all written by Hikari Amou 

 

 頭のてっぺんから、足のつま先まで。
 互いに食い尽くすように嘗めて煽って、触れ合って繋がっても。
 同じ熱を共有して、すべてわかったように錯覚しても。
 イルカは、まだ遠い。
 まだ、これですべてじゃないと、なにかが告げる。
 本性のすべてを、見たい。
 ぜんぶ、ぜんぶ引きずり出して、曝け出して見せてよ。
 俺にだけ――



至 上


「アナタは嫌なひとだ」
 朝のきれいな光の中で、半身を起こしたイルカはしみじみと呻くようにぼやいた。
 何をさしての言葉なのかは、充分すぎるほどにわかっている。それでも敢えてとぼけて、俺は笑ってやった。
「そんなによくなかった?」
「違いますよ! わかっててとぼけないで下さい」
 昨夜、しつこいまでに、イルカを煽りたてた。その自覚はある。
 それだって、この自制心の塊みたいな男は、ちょっとやそっとじゃのってこない。ギリギリまで平静な仮面を、剥がさない。
 優しげに微笑まれれば、こっちが陥落する。
 いつだって、競うみたいにして、互いに互いを、引きずり出そうとしてる。
 たまにはいいじゃないか。見せてくれたって。
「いいでしょうが。いつだって、アンタの望み通りのことが多いじゃない」
「なにを云って、」
 こんなに御し難いひとだなんて、思わなかったのに。
 悔しいぐらいに、イルカのガードは固い。
 溜息とともに吐き出した本音に、イルカは少し戸惑ったような顔をする。
 わかりやすいひとだと、思っていたのにな。
 存外にこのひとは、奥深いのだ。
 つい先日、アスマと交わした会話を思い出す。



「振り回してんじゃねーのか? ひとのいい先生さんをよ」
 まるきりこちらを悪人扱いにして、昔馴染みの男は揶揄うように話を振ってきた。むっとしたものの、面倒くさがりの男の目はふざけている様子でもなく、仕方なく僅かに肩を竦めてみせる。
「どっちがだ。あのひとは、見かけ通りの優しいひとがいいだけの先生じゃないぜ」
「へぇ。お前がそんなふうに言うとはな」
 驚いたように目を丸くするアスマに、俺はちっとあからさまに舌打ちした。
「……どっちかというと分が悪いのは、俺の方だ」
「へぇぇ」
 こりゃ面白いと云わんばかりに、大仰な仕草を見せるアスマを睨みつける。
「うるさいな」
「だってよ、あのセンセにどんな裏があるってんだ?」
「ん〜、裏って言い方はちょっと違うなぁ。でも、なにかまだあるんだよなぁ」
「そうかい」
「ちらちらっと垣間見てはいるんだけどね。なかなか大変でさー。いつだって戦いみたいに、駆け引きしてやっとって感じでな」
「ノロケかよ」
「違う。でも、俺だけ知ってればいいんだ。優しいイルカ先生って本質に間違いはないからね」
「ほ〜お」
「とにかくな、ああ見えても難しいひとなんだ。あんまりこっちがオープンすぎるのがいけないのかとも思ったんだけど、引いちゃえばあのひと生真面目に畏まって引いちまう。打つ手少なすぎて、毎回戦略たてないとなかなかね」
「いいじゃねぇか、お前が本音で付き合える相手なら」
 アスマの目が、僅かに優しげに細められる。からかうように云いながらも、心配してくれていたらしい。
「ま、そうなんだけどね」



 本当に、難しいのだ。
 もう少し、わかりやすいひとだと、思っていたのに。
 嫌がる素振りに煽られるような単純なひとならば、引いたら追いかけてくるような簡単なひとならば、こんなに苦労しないのに。まったくもってこのひとは難しい。
 欲が希薄なのかとも思ったが、そればかりでもない。不思議で、わからないひと。
 昨夜だって、結局散々煽り立てた労力のわりに、引き出せたものは極僅かなような気がする。
 イルカのすべてを引き出したくて、ぜんぶ、ぜんぶ見せて欲しくて。
「なんですか、アンタは! そんなに俺のやり方が気に入らないんですか!?」
 あざといほどしつこくしたらとうとう怒られた。
「いえ、そんなことないです」
 それは本当。優しいイルカに不満があるわけじゃない。
「嘘です。だったら、なんでそんなに、」
「だって、イルカ先生、なにかまだ隠してるでしょう」
 ただ見たいだけ。もっともっと、他人の知らないイルカを、俺だけのイルカを知りたいだけ。
「はぁ?」
 何を云いだすんだと呆れた顔のイルカに、更に続ける。
「裸の付き合いって気がしないんですもん」
「ほぉ?」
 といっても、真っ裸で絡み合ってる現況を認識してないわけじゃない。だから、そんな「お前は馬鹿か」って目で見ないで下さいよ、失礼な!
「……その瞳で、アナタなんでも見通せるんじゃないんですか?」
 苦く笑うその表情が、見たことないほどせつなげで、なんだか綺麗で。
 俺は、真正面から見ていられなくなって、そっと視線を外した。
 卑怯だよ、そんな顔するのは。  
「……そんなに、便利じゃないですよ」
 そんな顔で、イルカはなにを思うのだろう。
 わからないまま、口づけをかわす。
 イルカは怒っていた筈なのに、それでも触れてくる指先は変わらない。
 決して痛みを与えない、優しげな仕草。それが、嘘だと云いたいんじゃない。
 ただ、どんな時でも変わらないなんてのは、おかしいと思うのだ。
 どこかで無理してる筈だ。どこかでごまかして、イルカ自身を抑えるようにして、そうして変わらずにいるのだと、思う。
 漣のように、そんな揺れるような感情が伝わる一瞬にも、あくまで俺だけを気遣うように向けられる眼差し。それに、苛立つ。入り込めない一線が、見えるようで。
 踏み込まれたくないときに、土足で入り込むような真似はしたくないけれど。
 待っている。
 少しずつでも、その中へ入れてくれるのを。
 こっちだってぎりぎりの淵で、踏み止まりながら。



