『延長戦』
ジュニア選抜の合宿のはじまりには間に合った。
…間に合ったんだよ。
オレとしては別に遅刻したつもりはなかったし。
けど、なんか遅刻寸前とみんなには解釈されて、「ああいつものことだな」って思われてるみたいだった。
まあいっか、どーでも。
そんなことよりオレ気になることがあるんだよね。
で、人波をかき分けて目標の相手にたどり着くと、相変わらずお邪魔な人らが傍にいた。無視するだけだけどさ。
「久しぶりッス、幸村サン」
「ああ、越前。久しぶりだね」
三ヶ月ぶりくらいかな。その程度じゃ、お互い何も変わらないよね。
と、言いたいところだけどちょっとは違ってたな。
流石に病み上がり直後だった全国大会の時よりも、幸村さんはなんとなく、元気そうだった。
「あれ。ボウヤって言わないんだ?」
「それはそうだよ。君は俺に勝ったんだから。その程度の礼儀はわきまえてるよ」
「さっき、『相変わらずだね、あのボウヤは』って呟いてるの聞こえたんスけど」
「へぇ。耳が良いんだね」
幸村サンは感心したような素振りでそう言って、その続きは何もなかった。
やっぱ聞き違いとかじゃなくて、普通に言ってたよね、ボウヤって。
「あのさ。言い訳とかないの?」
「いや? だって本人の前で『ボウヤ』って言わないのが俺の礼儀だから」
「そういうの詭弁って言うんでしょ、日本語で」
「違うよ。言い訳とか屁理屈じゃなくて、心の底からそう思ってるよ」
「…………」
えっ。なんかこれ普通にひどくない?
誤魔化されてるとかじゃなくて。
心の中ではまだ「ボウヤ」だって思ってるってことでしょ。
でも、幸村サンのヤローは、全然悪いとか思ってないようだった。
清々しいくらいの笑顔だったよ。
ここで怒ったら負けだから、質悪いよね、この人。
「もうよかろう。そろそろ去れ」
「どこに? 合宿始まったばっかりっスけど」
「己の部屋があるだろう」
「そうだな。ちょうど部屋割りも発表されたことだし」
割り込んできたのはいつものボーシ・真田さんと、いつものデータの柳さんだ。
本当にこの三人は仲良いよね。いつも一緒にいて疲れないのかなあ? って思うけど。
幸村サンはだいたいこの二人が発言してるときは、しゃべらない。
面倒くさがりなんだと思うよ。結構王様気質なんだ、この人。
「部屋、か。ねぇ、アンタの部屋に遊びに行ってもいい?」
「何を言い出すかと思えば…」
「アンタらには話してないよ。ね、いいよね?」
でっかい二人が立ちふさがってるけど、その後ろに回ってる幸村サンに向かって首を傾げてみる。
意外だったけど、そこで幸村サンはパッと明るい表情を作った。
「来てくれるのかい? 歓迎するよ」
「精市?」
「幸村、お前は」
「まぁまぁ二人とも。いいじゃないか。俺は嬉しいよ」
「じゃあ決まりだね」
とは言ってみたものの、悪い予感がした。
幸村サンってさー。不二先輩とかと違って、「いまなにか企んでます」っていう感情を隠さないんだよね。
たとえていうなら、落とし穴を掘って、ここに落とし穴あるからね!って嬉しそうに言って、
落ちなければそのままスルーするし、わざわざ落ちてみると、落ちてくれたんだ!って喜ぶ。
そーゆー感じ。
隠さないんだよね。素直というか、悪気はないというか。
悪気があることを隠さないというか。
まあ、つまりここは、乗ってみるしかないっしょ?
