『悪友』



千石はフリージャーナリストを自称するが、彼がそれで稼いでいるわけではないことを跡部は知っている。

じゃあ何で稼いでいるかというと…それはあれだ。持ち前の運と勘、そして思い切りのよさ。
だから跡部からしてみれば千石の職業はいわば山師で、趣味がボランティア。
血縁関係の有無を問わず、子供を四人も育てているのもその延長だろう。
まったくもって立派な人物なのだが、実際に会ってみるとそう思えないのは何故なのか。
やはりそれは山師の胡散臭さが抜けきらないからなのかもしれない。



「ひっさしぶり〜跡部くん」
「…どっから入ったんだお前!?」

書斎の黒いソファの上からやっこら体を起こした旧友を見つけて、跡部は悲鳴に近い声を上げた。

「守衛は何してたんだ。不審者をこうも簡単に家の奥まで入れるとは…」
「不審者って…おーい」
「警備が甘いのか? やっぱ塀に電流を流すという基本から始めないとダメか?」
「何の基本なんだか」

肩を竦めた千石は、おいでおいでと手招きする。

「ここまで来るのは簡単だったよ〜。ゆうこちゃんが案内してくれたし」
「――人の娘をいつたらし込んだっ!」
「がっ…首、ほ、本気で絞まって…」
「もう遅いかもしれんが冥土のみやげに教えといてやる。うちの子に手ェ出したら殺すぞ」
「や…息子が友だ…で」
「なんだ。それを先に言え」
「………………跡部くん。次から絞めるのは言う暇を与えてからにしといてね…」

盛大に咳き込んだ後、息も絶え絶えに彼はソファに沈んだ。

「お前、息子いたんだな」
「いるよー二人ほど。長男が中一で、青学に通ってんだ」
「ああ、手塚つながりか」
「そ。うちの愚息の同級生の姉の幼なじみがゆうこちゃん」
「結構遠くないかそれ?」
「気にしない気にしない。まあ、そういうわけでここにいます」

そこで跡部は腕を組んで千石を見下ろす。

「で? 今回はどこのジャングルから帰ってきたんだ?」
「ひどいなー、俺の生活圏は常に熱帯ですか?」
「違うのか?」
「違います。タイガもツンドラも経験済みです」
「………………」
「あれ、すべった?」
「わざわざ確認するな。それで?」

うーん、と彼はトレードマークのオレンジの頭を掻き回す。

「今日はちょっと交渉しに来ました」
「帰れ」
「何で!?」
「お前の交渉にはロクなものがない」
「そんなー今までだってお役に立ってきたじゃないの」
「お前が一を出したらこっちが十盗られるんだ。やってられるか」
「こちらとしては金銭には換えられない物を提供してるつもりなんだけどなあ」

だからやっぱり等価取引だよ、とかけらも疑いない口調で言う。
その男に向かって、跡部は諸手を挙げてみせた。
まったくこいつには敵わない。力むだけ損なのだ。
渡された書類を素直に受け取り、ざっと目を通す。
口元が次第に絞まり、紙の間から睨みつけると男はいけしゃあしゃあと笑って見せた。

「俺のお願い、わかるよね?」
「切れってんだろ? 言われなくともやるぜ。こんな副業に手を染めてる会社とは付きあえん」
「違う違う。いきなり君んとこから切られたら、よけいダーティーなお仕事に精を出しちゃうでしょうが」
「じゃあ、圧力か」
「まあね、胡散臭いことは止めないと取引停止っていってやればいい。一回不渡り出してるから効くでしょ」
「鬼だな」
「正義の味方と呼んでください」
「オレに対して非道いんだよお前は。オレにばっかり汚い仕事を回すなっての。いい迷惑だ」
「だってこれが公表されたら君もまあ風評被害を被るじゃない」
「一介の市民が世間に堂々と公表できねえネタだからこんなまわりくどいことしてんだろ」
「俺としては、どっちでもいいわけよ。密猟の取引ルートを一つ断てれば」
「…わかった。この件は相殺にしとく」

