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all written by Hikari
Amou
不思議なひと
ふいに、空気が揺れた。
音も臭いもない。それでも俺の忍としての勘がひとの気配を微かにとらえる。
押し殺した忍の、僅かな気配。
はっとして振り返った先に、一気に窓を開け放ち、窓枠に片足をかけたイルカがいた。
「ああ、アンタ来てたのか」
ふっと眇められる感情の籠らない瞳。
冷たい空気を身に纏ったイルカは、俺の姿を認めて僅かに笑った。
知らない笑顔だった。その唇は、確かに笑いを象っているのに、いつもの暖かさも柔らかさも感じられない。
そして、およそイルカらしからぬぞんざいな口調。少なくとも俺は、イルカに「アンタ」よばわりされたことなど一度もない。怒った時や、子供達相手に砕けた物云いをしている時とも違う。
まるきり知らない忍の顔を見ているようだと、どこかすべてを夢のように思いながら俺は呆然とその姿を見つめた。
「イ、……イルカ先生?」
莫迦みたいに、ただその名だけを口にした。
近づいてくるイルカから、外気とけぶるような血の気配。実際には、返り血一つ浴びてはいない。
それでも、血霧の中を通り抜けてきたのだという空気が、その身に残っている。
きっと、忍にしかわからないその感覚。
任務帰りなのは、知っていたけれど……。
「知らない気配があるから、泥棒でも入ったんじゃねぇかと思ったよ」
自宅に窓から入ってきた男は、あっさりとそう云ってのけた。
「一昨日、教えて下さったじゃないですか、今日戻ると」
イルカにしても咎めたつもりもないのだろうが、不法侵入よばわりされる覚えはないので言い訳がましくも伝えておく。
「ああ、そうだっけ? はっきり記憶になくて、悪いな、上忍」
「……イルカ先生、ですよね?」
「他の人間の顔には、見えねぇだろ? アンタ、聞いてないの? 俺にもう一つ人格があるって」
「っ! じ、人格!?」
「そう」
俺の叫びに、イルカは億劫そうに答えた。
「え、それって。……に、二重人格ってことですか?」
「そういうこと」
よくできました、と云わんばかりにイルカは頷いた。
「え、ええ〜っ!」
「騒がしいな」
「だって、イルカ先生、聞いてないですよ!」
まるきり初耳だ。そんな当然のような顔で云われたって困る。
「ん、まぁ何年も出てきてないから。こっそり代わってたこともあったけど、ごまかしてたしさ」
「はぁ……。で、なんだって出てきたんですか?」
「ん? 疲れそうな任務だから、ちょっと代わったんだ。それよりアンタなんで俺相手にそんなに丁寧にしゃべるの? アンタ上忍だろう、嫌味?」
「な、違いますよ。イルカ先生は、イルカ先生でしょうが!」
「……答えになってねぇよ、それじゃ」
おかしそうに、イルカはくすくすと笑い出す。
そんな仕草のすべてに、酷く曖昧な違和感が付き纏う。
「どうやって入れ替わるんですか?」
「ああ、俺に用はねぇよな」
ふっと浮かんだ虚無的な表情。それも、見せたことのないイルカの表情ではあったが。それに驚くよりも先に胸をつかれて、咄嗟に否定の言葉を口にしていた。
「そんなこと云ってないでしょう!」
「なんだか、疲れてるみたいだったからさ、久しぶりのAランクは荷が重いだろうと思って出てきたんだ。せっかくだからもうちょっと休ませてやろうと思ってたんだけど、見つかっちゃったなぁ」
ちらりと窺うような視線が向けられる。
「誰にも云いませんよ」
むっとして俺は、先回りした。まるで告げ口でも懸念されているかのような口ぶりは、不快だ。
「火影様には特に秘密にな。心配するから、あのひと」
「三代目はアナタのそれをご存知なんですね」
「小さい頃、頻繁に出てきてたから」
