『高低差』



「せっかくだからどっか行こうよ」

帰国してしばらく日本に滞在する、という内容のメールがきて、最後にその一文が添えてあった。
二歳年下の、クセのあるテニスプレイヤーに告白されてから初めての冬休みの出来事だった。


基本的に日本にいない越前だが、だからこそ、まめにメールしてくる。
一週間に二度というペースだったが、面倒くさがりで時間にルーズな越前にとっては驚異的な誠実さである。
―――ということは幸村にもわかっていたので、遠距離とはいえその「恋愛」は続いていた。


「つきあってよ」と言われたときは少し驚いたが、本気にはしなかった。
断っていればそのうち飽きるだろうと思ったのだ。
そもそも越前が、自分に執着する理由が思いつかない。

試合は越前の勝ちだったし、幸村自身『天衣無縫の極み』を身につけたわけでもなく、
越前の手本となるプレイヤーでもない。
蓮二に聞いてみれば「お前が越前につれないから、余計に気になるんじゃないか?」と
データによる分析を聞かせてくれたが、それも腑に落ちない話だった。

そもそも、幸村は越前につれなくしたつもりはない。
ただ、越前の周囲をよく見てみれば、頼まれなくても世話を焼きたがる連中が揃っている。
実際、越前ほどのプレイヤーで、しかもそれが年下で小生意気とくれば、構いたい輩は多いだろう。
見返りを求めず、ファンタの一本や二本おごるのはやぶさかではない、という連中は。
まぁ俺はおごらないんだけど、というのが幸村の取っていた態度だった。


告白された後、そのうち飽きるかと思って適当にあしらってみたが、越前はめげなかった。
そして、適当にはぐらかす幸村とは対照的に、周囲の反対がヒートアップしていって、
弦一郎は激昂するし、蓮二は呆れてたし、手塚は胃痛で倒れたし、その他諸々の過剰反応を色々見られて、
幸村本人は大いにその環境を楽しんだのだが、肝心の越前が飽きない。
とうとう根負けして、OKしたら飽きるんじゃないかと思って、付き合うことにしてみた。
それがたまたま合宿中で、聞いていた同級生は多くて、その場は悲喜こもごもの様相を呈した。
特に手塚の真っ青な顔は見物だった、と幸村はその日を「良い思い出」として心に留めている。



そして結局、一年経っても越前は飽きもせずメールを送ってくる。
海外にいる期間が長い分、会う時間は短かったが、帰国中の貴重な時間をわざわざ割いてまで
会おうと言ってくるということは、本気なんだなあ…と幸村はぼんやりと思う。



「じゃあ、行きたいところがあるから付き合ってくれるかな?」

メールで約束して、待ち合わせしたのは大型スポーツ用品店だった。
人を選ぶデート場所ではあるが、テニスプレイヤー二人の場合、
ラケットを見比べて、ガットを見て、グリップテープを見て…と微に入り細に入り見ていけば、
日が暮れるまではあっという間だった。


「思ったより時間がかかったなぁ。ごめんね」
「なんで謝んの? 楽しかったよ」

越前は、二人きりの時は必ずタメ口で話す。
元々敬語を使うタイプではないが、意識してそうしているのだということは幸村にもわかっていた。
背伸びをしているようで、そこは可愛い。

…というか、基本的に越前は可愛いと思う。
どうして幸村を追いかけてくるのかはわからないけれども、あの手この手で気を引こうとしてくる様子は可愛い。
それに元々越前は勘が鋭いタイプだし、気が利かないわけじゃないので、一緒にいて案外居心地が良い。
好みもだいぶ違うからか、何が好きか嫌いかなどを話していくと、話題は尽きなかった。


冬の夕方、日が暮れるのも早くなり、寒空の中の夕日を見ながら、幸村は「駅まで送るよ」と越前に告げた。
それはまあ年上としての義務のような気分で言ったわけだが、
越前は「ホントはそれオレが言いたかったんだけどね」と溜息をつく。
まあいいじゃないか、と歩みを進めると、越前は珍しく黙ったまま隣を歩いた。

