侵 蝕

「おーい、イルカ。届け物だぞ〜」
 アカデミーから戻り、夕食の支度をしていたイルカは、チャイムと共にかけられた声にはっと背筋を伸ばした。
「ガイ先生?」
 ガイ班は、カカシ達のサポートに砂の国へ出ていた筈だった。そのガイが戻ってきたということは……。
「お戻りになったんですね」
 笑顔で開けた玄関先に、ガイに肩を借りて苦笑しているカカシがいた。
「おお、いてくれたか、イルカ。引き受けてくれるか?」
 ガイは笑顔全開で、疲れた様子も見せずに、荷物を引き渡すかのようにカカシを差し出す。
「はは、了解しました。チャクラ切れですか?」
 ガイの代わりにカカシへ肩を貸しながらイルカは訊ねた。
「すみません、ちょっと使いすぎちゃって」
 額宛てに隠された左目を指差しながら、カカシは頭を下げた。
 つまりは、カカシが写輪眼を限界まで使うような任務だったということだ。知らず厳しくなったイルカの表情に気づいたのか、カカシはフォローするように言葉を継いだ。
「あ、子供達はみんな無事ですから!」
「おお、コイツ以外は皆ピンピンしているから、心配しなくて大丈夫だぞ」
 気の良いガイが付け加える。無論、子供達のことを心配しなかったわけではないが、カカシがついている限り大丈夫だと思っていた。それよりは、むしろカカシ自身が無茶をしないか心配だったのだが。
「そうですか。皆さん、ご無事で何よりです」
 見たところカカシにも大きな外傷はない。
「では、またな」
 ガイが片手をあげて踵を返す。その背中にカカシとイルカはハモるようにして礼を云ったのだった。



 遡ること数時間前。
「ガ〜イ、里に入る前に降ろしてよー」
 ガイに背負われたまま、カカシは泣きついた。
「いいではないか。この方が早い」
「勘弁してくれ」
 がっくりと項垂れるカカシの顔は、背負っている側のガイに見える筈もなく、尤も見えたところでこの男の言動になんら影響などしないだろうが。
「スピードを出していれば、見えんだろう」
 実に完結な一言が返ってくる。妙なところで抜けているガイらしい応えに、カカシは渋々状況を指摘する。
「……忍には丸見えだろーが!」
 大の男一人背負っている分、いくらガイの体力とはいえ、一人の時よりは多少スピードが落ちる。一般人には見えない程度かもしれないが、木の葉の里内で忍には確実に目撃される。
「そうか。そういえば、そうだな」
「納得してないで、止まれー」
「……わかった。お前にはかわいい弟子達も助けられたしな、望みをかなえてやろう」
 ふむ、となにやら頷きながら止まったガイ号から、ようやくカカシは解放されたのだった。
「……ありがと」
 それでも情けないかな、一人ではまだ歩けない。無言で肩を貸してくれるガイに感謝しつつ、カカシはゆっくりと里へ入った。
 その後五代目に報告をすると、カカシの様子に綱手が治療を勧めてくれたのだが、チャクラ切れは休めば治る。怪我らしい怪我もないので、やんわりと断って有り難く休日だけを確保してきたのだ。
「あーガイ君、できればイルカ先生のとこまで付き合って欲しいんだけどなー」
 律儀に肩を貸してくれているガイの顔色を見ながら申し出ると、生真面目な問いかけが返ってきた。
「病院はいいのか?」
「必要ないって」
「……一人で動けなければ仕方ないな」
 ガイは、納得させれば早い。イルカとの関係も、カカシはきちんと説明した覚えはないのだが、とりあえず「仲良し」というガイの中のカテゴリに収められているらしいので、敢えてそのままにしている。
「恩に着るよ」
「水くさいことを云うな! 我がライバルよ」
 ポンポンと軽く肩を叩かれる。ガイは濃いが悪い奴じゃない、と改めて思ったりするカカシなのだった。



