『猛暑日』



秋の空は高いと言うが、それならば夏の空は相対的に低めなのだろうか。
そうかもしれない。太陽がより近く感じるこのうだるような熱さ。
ただひたすら汗が流れていき、もはや服装を顧みる気持ちにもなれない。
今欲しいものはバケツ一杯の水だな。
頭からかぶっても、すぐに乾いてこの場の湿気を増幅させるだろう。

公園のベンチは木製で、それでも金属製よりはましという程度の温度で下から身体を茹で上げる。
隣に座る男はそれでもいつものお硬い表情を崩さない。流石だ。
いや、もともと一つしか表情を持ち合わせていないんじゃないかと疑うことがないわけでもないが。

「帽子持ってこいってのはこういう意味かよ」
「…熱射病対策は必須だろう?」
「そーゆー意味じゃねー…」

手塚から連絡があって、待ち合わせ場所を訪れて、まさか炎天下の野外に晒されるはめになるとは思わなかった。
正直、いそいそと来てしまった自分が恨めしい。
いやでも、想像も付かない話だよな。こんな展開は。
まさか、この俺様を最初から野外に放り出すつもりだっただなんて。

「手塚。いいからそこの喫茶店に入ろうぜ。いくらなんでも今日は暑すぎる」
「贅沢だろう」
「お前の分おごるから」
「必要ない」
「……頼むから俺におごらせてもらえませんか?」

俺にここまで言わせておいて、手塚の答えはノーだった。

「跡部。お前は、あの炎天下で何時間も試合をしておいて、この程度に耐えられないわけないだろう」
「試合と日常生活は別物だろーが」
「練習だと思えばいい」
「こんな練習があるかよ。だいたい…」

これは練習じゃなくてデートだろ。
そう言いかけて、やめた。なんだろう。とてもむなしい言葉な気がしたからだ。
無言になった俺を横目に、手塚は近くの自販機に歩いていって、缶ジュースを二本買ってきた。

「ほら」
「…ああ、どーも」

熱中症対策にスポーツ飲料。
冷たい飲み物はありがたいし、嬉しい。が、本当に、こいつは、どうしようもないよな。

「納得がいっていない顔だな」
「たりめーだろ。俺がおごるって言ってるのになんでおごられてるんだよ。そもそも、なんで目の前にコンビニも喫茶店もあるのに、こんなところで日に干されないとならねーんだよ」
「じゃあ何故帰らない」
「言わせんな。お前が好きだからだよ」
「ああ、そうだな。…知っている」

だったらもう少し大事にしてほしいもんだ、もはや投げやりになった思考で足を組んで空を見上げる。
同じく、隣の手塚も明後日の方向を向きながらポツリと呟いた。

「…お前となら出来ると思ったんだ」
「何が」
「たいだ」

……なんだって?

「だから、怠惰だ」
「それは「勤勉」の反義語の「怠惰」ってことか?」
「俺は他のタイダを知らないが」
「…だろうな。で、なんでまたそんな気になったんだ?」

聞いてみればたわいのないことだった。
菊丸と喧嘩をした(この二人だと、一般的には喧嘩と呼ばれる状況じゃなかったと推測されるが、そこには触れないでおく)。
その時に「手塚は勉強とかそういうの苦じゃないから俺の気持ちはわかんない」と言われたのだそうだ。
それは別に良いのだが、周囲の全員に「ああそうだよね」的な反応をされたのがショックだったのだと。

「それで、俺も苦手を克服してみようと思ったんだ」
「いや…お前が努力して怠惰を極めても、菊丸の気持ちはわからねーと思うぞ」
「何故」

何故と言われても…。
こんなとき「分かり合えない人間はいる」という諸行無常な答えが浮かんでしまって自分もうんざりした。
しかし、この状況を手塚の努力で打破できるとは俺は思えない。
何の苦もなくサボらずにいられる人間と、それに苦を感じる人間の間には、互いに「理解できない」という理解しか成立しない。
ああでも、そういう意味では手塚は努力を怠らない人間だった。
そこは好ましいとは思ってるよ。

「まあ、そういうわけで朝のジョギングをさぼろうと思ったが、出来なかったんだ」
「そりゃそうだな」
「夏休みの宿題は既に終わっている」
「そうか」
「それで今日は読書を諦めようと思ったんだが、じゃあどうしたらいいかわからなくなってな」

ああ、それで俺を、この俺を炎天下に呼び付けて一緒にダラダラしようというわけか。

「手塚。言わせてもらうが、これは苦手の克服とかじゃねえ。我慢大会っていうんだ」
まあ呼び出す選択肢に入っていただけ喜ばなければならないのかも知れないけどな。
手塚相手なんだし。
まあ嬉しくはない…こともなかったな。連絡があったときには。

「苦手の克服は我慢からだと思うが」
「怠惰っていうのは、無駄にエアコンが効いた部屋で一日中テレビで特に興味のない高校野球を眺めるとか、そういうことをいうんだぜ」
「無茶を言うな」
「時間の無駄遣いがあるべき怠惰の姿だぞ。だいたい、お前はわりとものぐさだろ」

「なんだと?」

この一言は手塚には覿面に効いたらしい。
ああ、やっぱお前勤勉である自分にプライドがあるんだな…。
つまり、それなりにサボりたい気持ちもあるってことで、少し安心した。人間だったんだな、手塚といえども。
あからさまに眉をしかめた手塚に言ってやる。

「だってお前、メール三通に一通しか返事来ねえじゃん」
「…それは」
「基本的に用件しかないしな」
「内容のないメールは苦手なんだ」
「知ってるが、つまりそれは苦手を理由にサボってるってことじゃないのか」
「いやしかし、書けないものは…」
「別に内容なんてどうだっていいんだよ。今日は暑いとか、夕飯はなんだったとか。そういうメールを一日二通俺に送って来いよ」
「それに意味を見いだせない」
「意味はあるぜ」
「どんな?」
「俺が喜ぶだろ?」
「…………」

お前は俺のことが好きだろ?

言外の問いかけに答えは返らない。
いや、答えがイエスなのは知ってるよ。
でもお前の今の葛藤は、怠惰だと言われたことへのショックと、それでもメールを書くのは面倒という気持ちの揺れから発生しているよな。わかってんだよ。
まあでもメールは来るようになるだろうな。手塚は、結局のところ勤勉だから。
けどそれも今の俺にはどーでもよかった。暑いので。


「で、手塚。まだこの我慢大会を続けるつもりなら、そこのコンビニでアイス買って来いよ」


お前が望むんなら付き合ってやってもいいんだ。こんなくだらない用件にでも。