「……臆病なんです、俺は」
 イルカは、観念したように告げて、静かにその顔を伏せた。
 俺がふざけているわけじゃないことぐらいは、伝わっている筈だったが。
「イルカ、先生?」
 傷つけて、しまっただろうか。そんなつもりはなかったのに。
 急ぎすぎただろうか。
「ごめんなさい。アナタのおっしゃりたいことは、わかっています。たぶんわかっていると、思っています。でも、俺は臆病なんです。……だから、もう少し、待ってもらえますか?」
 困った顔で、それでもイルカは笑う。穏やかに。
 ああ、わかってくれているんだ。
「すみません。俺こそ我侭云い過ぎました」
 多くを望みすぎているのは、わかってる。それでも、どうしても知りたくて。
 でも、わかってくれてるならいい。
 この距離で、止まったままでないならば。
「いいえ、俺が悪いんです。前にも云われたことがあるんです」
「なんて?」
「『貴方は優しいけれど。何を考えてるかわからないことがある』と」
「ま、でもね、忍がそんなになんでもかんでも考えてることわかっちゃ仕方ないですし? それにアナタ、少しずつは見せてくれてるでしょう? 自覚があるならいいですよ。いくらでも待ちます」
「俺には、それがいいのかどうかわからなくて」
「いいんですよ。俺は、そのアナタが見せたくないところが見たいんです」
 平然と云いきったら、がっくりとイルカはうなだれた。
「……やっぱりアナタは、嫌なひとだ」
「なんとでも。とりあえず、俺も行動を変える気はないですから」
「は?」
「待ちますけど、アナタのかけらで俺は生きてますから」
「か、カカシ先生……」
「ま、分が悪いのはこっちなんだから、それぐらい許してくださいよ」
「アナタのどこが分が悪いと?」
 冗談云うなと云わんばかりに、イルカの眉がつり上がる。
「どこもかしこも負けっぱなしですよ、俺〜」
「だいたい、何考えてるかわからないのは、カカシ先生の方じゃないですか!」
「え〜、俺わかりやすいでしょ? アナタ限定ですけど」
「なに勝手なこと云ってんですか」
「ん〜、だって俺隠すことなくアナタには見せてると思いますよ。それこそ頭のてっぺんから足のつま先まで知らないとこないでしょ?」
「なっ……」
「アナタの場合、ひん剥いても見えないんですもん。厄介だなぁ〜と思いますよ」
「そ、そんなことしみじみ云わないで下さい!」
「あ、センセ、そろそろ起きないと間に合わないですよ〜?」
 赤くなるイルカに、いつもの調子で時計を指差す。
「……カカシ先生、お休みでしたよね」
 仕方なさそうに、何か云いかけた口を閉ざしたイルカは、もういつもの『イルカ先生』の顔を取り戻している。
「はい。このまま居ついていいですか?」
 昨夜、上忍任務帰りにイルカの家に押しかけてきていたから、今日は休みだった。
「……お好きにどうぞ。足の包帯、直して下さいね」
 起き上がりながら、掠り傷を負った俺の左足へイルカは心配そうな視線を向けてくる。
「大丈夫ですよ」
 笑いながらイルカへと手を伸ばせば、それだけで当然のように降りてくる口づけ。
 ああ、やっぱり敵わない。
 イルカはこんなにも簡単に、俺を幸せにするんだ。



 それは一瞬のこと。
 日頃穏やかなその黒い瞳が、けぶるような欲に濡れて、まっすぐに強く求めるように向けられる一瞬がある。
 優しいイルカの、生の感情に触れたかのように錯覚できるそんな刹那。
 向けられて鳥肌のたつような、つよい意志をイルカから感じるとき。
 動けなくなる。魅入られるように、かたまってしまう。
 それだけで、悦んでいる。
 単純に思えるほど簡単に、稀に見せられるイルカの欠片に、やられてしまう。
 つかめそうで、つかめない、イルカの本質。
 それを見る一瞬を、至上だと、感じる。
 だからやめられないのだ。
 だから、欲しい。だから、求めてる。

 それが、至上だと、
 それを、至福だと――思ったその時から――

ende

 

  

 完売したコピー本「至上」からの再録です。
個人的には、もうちょっとじっくり書いてみたいイルカカの基本形に近い感じの二人なので載せてみました。
ハットトリックの最後の本だっただけに、時間もなくてだいぶ雑に端折ってしまっていて、わかりにくかったらゴメンナサイ。イルカバージョンも書きかけているので、いつか載せられたらいいな〜と思ってるんですけれども・・・。
あ、カカイルに見えたとしても、ここはイルカカですから(笑)。
誘い受というか、襲い受というか……って感じはしますけども(苦笑)
イルカ先生って、単純そうで根っこは複雑かも?っていう私のイルカ観が出てますね〜。

 

2003.10.24  天羽ひかり

 

 

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