『解答』



「祐大、手塚って彼女いたよな!?」



冷房のよく効いた喫茶店でアイスコーヒーの氷をかき混ぜていた大和は、待ち人が駆け込んできたのを見てストローから手を離した。

「なんですか、景吾くん。やぶからぼうに」
「……」
「なんですか。その目は」
「いや…藪から棒って表現、マジで使った人間初めて見た」
「久々の挨拶にしてはいただけませんねぇ。どうしたんですか、電話でもそうでしたけど、ここまで焦ってる景吾くんは僕も初めてですよ?」

落ち着いて、とりあえず椅子に座るよう促してから大和は眼鏡の丸いレンズを押し上げた。
跡部は、どうやらここまで走ってきたらしい。
息が乱れている肩を上下させる姿は、旧来の友人である大和も試合以外では見たことがなかった。
それほど重要な用件だということだろうか。だがそれにしては冒頭の叫びは常軌を逸している。
跡部は大きく息を吐いて腰を下ろし、ちょうどウェイトレスが運んできたグラスに手を伸ばした。


「頼んでおいてくれたのか」
「外は暑いですから」
「ありがとよ。だが一つ聞きたい。何故チョコレートパフェが二人分もあるんだ?」
「もちろん、頼んでおいたからですね」

さも当然の如く笑顔を返す大和に、跡部は頭を抱える。
確かに、相談に乗ってもらう代わりに喫茶代は出すと前もって約束していたし、値段がゼロ四つ以下の飲食物など物の数ではない。
だが、問題はそこではなくて。

「お前、よくも俺の金で俺の分のチョコレートパフェなんて注文してくれたな」
「いらないなら僕がもらいますが」
「要る。食うけど……でもこんな、イメージじゃねぇよ」
せめてもっと見た目がマシなものにならなかったのかと、跡部は愚痴をこぼした。

「甘い物は嫌いじゃないでしょう?」
「まあな。だがよく考えてもみろ。喫茶店で男が二人仲良くお揃いのパフェなぞ食っていたら、寒いだろうが」
生クリームを掬って口に運びながら、跡部は逆の手で相手を指さす。
「別に、気にするほどのことじゃないと思いますけどねえ」
「こんなところ部員に見られてみろ。写真が出回るぞ」
「あ、良いアイデアですね」
そう言ったかと思うと、大和の手の中の携帯がシャッター音を鳴らす。


「て、ッめー。今の写真消せ!」
「いいじゃないですか。代わりに僕がパフェを頬張っている写真をあげましょう」
「んな意外性のないものは要らん! いいから携帯よこせ」
「まぁまぁ、それは話を聞いてからにしましょうよ。相談があるんでしょう? また手塚くん絡みですかね」
「またって…俺がしょっちゅう手塚手塚言ってるみたいじゃねーか」
「というより、実際そうなんですが」
一旦立ち上がった二人だったが、再度腰を下ろし、跡部の深い溜息から会話は再開された。


「――では場を改めまして、景吾くん。部長就任おめでとうございます」
え? 何か話の入り方間違えてないか? と跡部は首をかしげる。
「こういうときは挨拶から仕切り直すと、意外と筋が立つものですよ」
「お前ってマジで誤魔化すの上手いよな。まあ、お互いめでたく高校でも部長ってことだけどよ。で、俺が部長であるからには、今年も氷帝の優勝は決定ってわけだ」
「油断していると足下掬われますよ。確かに、ここのところ高校テニス界は振るいませんが、来年になったら中学から優秀な人材が上がってきますから。楽しみですね」
「てか、あれだよな。真田とか幸村とか手塚とかが上がってくるわけか。やばいな。勢力図変わるぞ」
「ですね。青学には不二くんや乾くんもいますし」
「甘いな、うちにだって忍足や宍戸がいる。まあ。手塚クラスはいないっちゃいないけどな。青学って、今年中学団体戦優勝だろ? お前が卒業してからたった二年でそこまで来るとはなあ…」
二年前、かつて名門と呼ばれていた青春学園は関東大会にすら出場できない状態が常だった。
万年都大会止まりの弱小校が全国優勝する。それはもはや奇跡とか伝説と言っていい部類の話だ。