すっと、イルカの視線が伏せられる。遠い過去を思い出すような、切なげな眼差し。そんな真摯な表情で、口さえ開かなければいつものイルカと区別なんてつかないだろう。
「なるほど」
彼の出てきてしまった理由は、なんとなくわかる。里中が壊滅的な被害を受けた九尾の襲来、その際にイルカもまた両親を失っている。きっかけがどうであれ、そのことが理由の一つになっているのは容易に想像できた。
「そんなことより、アンタせっかくいるんだから相手してよ」
ふいに腕を引かれた。不意打ちに俺は不覚にもたたらを踏んでしまった。もちろん、それは相手がイルカだからだ。しかも、なんとも妙なイルカに色々な意味で気をとられていたからだ。
「イっ、イルカ先生〜!?」
「やろうよ、上忍」
ふっと笑うその表情が、見たこともないような艶を醸し出していた。
それに、不覚にも一瞬行動を止めて、俺は食い入るようにイルカを見つめた。
肩に触れる指先は、イルカのものであって、イルカでない。それでも、言い知れない違和感を口にすることで、目の前のイルカを傷つけるのは嫌だった。彼もまた、イルカの一部であることに変わりはなかったから。
§§§
「最近、仲いいの?」
任務受付所を出たところで、何気なく紅が話しかけてきたのは、まだイルカと付き合いだす前のことだった。
「え?」
「イルカ先生よ」
「ああ、ほら俺の班にナルトがいるでしょ」
最初は受付所で生徒達の話をするぐらいだったのだ。それが帰り際に一度一緒に飲みに行ってからは、互いに独り者の気楽さと、イルカといるときのなんとも落ち着ける感じが気に入って、ちょくちょくと晩酌を共にすることが増えていた。
「そういえばそうだったわね。……あのセンセって結構モテるんだってねぇ」
今から思えば、紅がこんなことを云いだしたのも俺の気持ちに薄々勘付いていたからだろう。俺自身は、まだ半信半疑だったのだけれども。
「ええ?」
もてる、という話を正直驚きだった。
「くの一の噂じゃ、彼なかなか人気みたいよ」
紅が面白そうに笑いながら、俺の表情を見逃すまいとじっと視線を向けてくる。
「へぇ、あの……素朴そうな先生がねぇ」
言葉を選びながら、変に表情を変えないように気をつける。取り乱したりすれば、紅が何を云いだすかわかったものじゃない。それでも、その話が気になったのは確かだった。
「ああ見えて、上手なのかも」
「へ? ……紅……」
話の対象がイルカだったからこそ、一瞬なにを指しての言葉かわからなかった。きっと、呆けた顔になっていただろう。が、紅が唐突だったのも事実だ。呆れて顔を見れば、紅は何を勘違いしたのか更にどうでもいいことを云いだした。
「ああ、大丈夫よ。アンタの評判も悪くないわよ。よかったわね、木の葉一の技師の名前に傷がつかなくて」
紅は、楽しげにけらけらと笑い飛ばす。
「……聞いてないよ」
だいたいそんな評判になるほどくの一相手に遊んだりしてないでしょー、面倒なことはしてないよー、と喉まで出かけて、水掛け論になりそうだったのでやめた。
「あらぁ、気になるかと思って」
思わせぶりに、ちらりと紅が視線を流してくる。
「っ、」
気になるのはイルカ先生だ、と叫びかけて俺は辛うじて言葉を飲み込んだ。誘導尋問に違いない。まったく油断ならない。
「……俺、評判になるほどくの一と付き合った覚えないけど?」
「あぁ、カカシの評判は遊郭から流れてくるのが多いわねぇ、確かに」
……どんな情報網があるのやら、まったくもって侮れない。
がっくりと項垂れた俺に、紅はなんだかわかったような顔で追い討ちをかけるのだ。
「イルカ先生は、両方から聞くわよ。」
§§§
そんな会話を交わしたことを、ふいに思い出した。
ああ、確かにもてるに違いない。今目の前にいるイルカには、やっぱり艶っぽい雰囲気がある。
