『デオドラント・スプレー2』
「氷帝のS1が入れ替わったらしいよ」
地区予選真っ最中の五月。
練習後の部室でカロリーメイトをかじりながら、乾が同じく残っている手塚と不二に話しかけた。
手塚は副部長で部室の鍵当番を兼ねているので、いつも帰りは最後になる。
それに付き合うメンバーは日によって違っていたが、学年問わず誰かしらが残っているため、手塚が一人で居残ることは少なかった。
「どうでもいいけど、乾。書くか食べるかどっちかにしたら?」
「書かないと忘れる。食べなくても忘れる」
「屁理屈だよ、それは」
不二が肩を竦め、手塚に目配せする。
が、手塚はそれを咎め立てせず、愛用のデオドラントスプレーを己に振りまいた。
それから、おもむろに乾が投げっぱなしにした話題を拾う。
「…跡部がS1になったんだろう?」
「へぇ。よく知ってるね」
「本人から聞いたからな」
それを聞いた瞬間、乾はノートを三ページめくり、ボールペンを構えた。
不二が覗き込んだページには「手塚の交友関係」とタイトルが書かれており、
透けない眼鏡のレンズが「早く続きを話せ」と怪しい光を放つ。
「…お待ちかねみたいだよ?」
不二が手塚の方へ振り向くと、シャツを羽織った手塚は少し躊躇うように眉を動かした。
「そう期待されても困るんだが、普通に知…友人なだけだ」
「…………てづか」
不二が一歩進み出て、手塚の左右の手を掴みぎゅっと握りしめる。
目の色に深刻さを湛え、不二は手塚の顔を覗き込んだ。
「手塚。友達って言うのはね、テニスコートで会ってテニスをしただけの人のことを言うんじゃないんだよ?
お互いの電話番号を知っていて、なおかつ土日にテニス以外の遊びをすることができる人のことを言うんだよ…?」
「不二…」
大丈夫? とばかりに見上げてくる不二に、手塚は一息置いてから、いつもより低めに声を出した。
「跡部の連絡先なら知っている。ついでに土日に遊んだこともある」
「へー何して?」
「釣りだ」
「…………釣り…ねぇ」
手塚の発言に、すかさず乾がペンを走らせる。
「…カラオケとか映画を見たとか言わないあたりが嘘じゃないって証拠かな?」
「何故そんな嘘をつく必要がある」
「いやいやいや。手塚のことだから、僕に心配掛けまいと嘘を言ってるんじゃないかと思って」
「悪いが、お前の心中を思いやって嘘をつくほど、俺は出来た人間じゃないぞ」
「うん。そうだったね。…手塚、僕は感動したよ。まさか君に他校生の友達がいるだなんて思いもしなかった。
良かったね。大石以外に友達ができて!」
「不二――――。それを言うなら、 『僕と大石以外に友達が出来て』 だろう?」
手塚が口の端をほんの少し持ち上げるのと同時に、乾がノートから顔を上げて眼鏡を押し上げ、不二は本気とも冗談とも取れるいつも通りの平べったい笑顔を浮かべた。
視線がかち合い、三人が同時に「フフフフフ…」と重低音で笑う。
がた、と音がして立て付けの悪い部室のドアが開いた。
「お、っつかれさまっしたーッ!!!」
悲鳴のように挨拶を残し、テニスバッグを担いだ下級生が一人、逃げるように去っていく。
「あーあ、可哀相に。不二も手塚も、一年が残ってるのにヤバイ空気出すのはどうかと思うよ」
「今のは桃城、だったかな。結構長く持ったよねえ」
「なかなか先が楽しみな一年だな」
一時、冷房いらずと化した部室の空気が再び暖まる。
「とりあえず、どこからどこまでが冗談かくらいは、明日桃城に話とこうか?」
乾がボールペンで頭を掻くと、不二と手塚は同時に乾に向かって振り返り、不思議そうに声を出す。
「どこからどこまでって」
「そんな、」
| 「「最初から最後まで | 冗談 本気 | に決まってるだろ」」 |