『学園祭』



関東七校での合同学園祭。それもテニス部を中心として。
ここまで聞いて、頭に「?」マークのつかない人間はいないだろう。

「なんスかそれ。意味わかんない」
「いやあ、跡部と榊監督のやることでしょ。意味なんて無いんじゃないのかな」
「むしろ裏がない感じですよね」
「まあ、氷帝はよく「うちは何でも一番じゃないと気が済まない」って言ってるし、全国大会前に景気づけで、テニス以外の勝負で勝っておきたいってとこじゃないかな。怪しい点はないよ」
「……一連の会話を総合すると、今の大石が一番辛辣かも」
「えぇ? そ、そうかな…」

「で、そろそろ事態は整理できたか?」

腕を組んで自校の部員達を眺めると、全員が「はいはい、これも仕方ないっすね」という風に頷く。
「では紹介しよう。今回青学テニス部をサポートしてくれる二年の相模だ」
「よろしくおねがいします!」

長い髪の女生徒が頭を下げ、部員一同はきょとんと目を丸めた。
「ぶ、部長が女生徒を紹介って…」
「ねぇねぇ、手塚とどーゆー知り合い?」

「………お前達は部活動以外に関心を持った方がいいな」
目を細めて睨むと、菊丸を含め数人が首を竦めた。
その後ろから不二が歩み出て、握手の為に手を差し出す。

「彼女、生徒会の書記さんでしょ? よろしくね」
「あ、はい。手塚会長にはいつも色々教わってます。今回は、さしでがましいですがその感謝も込めて、テニス部の皆さんのお力になりたいと思いまして…実際の所、会長に指名されたんですけど」
「ま。手塚の指名なら誰も文句言わないからね」
「そうですね〜。男テニのみなさんは校内でも凄い人気ですから。羨ましがられちゃいました。跡部委員長ともお話しできましたし」
「………いや、跡部にはあまり近づかない方が」
「大丈夫でしょ。忙しくてそんな暇ないって」
「そんな暇って?」
「他校の女生徒に手を出す暇」

青学一同の納得ずくの顔を見て、跡部の人望も知れるというものだな、と思ったが口には出さない。
あれはあれでいいところ「も」あるのだが、それは自分が知っていればいいことだ。
その場で出展する模擬店を決め、三店舗の取りまとめを大石に託した後、相模とともに委員会本部へ向かう。
並んで歩く自分を見上げ、彼女は不思議そうに首を傾げた。

「手塚会長は、委員会本部に何かご用ですか?」
「跡部に少し、な」
「委員長とお知り合い…ですよね。委員長も部長ですし、あと生徒会でもお会いしましたし」
「そもそも跡部が、生徒会長、部長ならともかく委員長というのが笑えるな」
「……会長、ホントに今笑ってます?」
「それ以外の何に見える」
「すみません。もうすぐ生徒会に入って一年ですが、ちょっとまだわかりません。よく副会長の伊田先輩や会計の仁科先輩と勉強会を開いたりしてるんですけど。体育祭とかの写真持ち出して」
「……そういう要らない努力をしている間に仕事をしてくれと、お前から頼んでおいてくれないか?」
「えぇ!? 手塚会長から言ってくださいよ。無理です、私には」
「俺にも無理だ。この前一ヶ月ほど九州に行っていた間、相当迷惑をかけたからな…」
「別に私たち、迷惑とは思っていませんけど。手塚会長は、ええと、生徒全員にとって自慢の会長ですから」
そう言って、花のように笑う。
…これは放っておかれないだろうな、とそう思った途端、背後から全く同じ感想が届いた。

「へぇ、なかなか可愛いのを連れてるな」
「跡部…委員長、か」
「なんだその含みのある呼び方は」
「いや、お前がいかにも中間管理職らしい役職で呼ばれているのが面白いだけだ」
「 喧嘩売ってんのかよ。本部に何の用だ」
「あぁ、彼女を紹介しようと思って」
「要らねぇだろ。青学の実行委員。知ってるぜ」
「それもあるが、彼女は―――」
「生徒会役員だろ。春の広域発表会で英語のスピーチをした」
「覚えていたのか?」
「忘れるわけないだろ。な、相模さん?」
「あ、ありがとうございますっ私も跡部会長のこと忘れてません!」
「………そりゃどうも」