どう見ても同じ顔、同じ声、どのパーツもイルカのものに間違いないのに、どうしてこんなにも違って見えるのだろう。役者もびっくりの別人ぶりだ。そして、今の彼なら、確かに女が放っておかないだろう。そんな雰囲気をもっている。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ、イルカ先生!」
のしっと押し倒す勢いで迫られて、俺は焦って押しとどめた。おまけに手まで早いらしい。
「アンタ、イルカのイロなんだろ?」
「な、」
ずいっとイルカのアップが迫ってきて、ふわりと、鼻孔へ甘い香りが漂ってくる。
馨しい香りは、もちろん接近したイルカから流れてきたもの。
「……アナタ、どこ通ってきました?」
俺の硬い声音にも、イルカはただ小さく笑い、なんでもないことのように答える。
「ああ、いい花がいたらと思って、歓楽街を通ってきたよ。お誘いかかったんだけど、俺の給金じゃちょっと手の届かねぇひとのようだったんで、諦めたけど」
「…………」
ありえない。
あまりのギャップに絶句する俺に、イルカは小首をかしげる仕草を見せた。
「そんなにいつものイルカと違う?」
「違いますよ! 話し方から何から全然違う!」
ぶんぶんと首を振る勢いで否定すれば、ふっとイルカは笑った。
「アンタが嫌なら、話し方ぐらいあわせますよ。……ねぇ、カカシ先生」
わざとらしく呼ばれた名に、俺は真正面からイルカを見据えた。
その表情が、まず違う。いくらいつものようにと、意識してつくられた声音に呼ばれたとしても。
それでも、僅かに動揺した。そのつくりものの笑顔に。
「!」
「アンタあまりそんなの気にしない方かと思ってたんだけど、そうでもないんだ?」
「そんなのって?」
「下忍にだって名前呼び捨てにさせてるから、気にしない方だと思ったんだけど」
「気にしないですよ、そんなのは。俺が戸惑ってるのは、あなたがイルカ先生だから。それだけ」
「ふ〜ん。イルカは特別?」
「当たり前じゃないですか!」
「ただの遊び相手じゃないの?」
意外そうに首を傾げられて、俺は彼に関する更なる違和感に気づいた。
「……ちゃんとした記憶はないんですか?」
「そーだな。最近アイツのが強いから、曖昧にしかわからねぇんだ」
ふいに逸らされた視線。
なんだか少し、寂しそうにも見えて、俺は戸惑った。
「でも、あなたもイルカ先生の一部なんでしょう?」
「多分ね、」
自信なさそうな声音。どう応対したらいいのだろうか。ただ、どうしたって冷たくなんてできないんだ。このひとがイルカである限り。
「とにかくさ、付き合ってよ、上忍」
「上忍って呼ぶのやめて下さいよ」
カチンときた。イルカの声で、こんな呼び方をされるのは、たまらない。
「じゃ、『カカシ先生』って呼ぼうか?」
面白がるような声音。なんだか性格は絶対こっちのイルカの方が悪い。
「とにかく、その上忍ってのじゃなければなんでもいいですよ」
「変な人だね、ほんとに。じゃ、いつもと同じなのもつまらないし、……カカシさん」
「!」
って、名前呼ぶときになんで囁くんですか。ふ、普通に言って下さいって。
「まだ不満?」
「いーえ」
不満はないですけど、だからってこの顔に添えられた手はなんなんですか。どぎまぎする顔を見られたくないのに、なんだってこんなすばやくマスクとってるんですか。
たとえ中身がどんなであれ、仮にもイルカを拒む気には更々なれず、そのままやけに慣れた手つきで口づけされた。いきなりディープキスだし。しかもうまいし。あーもーわかったよ、紅ちゃん。イルカ先生は確かにもてそうだし、上手だよ。どう考えてもあのイルカ先生の評価は、コイツが原因に違いない。ああ、もうちょっと頭の芯が霞んできてるし。気持ちいいのは否定できない。
「カカシさん?」
だから、いちいちそのときめく声で囁かないで下さい。慣れないと心臓に悪いです。
ああ、静まれ俺の心臓。なに今更まるで初めての恋みたいにバクバクしてやがるんだ!
