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all written by Hikari
Amou
眠りの中で
あなたが目覚めるのを待っている。
今、イルカにできるのは、待つことだけだから。
いつでもそうだ。
基本的に、アカデミーや受付所での仕事は、好きだ。それでも、たまに切なくなるのは……。
それが、待つばかりの時間でもあるからだ。
自分で任務に出ていた方がよほど、心中は穏やかな気がする。
任務中は、なるようにしかならない。死ぬ時は死ぬし、どんなに危険な任務でも、生きのびられる時は生きて帰れる。それに変わりはない。ほんとうは、ひとなんて誰しも、いつ死ぬかわからないのだから、任務中ばかり死を意識することもないのだろうけれど。まぁだいぶ確率が高くなるのは確かで……。
それでも、任務中にそれに怯えたりはしない。むしろ、同行する者の死の方がイルカにとっては怖い。なにかできたのではないかと、とりとめもなく考えてしまうから。
けれど、なにもしないで里中で待っているのは、なにかできたかもしれないと考える権利すら、イルカから奪う。
待つだけ。
無事を喜び、負傷を心配し、その死を悼み。
すべてが、自身の痛みからはどこか遠い。
痛みを負って、帰ってくるのは、その身体も心も、イルカのものではないのだ。
カカシは、いつ目覚めるのかわからないと医療班に云われたらしい。
大蛇丸の襲撃の爪痕は、木の葉にとって小さいものではなく、三代目火影を筆頭に、他にも優秀な忍が多く失われた。医療班の力も、だいぶ削がれている上に戦後の多くの怪我人の治療にあたり忙しい。
カカシの場合、その原因がイタチの写輪眼による幻術にあるという時点で、簡単な治療ではすまないことは明白だった。詳しい検査といってもできることに限度がある。いくつかの検査の結果、現状では打つ手がないというのが医療班の結論だった。
そうしてカカシはひとり、昏々と眠り続けている。
里の復興に忙しいのは、イルカも同様だったが、その合間をぬってはカカシの様子を見に来ていた。
それが、いつしか毎晩になっていた。
毎夜、花一輪を片手に静かな部屋を訪れる。カカシの傍らで、椅子に座ったまま眠り、朝まで過ごす。その名をいくら呼んでも、その腕に、その顔に、どれだけ触れても、カカシはぴくりとも動かない。
ただ、静かに繰り返される呼吸。その音ともいえない微かないのちの響きだけを、感じている。
怪我の具合は、もう殆どいいらしい。それなのに、意識だけが戻らない。薄れていても、確かにカカシの気配はそこにあるのに。
なにかなければ、ゆっくり休めないひとだろうとは思うのだ。それならば、せめて穏やかな眠りと、美しい夢をと願うのに。どうやらそれすらも、許されないらしい。精神に向けられた攻撃は、カカシの心の平穏すら奪っているのだろうと聞かされた。
いつまでこうしてカカシは、眠り続けるのか。
心臓が潰れそうな想いを抱えたまま、永遠に明けない夜の中にいるようだと、イルカは感じていた。
カカシの傍らに眠る朝は、遠かった。うつらうつらと浅い眠りを漂いながら、戦場での眠りに似た、意識がどこか緊張した状態で夜を過ごし続けた。淡い眠りから目覚めては、開かない青と紅の瞳を想いカカシを見つめた。どれだけ見つめ続ければ、この瞳は開くのだろう。どうやってこの夜を超えたなら、朝がくるのだろう。
どこからも与えられない答えをそれでも望んで、イルカはカカシの傍らに在り続けた。
朝日とともに、痕跡ごと消すようにして仕事へ向かう。アカデミーも受付所も人手が足りなくて大忙しだ。
その忙しさが、今はありがたかった。イルカは脳に焼きついたカカシの姿を振り払うようにして、仕事に没頭した。
その日も、いつものようにイルカはカカシの部屋を訪れた。もう夜も深い。こんな時間に誰もいないだろうと、覗いた先に、大柄の男の姿を認めて、イルカは入るのを躊躇した。
ひとまずは、と身を引っ込めようとした一瞬に、男の視線がイルカを捕らえた。
「よう」
男の唇の端が、小さく笑みを象っていた。そこにはバツの悪そうな様子もイルカを厭うような様子も見えず、イルカは安堵して足を進めた。
「……こんばんは、アスマ先生」
「お前さんも見舞いかい?」
「ええ、アスマ先生は、任務帰りですか?」
アスマの忍服から、微かに外気が漂う。
「ああ、帰り道だったもんでな。どうしたかと思ったんだが。変わらずかい?」
カカシにちらりと視線を向けたアスマに、イルカは頷いた。
「はい、ずっと、眠ったままです」
「最近、頭数減ったせいで忙しくてな。奴さんには早く元気になってもらわんと困るんだがな。まったく、一度寝ると起きないからなぁ」
おそらくは意図的に選ばれた軽い言葉に、イルカは微笑んだ。
口で何を云おうと、アスマがカカシの身を心配しているのは一目瞭然だ。