そのまま「後でね」と去っていく幸村サンを見送ったけど、それについていかなかった人が一人いる。
柳さんだ。
で、柳さんはいつも持ってるノートを閉じながら、珍しく細い目を開いた。
「越前。お前は俺達が精市に対して過保護だと思っているだろうが、それは物事の一面に過ぎない。逆に言えば、お前を保護してやっているのだぞ」
「へー。誰から?」
「言うまでもないだろう。…忠告はしたぞ」
切り捨てるように言って、背の高いデータの人は去っていく。
乾先輩と類共なのに、なんかこっちの方が迫力はあるよね。
逆に、乾先輩はどーしてあんなに面白い人になっちゃったのかなあ?
同じデータの人でも、元々の性格ってあるんだなー…って思う。
ま、言いたいことはわかったので、後は荷物置いて、夕飯食べて、食後のテニスをして、それから自由時間に遊びに行くだけなんだけど、その前に用意された「落とし穴」について調べてみないと。
―――――結論。予想外に深い穴だった。それは。
そんなん調べればすぐわかると思ってたし、乾先輩に聞いたら即教えてくれたけど、なかなかの穴を掘ってきたよ。幸村サンの奴は。
「来たんだ」
「来たよ」
ドアを開けた先、そこは4人部屋だった。
幸村サンと、手塚部長と、不二先輩と、白石さんの。
誰だよ、こんな部屋割り考えたの。
最悪だよ。意味不明だよ。
こんな部屋に遊びに行きたいと思う後輩なんていねーよ。
だから、幸村サンの「来たんだ」だ。
実態を知ったら来ないかと思ったけど、来てくれたんだ、という。
ホント、人を試すようなことが好きだよねーこの人。
「乾先輩に部屋割り聞いたときはマジ後悔したけどね」
「でも来たんだ」
「約束だからね」
ニヤリと。
笑ってみせると、幸村サンは手放しで喜んでくれた。
「嬉しいよ。君からすると前門の虎、後門の狼って感じかな、って思ってたから」
幸村サンの右手は手塚部長、左手は不二先輩を指し示す。
てか、完全にわかってる上で誘って来たんだ…やっぱり。
「誰が虎だ」
「ひどいなあ。僕ってそんなにこわくないよね?」
「俺のことは? 寂しいなぁ。仲間に入れてくれへんの?」
もちろん、会話に口を出してこない手塚部長たちじゃないわけで。
どっか行ってくれてればいいのに、オレのこと待ちかまえてたわけですか。残り三人は。
部長、睨むのやめてください。
不二先輩はワクワクしすぎ。
白石さんも、面白いことを期待しすぎ。
そして幸村サン。アンタ、後ろの三人気になんないの!?
「ところで、越前。なんで遊びに来たいなんて思ったんだい?」
「それ、いま聞くんだ」
それはフツー、昼間のうちに聞いておくことじゃないのかな。
わりと大事なことだと思うんだけど、二の次にしちゃうところが、幸村サンだよ…。
「ん。普段何してるのかなって思って」
「ああ…不二とサボテンの話とか、白石とはサボテンの薬効の話とかしてたよ。ねぇ?」
「まぁね」
「せやなあ」
「…みんなで手塚部長をガン無視してたってことッスか?」
「そうゆうこと、はっきり言っちゃダメじゃないか」
「怒られる筋合いないッス」
言って手塚部長を見てみると、部長は、気にするな、という風に手のひらを振った。
「お前がいないなら、俺はこの部屋でくつろぐつもりはないからな」と目で語る。
あ、オレが来なければ消灯時間まで脱出するつもりだったんだ。
それはサーセン。
わかるよ。オレでも逃げるもん、この部屋割りじゃあ。
でもさ、別にいてくれなくてもよかったのに。
「アンタ、サボテンが好きなの?」
「どっちかって言うと、観葉植物よりガーデニングだね。花を植えるのが好きだな」
「ふーん、意外」
「意外かなあ? テニスをしてないときはわりと穏やかだよ、俺は」
「本当に穏やかな人は、自分でそーゆーこと言わないってば」
このツッコミには、手塚部長以下全員が深く頷いた。
「で、テレビは何見るの?」
「君、本当に普段の俺に興味があるのかい?」
