『四月一日』
春休みのある日、跡部の部屋の見慣れた木目のドアを開けたところ、そこには予想外の顔ぶれが揃っていた。
跡部といつもの猫達と、そして。
「………何をしている、越前」
見れば、床には無数のテニス雑誌が散らばり、猫達の座布団と化している。
他にもジュースの空き缶やらレンタルDVDやら脱ぎ捨てたパーカーやらが、絨毯を埋め尽くしていて、まるであの跡部の部屋がごく普通の中学生男子の部屋のように見える。
「よぉ、手塚。遅いじゃねえか」
「跡部、何の嫌がらせだこれは。うちの部員を黙って連れ出して」
「いや、お前もう部長じゃないから。…いい加減、意識を改めろよ、今日から高校生になるってのに」
「そんなことはどうでもいい! 越前」
「うぃーっす」
雑誌を下敷きにして腹這いに寝転んでいた後輩が、寝ぼけ眼で起きあがる。
「あれ? こんなところで何してんですか。部長」
「…お前もそろそろ手塚の呼び方を変えたらどうだ?」
「でも部長は部長っしょ」
「まるで「俺の部長は一人しかいません!」的な意思表明に見えて気色悪い」
「いやでも、今更「手塚先輩」って呼び出す方がきしょいっすよ。大体、あんたの部活には大勢いるじゃん。「跡部さん以外は部長じゃない!」って奴ら」
「…まぁ。あれはあれで可愛いもんだけどな」
「じゃあ手塚部長だから気色悪いってこと?」
「―――どちらも、話を聞け」
押し殺した声で間近に仁王立つと、息のあった会話を繰り広げていた二人は同じように瞬きしてこちらを見上げる。
「何怒ってるんだ?」
「なんで怒ってるんスか?」
「怒ってなどいない」
「嘘ばっかり」
「そりゃ嘘だなあ」
同時に顔を見合わせる二人の姿に、頭痛がわき起こる。
「…とりあえず、最初の質問だ。越前は何故ここにいる?」
「あ、オヤジと喧嘩して家出してきました。春休み入った頃に」
「で、めでたく俺の部屋の住人というわけだ。驚いたか」
「…わりとな」
額を押さえながら、深く息を吐く。
「それで? 今日がエイプリルフールなのと今の発言とはどう関係があるんだ?」
「―――だって見たかったんで。部長の驚いた顔」
「ドア開けた瞬間最高だったな。マジで豆鉄砲食らったようなツラしてんの」
「念入りに準備した甲斐があったってとこっス」
「……………一つ聞いて良いか?」
「あぁ?」
「確かに念入りに準備したんだろうな。この部屋の散らかり具合はとても今日作られたものとは思えないんだが」
「勿論ずっと前から実際に泊まり込んで準備したんで」
「ついでだから、本屋行って雑誌買ったり、用具散らかすためにテニスもしたし、映画館行ってパンフレットも買ってきた。完璧だな」
「あと、実際オヤジと喧嘩して出てきました。春休みの宿題もおかげでもう終わったし」
「ま、俺の方は課題もなくて暇だったからな」
「…大概馬鹿だな、お前達は」
「あぁ?」
眼鏡越しに睨むと、跡部は当然真っ向から睨み返してくる。
「気に入らねぇっつーのかよ、ユーモアの欠片もないお堅い手塚様は」
「いや、そうではなくて、そもそも『嘘』じゃないだろう」
「…………あ」
越前が今初めて気が付いたように瞬きする。
「実際に越前は家出してここに住んでるんだろう、どこが嘘だ」
「……そういやそうっすね、跡部さん」
「……あ? いや、確か企画段階ではちゃんと手塚を騙せることになっていたはずなんだが…」
「あ? じゃないだろう。全く、とっとと家に帰らないか越前。ご両親になんと言い訳する」
「大丈夫、うちからきっちり連絡入れてあるから、問題ないぜ。そこは」
「つーか、新学期始まってからもここにいいいっすか? 居心地良いんで」
「んー? うちのライエノーツがカルピンを気に入ってるからなぁ。むしろずっとでも構わねぇぜ?」
「お前達…!」
素で天然な二人を相手にしてしまっては手に負えない。
とりあえず、跡部のみでも切り離すべく、今まで一度も使ったことのない歯が浮くような台詞を敢えて選択する。
「跡部…いいから越前を帰せ。せっかくだから俺は二人きりで過ごしたい」
「………そうきたか、手塚」
「どうなんだ、跡部」
一瞬視線が絡み、跡部はさっと越前に向き直る。
「じゃ、俺はちょっと手塚の家に泊まってくるんで」
「あ、どうぞ。行ってらっしゃい」
「景吾! 越前!」
グラウンド100周! という怒声は、手に負えない二名の笑い声に掻き消されて終わった。
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