「こうしてると眠り姫みたいじゃねぇか。お前さん、キスでもしてみたらどうだ?」
アスマの軽口は、明らかにイルカのために暗くなったこの場の雰囲気を和らげようとしたものだった。
ただの冗談だと判ってはいたが、流せなかった。
「駄目でしたよ」
同じことを、もう何度も考えていたから、笑えなかったのだ。
カカシの部屋に泊まり始めて幾度目かの晩に、キスもしてみた。少しだけ温度の低い唇、その感触は変わらないのに。
自発的に唇が動くことも、指先が背へまわされることもない。哀しいくらい一方的な口づけの記憶。
「イルカ、」
呆けた表情のアスマに、苦笑まじりに問いかけた。
「意外ですか?」
「いや、カカシが云ってたことがちょっとわかった」
「なんと?」
「お前さんは、優しいだけじゃないと」
「ああ、よく云われます。どうも『いいひと』に見えるようで」
「俺も今までただのいいひとだと思ってたな。へ〜え」
アスマは、カカシとイルカの関係を知っている。というより、カカシが言いふらしていたらしいが。主に任務中に……。
「そうですか?」
「おもしれぇ。カカシが起きたら一緒に飲みに行こうな」
そう笑いながら、アスマは椅子から立ち上がった。
「お帰りですか?」
「ああ、報告書これからだからな」
「お疲れ様でした」
イルカとすれ違ったアスマの視線が、ちらりと手元の花に注がれる。揶揄われるかと思ったのに、アスマはただ痛ましげに眼差しを細めただけだった。
ひらりとアスマの手が別れの挨拶代わりに翻る。
静かな部屋に大袈裟なほどに響いていた声はそれきり途絶え、扉の閉まる音を最後に物音すら消えた。
鮮やかな色のないカカシの部屋に、一輪の花は余計に寂しいだけかもしれなかった。それでもイルカ自身がただ何かしたかったのだ。カカシが目覚めるその日まで。
今日は、白い薔薇を飾る。
枕元に淡く揺れる白が、蒼褪めた顔色で眠り続けるカカシに似合ってみえて、イルカはどきりとした。こんなにも存在感の薄いひとではない筈なのに。
その頬に触れ、肌の感触を遮る布を遠ざける。
もとよりカカシの体温は高い方ではなかったが、眠り続けるようになってからはもっと低くなったような気がする。
『あっためてよ』
からかいまじりの声が聴こえてくるようで、イルカはずきりと痛み出す部分に気づかないふりをして、その唇に指先を触れさせた。どんな言の葉さえも、今は紡ぎださない唇。
乾燥して僅かにかさついた感触を、湿らすように唇で覆う。イルカが感じた唇の感触も、少しだけ低い温度の記憶も、すぐに消えてしまう。
カカシは、変わらない。その瞳も、唇も、自ら開くことはない。確かにその鼓動は、刻み続けているのに……。
イルカが、カカシに、何一つしてやれないまま、日々だけが過ぎていく。
この鼓動だけは、奪われることがないようにと、祈りながら、待つだけだ。
カカシを治せるかもしれないひとはいる。そんな希望があるのに、それでもイルカは待つだけだ。カカシが自ら回復するか、治してくれるひとが到着するか、どちらが早くても、イルカ自身がなしえることはなにもない。
無力だ。
こんなにも、たいせつなひとだというのに。なにもしてやれないなんて……。
何度も繰り返した思考をまた辿りかけて、イルカは苦い笑いを浮かべる。
外したカカシのマスクを元に戻そうと手にかけたとき、ほんの微かにその唇が微笑んだような気がした。
それがとても儚く見えて、イルカは息をのむ。
こんなときに、なんでカカシは微笑むのだろう。辛いのは、痛いのは、カカシの筈なのに。
なんでカカシが、イルカの気持ちを見透かすようにして救ってくれるのだろう。
熱くなる目頭を押さえきれず、イルカはまばたきを繰り返した。
変わらぬ端整な寝顔から、カカシの声が聴こえたような気がした。
『あなたは、ここにいてくれればいいんですよ』
ende
唐突にこの話を書いてしまいたくなって書いてしまいました。本当はもうちょっとWJ本誌からネタ拾いたかったとこなんですが。
現在の木の葉の里の状況がわからないので、適当に捏造しております。WJでガツーンと何か判明したらこの話はおろすかもしれません(^^;)
カカイルでもイルカカでもいいつもりですが、どうでしょう。このイルカは攻に見えるのかしら?? 自分の感覚は全くアテにならないので、こんなのカカイル(イルカカ)じゃない〜!とかは云わないで好きな方で解釈してやって下さい(^^;)
なんとなく、横書きで読む話ではなかったような気がしますねぇ。しかも、ちょっと色々な影響が見えます……。しかし雑なままアップしてしまう……。すみません。
でも今アップしないと、WJでそろそろ木の葉に帰りそうだし。時期を外すと永遠に出せない気がしたので、今アップしてしまいます。
2003.5.31 天羽ひかり
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