跡部にしては珍しく、気圧された感じで苦笑する。
模擬店の立地を確認してきます、とあわただしく走り去っていった二年生を、二人の部長兼生徒会長は無言で見送った。

「…青学は天然を量産してるのか?」
「言いたいことはそれだけか」
「いやー…いい女になるな、ありゃ」
「当然だ。うちの次期生徒会長だからな」
「本人には言ってねーだろ、それ。勝手に後継者を指名するのはどうかと思うぞ」
「ちゃんと彼女以外には根回しはしてある。後は本人が生徒会選挙に立候補しなかったときに、どう婉曲に話を持っていくか、だ」
「むごいな…。しかし、あれじゃテニス部員の一人や二人、この二週間で持ってかれるんじゃないか?」
「彼女が持っていってくれるような人材が、うちの部にいるとは思えんが」
「…いや、一応もてるだろ。お前んとこの部員も」
「どうだろうな。大石や不二はともかくとして、他は珍獣扱いだぞ」
「お前もか?」
「…時々、コートの中にいるだけなのに動物園の檻の中にいる気分になる、女生徒の声援時には特にな。お前もそうだろう」
「勝手に人を見せ物扱いしてんじゃねーよ!」
「いやしかし…俺はお前のパフォーマンスは立派な出し物だと常々尊敬を…」
「あーもう余計なことは言うな!」

一度怒鳴った後、跡部は本部全体を見回し、声が漏れない距離まで顔を近付ける。

「…で、マジで何の用だ?」
「忙しいだろうと思ってな」
「そうだな。テメェといえども無駄話が出来ないほどには忙しい」
「なので、手伝いに来た」
「お前に譲る仕事はねえよ」
「意地を張るな。いくら委員を集めても、中学生に任せられる仕事なんてたかが知れている。どうせ家の方では足立さんや澤井さんがフル稼働しているんだろう」
「否定はしない。が、お前に手伝ってもらいたい事なんて何一つねえよ。大体お前だって中学生だろ」
「そうだな、だから中学生であるお前が担当している仕事なら、一つや二つ手伝えるだろう」
「……要らん」
「そうすると俺が困るんだ」
「なんだと?」
「お前が過労で倒れたりしたら、俺が困る。疲れ切った姿も見たくない。だから手伝わせてくれ」

跡部は二、三度瞬きして自分を凝視した。
基本的に天の邪鬼な跡部に対して、この話の切り出し方は間違っていなかったと思うが…。

「…わかった手塚。どうせ誰か雇おうかと考えていたくらいだ。お前がバイトで入れ」
「いやだから跡部。俺は中学生だから就労できない」
「そういやそうだったなぁ。じゃあ三食付けるってことでどうだ? まあタダ働きってことになるが」
「いいだろう。家に連絡を入れてくる」
「先行ってろ。多分、あっちは戦場だから、猫の手ならぬ中学生の手でも借りたいだろうよ」
「お前も適当に切り上げてこいよ」
「わーった。あと、これ。澤井への指示を書いたから渡しといてくれ」

跡部はその場でなにがしかを書き付けると、いかにもぞんざいに切れ端を渡す。

「後でな」
「……手塚」

数メートル。歩き出した後に呼ばれ、振り返ると跡部は滅多に見ない弱気を僅かに取り混ぜた表情をしていた。

「すまねぇ。怒らないでくれよな」
「まさか」

それは珍しく殊勝な表情と口調で、少しだけひっかかるものを感じながらも、充足感を得ながら会場を去る。
跡部の家の門をくぐった後、もはや顔なじみとなってしまった跡部の会社の人たちと挨拶を交わす。
その全員から口々に、「助かった、手塚君が来てくれて。ちょっとこの伝票チェックしてくれない?」「交通規制の図案、指示通りに描かれてるか見て欲しいんだけど」「いや、こっちの予算袋詰め作業の方が先!」と、大変熱い歓迎を受けた。
そんな中、跡部からの指示の紙切れを渡した澤井さんが、苦笑して俺を手招きする。

「手塚君、これ、中身見た?」
「いえ、俺宛のものではありませんから」

首を振ると、はいと手渡された紙。

「読んでおいた方がいいと思うよ」
少し躊躇った後、結局開いてみたその紙には「澤井へ。手塚の過労死しそうなところや疲れ切ってキレてる姿とかが見たいので、こき使ってやってください」…と。



―――あの「すまない」はわざとかッ!

流石に、ここで「素直じゃないな」などと笑ってやる余裕はなかった。
跡部、お前、帰ってきたらタダじゃ済まさないからな。