『錆びた鈴』
現代人よろしく、年中忙殺されている跡部だが、秋には少し余裕ができる。
勿論それは跡部の勘違いで、季節によって事の多さに差があるわけではないのだが、秋だけはどうしても時間があるような気分になってしまう。
この歳になっても秋の到来は、夏の終わり、大会後、引退の時期、という感覚から抜けきれないでいるのだから、おそらくこれは一生涯の病だろう。
そこまでわかっているのに、どうしても休暇を取りたい気分になって、跡部は携帯を手に取った。
通話先は、跡部と同じく「秋は暇なような気がする」病を患っている長年来の友人である。
「なぁ手塚、どっか行かねぇ?」
「もうそんな季節だな。お前は、行きたいところがあるのか?」
「どこでも。まあ、人がいないところがいいかな」
「北と南どちらがいい?」
普通は東と西というんじゃなかろうか。
跡部は疑問に思ったが、おそらく手塚は、持ち前のO型気質で「寒いのが北」で「暖かいのが南」と大雑把に日本列島を認識しているのだろう。
十分ありえる想像に一人笑っていると、手塚はふと思い出したように話を切り出した。
「実は母方の祖母の実家へ行く予定があるんだが」
何もない田舎でいいなら、再来週にどうだ?
そう訊かれ、一も二もなく跡部は快諾した。
どこでもよかったのだから、その提案を蹴る理由はない。
且つ、手塚の言う田舎の風景というのがとても気になった。
跡部の思い出す田舎とは、麦畑と広大な放牧地だ。だが、まさか手塚は、田舎といって羊の群れや石の教会などをイメージしないだろう。
いったいどれほどの差があるのか、単純に興味が沸いた。
これぞ、休暇で道楽に違いない。
半月後を楽しみに、阿鼻叫喚のスケジュールをなんとか乗り越え、迎えの車に飛び乗った。
代わる代わるの運転と、久しぶりの雑談をこなし、収穫の終わった水田が広がる山間の町に到着する。
干された稲穂の束を見て、「すごいな、写真の通りだ」と呟くと、本末転倒だな、と手塚が笑った。
手塚の婆さんは、彩菜さんにさらに福の神を足して身長を引いたような小さな人だった。
見かけどおりの人柄だ。久々に会う孫とその友達を諸手を挙げて歓迎し、早速夕飯をごちそうしてくれるという。
田舎らしい木造三世代住宅では、手塚のいとこの子供という小学生の女の子がちょこまかと動き回っており、明るく声をかけてくる。
「ねえねえ、テレビに出てる人?」
要は、芸能人かと言いたいらしい。
笑顔でサラリーマンだと返すと「違うよ。だって、国くんもうちのお父さんも、サラリーマンだもん」と首を振られた。
流石に会話の道筋が読めなかったので、隣の親戚に助けを求めると、手塚は渋い顔で説明する。
「つまり、お前はこの辺りのサラリーマンとは見た目が違いすぎるらしい。らしくないということだ」
「お前はちゃんとサラリーマンに見えてるのに?」
「まあ、目が青いサラリーマンは珍しいだろうな」
「…そうかもな。あと、国くんって誰だ」
まさかそんな可愛い呼び名、(天上天下唯我独尊の)お前の事じゃないだろうな? と念入りにからかうと、手塚はさらに眉間の皺を深くして、「お前は景くんとでも呼んでもらえ」と匙を投げる仕草をした。
……一日と待たず、その呼び名が定着してしまったのは言うまでもない。
翌日には祭りがあった。
田舎の祭りは、池掘公園の縁日とは大分趣が違うらしい。神社の境内に人が集まり、町内会一同が詰めた社務所で甘酒を振る舞うところから始まって、皆が揃って神楽を見ている。
店らしい店はなく、ひたすら甘酒とお汁粉とビールが振る舞われる。要するに収穫祭だ。花火も昼のみ。しかし、村中総出といった賑わいである。
大人はともかく、子供には退屈に思える祭りだが、そこは箸が転んでおかしい年頃。集団で駆け回っている様は、とても退屈には見えなかった。
「祭りの最後に鈴を投げるんだ」
手塚は人の多さをそう説明した。
「鈴?」
「魔除けの鈴だな。無病息災、家内安全、商売繁盛、火気厳禁の何でもありなお守りだ」
「いま、最後の間違えただろ? 火気厳禁ってか、お札じゃないんだから。燃えないだろ鈴は」
跡部の突っ込みを無視して、手塚は空に手を伸ばす。巫女姿の子供達が投げる鈴の音が境内に響いた。
…つか、これ普通に痛くないか?
