主導権の在りか

天羽ヒカリ

 

 ひどく静かに、夜の帳が下りる。
 音もなく、殺気だけがひろがっていく。
 ひゅうと息を吸い込む微かな音ならぬ音が、部屋に響いた――



「じゃん、けん、ポン!!」
「アイコで、ショっ!」

 その声は、子供の無邪気な遊び声ではない。
 ここは、野原でも公園でもなく、忍の部屋だ。それもコピー忍者だのなんだのと二つ名をたくさん持った上忍、写輪眼のカカシ、そのひとの部屋。
 声の持ち主は、残念ながら彼の教え子なんていうわけでもない。
 れっきとした成人、しかも二人とも男の声だ。
 殺気の広がる部屋の中央に仁王立ちの男が二人。
 そして、そんな緊張感にはおよそそぐわないじゃんけんの声が、とてつもなくむなしく響く。
 だが、悲しいかな、当の本人たちは、至って真剣だ。この勝負は、彼らにとって重要なものが賭けられている。
 つまり、今宵一晩の主導権の在り処だ。

「勝ったー!!」
 今日の勝者は、うみのイルカ。アカデミー教師の中忍である。心優しい先生で、ナルトの心の支え的存在である。余談だが、最近本誌では年単位でお見かけしていない。実に寂しい限りである。
「えー! またオレの負け? ……センセ、なんかズルしてんじゃないですかぁ?」
「……心外な。アナタ、その写輪眼で見てるんでしょう? 遅出しなんてしたら、分かるでしょうが」
「…………そうですね」
 むむ、と納得のいかない顔の男。こちらがはたけカカシ、二十九歳。推定独身。たぶんナルトの中でもかなり強い部類に入る上忍で、便利な写輪眼という天眼を左目にだけ持っている。
 ただ、なぜかこのカカシ、イルカとのじゃんけんでは、七割の確率で負けている。なぜだか。
「そんなに不満ですか?」
「え? ……いや、別に嫌なわけじゃないんですけど……センセ、上手だし。……見かけによらず」
 ボソボソと小声でカカシがぼやく。
「一言余計です」
「でも、オレだって、可愛いイルカセンセを堪能したいんですよ! たまには!!」
 カカシは、必死である。イルカは勝者の余裕の風情で、にこやかにそんなカカシを見つめている。
「んーでも俺、下の時でもアナタが可愛いなぁって思うことありますけどねぇ」
「えっ?」
 焦った顔のカカシに、イルカは慌てて首を振る。
「いやいや、いつもそんな余裕はないんですけど。でもなんかふとした瞬間に、ね」
「えー、オレ、センセがせくしーだなぁとかは思いますけど〜」 
「げほっげほっ」
「んー、あーでもそーだね、イク顔とか見えるといいなぁって思うね、確かに」
 赤くなったイルカが咽るのを横目に、にやっと笑ってカカシはわざとらしい仕草でその手を掴んだ。
「どっちにしても、とりあえずベッドにいこーか?」
「移るのは賛成ですけど、勝ったのオレですからね」
「……そんな、釘刺さなくてもいいじゃな〜い」
 舌打ちするカカシの手を強く握り返しながら、にっこりとイルカは笑った。
「だいたい、最初に『どっちでもいいですよ』なんて余裕で云ってくれたのは、カカシさんだったじゃないですか」
「まー、だってあの時は仕方ないじゃない。イルカ先生、男としたことないって云うしさー、痛いとかわいそうだなぁと思ったんだから」
 不服そうにカカシは、「詐欺だよなぁ」とかなんとかぼやき続けている。
 所謂、初夜のときの話なのだが、イルカとしては、話をそこまでむし返したくなかった。
「なら、そんなに拘らなくてもいいじゃないですか」
「だって、じゃんけんにしてから絶対先生の勝率が高いじゃない。たまには、譲ってくれたっていいじゃないですか!」
 役割の決め方も、実は散々紆余曲折を経ている。どっちでもいいようで、どっちでもよくない。つまらないところにこそ、男のプライドがかかっている。
 かといって常に「上」がいいのか、と問われたなら、二人とも即答できないのだ。いつの間にか、できなくなってしまった。こうしてバタバタと、それでも一緒に時間を重ねてきた結果だ。
