『幼なじみ』
跡部はよく笑う奴だが、笑顔にも色々ある。
気を許した相手にだけ、どこか甘さを含んで笑うことを知った。
それを最も受けているのが樺地で、俺には本当に時折しか見せない。
たいがい帰り際か、何かの一瞬。
またな、と言えるのが何か嬉しいのだと、どうしようもなく可愛げのあるセリフと共にだ。
けれども抱きしめる暇もなくすり抜けていく跡部は、俺に甘えないのだと知る。
「―――で?」
「そう振られても困るが、まぁ、そうだな。跡部と付き合うようになってから、俺は心が狭くなったように思う」
「ああ、他の奴と仲良くするな、という典型的なやつね。でも君、元々心狭いよねぇ。自覚するようになっただけいいことだと思うけど」
「…そんなはずはない」
「あ。そう? それじゃ部員に聞いてみれば? 『オレって心の広い部長ですか?』って。まあ心が広い部長は、普通、部員が口答えしただけ で罰走の距離を倍にしたりしないはずだけどね」
「…いや、しかし規律が」
「それと跡部に関して言えば、君、跡部が話している相手をもれなく睨んでるしね。まぁ、普段の無表情とほぼ変わらないから大概気付かれて ないけど」
「……」
「自覚、あるんだよね?」
「そういうお前はどうなんだ、幸村」
「オレ? こんなに心が広い部長は、そうそういないと思うよ? いくら全国トップの部長様が療養中とはいえ、手塚のいない青学ふぜいの、 更には一年生に負けた、オレの代で17回目の関東大会優勝記録を途絶えさせたあの男ですら許してやるほどの心の広さだよ…??」
「幸村、缶を片手で握りつぶすのは止めてくれ。それに、それは俺が買ったコーヒーでまだ飲んでいないんだが」
「ああ、こぼれたね。ハンカチ貸してくれないかな」
「構わないが、その前に一言でいいから謝ってみないか?」
「減るから嫌だね」
「………、わかった。それはお前にやるから、本題に戻そう」
「そうだね。時間も無駄だしね。えぇと跡部の誕生日プレゼントだったかな? 何でもいいんじゃない?」
「そういうわけにもいかないだろう。普通は喜んでもらいたいと思うものじゃないのか」
「だから、跡部は別に何でも喜ぶでしょ、君があげれば」
「それはわかっている」
「…普通に断言するしね。それなら尚更、悩むことないね。いっそのこと『オレがプレゼントv』とかやってみると、きっと跡部の息の根を止められるはずだよ」
「幸村…俺は別に跡部の息の根を止めたいわけじゃないんだが」
「そう? オレは時々真田の呼吸を止めたくなるけどな」
「お前や真田と一緒にしないでくれ」
「オレも、君や跡部や真田と一緒にされたくはないよ」
「まあ、俺達のことは良いとして、お前は真田をなんだと思ってるんだ?」
「君の幼なじみ」
「…………お前の幼なじみでもあるんじゃないのか?」
「全国優勝したらその位置に戻してやってもいいと思ってるよ。それで、君は跡部のことどう思ってるの?」
「恋人だな」
「印象は?」
「奇抜。変人。豪快。謙虚の反対。ナルシスト。美人。世話好き。天才。衒学趣味。我が儘。可愛い。す、」
「はい、もういいよ。ノロケはそれくらいで」
「…その妙な機械は何だ?」
「ICレコーダ。最近のは凄いね、一見ただの万年筆。見る?」
「…確かにな。それで、何を、集音していたんだ?」
「今の会話に決まってるじゃない。跡部への誕生日プレゼントだよ。『オレのことどう思ってる?』。跡部はこういうこと聞けない方だろうから」
「…握りつぶすぞ」
「それ、跡部からの借り物」
「………なんでお前に」
「ほら、君すぐ睨むからね。さっきから言ってるでしょ。プレゼントは金額じゃない、気持ちだって」
「こんなものを贈れるか」
「いやいや? これオレから跡部へのプレゼントだから」
「…は?」
「君はこれから存分に悩むといいよ」
「……幸村、お前、俺の幼なじみでもあるよな?」
「オレが全国で優勝したら、その位置に戻してあげてもいいよ?」
「わかった。悪かった、関東大会で準優勝校の部長などにこんな相談を持ちかけた俺が馬鹿だったんだな?」
「勿論。最初から嫌がらせ目的だって事を気付かなかった君の負けだよ」
「―――真田は」
「ん?」
「真田はどうしてこんなのがいいんだろうな。本当に」
「跡部こそどうしてこんなのがいいんだろうね」
「…帰る。全国で会おう」
「青学は立海に当たる前に氷帝あたりに負けとけば?」
「……そういえば、幸村」
「何?」
「全国大会は八月中旬に実施されるはずで、跡部の誕生日は十月なんだが」
「じゃあ今日は八月上旬という事だね」
「…そう来たか」
「あと一ヶ月半ほどで猶予があるんだから、せいぜい頑張って」
「誠意ある応援が身に染みるな」
「手塚、一つだけ勘違いを指摘していいかな」
「何だ?」
「オレは君が好きじゃないけど、跡部はそうでもないんだよ。だから、ま、「頑張って」は嘘じゃないから」
「…有り難いな。お前も少しはサドっ気を押さえろよ。真田が可哀相だ」
「あはははは。それ無理。無理だけど大丈夫、真田は気付かないから」
「……俺はどちらも応援しないことで、友情を示させてもらう」
「ま、それも好意だね。…ありがとう」
という幸村の笑顔に騙されて、うっかり手放してしまったICレコーダの行く先は不明である。
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