茶封筒に紙束をしまいこむ友人に、千石はからかうように声を掛けた。

「いいねえトップダウンがきく会社は」
「いいわけないだろ。恨まれるのはオレだぞ」
「君には悪役が似合うよ」
「フォローになってねえ」
「褒めてるんだけどなあ」

グラスが二つ。注がれた茶色の液体を飲み干して歓談が始まる。

「またすぐに発つのか?」
「あーいや、しばらく国内にいるよ。個展を開こうかと思うんだよね。写真もだいぶたまったし」
「へぇ」
「だから君のビルの23F貸してくれる?」
「はぁ?」
「23F。企画展とか特別展を開いてるあそこだよ」
「それはわかるが、お前あそこのテナント料知ってるのか?」
「知ってる。でもタダで貸して」
「出来るかーっ」
「まぁまぁ。売り上げの半分納めるからさ。残り半分はラオスあたりに送ろうかと思うんだけど」
「全額貰ったって黒字にはなんねえぞ」
「上手くすればなるよ。広報戦略をきちんと練れば」
「それ、誰がやるんだ…?」
「練るのは俺がやるかな。でも広報活動自体はご協力願います」
「…いくらとる?」
「2000と言いたいところだけど1500かな。学生以下は半額で」
「高すぎる。どうせボランティアならタダにしとけよ」
「もったいをつけるってのも大事だよ」

ことさらゆっくりと、彼は言う。

「建物のグレードを考えたらそれくらいはアリだって。それに、無料はだめだね。昨今タダにはありがたみを感じないって人も多いから。どうせなら取るよ」
「入場料うんぬんはこの際おいといて、だ。ギャラリーは二年先まで企画で埋まってるんだが」
「全フロア貸せだなんて馬鹿げたこと言わないよ。そうだね、10分の1くらいでいいや。それでも広さは充分。それくらいなら割り込めるでしょ?」

全面の笑顔に、思わず跡部は天を仰いだ。暗い天井が見えるだけだった。
それでも祈りたい気持ちだ。

「鬼かお前。誰がそれを言うんだよ」
「君が言えば誰も文句は言えませんな」
「勘弁しろ…。不満が吹き出ねえ事が一番怖ぇんだよ。その分たまってるって事だからな」
「その自覚が在れば大丈夫だよ〜」
「何を根拠に」
「勘に根拠なんて要る?」
「……救いは、お前の勘が当たることか」
「はいはい。じゃあ支払いはこれで」

今度は白い封筒だ。
見た目は薄い。しかし、ちらっと見て跡部は目を見張った。

「…どこで調べた」
「ニュースソースは言えません。ジャーナリストの命ですから」
「つうか何? こんな値段で買い叩いてたのか? うちなら倍は出せるぞ」
「あ、それ期待してるんだよね〜。現地の人も生活苦しいんだよ。なんとかしてやって」
「確約はできんが善処する。これであのバカどもの輸入ルートがつぶせるのなら願ったりだ」
「じゃあさっきの件よろしくね。二ヶ月貸して」
「馬鹿言え。半月が限度だ」
「一月半」
「30日」
「35」
「――33。そこまではまけといてやるよ」
「おっけ。ありがとう跡部くん。大好き〜」
「気色わりぃからヤメロ。畜生赤字出させやがって」
「いいってことでしょ。これもメセナの一環だよ」
「なんでうちのメセナをお前が仕切るんだ。ったく、お前なら口と要領だけで世の中渡れるな!」
「加えて運と勘も俺の味方です、ってね。じゃあ、細かい打ち合わせはまた今度」

ひらり。彼は年齢からは信じられないような軽い動きをする。
ソファから腰を上げた千石を、跡部は制止した。

「待てよ。まだオレは契約してねえぞ」

今更それってアリ?
そう思ったが、口にはしない。
代わりに胸元から一枚の紙切れを出す。

「じゃあ、ご苦労様な跡部くんにサービスしとくよ」
「なんだ?」
「向こう一ヶ月の彼のスケジュール、欲しくない?」
「な…んでそんなもの!」
「ま、ま。差し上げますから」

賄賂のようにぎゅっとそれを握らせて、じゃあねと掌を振る。
実際それは、山吹色のおまんじゅうよりよっぽど効果があるだろう。ただし彼限定で。

扉をくぐる前に振り返ると、跡部は不満げにこちらを睨んでいた。
だが口元が僅かに緩んでいるのを千石は見逃さない。

おーお、嬉しそうにしちゃって。

扱いやすいなあ、というのが千石の二十数年来の旧友への感想だ。






もったいをつける。それが大事なときもある。
だから、実は息子経由でいくらでも手に入るのだということは秘密にしておいた。


言わぬが華というものだ。