無題01
不遜にして不敵。自意識過剰のナルシスト。
己に勝るものなどないとないと確信している余裕の笑みを凍り付かせてやったらさぞや小気味いいだろう。
そんなことを考えて、目の前の男の唇を奪った。
相手は一瞬硬直したが、すぐに身をよじり拘束から抜け出す。
なんのつもりだ、との問いに、言うまでもない、と返答。
耳から頬にかけて手のひらを這わせると、彼は小さく息を吐いて上目遣いに演技をする。
やめてくれ、頼むから…。
弱々しい息使いと計算尽くの台詞。
熱演は認めるが、それがむしろ逆効果であることは想定外だったらしい。
自室のベッドに押し倒すと、跡部は信じられないと目の色で語った。
正気か、と。
残念ながら冗談でも嫌がらせでもない。
不安と疑念と不審。跡部の顔にそれらが混じり合った表情が浮かぶのを見てもう既に欲しいものを手に入れた充足感に満たされる。
翌朝、ぐったりとベッドに沈む背中を眺めながら、この関係は継続できるとわかった。
これは、いつものことだが。
手塚は俺が他人の話をするのを好まない。
休日に人と会うのも、学校の話をするのも、興味がないと無視をする素振りだが実際は違う。
長い沈黙の後、その主張がなされるのはは大概夜更けてからで、我が儘な恋人だ、と手塚は俺を責めるが、どちらが我が儘なのかと問いただしたくなる。
俺のことだけ考えろと、全身に強制するくせに。
だが、手塚の嫉妬を味わうのもなかなか楽しい――と考える自分も、相当に悪趣味である。
※擦れ違い両想い
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無題02
「跡部と付き合ってるの?」
英語の辞書を返しながら、ただの世間話のように不二はそれを口にした。
教室前の廊下、言うまでもなく真っ昼間の出来事である。
自分に妙な噂を立てようという、いつもの不二の嫌がらせに違いないと即断し、手塚は軽く溜息をついた。
「何の話だ?」
「とぼけないでよ。毎週毎週一緒に出かけてるって話だけど、いくら友達でも普通ないよ? しかも泊まりとか。普通は気になるものじゃない?」
「どうせ面白ずくだろ。ただ登山や釣りに付き合ってもらっているだけだが。キャンプとか、今年はいい鮎が釣れるんだ」
「相変わらずジェネレーションギャップを際だたせる話題だね。ゴルフでもやってみたら?」
「あいにくと、スポーツはテニスで間に合っている」
「だいたい、アウトドアに付き合う人間を捜してるなら跡部でなくてもいいよね。そもそも跡部にキャンプとかテントとか似合わないんだけど、よく文句でないなぁ」
「向こうもなかなか興味深いと言っているぞ。最近はタマネギの皮を芯まで剥いたりすることもなくなったしな」
「あーじゃあ、そのうち一通り終わったら飽きるかもね」
「…それは困る」
「何で? 別にキャンプ程度なら他の誰でも付き合ってくれるさ」
「違う。跡部じゃないとダメなんだ。意味がない。俺は――」
「それってやっぱり」
不二は興味本位につついたが、手塚は急に眉間の皺を増やし、分かる人間には分かる深刻な表情を作り上げた。
「あいつ、晴れ男なんだ」
「…は?」
「跡部といると、雨が降らない。山でも川でも行き放題だ。今までの苦労が嘘みたいに」
「……そういえば、君、雨男だったね…。今年の都大会も関東も全国もやけに晴れが多かったからおかしいとは思ってたんだけど、何? 跡部が相殺してたの? 意外な恩恵だね」
「そう、だな。跡部がいなくなったらとても困る。ということは、お前がさっき言ったことは良い考え方かもしれないな」
「さっき、って」
「この際だから早めに『付き合って』おけばいいと思わないか?」
「いや…思わないか? とか言われても。それ、跡部に言ったらグーで殴られると思うけど、一応、オレは」
素人には全く判別が付かないが、不二には手塚が嫌な感じに笑顔を作っているのが分かった。
その後ろで今までの会話をひやかしていた菊丸も同様に。
手塚が、比喩的表現で言えば花を撒き散らしながら去っていた後、菊丸は頭の上で両手を組んで言い放った。
「あーあ。俺知ーらない。不二、後であとべーに謝っときなよー?」
「えぇ!? 今のってオレが悪いの!?」
