『17歳』




『17歳』



手塚の誕生日が近い。
そう思うだけで、じんわりと焦りの感覚が肌にまとわりつく。


今年は何を用意したらいい?

毎度毎度、手塚という鉄仮面の喜びそうなものは全く思いつきはしなかった。
もっとも奴の表情筋の堅さはテニスに関わっているときだけ増すようで、普段の手塚はそこまで無表情ではない。
微笑までいかない余裕めいた眼差しで、ただ黙っている。
試合や練習で手塚という人間が発する厳しい空気は、自室に戻るとがらりと柔らかいものに替わった。

跡部は手塚が好きだ。
中学最後の夏。手塚国光という最高の選手と相手を渡り合って、以来どうしようもなく惹かれていることを自覚していた。
また試合がしたい。それは当然だが、同時に手塚のためになにかしたくなった。
自分でも慎ましやかすぎて笑えてくるが、例えば誕生日の贈り物で、社交辞令ではなく本当に、手塚が欲しいと思ったものを渡せたら。そう思うのだ。

手塚は非常に良くできた人間なので、何をやっても「ありがとう」と笑う。
だがそうではない。
手放しで、それこそ他の同級生のように「すっげー」という輝かせた目で、それを見てほしい。
手塚にだってそのくらいほしいものがあるはずだ。

今年こそは、と跡部は誓ったのだが、九月の時点で既に思惑は外れてしまった。
手塚本人から欲しいものがあると言ってきたのである。
「終わった…」と、この時点でがっくりと肩を落とす。
手塚の欲しいものをいきなりプレゼントして驚かせてやるのが目的だったのに。




「それにしても、お前がオレに『欲しい』なんていったの初めてじゃねぇ?」
手塚の部屋で母親が買ってきたというビーズのクッションを抱えながら、跡部は目線をずらした。
床に直に座っている跡部と違い、手塚はベッドに腰掛けている。
首を上向けた跡部の目に、雑誌を膝に乗せ、いつもどおりに余裕を湛えた恋人の姿が映った。

「違うな。一昨年、お前に「付き合って『欲しい』」と言ったのが初めてだ」
「それ、カウントされねーよ。欲しいモノじゃねぇし」
「確かに物ではないが、俺のほしかったものには違いない」

しれっとそんなことを言うのが手塚の手塚たるところだ。
首を竦めて、歯が浮くような台詞をやり過ごす。
跡部は手塚が好きで、手塚は跡部が好きだと言っている。

だが、跡部はその告白自体に全く安堵のようなものは感じていない。
手塚はテニス以外の何にも執着する様子を見せない。
跡部の恋人扱いは、手塚に執着する跡部の心を鏡に映して反転させたようなものでしかなかった。
口には出さなくても、跡部が尋常でない好意を持っていることを知っているから、手塚はそれに応じるような形で跡部に幾つか言葉をくれたのだ。
曰く「好きだ」と。曰く「つきあってほしい」と。

信じていないわけではない。
だが、それを額面通り受け取れるほど、跡部はひねくれていなくはなかった。

「で、ナニがほしいんだよ」
「少しばかり大がかりなことになるが、いいか?」
「はっ。それを俺様に言うのか? 悪ぃが、正直お前が何を言い出してもひるまないと思うぜ。何でも揃えてやるよ」
「それを聞いて安心した。では――」


手塚は笑いながら(うっすらではなく完全な笑顔を作りながら)、お前の目の色と同じ石の指輪が欲しい、と言った。


耳を疑う。

「なんだそれ。何でそんなものがほしいんだ」
「なんだそれは。何故わざわざ理由を説明しなければならないんだ」

「…普通、指輪ってほしいか?」
「そこまでどうしても欲しいわけではないが、こういうのは指輪でというのが形式なんだから仕方ない」
「はい?」
「間に合うだろ。一ヶ月あれば」

確かに財源も技術者も原石にも不足はないが、問題はそこじゃない。
「何でそんな物が欲しいんだ?」

再度尋ねた跡部に対し、手塚はちょうど左手からちょうど良い位置にあった茶色い髪に指を絡めた。
「お前は、いつも鈍いな」
手塚は、そのまま顎の下を撫でる。

「お前の誕生日には俺から指輪を贈るから、俺の誕生日にはその逆のことが起こるといいと思ったんだ」
「…そんなんじゃ、」
「"まるで"じゃなくて"本当に"婚約指輪のつもりだが?」















手塚は自信家だが、こういうときも全く持って揺らぎない自信を披露してくれる様が本当に――――格好いい。
惚れた方が負けと世にいうが、自分が全力を以てこいつに負けたいのだと気付いたのはその日が初めてだった。