものを探さないということだけでも大きな時間の短縮になります。ものを探しているとすぐに1分や2分は経っていってしまいます。のろい医師の行動をみているといろいろなものを探しています。診断書を持ってきてくれと大声を出していたり、紹介状はどこだーと怒鳴ったり、赤鉛筆を探して机の中をかきまわしていたり、等々数え上げたらきりがありません。診察室の中で患者さんが衣服を脱ぎ着してたりするとそれだけでもう時間はどんどん過ぎていってしまいます。診察中にしなくてもよいものは診察後にまわします。後で書いてもよいものは後で書くようにします。とにかく診察中は診察だけに集中するだけでも相当な時間の節約になります。
最近はオーダリングシステムが多くの病院で導入されています。成功している一部の病院を除いて、多くの病院では他の部門の省力化にはなっているでしょうが医師の「スピード」化、省力化にはあまり役立っているようには思えません。逆に「のろさ」の原因になっている場合があります。他の部署の省力化、効率化を医師に解決させようというのは全くばかげたことと言わざるをえません。医師に一人でも多く診せる事が求められている時代に、その逆をいこうというのですからお話しになりません。全ての医師に待ち時間を意識してもらわなければならない時代に待ち時間を延長させる方策をとることはとても理解できません。医師の診察スピードだけから考察するとオーダリングシステムは診察スピードを奪っています。コンピューターの端末を手書きと同じ速さで打ち込んだとしても、コンピューターそのものがまだまだ未発達の道具ですからオーダーを打ち出すのに大きな時間のロスが生じるのです。飛行機に例えるならば、いまのコンピューターはジャンボジェット機には遠く及ばない複葉機程度のものでしょう。ジャンボ機がなかった時代、小さな、のろい、おもちゃのような複葉機でも空を飛んでいればそれはびっくりしたでしよう。今のコンピューターヲジャンボ機のように思うと間違ってきます。優れていると言ってもまだまだ複葉機のようなものと理解する必要があります。そういう未発達のものを、「のろい」医師に与えたらどうなるか、考えてみればすぐ分かることです。医師の診察「スピード」が大切という認識のなかでわざわざ診察、「スピード」を犠牲にしてまで守らなければならないものがあるとはとても思えません。
またこのオーダリングシステムはコンピューターの画面にばかり医師の目が注ぎ、患者さんの顔を見なくなるようです。顔を見ないで診察をする医者ほど患者さんにとって寂しいものはありません。不満を残したまま診察室を出てゆく結果となっています。
こういうことも病院の患者さん離れの原因になっています。患者増を計ろうとしている病院であるならば医師とコンピューターとの関係を医師の診察スピードとの観点でもう一度点検してみる必要があります。
医師の仕事のうち、医師でなくても出来る仕事を他の部門がするというのも短期的には一つの方法です。これは探すと意外に沢山あるものです。薬の相談から食事の相談、様々なことが医師に持ちかけられます。書類の作成や、その他諸々あると思います。
いつも書いている同じようなカルテの記事は「はんこ化」するというのも一法です。
介助者の優劣も診察の速さに大いに関係してきます。
診療に必要な知識をすべて頭に入れていれば診察のスピードは速くなります。しかしすべてを間違いなく暗記しておくことは出来ません。そのためにはきちんとした自分なりのメモを作っておくことも診察のスピードをあげる方法です。いちいち本を引っ張り出していたのでは時間がかかります。
速く診ることが出来る医師達はそれなりに様々な工夫をしています。そういう医師から謙虚に学ぶことが大切です。診察室のイス一つにも工夫があります。脱衣かご一つにも置き方に工夫があります。そういう工夫は沢山あります。
カルテが整備されているかどうかも診察の「スピード」に大きく関わります。
大きな字で殴り書きのように書いてあるカルテ、電話帳を思わせるような厚いカルテ、薄いばかりで一年前の記録さえ倉庫に入り込んでいるカルテ等々、妙なカルテが氾濫しています。胃の検査を何時したのか、大腸の検査はどうだったのか、エコーの記事は等々、カルテをめくってもなかなか探せないカルテもあります。そういうときは患者さんに聞いています。「胃の検査は何時しましたっけ?」患者さんもわからなくなっていますから「えーと、えーと?」を繰り返しています。これでは「スピード」のある診察などおよぶべきもありません。
