『ワン・モア・ステップ』



白石蔵ノ介。
大阪代表・四天宝寺の部長。二年時からS1。
通称『四天宝寺の聖書バイブル』。
心技体ともに充実。無駄を徹底的に省いたテニスをすることで、相手を問わず対応できる一流プレイヤー。
得意技「楕円状に回転する軌道のままコートに落ちてくる打球(サーブ、その他球種問わず。円卓のように回転し、軌道を捕らえることが困難)」




……ていうか、この試合つまらないんだけど。
どうしたらいいかな?


 * * *


試合展開は芳しくない。
今までに破られた技、「消えるサーブ」「トリプルカウンター」全て。
白石は打球の変化にも冷静に対応ができている。緩急を付けても動揺することはないだろう。
また、パワーショットも打てる分、テクニックで攻めてもねじ伏せられるパターンが多い。
これはちょっとお手上げだな。僕より一段上のプレイヤーだ。

まぁそれはいいんだけど、なんでこんなにもこの試合はつまらないんだろうか。
うん、つまり僕は今やる気出てないよね。このピンチな状況においてすら。

僕が追われる立場じゃないから?
追う立場だとスリルを味わえないから?
違うな。
白石のテニスは基本に忠実。故に誰が相手でも変化がない完璧なテニス。
僕用の戦術も戦略も存在しない。
それはもうつまらないものだよ。白石はそこにいるけど、いないようなものだ。
ボールで対話がしたいけれど、完璧にシカトされてるよ、僕。

例えば手塚も、自分の内側を見つめてばかりいて相手を顧みないプレイヤーだけど、
手塚は自分と同等の選手を相手にすると、それでも顔を上げるからね。
そしてその瞳で相手を引き込んでいくのだ。手塚の世界テニスに。

けれど白石のテニスは違う。
僕を壁打ちの壁として扱っている。ごめん、ちょっと血管切れそう。
いや、負けてるからムカついてるんじゃないよ本当に。


「不二……。格好えぇテニスやなあ。でも無駄多いでぇ」

無駄が多い…か。
うん。その通りなんだけど、その無駄が好きなんだよね。
テクニックを試す、楽しむ、相手とボールと戯れるのが好きでそれがモチベーションなんだけれども、
それだとちょっと白石には勝てないなあ。

というか、この期に及んでそれがモチベーションじゃ、やっぱまずいよね。
勝ちたいじゃなくて楽しみたい、では。
ていうか、切原君に勝った後も全国が楽しそうだから頑張ろうと思っていたんだけど、ダメだったかなあ。
うん、ダメだね。
でもこれは変えられなくない?
いや、変えるべきなのかな。
でも僕は手塚や白石みたいに、勝たなければ全て終わりだとはどうしても思えない。

全て終わりというのがわからない。
そこに残るものがあるんじゃないかな。
勝つことだけに価値があるとは思えない。
いや、でもここは勝たなきゃならないなあ。

どうしようか。
とりあえず、このままのテニススタイルでは勝てない。
無駄を省いてみる? 白石と同じように。
無駄をなくすこと自体はできるだろうと思う。
でも向こうのやり方を真似ても勝てるとは思えないし、そもそも総合能力が向こうの方が高いんだよね。
奇策に頼る?
でもトリプルカウンター全然通じないしなぁ。

ていうか、僕は勝つべき?
手塚は勝ちたいだろうなあ。みんなも。
ここで僕が勝たないと、あと一敗しかできないし、青学は一気にピンチだ。
うーん、でもいま勝てる流れじゃないよ。

どうしよう。切原戦のときみたいに、視力を失ってみる?
でもあのときは受動的に目が見えなくなったから、乗り越えようと思ったわけで、
いま目を閉じたからといってうまくいくものかな?
そもそも本気になれるかな。目を閉じたくらいで。

僕は勝ちたい?
勝つべき?
こう考えてる時点でダメな気もするなぁ。どうしようか。そろそろ考える時間もない。




「不二の悪い癖だな」

そう、乾の声が聞こえた。
ああ青学ベンチ、声聞き取れるや。
僕が集中してるから? それとも、していないから聞き取れるのだろうか。

「あれ、不二先輩の全力じゃないっスよね?」と越前。
「というか、未だかつて全力の不二なんて見たことないけどね。データにない」
「俺はあるが」
「ええ!? 手塚マジ?」
「俺が知らなくて手塚が知っているというのは理解できないな」
「二人だけで、練習試合だったからな」
「え、いつ?」
「1年の時だ」

ああ、そうだった。一年の時に僕と手塚は試合をしたのだった。
手塚がちょうど腕を痛めたその日のことで、「なんでそれを先に言わない!」と
僕は詰め寄ったんだった。流石に手塚は決まり悪そうだったけど。

ホント変なところで気を遣うんだよね。手塚は。
ていうか、面白そうな話だなあ。こんな試合よりもよっぽど。

「で、悪い癖ってなになに〜?」
「端的に言うと、やる気がない」
「……この状況で、やる気ないんスか?」
「ないよ、だってこの話聞いてるものな。試合に集中してない。目線でわかるよ」