もの凄い速度で振り向いた不二に、菊丸は軽く手を振って他人の不幸を見送ったのだった。
※
手塚→何か変に。山川が絡むといつもこうです。
跡部→このあと手塚に何か言われたら全速力で逃げると思う。「多分インフルエンザで高熱があるんだ…!」(しかし季節は夏)
不二→珍しく焦っている不二。いいな、好きだな。今回は一人称オレで。
菊丸→不二は手塚が嫌いなだけですが、菊丸にとっては敵なのです(for大石)。
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無題03
特に何もないが、気が滅入って仕方がない日がある。
鬱々と、あのドアを蹴り開けようか、そっちの壁を殴りつけようかとぐるぐる思考を回すのだが、
自分の手や足が痛いだけでもっと気が滅入るだろう事は容易に予想が付くため、非行には走らない。
その代わり、手塚の部屋を訪ねてベッドを独占しながら、蕎麦殻の枕を思い切り握りつぶす。
机に向かい黙々と宿題を片付けていた手塚は、「まぁいい、多少はつぶれた方が寝心地がいいからな」と
敢えて跡部に聞こえるように嫌みを言ってきた。
「不満があるなら、構えよ」
「今日は機嫌が悪いだろう」
俺が相手をすると悪化させるのがオチだ、と手塚は肩を竦める。
「悪化してもいいから構え。八つ当たりさせろ」
「別に構わないが…何をする気だ?」
「おでこに『肉』って書く。油性で」
「お前、どこで覚えてきたそんな庶民定番の遊びを」
「―――マジで? 一般的なのかそれ。つーか、おかしいだろそんな」
「馬鹿を言うな。ジャンプ読者にはもはや王道だ」
「なんかイヤだな。そんな雑誌」
「嫌がっていても始まらないぞ。ちなみに、さくらマイネームならちょうどインクが切れたところだ」
「メーカー指定するなよ。てか、うちのブランド使え」
「お前のところの油性ペンは、高い」
品質重視だ、と言い返しながらやっと気分が落ち着いてきたのを感じ、跡部は枕を放った。
途端に今までの態度に気まずさを覚え、声を落として目をそらす。
「…なぁ。お前って八つ当たりとかしねぇの?」
「することもある」
「見たことねえな。ま、お前はそういうことで俺に甘えたりはしないだろうよ」
揶揄するように言うと、手塚は心外だ、と短く告げる。
「だってそうだろ?」
「馬鹿を言え、俺は今までもお前といるときに機嫌が悪かったことはあるぞ」
「機嫌が悪くても何も変わらねぇじゃん」
「……本当に、気付いていなかったのか? 跡部」
「何が」
「そういう日は、少し乱暴に扱う」
だから何が? と問いかけて跡部は呼吸を止めた。
いつ、だれが、なにを、乱暴に扱ったのか。…気付いてしまった。
「手塚、てっめーッよくも!」
「だから、八つ当たりくらい俺もすると言っただろう」
「論点はそこじゃねぇっ!!」
相手の顔面に向かって投げた枕は簡単にかわされ、手元に攻撃力のあるものは残っていない。
忌々しげに舌打ちする跡部に対し、手塚は眼鏡を外して目を細め、意地の悪い表情で隣に座る。
「安心しろ。今日は機嫌は悪くない」
何が安心だ! という抗議の声は、いつも通りの強引な手段によって掻き消されて終わった。
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※手厚くされてもその逆でも結局同じ事かも知れず
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無題04
家を出てアパートを借りたことを跡部に告げた時、彼はあまりいい顔をしなかった。
「部屋なら俺がいくつか持ってるのに」と、彼にしてみれば猫の額程度の部屋を見回して言った。
だからこそ、事後報告にしたのだが。
跡部が持っている部屋というのは、どれもこれも夜10時台のドラマに出てくるような、非常に庶民的ではないものだということをよくわかっていたからこそ「貸す」と言い出されない内に決めたのだ。
つまらないことで口論する気はないし、流石に跡部も既に借りた部屋を解約しろとは言ってこなかった。
代わりに手塚の自宅から持ってきた手狭なベッドに身体を沈めながら、甘い声を出す。