頭や顔をを押さえつつも、皆が一斉に両手を広げる。幸せを掴もうとする手か。手塚は二つめの鈴を手にすると、よれよれの紐のついた錆びた鈴を跡部に差し出した。
「やろう。古い方がいいものなんだ」
「へぇ。なんで?」
「一年経ったら、無事だった一年に感謝して神主さんに返すものだからな。これは今朝集まったもので、お払いをしてまた分けられるんだ。毎年人の手を行き来しているんだから、古いほどありがたみがある」
「…一年後に返しに来いってか」
「受け取るのは物じゃないからな」
「返しに来て、また拾ったらどうすりゃいいんだ」
「再来年も来ればいいんじゃないか?」
冗談がすぎる、と文句を言おうとして、この上なく真面目な顔を作る手塚と目が合った。表情は少しだけ愁いを帯びている。
…手塚が、何故この場所へ自分を誘ったのか、理由は知らない。
中学卒業以来ずっと友人を続けてきて、それ以上にもそれ以下にもならない関係。
他校生の自分たちは、特に交流する必要はなかった。それでも、何かにつけて顔を合わせてきたのは、それは自分と手塚の意志だったからだ。
しかし、その意志とは至極曖昧である。
手塚は友人だが、ただの友人でいたいのか、それともそれ以上になりたいのか、跡部にはわからなかった。
いっそ、「クリスマスは予定を空けておけ」くらいのことを言えれば、事態は違っただろうが、そこまでの博打を打つ理由はなかった。
この距離から踏み込む勇気もなければ、掴んだ手を離すつもりもない。
どちらを選んでもよかったのだが、それをするには手塚の意向が重要だった。
手塚がそうしたいのならいくらでも踏み込めるし、距離を置きたいというなら、望み通りに振る舞えた。
手塚次第だ。
卑怯なこととはわかっていたが、跡部とて、単なる優柔不断でそれを決めたわけではない。
むしろ心はガチガチで身動きできず、絡まった糸を断ち切ることができる唯一の相手に、助けを求めるように、先を委ねたのだ。
「受け取ってくれ」
手塚は、跡部を誘った理由を言わない。
言わないまま、翌年とその次の年の約束を、跡部の手のひらに乗せた。
「…ありがとな」
一言、そう返すのがやっと。
錆びた鈴はしゃらしゃらとは鳴らず、鈍い音を二人の耳に運んだ。
けれど、これが手塚との約束の音かと思うと、どこか柔らかく聞こえるのも事実だった。
*************蛇足**
以下、話に組み込めなかった小ネタを。
実は祭りに行く前に、近くの山に登ろうという話があったのですが、手塚が「林道だからレンタカーに傷が付く」という理由で反対しました。
跡部は歩いていけばいいのに、と結構な距離があるにもかかわらず愚痴たのですが、手塚は賛成しませんでした。だってクマが出るから。
最初からそう言っておけば、跡部も何も言わなかったのに。でも手塚は一応、どーしても跡部が行きたいって言ったなら迷わず行くつもりでこっそり準備をしてました。
猟銃 催涙スプレーとかを。
この話では、跡部はサラリーマンを名乗ってますが、実際は違う感じで。
でも色々やってて説明が面倒なので、対外的には「営業」で一括している。
実際、手塚相手にプレゼンの練習とかしていて、容赦ない客を装った容赦ない手塚に、色々突っ込みを入れられています。
「なんだその偉そうな態度は」とか「お前こそ一体どういう客だよ、クレーマーか!」とか。
その甲斐あってか、跡部のプレゼンはわかりやすくて親しみやすいと評判です。
でもそれを聞いた氷帝元三年生一同は、「わかりやすく親しみやすい跡部」なんて見たら悶絶する、といって絶対に近付きません。
手塚は、嬉々として見ていますが。どれも(自分の)跡部だから。
手塚の職業は基本通り、テニスプレイヤーでいいのですが、それも何か投げやりな感じがするなあ…と最近迷ったりします。でも、テニスプレイヤーで。
本文中の女の子の発言は、「国くんは、見た目がサラリーマンっぽいからサラリーマンに違いない」という思いこみからきています。
成人式のスーツ写真、お祖母さんの部屋に飾ってあるし(てかそれが原因だ)。
ここまでのおつき合いありがとうございました。
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