「俺は、イルカでしょう? なにか違いますか?」
「い、いえ」
ってイルカ先生、だから手が早いです。いつものセンセじゃありえないです、なんでもう俺のベスト剥きにかかってるんですかっー!
「じゃあ問題ないんでしょう?」
「はぁ」
そりゃ問題ないですけど、いつものあなたは、俺が引き倒すようにしなきゃ乗ってこないじゃないですか。それもちょっと寂しいんだけど、このギャップはなんなんだ。
「なに、豆鉄砲くらった鳩みたいなカオして、大丈夫ですか?」
笑いを噛み殺したような顔して余裕じゃないか。さっきからいつものイルカの口調なのは絶対にわざとだな。どう見ても、俺の反応を楽しんでる。根性悪いったらない。とてもイルカとは思えない態度だというのに、なんで同じ顔してるんだ。
「……だいじょーぶです」
ちょっとギャップに慣れるまで時間がかかってるだけです。
「そうですか? なんだか、顔が赤いですよ」
「ッ」
云うな、いちいち。そんなの自分が一番わかってるよっ。
「ハジメテ、みたいな顔してますよ」
くすくすと笑いながら、まだ穏やかな声音を崩さずにブラックなイルカがほざく。この野郎、完全にからかう気だな。
「……中身がアンタなのは初めてでしょ。イルカ先生はそんなこと云いませんよ」
「気に入りませんか?」
「からかい半分なのは、頂けないですね」
「それは、失礼しました。ただ、あなたがかわいいから」
「な、」
ありえない。いつものイルカなら何があろうと口にしないに違いない。うみのイルカの口から「かわいいから」なんてぽろっと自然に花にでも云うような普通の言葉として、零れ落ちてくるなんて。そして流れるような仕草で、絶句する唇にまた口づけを落としてくる。
「あちらに行きましょうか?」
へ?
ギャップにくらくら、キスにふらふらしていたら、なんか全身が浮いてるような気がする。
なに? なに? これってこれって、お姫様抱っこっていうんじゃないんですか。
「……重いでしょう、イルカ先生」
思わずチャクラで少し浮かせてみたり無駄な努力をしながら、こっそりイルカの顔を見れば、酷く優しげな顔と出くわした。大切なものをみるときのイルカのそんな表情は、いつもとまったく変わらなくて、戻ってきたのかと思えてしまうぐらいだ。
「大丈夫ですよ、俺だってアナタの一人や二人担げます」
柔らかな笑みとともに、額に口づけられる。イルカ先生、男前〜って喜んでるんじゃない、俺っ。どう見てもバカップルだろう、これじゃ。
狭い部屋だし、あっという間にベッドの上。ふわりと空から落ちる羽みたいに柔らかく落とされる。穏やかだけど逆らえない雰囲気というのでしょうか、これは。ちょっとマズイのかなぁと思いつつ、体の方がイルカから離れたがらない。俺よりちょっと体温が高いから、この季節は湯タンポにしても有り難いのだ。
しかし、このままこのイルカとやっちゃうのは浮気になるんでしょうか、いつものイルカ先生、教えて下さい……。
あーやっぱり駄目だ。イルカという人種は漏れなく好きなんだ、俺。
「カカシさん?」
えーい、直接本人に聞いてやれ。
「ねぇ、アナタとするのって浮気になるの?」
「まさか。俺は俺でしょう? ひょっとしたらちょっとは焼餅焼いたりするかもしれないけど、カカシさんにとって悪いことにはならないでしょ、それでも」
笑いながら、屈み込むようにしてキスを落とすイルカに、俺は白旗を揚げるのだった。
§§§
翌朝、俺が起きたときには、明け方まで頑張ってたセンセは、既にもう出勤していた。任務帰りでまったくタフなことだ。