うん、乾はよく見ているなあ。

「本当に…。どうにかならないのかお前は」

と、これは手塚から直接のお小言。
愚痴られてるなあ。いつものことだけど。
どうにかなるものなら僕だって、とっくにどうにかしているよ。
だけど、本気になるというのは難しい。
あまり良い思い出じゃあないしね。

勝ちたいと思った、必死になった最後の記憶があるのは一年生の頃。
それこそ手塚との練習試合のときだったな。
小学校時代にはわりと僕も敵無しでやってきたんだけど、それだけに君の存在は眩しかった。
絶対試合したいと思ったし、君に受けてもらえたときは嬉しかった。
だから、僕は浮かれていて、君が怪我をしていることに気付かなかった。

結果として、手塚の腕は僕が壊したのかもしれない。
うん、いい思い出じゃあないね。
焦ったり、全力で周りが見えなくなるのはいいことじゃないんだ。
常に余裕を持つこと。そのためにテクニックを向上させる。そうしてさらなる高みへ。
それが僕のスタンスで変えるつもりはない。


―――白石の打球がまた、楕円状に回転をしながらコートに切り込んでくる。
円卓ショットだ、と四天宝寺サイドから声がした。
重いスマッシュ。
一か八かだ。「蜉蝣包み」で回転を殺して返す!








そして次の瞬間に衝撃。
弾き飛ばされたのだと理解するまでには、一瞬の間があった。
重い。想像以上に。
想像以上に白石は強いプレイヤーだ。

これは…勝てないかな。

勝ちたいのかな。それでも。
どうしよう。何かやれるだろうか。やるべきだろうか。
これ以上、僕に、なにができる?












「本気でやってよ」


その一言。声変わり前の一年生の声。それが倒れた僕の上から降ってくる。
でも、手塚。君は怪我をしていたじゃないか。
本気でやるのは怖い。君の故障は僕のせいかもしれない。
どうしてあのとき気付けなかったんだろう。
できることなら、あの日をやり直したい。
それができないなら僕はもう、二度と間違えたくない。
見境なく、がむしゃらになって周りが見えなくなるのはイヤだよ。
テニスに夢中になることはとても怖い。

ねぇ、君はそうじゃないの?







答えを促すために顔を上げて、でもそこにいたのは手塚じゃなかった。
どこまでも前向きで、負けず嫌いで、熱血で、そういうところが手塚と似ているけれども
手塚が4月から守りきって育ててきた、今年の一年生ルーキーがそこにいた。
テニスに夢中で、そして怖い者知らずなまま、生意気さを失ってはいない。

ああ―――――そうだった。
あれから二年、経っていたんだった。
もう手塚は痛めつけられて黙っているままの子供じゃないし、
青学は、手塚一人だけのワンマンチームでもない。
僕と僕たちの、今年優勝するためのチームだ。
そうか。

そうだよね。
もう、いいんじゃないかな。僕が周りを見なくても。
僕がなりふり構わず周りを顧みなくても、手塚や大石や、みんながどうとでもしてくれるじゃないか。
怖い?
いやもう怖くはないよね。
勝ちたい?
それはもう、勝ちたいよね。
負けられない?
だって今このコートにいるのは、
僕が、
僕の、
僕は、全国優勝する。
そうしたいんだ。ここにいるみんなで。

あぁ―――つまり全ては、このチームが僕のチームだからだ。








「…そうだね。このまま負けたんじゃ、何か悔しいや」


そうだよね。
だって僕はまだ……本気じゃないから!


 * * *


白石は強い。
体力、パワーは向こうが上。これは今更追いつけない。
勝つためには、精神力と技術で上を行くしかない。
それを今、この試合中にやるしかない。

まずは集中。一つずつ丁寧に拾う。
白石のテニスの流れは綺麗だ。
僕もラリーの流れを整える方。だから読まれてしまう。
可能性は低くとも、よりリスキーなボール運びを。
普通なら選ばない場所へ返す。
ただし、慎重に。ミスをしては元も子もない。
1ゲームずつでいいんだ。

けれどそのラリーも、何度も繰り返していては、白石に読まれてしまう。
その前に、トリプルカウンターを一つずつ進化させる。
軌道が読まれても打ち返せない球を打てばいい。
思い出せ。
橘との練習で方向性は見えていたんだ。
確実性がなかったからまだ披露したくなかったけど、いまここで使わなくてどうする。
それでも慎重に。確実なのが大事。勢いは殺さず、それでいて丁寧に。


「ジ・エンド言うとるやろ」


やってみなきゃわからないよ!