後ろをめくると伝票をただべたべたと重ね張りしてあります。これではとても診察の「スピード」アップはおろか、慢性疾患の管理はおぼつきません。検査伝票はきちんと時系列に貼ってこそ検査が活きてくるというものです。前回のデーターと比較することさえ困難な重ね貼りを許している病院では医療の質、「正確」さも知れようというものです。薄くて、しかもデーターが豊富、そしてそのデーターはすぐに引き出せるというカルテづくりが必要です。(日本医事新報bR557.1992年6月27日号P。92参照)そういう長年の努力がデフレに強い医療機関として選別されるのです。しかるに、とても見るに耐えないような汚いカルテなのに堂々と「カルテ開示いたします」と宣伝している医療機関があります。その勇気には本当に驚いてしまいます。
カルテを見せることをただパフォーマンスの一つとして捉えているのではなく、本当に患者さんのためになるカルテ記載に心がけるべきでしょう。(日本医事新報bS022.2001年5月26日号P。69参照)

「他の部署におけるスピード」
多くの病院ではレントゲン検査の結果は後日ということになっています。それをその日の内に結果を返してあげることが出来れば「素早さ」による「親切」となります。後日来て貰って再診料につなげるなどと考えていたら、その時の収入増になるでしょうが、そのうちそれが「つけ」となってかえってくることは必至です。速さは大きなサービスととらえることが大切です。スーパーのレジに並ぶことがいやなことだと考えるとすぐに理解できます。
血液検査の結果をその日の内に返すのか一週間後かでは大きな差が出ます。診察後にすぐに薬が出るのと2時間も3時間も待つのでは大きな差が出てきます。
薬局での長い待ち時間、会計での待ち時間等々、病院内では沢山の待ち時間が発生します。これらをいかに患者さんの立場に立って「素早く」対応するかどうかが鍵です。
 病棟でも同じ事が言えます。いつでも「断り」の体質が身に付いている病院には地域の開業医は冷たい反応を示します。そういう病院が空床が目立ったからといって地域の開業医に紹介を依頼したからといっても長年の「ことわり体質」を簡単には受け入れてくれないでしょう。それが「つけ」というものです。
血液検査の結果も、「今日分かりますよ」、「明日わかりますよ」というのは「スピード」の「親切」です。しかし検査結果は来週ですよと言われたらどうでしょう。患者さんは不安な気持ちで検査結果を待つことになります。一日でも早く「素早く」結果を知らせてあげるのが医療機関の「親切」です。
各部署での「スピード」が上がれば、院内の滞在時間が減少します。患者さんは外来診療に半日、一日をかけなくても済みます。さーと行って、さーっと戻れれば気楽に病院を訪れます。患者さんが気楽に受診してくれることが患者減を防ぐ最大のポイントです。平成の不況はまだまだ続きます。働く者は自覚症状のない慢性疾患ではなかなか外来を訪れません。ましてや待ち時間が長ければ中断になってしまうことは必至です。中断対策の大きな柱は「かかりやすさ」です。「スピード」はかかりやすさの大きな要素です。この「かかりやすさ」にメスを入れずに患者減の対策はあり得ません。待たずに診てくれれば患者さんは遠くからでもやってくるものです。待たせられれば近くの患者さんも遠いところにいってしまいます。
院内滞在時間が短ければ駐車場の回転もよくなります。駐車場の回転がよいということは駐車しやすいと言うことです。車で行っても安心ということです。駐車場を探してうろうろしないで済むというのは大きな「かかりやすさ」です。大きな「親切」です。車時代の現代、駐車場の問題は病院の経営を大きく左右します。そういう時代に「院長専用」などという看板を大きく出している病院を見受けますが、患者さんが駐車スペースを探してうろうろしているのを知らないのでしょうか。こういう病院だからこそ患者減がおこるのです。
おわりに
外来というところは様々な人達が、あちこちから集まってくるところです。そしてそこで受けたサービスをもってあちこちに散ってゆきます。よいサービスを受けたからと言って、その噂はなかなか広がりません。しかし悪い噂はすぐに広がります。どこが悪いのか、どこをどう直すのか、徹底的に討論して改善するならば二ヶ月半後には噂も消えて、患者増に転じることが出来ることをことわざは教えてくれています。何で二ヶ月半後ですって?人の噂も75日です。