ふわぁ〜と大きく欠伸をしながら、起きあがる。腰が痛い。
「って」
おまけに声もちょっと掠れてる。あんなことやらこんなことまでしちゃったツケだ。
なんだかなぁ、もともとイルカが下手だと思ったことはなかったけれど。あれじゃあ、手馴れちゃうわけだ。あのイルカの記憶が、日頃のイルカにそのまま残るのかどうかは聞かなかったが、どう考えたって体で覚えてる部分は大きいだろう。あのイルカが遊びまわれば、そりゃあ噂も広がるってものだ。体感しちゃったもんね。
着替えて起き出せば、テーブルの上には朝飯が載っている。やっぱり、イルカはイルカだ。こういう習慣や、優しさは同じなんだなぁと思うと嬉しい。でも、ひょっとしたら、起きたら正気に戻ってたって可能性もあるのか。早いとこ戻ってもらうのに越したことはないが、あのイルカはイルカで憎めない。まぁ、イルカには違いないわけだし。
ま、どちらにしても受付所へ行ってみればわかることなのだ。
その日俺は、欠伸を噛み殺しながらも機嫌は悪くなく、遅刻したわりには時間通りに七班の任務を終えて、子供たちの首を傾げさせたのだった。
そして肝心のイルカの反応は。
「お疲れ様です」
至って普通だった。いつもと寸分変わらない爽やかな営業スマイル。この顔では、どっちなんだか、さっぱりわからない。
「報告書です」
当たり障りのない僅かな会話と、真剣な表情で書類に目を通す姿だけでは判別できない。どう見ても「お仕事中」モードのイルカからは、なんのヒントもない。俺だって、昨日自宅に押しかけてなきゃ知らないままだったのだ。
「はい、お預かりします」
「お願いします」
じっと、見極めるようにイルカを見つめた。そのとき、曇りのない黒い瞳が、俺の視線を受けてほんの少しだけ悪戯っぽく笑ったような気がした。あれ? やっぱり昨日のままかな?
「カカシさん、この後は?」
あ、当たりだ。穏やかな口調のまま、僅かに「さん」を強調したようにも聞こえる。強調しなくてもわかりますよ。まだその呼び名には、慣れていない。
「あーもう終わりです。よかったら飲みに行きませんか?」
結局のところ、イルカの中身が黒かろうと白かろうと、俺の興味を引いてやまないという点ではなんら変わりはない。
「ええ、あと三十分ほどで終わるんですが」
「待ってますよ」
「すみません。では、またあとで」
イルカもそのつもりで声をかけてきたのだろう。なんとなく営業スマイルとも違う顔で、微笑んでくれたのだった。
イルカを待っている間は、アカデミー出口付近の木の上でイチャパラを読んでいた。
ほどなくして、あたふたと走ってくるイルカの姿を見つけ、下へと降りる。
「お待たせしました」
「いえいえ、好きで待ってるんですから、気にしないで下さい」
おや、まだお仕事モード中らしい。
「カカシ先生、その、昨夜はご迷惑をおかけしまして」
僅かに顔を赤くしながら、イルカは深々と頭を下げた。
ええっ、いつの間に戻ったんだろう。こんなすぐに入れ替わっちゃうものなのか。
「イルカ先生? あれ? 戻ったの?」
「はい、ほんとに申し訳ありません」
ちらとカカシを見て、また俯いてしまう。何を思い出して赤くなっているいることやら。
「いや、その、そんな迷惑ってこともなかったんで。ただちょっと驚いただけで」
やだなぁ、こっちまで照れくさいじゃないか。
「……許して下さるんですか?」
真面目な顔で、こちらを窺う様子は、いつものイルカのものだった。
「そんなんじゃないでしょ。大丈夫ですよ。アナタはアナタだし。あっちはだいぶ、……率直すぎるきらいはありますが」
