『クールドライ』



「あ、ホントに来たんだ」

ドアを開けた幸村の第一声に、越前がガッカリしないわけがない。

「あのさー。オレ、行くって言ったよね?」
「うん。聞いてたけど」
「信じてなかったってこと?」
「そんなことないよ。だから家にいるんじゃないか」

どっちだよ!? と思うが、これがいつもの幸村の反応だった。
この年上の他校生と出会って4年、つきあい始めてから3年。
幸村の反応は、当時からあまり変わっていない。

「アンタのこと好きなんだけど」と言えば、驚きもせず、狼狽えもせず、
そして受け入れもせず「そうなんだ」と微笑むばかりなのだ。
「信じてないでしょ」と言えば「そんなことないよ」と首を傾げ、「やっぱウソ」と言えば「それがいいね」と頷く。
とらえどころのない曖昧な反応は、越前の最も苦手とするところである。
大体の年上のテニスプレイヤーは、越前リョーマを年下だと甘く見て足下を掬われるのがパターンだったというのに。

そんな先輩たちをチョロいと思っていた越前だったが、幸村だけは違う。
甘くないわけではない。
むしろ、(もう卒業して何の権限もないのに「グラウンド十周!」とか言い出す)手塚などよりよほど優しい。
だが、そこに、どうしても壁のようなものを感じる。


「まぁ、立ち話もなんだし、入ったら?」
「どーも」

軽く会釈して、一人暮らしのアパートの一室に入る。
大学生の部屋としては整理整頓されていて、雑然とした自分の部屋とは正反対だな、と越前は思った。
しかしそんなことはわりとどうでもいい。
一応、正式に「恋人」という立場なのに「まあ立ち話もなんだし」とか言われてしまう自分の立場の方が越前にとっては重要だった。



幸村との試合が終わって、わりとすぐに告白して、
邪魔な立海三強の残り二人とか、必死で止めてくる手塚部長とかを払いのけて、
一年掛けてやっとOKをもらえたのに、その後三年経ってもこれなのだ。
そもそも、OKの言葉も「いいかげん付き合ってよ」に「まあ、いいけど。君は本当にいいの?」だった。
恋人になったのに「なんか腑に落ちない」というのが越前の心からの感想だ。

別に凄くイチャイチャしたいというわけではないし、そもそもクールな性格と言われる越前ではあるが、
幸村は幸村で、とてもドライだった。
これでは越前もクールにばかりはしていられない。
らしくないとはわかっていても「オレのこと好き?」と聞いてしまう。何度も。

そのたびに幸村は「好きだよ?」と笑うのだ。
それが本心ではないとは思わない。
そもそも幸村は、好きでもない相手と付き合うような性格ではない。
でも、そのドライさに、不安とまではいかないが、焦らされている気分になる。
「なんでそう曖昧な感じなの?」と聞いたら
「だって、君って全部手に入れたら飽きるタイプかと思って」とさらりと言われる。

「つまり、オレが幸村サンに飽きて去ってったらイヤだってことだよね?」
「うん、その通り」
「それってオレのことかなり好きっていうことだよね?」
「うん、だからそう言ってるよ?」

そこで会話は終了する。
確かに問題ないはずなのだが、何かがおかしい。
越前の求めている答えはこれではないのだが、じゃあ何と問われると答えられなかった。



「夕飯、シチューでいいかな?」
「あ、うん。ありがとー」
「味は保証しないよ。あ、それと誕生日プレゼント」

幸村から渡されたのは、明るい色の花束だった。
今日は12月24日。越前の誕生日だ。

「用意してくれてたんだ」
「まぁね。俺が育てたんだよ。うちの温室で」
「そうなの? すごいよね」

冬の温室で育てた貴重な花だと思う。
それを惜しみなく盛大に切り花にしてくれた幸村は、やっぱり自分のことが好きなんだろうな、とは理屈ではわかる。

「それとも、ゲームソフトの方がよかった?」
「え、いや。あれって好みあるしね」
「そうだねえ。漢字勉強ソフトをくれた人もいるみたいだけど、やってるの?」
「開封はしたけど…」

あははは、手塚可哀相、と幸村は笑う。
その様子は心底楽しげだ。

「前々から疑問なんだけど、幸村サンって部長のこと嫌い…?」
「んー。同族嫌悪って感じかな」
「似てるの? 全然そう見えないけど」
「うん。似てるよ。俺は、『自分が手塚に劣るところは何一つ無い』と思ってるけど、あっちもそう思ってるからね」
「なんか…それわかるかも」

目を合わせて笑い、食事を取って、その後お茶を飲みながらたわいない会話をする。
この時、紅茶を用意するのは越前の役割だった。
丁寧な作業は苦手な越前だったが、こればかりは神経を込めてやる。
まごころと言い換えることも出来るが。

それは某先輩からの「幸村に尽くしてもらおうなんて考えるな(無理だから)。
むしろ幸村に尽くすことを楽しんだ方がいい」というアドバイス通りの行動だった。
実際、幸村は越前がポッドにお湯を真剣に注ぐ様子を楽しげに見ている。
「見てて楽しい?」と聞けば「かなり」と答えが返る。