「どうしたんだい?」
「なんか元気ないよね。今日」
「わかるんだ」
「もちろん」
「…体調じゃないけど、冬は気が滅入るね」

倒れた時期でもあり、入院生活を思い出す季節でもある。
冬の病院の窓から眺める枯れた光景は、病室を抜け出した今でも灰色に見える。


「じゃあ楽しい思い出でも上書きしに行こうよ」

本当にこの子は…的確に斬り込んでくるなあ。
良くも悪くも急所を外さない。そんなところが越前の美点だと幸村は思う。

「いいね」

普段通り不敵に笑う越前にそう返すと、その笑顔は屈託のない表情に変わった。

「どこ行きたい?」
「んー。江戸東京博物館」
「…前々から思ってたけど、趣味合わないよね、オレたち」
「じゃあ君からはどんな提案が?」
「えーと。マリオカート」
「マリオカート!? 俺の闘病生活って、マリオカートで上書きされるのかい!?」
「楽しいよ?」
「それはわかるけど」
「それに、マリオカートならアンタを徹底的に叩きのめせるし」
「あのね。君だけが楽しくても意味がないんだよ?」
「だいじょうぶ。手加減してあげるから」

この台詞が言いたかった、とばかりに弾んだ声をあげる越前は、小憎らしくて、とても可愛い。

「…もっと冬らしいの、何かないかな?」
「スキーとかスノボとか?」
「お金かかるよね、それは」
「あ、じゃあオレ入浴剤秘湯巡りが好きだから、温泉行こうよ」
「いいね。どこか近くで探そうか。乗り換えとか蓮二が調べてくれるし」
「えー、自分で調べるよ。どっかの部長みたいに、デートに誘ったら部員全員揃ってたみたいなことは避けたいし」
「ああ、相手が鈍いとそうなるよね」
「ついでに自分で段取りしないと、ひどいことになるよ? 近隣テニス部全員集合とか」
「ああ…跡部とか絡んじゃうとそうなるよねー」
「アンタはそれほど鈍くないよね?」

言外に、「二人きりで行こうよ」と誘ってきているのは、もちろんわかる。
が、幸村はその提案に乗る気はなかった。


「でも、大勢の方が楽しいよ。で、君と二人でいると、みんながチラチラ様子を伺ってくるのがさ。特に真田と蓮二」
「その二人にしてみれば、ハラハラって感じなんじゃないの?」
「そうかもね」
「性格悪いなー」
「うん、悪いね」
「直そうとか思わないの?」 「イヤかな?」
「ううん。そーゆーとこも好きだけと。でもそれって誰にあてつけてんの」
「誰というわけでもないけど。君ってもてるから、一緒にいると視線が集まって面白いよ」
「もてるって言っても、テニスプレイヤーにでしょ」
「まあね。あの越前となにしてるんだろう、って視線が突き刺さるんだよね」
「あの幸村と、というのが半分だと思うんだけど…。不二先輩に言わせれば、君ら爆弾コンビは見てて面白いって」

そう言って、越前は夕日の色を反射する瞳をそっと閉じた。
わずかの間沈黙した後、再び目を開けたときの表情は、少し優しかった。

「じゃあ、みんなで、行くってことで」

こういうところ、本当にかなわないなあ、と幸村は思う。
あんたってわりと寂しがりだから大勢の方がいいよね、と。
幸村の心情を読み切って、譲ってみせる。
それをわかっていて使ってしまう自分はずるいな、と幸村は少し己の業を省みる。

「優しいねぇ」
「わかる? まあ他の人にそう言われたこと無いけど」
「それはそうだよ。君は俺にしか優しくないもの」
「あ、そっか」

指摘されて初めて気付いた、という素の表情が可愛い。
越前といると面白いものが見える。楽しいことがある。いつもそうだ。

「で、オレのこと好きになった?」

ついでに、したり顔で聞いてくるあたりが本当に彼らしい。

「元々好きだよ。可愛いし」
「その可愛いってのやめてよ。だいたい、この先可愛くなくなったらどーすんの?」
「それって背が伸びるって意味?」

じっと越前を見下ろすと、彼は頭の辺りに注がれる視線を左手で払って抗議する。

「まさか伸びないって思ってんの?」
「まさか。でも、仮に俺より高くなっても――」
「仮に、は余計だよ。なるから。そのつもりだから」
「あ、そう? でもさ。将来、背が伸びたとしても、やっぱり君は可愛いと思うよ」


心の底からの本気の言葉で、幸村としては褒めるつもりで投げかけた台詞だった。
が、予想外に越前にはクリティカルヒットしたようだった。
凍り付く、もしくは灰になる、という表現にあたる越前の表情を見て、慌ててしまう。

悪気は、本当になかったのに。

「ごめん。『好きだよ』」
「………そーゆー便利な呪文扱いで、それ言うわけ?」
「うん。効果があるなら何度でも唱えられるけど」
「アンタって、本当にずるいよ」


越前は深く溜息をついて、それから「あと二回追加で」と付け加えた。