苦笑しながら答えれば、イルカはぱっと顔を上げた。
「信じてくださるんですか?」
「当たり前じゃないですか。ま、行きましょうか」
なんだ、そこを心配していたのか。信じたくなくても信じざるおえないでしょ、あれは。固まっているイルカを促して、飲み屋へと歩き出す。こんな人目のあるところで長々と話していたら、誰に聞かれるかわからない。
「よかった。前にそんな眉唾な話を信じられるか、と怒られたこともあって」
安堵したような顔。まっすぐな、いつものイルカの表情だ。
「なんせ本物にしっかりと会いましたからね」
「本当に失礼しまして」
「ところで、どこまで記憶あるんですか?」
ついでとばかりに、気になっていたことをぶつけてみた。
「昔は、それこそまったく記憶がないこともあって、困らせられました。知らない女性に親しげに寄ってこられたりもして……」
さもありなん。
「あらら、そりゃ苦労しましたねぇ」
「最近は、だいぶ覚えているようになりましたので、まだマシになったんですけれど、行動を規制することまではできないもので、本当にカカシ先生にはすっかりご迷惑を……」
「だから、迷惑じゃありませんって。アナタに振り回されるなら歓迎ですよ」
ほんとに自分でも呆れるぐらい、俺はイルカが好きらしいということがはっきりしただけだ。
「カカシ先生」
「長いこと大変だったでしょう。大丈夫ですよ、俺のことは気にしなくて大丈夫です。これからだって、様子がおかしいときはフォローしますから」
「……ありがとうございます」
きっと長いことこのひとは、一人きりで戦ってきたのだ。これからは、少しでも力になりたい。
「入れ替わるきっかけって何かあるんですか?」
「原因があるときと、はっきりしないときとあるんです。今はたぶん、アナタに直接謝りたかったので、うまく出てこれたんだと思うんですが」
イルカ自身もはっきりとはわかっていないのだろう。僅かに首を傾げている。
「アナタが二人いるのには、理由があったわけでしょ。焦らなくてもきっと大丈夫ですよ。また出てきたって今度はもう驚きませんから」
「はい」
安心したようなイルカの表情。あぁ、やっぱりいつものイルカと居るのが、落ち着く。昨日のイルカは、ちょっと刺激的すぎるよ。
「ところで、カカシ先生。……あの、ああいうのがお好みだったんですか?」
「え?」
「いや、その、昨夜は……」
僅かに頬を高潮させて、それ以上の言葉を継げないでいる。
うわ、待って。この流れはマズイ。
「あ、……いや、そういうわけじゃなくてですね」
「じゃあやっぱり、昨日の俺のせいで」
だから、否定してるわけじゃないんですけども。
「いやいや、大丈夫ですって。それよりも、俺なんかより先生の方が疲れてるのに殆ど寝てなくて、眠いでしょう?」
なんとか話を逸らそうと無駄な言葉を続けても、元来タフらしいイルカにはあまりぴんとこなかったようだった。
「いえ、そんな。……やっぱり俺、頑張りますからっ」
「へ?」
「その、カカシ先生のご期待にそえるように」
「わー、だから誤解ですって!」
いや、その完全なる誤解でもないけど、でもでも、あまり極端に走られても困ります。
妙なやる気に燃えるイルカを宥めるのに、その夜飲み終わる頃までかかったのだった。
ENDE
二重人格イルカの話。とりあえず終わってますが、書こうと思えば続きが書けそうな話ではあります。
2007.9.15 天羽
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