「努力も才能もある子達が多い代だったってことですよ。特に手塚くんは頑張っていましたし、優秀な人材の周りには同じ光を持った人間が集まるものです」
「それって、自分は無能だって言ってないか?」
「あはははは。そういう見解もありますね」
跡部は、頬杖を付きながら同い年にして年齢不詳の友人の笑顔を見据えた。
この笑顔は常時崩れない。たとえ試合に負けても、チームが敗退しても。
笑う表情を偽善とは感じなかったが、けれどそれは優しさでもないだろう。
画一的ですらある弧を描く口元は、むしろ意志の強さを感じさせた。大和が泣くときとはどんなときだろう。
跡部には想像が付かない。本当に得体が知れないのだ、この旧友は。


例えば手塚と待ちで買い物をしていると、女性陣の黄色がかった視線が集中するのを感じる。
自身が目立つという自覚はあるが、奔放な印象の自分が、恬淡とした手塚と揃うことによって相乗効果があるらしい。
けれど、大和といる時には、周囲の反応は全く違う。
老若男女問わず、視線が二人に突き刺さるのを感じる。
内訳はどちらかというと好奇心が多めで、それこそ「得体の知れないもの」を見る目つきを浴びる。
てゆーか、この俺より存在感ある大和って何者!? というのが跡部の素直な感想である。

「で、その一躍奇跡の人になってしまった手塚くんのことですが」
「そう、それそれ。最近あいつと会ったり相談受けたりしてるか?」
「程々にね」
「あいつって、確か彼女いたよな?」
「いましたねえ。僕の知っている範囲では三人ほど」
「三人もか。俺は真面目そうなのと天然系と、二人しか知らねーな」
「背が高いボーイッシュな子もいたんですよ。他には付き合うまでいかない女の子たちなら五、六人」
「一応もてるんだよなぁ」
「まあ、あの容姿で部長や生徒会長をやっていれば、そんなものでしょうね。長続きはしないようですけど」
理由を問うと、大和は跡部に対して肩を竦めてみせた。
「それはね、いくら女の子達が寛容でも、テニスしか見ていない彼氏は嫌でしょう。そのへんの加減を考えないと振られますよとは言ってみたんですが」

「その加減が出来るなら、そいつは手塚じゃない」

断定する跡部に、大和は軽く頷いた。不器用ですからねえ、と呟いて、何度も頷く。
「でも、今回の手塚くんは本当に本気みたいですけどね」
「………今回?」
跡部は一瞬動きを止め、口を付けようとしたグラスをテーブルに戻す。


「今回って何だ」
「相談を受けてるんですよ、と言っても一方的に惚気られてるだけですけど。何でも今付き合っている人は――年上らしいですが、美人で頭が良くて品があって文武両道、テニスも強くて時々うっかりしているけどそこが可愛いとかなんとか、以下十行くらい省略しますけど。あそこまで長文を喋った手塚くんは初めてでしたよ…って景吾くん。コーヒーを吹き出すのはやめてもらえますか」
激しく咽せて机に突っ伏した同級生相手に、大和は冷たく突っ込みを入れる。

「美人で…なんだって?」
「『とても人気があるし、自分には勿体ない人だけど、絶対にこの手を放したくない』そうですよ?」
「……………」
ある意味死人の顔色で打ちのめされている跡部を見ながら、大和はおもむろに両手を組んだ。