「だって君がそんなに真剣な様子、テニスコート以外で見られるなんて面白いよ」
「こういう茶葉の量がどうとか、細かい作業って苦手なんだよね」
「苦手ならしなくてもいいのに」
「したくないわけじゃないよ」
「ふーん?」

越前にとって、幸村は抱きしめようとしてもするりと腕の中から抜け出す、
というイメージだが、この時間は悪くない雰囲気だと思う。
砂時計で時間を計りながら、越前は頬杖をついて背後のソファに座る幸村に話しかけた。

「幸村サンはさ、俺のどこが好きで付き合ってもいいって思ったの?」
「殺しても死にそうにないところかな」

即答。
しかし、色気のない答えすぎる。
明快な答えではあるのだけれども。

「もうちょっと…イイ感じのを、なんか」
「えーと、つまりポジティブなところかな。俺にはない感じの」
「そんなにネガティブじゃないでしょ、アンタも」
「そうだね。でも、大病すると人生観変わるよ」
「そういうもの?」
「うん。だから君はイイ感じに見えてるよ。傍にいたら結構明るいかなって」

「…あんた結構オレのこと好きだよね」
「そうだよ。君はそれを確かめるのが好きだよね」
「まぁね」

自分でもくどいとわかっている越前は、頭を掻いてポットからお茶を注ぐ。
その背後から、今度は幸村が問いかける。

「君は俺のどこが好きなんだい?」
「あ、うーん。最初はさ、手に入らない感じだったからほしかったんだけどさ」
「そんな感じだったね」
「でも今は…アンタがなんか寂しそうだから、一緒にいたいよ」

「じゃあ、まあまあ釣り合った関係なんじゃないかな?」
「そうなんだけど…、もっとこう、なんかさぁ」
「どうしたいの?」
「恋人っぽくしたい。たとえばさー、嫉妬とかないの? ないと思うけど」
「あるよ」
「マジで!?」

ウソでしょ!? とばかりに越前は振り返る。
お茶こぼれたけど、と幸村は言ったが、越前は構わずにソファに腰掛ける幸村に顔を近づけた。

「今まであった? そんなこと」
「うーん…」

ほとんど唇の触れる距離まで詰め寄られた幸村だったが、それを意に介さず、真正面から越前の瞳を見つめ返した。

「だってさ。例えば、合宿所に君が着いて、みんながいるとき、君、真っ先に俺のところに来ちゃうし。
 他もわりと俺優先だし。くっついてくるし。嫉妬とかする環境じゃないよね?」
「だってアンタ放っといたら来てくれないじゃん」
「そうでもないよ。例えば、君が俺のところでなくて真っ先に手塚のところに行ったら、妬くかな」
「そうなの?」
「やってみれば?」
「だから、そーゆードライなとこが――――うん、やってみよっか。今、ここで」

「え? ここで?」
「うん。このドアの前に手塚部長がいると仮定して、オレが部長の方に行くって設定で!」
「無茶言わないでくれよ。なんでそんな演技しなきゃならないんだ」
「プレゼントだと思って…お願いシマス」
「誕生日プレゼントならあげたけど」
「クリスマスプレゼントはもらってないし」

越前の主張に、「なかなかやるなあ…」と呟いた幸村は、一旦目を閉じた。

「どうぞ?」
「あ、いいんだ? えーと、ブチョーこんばんはー」
てくてくとドアの方に歩いてみた越前に、幸村は笑いかける。

「リョーマくん。ちょっとこっちにおいで?」
「――――――」

即時に踵を返して幸村の隣に座った越前は、あの…と声を掛ける。
「無茶苦茶怒ってたよね、今」
「え。怒ってないよ?」
「いや、だから怒ってるって」
「お望みの通りにしたのに、それはないだろ」

だって、と言いかけた越前の肩に幸村が手を回す。
抱きしめられた形になった越前は、初めての体験にガッツポーズをしたくなった、が。

「ちょっとだけ不満があるんだけど、これクマのぬいぐるみとか抱きしめる形と一緒だよね?」
「ああ…ニュアンス的にはそんな感じ」
「もうちょっと色気のある展開がいいんだけどー」
「それは君次第かな」
「あ、試してみる?」
「…ちなみに、経験ないよね?」
「うん。でもオレ上手いと思うよ。根拠はないけど」
「そーゆーのやめて。下手だったとき正直に言ったら君が落ち込んで可哀相だから」
「正直に言わないって選択肢はないんだ?」
「それはないね」
「だよねー」

ホント、幸村サンってこーゆー人だよなあ、と思いながら、越前は幸村を抱きしめ返したままソファに沈んだ。
うなじに唇を寄せながら、いつもの、何度も繰り返した会話をもう一度。

「やっぱアンタってオレのこと好きだよね」
「君もだいぶ俺のことが好きだね。正直呆れるよ」


やはり答えはドライではあるけれども、耳に届いたその響きは普段よりずっと甘く感じられた。