『01:ラストゲーム(幸村)』



テニスを失うというのは、どういうことだろう。



記憶とともに、テニスという競技も忘れて無邪気に笑っていた少年は、最後の最後で、コートに戻ってきた。
一度失くしたものを全て取り戻した上で。


「病み上がりなんでしょ、アンタ? 無茶しない方がいーよ」

挑発的な笑みを浮かべた子供を見て、記憶を失っていたときと種類は違えども、やはり無邪気だと思う。
決勝のコートに立つということの意味を、わかっているとは思えない。

この会場を包み込む、張り詰めた空気が君には見えないのだろうか?
これは三年間、血を滲ませながら努力してきた全国のテニス部員達の、頂点を決める戦い。
見守る者達―――見守るしかない者達の熱い視線が、俺達に集まっていることに気付かないのだろうか?

ここで試合が出来るのはたった二人、俺達だけなんだ。
今この場所にいることの意味を、俺はよく知っている。
リハビリ直後の俺がここに立つことを許してくれた、立海の部員に感謝している。
再起不能と言われても、テニスにしがみついて這い上がってきた自分を誇りに思う。
俺達が踏み倒してきた敗者達の屍の山に興奮を覚える。

最高の重圧を浴びる苦痛と快感。
これがどれほど価値があることなのか、彼はわかっていない。
意図的に、拒否しているのかもしれない。
それを認識してしまったら、今まで通りの不敵ではいられないだろう。
この子供の剛胆さは、勇気からくるものじゃない。無知から来る蛮勇に過ぎないのだ。

記憶を取り戻さない方が良かったのに、と心から同情する。
戻ってこない方が彼にとって幸せだったはずなのに。
いくら俺だって、こんな小さな子供を虐げるように潰すのは心が痛むんだ。本気を出すのは可哀相だよ。

けれど、我が立海に立ち向かう者は、わけへだてなく容赦しない。
挑んでくる者の勇気を讃えて平等に、遠山くんと同じように、君がコートに両手を付いて平伏するまで、試合を続けよう。


「いい目をしている」

たとえ無知と無謀の産物といえども、俺を目の前にして怖じ気づかない選手は貴重だ。
…ああ、そうだな。そう言えばこれは久々の試合だった。
思えば去年の秋から、ずっと試合なんてしていなかった。
またコートに戻ってこられて本当に良かったよ。

何もいらない。テニスの他は何もいらない。だから、コートに立ちたいと願ってきた。

今日は俺の祝日なんだ。テニスを取り戻せた記念すべき日になる。
奇しくも、君にとってもテニスを取り戻せた日になったね。
俺達は、ある意味同類といえるかな。

だから、負けるためにとはいえ、君がコートに戻って来れて本当に良かったと思うよ、越前リョーマ。