「でもあれですね。手塚くんよりテニスが強い恋人ってのも中々いないと思いますけど」
「―――もういい。勘弁してくれ…」
「いやぁ、僕が聞かされた『相談』は、まだまだこんなものじゃないですからね? あと二時間は語れますけど、その、美人で年上の恋人について」
「だからもういいっつってんだろ! わかっててからかうなよ」
「ま、それで冒頭の台詞になるわけですね。跡部くん、手塚くんに自分以外の彼女がいて欲しいんですか?」
当然だろ、と跡部はきっと顔を上げた。
「手塚には真っ当で可愛い彼女が似合うと思わないか?」
「真っ当かどうかは知りませんが、彼には可愛く見えているようですね」
「…だから、俺のことはいい!」
一々ダメージを受ける跡部の様子が相当面白いらしく、大和はにこやかに攻撃を続ける。


「なぁ…頼むから祐大、お前から手塚に言ってやってくれないか?」
「何をですか?」
「つまり『正気に戻れ』って。『間違ってる。奴は男で自己中心的なナルシストでお前のことなんてちっとも考えていない自分勝手な奴だ』とか何とか何でもいいけど、とにかく目を覚ませと」
「そこまで言いたいのなら、自分で言えばいいでしょう」
「言えるか!」
跡部はどん、とテーブルに拳を落とし、真剣な顔で大和を見つめる。

「もし、泣かれたりしたら…」
「すみません無理ですそれ。なに恐ろしいものを想像してるんですか。君の中で手塚くんは、一体どういう生き物なんですかまったく」
「どうって……可愛いだろ? あいつ」
「可愛い、ねぇ」
大和は、その単語を口の中で転がし、続けて溜息を漏らした。
「お前だって手塚が好きだろ。俺たちは同じじゃないか?」
「僕のは、千尋の谷に突き落とす愛ですがね」
「だよな、手塚の腕を怪我させた奴を部長に付けるくらい陰険な鍛え方するよな」
「僕は手塚くんの精神的成長を願ってですねー」
「俺だって願ってる。だから、ちょっとだけ手助けしてやりたい時もあって…多少過保護でも、それでテニスがのびのび出来るならそれでいいだろ?」
「甘い。それが君の表現の仕方なら、手塚くんが懐いても仕方がないでしょう」
「……実際そうだったよ、今更だけど、俺、手塚が可愛かったから自分に懐くように振る舞ってたよ。無意識に。でもだからってそりゃないだろ? 俺は手塚が可愛い。可愛いからなんかこう、もっとうまくやってほしいんだよ」

「君はどうなんですか? 手塚くんの恋人は嫌ってこと?」
「俺が手塚に懐かれる分には一向に構わない。というか嬉しいもんだよ、それは。でも手塚は――」
「…跡部くん、ホントは何も分かってないんじゃないですか? 手塚君の気持ち。好きな人に「君のことは大好きだけど他に恋人作ってくれ」って言われたら相当ショックですよ」
「てゆーか、そんなこと言えねえし」
首をかしげた大和に、跡部が目を逸らしつつ呟く。

「手塚に悲しい顔されるの嫌だから、んなこと言えない」
「………それじゃ何も変わらずラブラブなままですね」
「だから祐大、お前に頼んですんだろ! 手塚に言ってやってくれ。正気に戻れって」
「いやだから、別に正気じゃなくないんじゃないですか? そこのところは僕と景吾くんの見解の相違なわけですが」
「誤魔化してんなよ。お前の可愛い後輩が親友の毒牙に掛かってもいいってのかよ」
いつ親友に格上げされたんだか…と思いつつ、大和は独りごちた。
というか、ねえ。



「どちらかというと、僕には、親友が後輩の毒牙にかかってるようにしか見えないんですが」



しかし、跡部には全く自覚がない上に、自分から離れていく気はないらしい。
あくまでも手塚の気が変わるのを待つという。
……そして手塚は『絶対に手を離したくない』と言っているのに。


「ああ、もしかしてあれですか? 僕、いまノロケられてます?」
「んなワケねぇだろ!?」


真夏の開放的な喫茶店で繰り広げられた、青学の部長と氷帝の部長の非生産的な言い争いは、当然の如く、翌日には手塚当人の知るところとなったという。