そう…白石。僕とテニスをしよう。僕のテニスを。
やっと君と目が合った気がするよ。
お互いに、目を向けていなかった。
君だけじゃない。僕も君を見ていなかった、その無礼はわびるから。




「…本当に、お前は」
手塚の溜息が聞こえた。

「いろいろと、遅すぎる…」
「そう? すっげー不二らしいと俺思うけど」
「いまテンション高いよね」
「不二のテニスは相手を自分のペースに巻き込むテニスだからな。今は、白石が相手にしようとしていなくても、無理矢理引きずり込むくらいの勢いがある」
「楽しそー」
「開眼してますもんね」
「不二は、あれでいて、無視されたり話を流されたりするのが一番嫌いなんだ」
「……それ、手塚が言ってもいいことなのかい?」
「いや、大石。俺は無視はしていない。うまく答えられないだけで」
「…無言と無視は違うものなのかなぁ…」
「てか、不二って本質的に寂しがり屋なんだよね」
「やる気がないのは、一人だけ本気になって空回りするのがイヤだという側面もある」
「この期に及んで自分のために勝ちたいってわけじゃないのが、この上なく不二らしいよね」
「理解不能っスね。チームと自分の順番が普通と逆」
「―――てか、先輩達。つまり、どういうこと?」
「つまり、だ」


「「「不二は勝つよ」」」


ここから声が途絶えた。
青学ベンチでの会話が途切れたわけじゃないんだと思う。
ただ、僕には聞こえなくなった。
目の前のボールと、試合と、白石に集中しているから。
感謝している、白石には。
僕はここまで来れた。ここまで連れてきてくれてありがとう。
そして、僕が勝たせてもらう。


もう一つ、いま、カウンターを完成させる。今しかない。
白石、君に対抗するための新しい、最後の手段。

「ファイナルカウンター・百腕巨人の門番」

打球はもうネットを越えない。越えさせない。
丁寧に、慎重に、確実に。
油断できるほど白石という男は甘くはない。
追い上げる身に一度のミスも許されない。
確実に回転を掛ける、丁寧に。

ああ…やっぱりこれが楽しいや。
ぞくぞくする、このスリルが。
薄氷の上を歩くような、一本の綱の上を渡るような、この張り詰めた空間が好きだ。
追いつく。追い越す!

「さぁ…反撃や」

…正直驚いた。
僕が逃げ切れると思っていた。
マッチポイントから、逆に相手のマッチポイントへ。
そんな絶望的な状況でさえ、白石は冷静にボールを返してくる。
そしてヘカトンケイルすら。

しまったな。これは問題だ。
白石は「ヘカトンケイルの門番」に対して、全打球をコードボールで返してくる。
勢いを殺されてコート内に転がるボールにもう一度ヘカトンケイルを掛けるのは困難。
そもそも、もう彼にはファイナルカウンターすら通用しないらしい。

どうする?
どうしようか。
勝つために、何をしたらいい?

…風はある。白龍か?
いやコードボールにそれをかけるのは確実じゃない。
いま、ここで、作るしか。
コードボール用のカウンターを。
間に合う?
いや、まだ無理だ。
ここは白龍――――――




「アウト! ゲームセットウォンバイ白石7−6!」







あぁ。

「強いな……お前」

キミもね。

「かったもんがちや」
「ふじせんぱいがしんぐるすでまけるなんて」
「もうちょいやったのに」
「いいしあいでしたね」
「どんまいだないすげーむ」

あぁ、そうか。
負けたのか。
負けたんだ。
勝てなかった。
もっと早くに目が覚めていれば?
カウンターが作れていたら?

何もかも遅い。

いや、遅かったことを後悔しているわけじゃない。
遅くてもよかった、勝てていれば。
ただ、今は、負けたことが悔しい。
次に行けない、次をもたらせないことが。
僕のテニスはスリルを楽しむテニスだ。それは変えられない。そのテニスで負けたことが悔しい。
僕は変わらないでここに来た。
だけど、僕のテニスを変えないために、僕が変わらなければならない。

勝てなかった。
こんな、みんなに見せる顔がないよ。悔しいから。
言葉が出てこないから。
そして後輩に、勝ってくれと願う。
初めてのことだ。自分の完敗の上で、次の試合に勝利を託す気持ちがこんなに重いものだなんて。
ああ、これは手塚の気持ちと同じか。
君は、こんなに辛い、重苦しさをいつも感じていたのか。
ただ見守るということは、こんなにも苦渋の味がするものなんだ。

君の考えてること、また少しわかったような気がするよ。



 * * *



「ところで手塚。君、お笑いの試合の最中、ほとんど観戦に参加してなかったみたいだけど、何してたの?」 <原作ベース
「お前の側にいたつもりだが」
「…君のそういうところ、すごく好きだよ?」
「そうか」



「……乾ぃ、あれ翻訳したらどうなるの?」
「ああ、こうだけど」

 「…君のそういうところ、すごく好きだよ?(でもホントはお笑いに巻き込まれてキャラが崩れるのイヤだから一歩下がってたんだよね?僕をダシにしないでよ)」
 「そうか(まぁそういう面は否定しないが、一応お前に気を遣ってるという部分もあったんだから大目に見ろ)」

「あの二人仲良いよね…実際」
「ホント、手塚と不二はいいコンビだと思うよ」
「くわばらくわばら」

「聞こえてるから な、お前達」
ね、キミ達」



うん、そうだ。
実際のところ、僕が本気になれないのも何もかも、全部手塚が悪かったんじゃないの?
これ違わないよね?