「まぁね」
「じゃあ、乾あたりに聞いた方が早いよ」
「別に、データがほしいんじゃないんで」
「ふーん?」
その先を追求してこない。それが幸村サンだ。
どーでもいいこととして流すことにしたんだなあ、ってわかる。
この人オレに興味ないなあって。
てゆーか、オレだけじゃなくて全体的に、人に対して一歩下がって構えてるんだよね。
来る者拒まず去る者追わず、って感じで、自分から踏み出したりしない。
執着しない。
敢えてそうしてるのがわかる。
だからこの人のテニスはあのテニスだ。
人に執着しない。テニスにも執着しない。感情を乗せないテニス。
ビョーキして、つらかったから。
好きでいることがつらかったから、もう諦めちゃったんだろうな。
テニスを好きでいることとか、人を好きになることとか。
「あのさぁ。幸村サンって、テニス好き?」
「好きだよ?」
そう答えるけれども。
「でもあのテニスじゃん」
「まぁね。でも結構強いよ。教えてあげようか?」
「幸村サンのテニスには、キョーミないなあ。やめたら? あのプレイスタイル」
「それは無理だね」
「即答しないで、もうちょっと頑張ってみようよ。『テニスを楽しく』ってさ」
「君に負けてから色々考えたんだけど、『天衣無縫の極み』を目指すのは俺の道じゃない気がするんだよね」
「目指す前からそれ?」
「俺は俺のやり方で上を目指すよ」
「そうなんだ。別に止めないけど、じゃあやっぱり、」
そこで一度言葉を切った。
ちょっと溜めて伝えたい言葉だったからさ。
「オレと付き合わない?」
だって、このまま進んだらアンタ寂しいでしょ。
一緒に歩いて―――じゃなくて走ってあげるよ。併走。
まあついてこれたらだけど。
「…うーん」
幸村サンは、一瞬は驚いたけど、そのままゆっくりと表情を普段の微笑に戻した。
うーん、と呻りながら首を後ろに回す。
後ろには、絶望的な表情をして立ち上がろうとする手塚部長、を羽交い締めにしながら「続き!はやくはやく」と言いたげに、わくわくしている不二先輩と白石さんがいた。仲良いよアンタら…。
幸村さんはその三人をじっと見て、そのまま、後ろを振り返ったまま、
「いいよ」
と一言。それからやっとこっちに向き直った。
「あのさ。普通こーゆーとき、返事は正面向いてするものでしょ」
「仕方がないよ。だってずるいじゃないか。君だけ、世紀の瞬間の手塚の顔が見られるなんて」
「まぁ、わかるけど」
「わかってくれる? 気が合うね、俺達」
気が合う…のかなあ?
まあ幸村サンがそれで納得してくれるならいっか。
でもオレは別に部長の絶句した顔なんてどうでもいいんだけどね。
涙目? で訴えられるも困るよ。オレ正気だから安心して成仏してください部長。
* * * * *
「あのさ。なんでOKしたの?」
とりあえず、翌朝食堂に誘って、朝食を向かい合って食べながら、なんか腑に落ちないので本人に聞いてみる。
「君はもう知ってると思うけど」
「まあ、アタリはつけてあるんだけど」
テニスを好きでいることは諦めちゃったけど、でもさ。
でもテニスが好きでいたいんだよね。ホントは。
知ってる。
だから、オレが傍にいてあげるよ。
オレといればテニス楽しいよ。絶対。
「感謝してよね」
「あーあ。俺もこんなボウヤに心配されるなんてねー」
「ちょ…、本人の前で言わないのが礼儀じゃなかったの?」
「今のはひとりごと」
あ、ちくしょー。
性格悪いよ、ホントに。
幸村サンといたい理由は、一つはこの人が心配だからだけど。
もう一つは―――絶対、ぜっったい、「負けたよ」って言わせてやるってことだ。
試合したのに、この人負けたって思ってないもん。わかってた。
だから、絶対に白旗を揚げてもらわないと。
「君には負けた。好きだよ」って。
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