「ま、そんな事情で、なんとか連れてきてもらったんです」
 イルカ邸の食卓に座り、久しぶりに温かい食事を口にしながら、カカシは差し支えのない範囲で任務中の話をした。尤も、イルカは五代目の覚えもめでたく、かなりの事情に通じているのでほとんど隠すことなどなさそうだったが。
「そんなわけでご迷惑をおかけします。一人で部屋で寝ててもいいかと思ったんですけども、どーせならあなたの顔見ていたいなぁ、と……」
「当たり前です。そんな状態のアンタを一人で放っておけるわけないでしょうが。一人で寝ていたなら、俺が押しかけてるとこですよ」
「あー、それも楽しかったかも」
 ニマニマと含み笑うカカシを睨んで、イルカは真剣な表情で問いかけた。
「目は、大丈夫ですか?」
「あー、平気です。チャクラを随分使うもんだから、こんな状態で情けないんですが」
「ああ、そうじゃなくて。視力は、大丈夫ですか?」
 さらりと、イルカはそれを口にした。
「!」
「万華鏡写輪眼は、視力に影響があるんですよね?」
「……調べましたか」
「少しだけ」
 放っておけば、自らの体が蝕まれていくことに躊躇しないカカシを、少しでも止めたいと思って、イルカは調べたのだ。カカシは絶対に自分からは、そんなことを話さないから。そうして、負荷になるとわかっていても、必要になればリスクを伴う術をためらわずに使う。
 それは、すべての忍の性だとわかっている。それでも避けられる道があるのならば、それを選びたいし、なによりも危険性を知っておきたい。
 カカシは、困ったように笑った。
「心配しないで下さい。どうせ俺はいつも右目だけで暮らしてるんですから」
「カカシさん」 
 微妙にすりかえられた答え。否定しないということは、やはり多かれ少なかれ影響があるのだろう。
「この目は、閉じていないとチャクラを食うし、普通にものを見ることには使っていないでしょう? あまり関係ないですよ。イタチみたいに両目だと多少困るでしょうけど」
「あなたの場合、一族の体でない上に、片目だからこそ大きな術の発動は、負担も大きいのでは?」
「ま、それもあるでしょうね」
 鋭いなぁ、とぼやきながらも、カカシはいつだって冷静だ。イルカに知られたくはなかったのだろうけれど、術に関しては納得済で使っているのだ。やめろといって聞くわけもなく、それを云う資格もない。そうでもしなければ、太刀打ちできない敵がいるのだ。イルカには、遠い世界で、知らない間に使われる術を、どうして止められよう。知っていたって、イルカにはなにもできない。ただ、切なくなるだけだ。
 死と隣り合わせの世界で、忍はいつでも死を覚悟し、どれほど蝕まれたとしても最期まで足掻きながら目的を遂行していく。そのうちにしのび寄る冥い影に、怯えることすらなくなって――
 がたっという音に、イルカは伏せ気味だった顔をあげた。
「カカシさん!」
 立ち上がろうとしてバランスを崩したカカシを、慌てて支える。
「あーごめんなさい。やっぱりまだ動けないみたいだ」
「無理しないで下さい。何かとってきますか?」
「いえ、もういいです」
「え?」
「イルカ先生に、触れたかっただけなんで。」
 ふわっと笑ってカカシはぎこちなく腕を回してくる。じんわりと体温が伝わってきて、冷やりとした心までも温めてくれるような気がした。
「そんな、悲しそうな顔をしないで下さい」
「ごめんなさい。余計なことを云いました」
「いえ、心配してくれるのは、嬉しいです。俺だって、あなたの顔も見られなくなるようなことになるのは御免ですから、闇雲にあんな術は使いません。そんなに頻繁にあることじゃないから、大丈夫ですよ」
 カカシの右目が優しく笑っている。慰めを云わせているのがいたたまれない。
「あーあ、やっぱりもうちょっと動けるぐらいに五代目にチャクラ分けてもらえばよかったなぁ」
 そんなイルカの心境を見透かしたかのように、殊更軽い声。
「ゆっくり休めばすぐに戻りますよ」
「こんな身体じゃ、あなたに口づけするのも一苦労じゃない?」
 笑いながら口づけをねだるカカシに、イルカは苦笑しながらもその小さな願いを叶えてあげるのだった。

ende

   

 WJでおんぶ絵を見た衝撃ついでに書いてみた話。実際は入院してるんで、捏造ですけどねぇ(苦笑)
無料配布本からの再録です。
 

2006.4.12  天羽

 

 

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