そうしておいてから、「俺の誕生日に」という理由で、「合い鍵くれるよな?」と、承諾を前提の笑顔を添えるのだ。
唯我独尊で自分を中心に世界が回っていると公言しかねない跡部だが、その気になれば彼はいくらでも媚態を呈することが出来た。
猫のようにするりと懐に入り込み、耳元でささやく声にどれほどの効果があるか彼は正確に知っていた。
もっとも、その媚態は「効きすぎる」のが欠点で、どんな我が儘も通る代わりに翌朝までベッドに沈む羽目になる。
当の本人に言わせれば「諸刃の剣」であり、彼は滅多にそれを使おうとはしなかった。
手塚としては、いつ何度でも振るってくれて一向に構わないのだが。
そして、複製された鍵は当然跡部の手に渡った。
本当は、部屋を借りると同時に跡部にそれを渡すことは決定事項だったのだが、「跡部にねだられて」「渡す」という一連の手続きが重要なのだ。
跡部が何か欲しいと言い出す場面は滅多にない。
特に物に関しては。
加えて、跡部が欲しいといった物を自分が用意できる機会はもっと少なかった。
月並みな話だが、自分が贈った物で相手が喜ぶ姿を見るのはかなり、楽しい。
跡部の素の笑顔を見る度に、なんとかこれを記録に残せないものかと考えている自分がいる。
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本当は何かの話の出だしだったのですが、続き消えたので流用。
跡部は手塚がくれるものなら何でもすごく嬉しいんですけどね。
それこそ北海道の木彫り熊とかを嬉々として洋館に飾りますよ。
で、なんとなく何種類か集めてみて、でもやっぱ手塚がくれたのが一番品がいいよな、とか恋は盲目もいいところなことを黙って考えてます。
流石に口にすると周りの目が厳しいことはわかるらしい。
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『食欲の』
「市販のソースのにおいがする」
跡部はそう言って立ち止まった。
木の葉の色が赤いから、と二人で立ち寄った公園は、普段と同じように数軒の屋台が並んでいた。
春も夏も勿論冬も変わらない光景だが、今の時期になって気にとまったのはやはり秋だからなのだろうか。
「普通、おいしそうな、とか形容詞になるんじゃないのか?」
「まぁ普通はな」
跡部は学ラン姿の他校の友人に肩を竦めてみせる。
「だけど、あれだ。菓子を食べて「化学調味料の味がする」と言ったり、「なんだこの脂ぎったぎとぎとの空気の店は」とか言うのは、滝あたりに言わせると「角が立つ」ということなんでな」
なので、端的に「市販のソース」と跡部は表現したというわけだ。
「俺はおいしそうだと感じるがな」
「うまいかどうかは喰ってみないとわからないだろ?」
「じゃあ食べてみればいい。…とダメだな。下校中の買い食いは望ましくない」
「いつの時代の中学生だよ」
「校則というわけじゃない。夕飯が入らなくなったら困るからな」
「母親思いだな」
「よく言われることだろう?」
「つーか、買い食いの習慣がないから言われたことがない」
「…まあそう言われれば俺もないが」
「ふーん?」
中途半端に道の真ん中で立ち止まってしまったせいで、なんとなく話を流すことが出来なくなった。
結論を出さねば、ここはなにか決まりが悪い。
「じゃ、買ってこいよ」
「だから買い食いは…」
「育ち盛りの、男、しかもスポーツ選手に、たかだか数百カロリーなど何の問題にもならない」
「―――一理あるな」
そういうわけで、手塚はたこ焼きを物珍しそうにほおばる跡部という貴重な映像をその目に納めることになった。
翌日、そして翌々日。
「今日はあれ」と指さす跡部の非常にいい笑顔に―――正直言って連日の買い食いは中学生の財布には堪えるのだが――敗北感を抱えつつ、手塚は同じ行動を繰り返すのだった。
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つまり露店でクレジットカードが使えれば問題ないわけですよ。
でも黙って餌付けする手塚。
少しだけ「役得」とも思ってます。
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