 そして最近の二人は、時間短縮のために「じゃんけん」という単純明快な方法を取っているのだが。
「久しぶりだし、俺だって今日は譲れませんよ」
「そーですよ。すっごく久しぶりなんですよ! こーやってイルカ先生と一緒に里にいられるの! だからこそっ!」
 木の葉の里は、暁騒動ですっかり人手不足だ。カカシとイルカが会うのも一ヶ月ぶりだった。
「……だからこそ、こうして云い合ってる時間が不毛だと思いませんか?」
 そのために「じゃんけん」にしてるんだろう? という無言の圧力も加わったイルカの視線が怖い。
「確かにね。でもさー、」
 まだ何か云い掛けたカカシを、珍しくイルカが遮って妥協案を提示する。
「じゃあ、途中で交替しましょう。それでいいでしょう?」
「……ちゃんと交替して下さいよ?」
「信用ないですね。アンタこそ、閨で写輪眼は厳禁ですからね!」
 カチンときたのか、冷静だったイルカもじろっとカカシを睨んだ。
「オレだって使おうと思って使ったわけじゃないですよ! アンタがあんまり手ごわいから!」
「……ほーお、アナタの意思じゃなくその目は動くんですか? 中忍相手に大人気ない」
「ちょ、こんなときに中忍、とか云わないで下さいヨ。だいたいアンタ、好きで中忍でいるんでしょ? オレはアンタを中忍だなんて思ったことないですよ!」
 カカシとしては、良い意味で云っているのだが、云い方も手伝ってそうは聞こえなくなっている。
「ほーほー、それは光栄」
 イルカは素知らぬ顔だ。
「センセ、感じ悪いー」
「アンタね、写輪眼のカカシに『好きで中忍でいる』、なんて云われて、誰が喜べるんですか?」
「えー、だってセンセ、推薦断ってるじゃない?」
「……誰が云ったんですか? そんなこと」
「ま、いーじゃない、それは。とにかく、交替でいいから、センセの『一回』で朝まで使っちゃったり、俺を上に乗せて交替とか云うのはナシですよ!?」
 さりげなく視線を逸らして、カカシは脱線しかけた話を元に戻す。イルカは軽くカカシを睨んだまま、ゆっくり一つ溜息を吐いて、話の出所の追究は諦めた。さほど利のある話ではない。
「なんでそんなに信用ないんですか? 俺……悲しいです」
「まーた、そんな顔しても騙されませんからね」
 しょんぼりと俯いたイルカに、カカシは困ったようにソッポを向いた。イルカには、そのテの前科がある。わかっていても、イルカにそんな顔を見せられるのは弱い。
「……わかりましたよ。ちゃんと一回交替にしましょう? 時間もあまりないし」
 このままでは埒が明かないので、イルカは、そっとカカシの頬に手を添えた。
「え? イルカ先生、やっぱり明日の朝も早かった?」
「演習で、ちょっと遠くまで行くんですよ。だから、ね」
 ちゅ、と触れるだけのキスを落として、じわじわとにじり寄っていたベッドルームへ移る。カカシは、「一回交替」に納得して、頷いた。もう、これ以上は待てなかった。少しでも早く、目の前の人に触れたかったのだ。

 一回交替が成されたかどうかは、神のみぞ知るところである。



 さて、イルカにはカカシとのじゃんけんに秘訣があった。
 カカシにはじゃんけんの際にちょっとした癖がある。最初に出すものはばらばらなのだが、アイコだった場合には、続けて出すものに規則性があるのだ。よって勝率66%を保証されている。
 それにカカシは気づいていない。どたばたと上下を引っくり返しあいながらも、その小さな秘密がバレるまでのしばらくの間、イルカ有利の情勢が続くのだった。


  

ENDE

 

 同軸リバ定番(?)じゃんけんものでした(笑)

 2007年8月発行「リバーシブル準備号」より再録

 

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