『予定通り』



菊ヶ橋交差点の信号は、待ち時間が長い。
歩行者は、信号を隔てた対岸に、自分と同じ境遇の黒山がたまるのを眺めつつ青信号を待つ。
だから、そういうことも起こりうるのだ。

交差点の真ん中で、跡部とすれ違う、などという珍しいことが。


一日目。
徒歩で、そして樺地も連れずに一人下校していた跡部を視界に捉え、そのまますれ違う。
久々に見たな、と簡単な感想でその日は終わった。
跡部も同様だったろう。明らかにこちらを視界に捉えていたが、一瞥して去っていった。
それだけで終わる話のはずだった。


二日目。
同じ時間、同じ場所で跡部とすれ違う。
相手は、眉間にしわを寄せて瞬きし、そのまま通り過ぎていった。
こちらも同様、こんな偶然もあるものかと述懐しながらその日は終わった。


三日目。
同じ時間、同じ場所で跡部とすれ違う。
跡部は制服を着ていた。どうも帰宅時刻が重なっているようだ。
今、自分は少し離れた図書館に通っており、閉館と共に駅に向かう。
向こうも何か決まった時間で出てくるのだろう。
偶然というか必然というか、おそらく明日もその姿を拝むことになる。
そう結論づけて、三日目は終わった。
跡部は無言で通り過ぎていった。


四日目。
今日は交差点で跡部と擦れ違うことはなかった。
その代わり、道を渡りきって背後の信号が点滅し始めた対岸で、立ち止まっている跡部と出会う。
いま交差点に着いて、赤信号に足止めを食らったらしい。
そのまま通り過ぎようとして、跡部の喉が「クッ」と鳴ったのに気付いた。
何を笑う。
思ったが、引き返して問いただすほどの用事ではない。
そのまま帰路についてその日は終わった。


五日目。
跡部は交差点を通らなかったようだ。
土曜日だからな、と思う。
ここで制服の跡部と擦れ違ったら、それはそれで面白い。


六日目。
日曜日だ。やはり跡部は通らない。


七日目。
南部図書館は月曜が休館日である。
よって交差点を通ることはなかった。
だが多分跡部は通過している。


八日目。
いつもの時間、いつもの場所で跡部と擦れ違う。
擦れ違い様、やはり軽い笑いを漏らした跡部が少し気に障った。
何がおかしい。
ただ互いに予定通り行動しただけだろう。
それとも他に何かあるというのか。


九日目。
閉館十分前に図書館を出る。
早足で菊ヶ橋交差点に向かい、対岸まで渡りきった後、信号のふもとで跡部を待つ。
跡部は予定通りの時刻に現れ、俺の姿を認めつつも、あろうことかそのまま通り過ぎようとした。

「待て跡部」
「なんだよ、手塚。まさか突っ立ってたのは俺を待ってたってことか?」
「それ以外に何がある」
「色々あるだろうよ、待ち合わせとか」
「待ち合わせだ、お前との」
「勝手に決めてんじゃねえよ。……いったい何の用だ」
「何の用もない、何故笑ったのか聞きたかっただけだ」
「はァ?」
「笑っただろう」
「…どうやら、青学元部長様のお気に障ったらしいなぁ」
「茶化すな」
「茶化すしかねーだろうが。ただ面白かったから、だ」
「何が」
「だから。いつも同じ場所で擦れ違うだろ。で、ちょっと遅れて学校を出た日はお前が先に交差点を渡ってる」
「それで?」
「…だからそれが。お互い規則正しいにもほどがあるだろ、と思って」
「…それのどこが面白い?」
「てめぇのせいだろ。こういうのは説明するとつまらねぇもんなんだよ」
「ああ、箸が転んでもおかしい年頃だということか」
「今の発言、明らかに年齢詐称を自白しているんだが」
「無礼な。まだ三十代と間違えられたことはない」
「…だろうな」
「だからそこで笑うな」
「この程度で「笑顔」になるのかよ」
「十分「笑顔」だ。……別に笑顔が悪いと言っているわけではない。無意味に笑われるのが嫌いなだけだ」
「それは無理だな。手塚」
「なんだと?」
「今のでわかった。―――お前は存在そのものが面白い」


十日目。
昨日殴った頬に痣を残したままの跡部は、交差点の中央で擦れ違い様に俺の腕を掴んで引っ張る。
帰り道と逆方向の道に引き戻され、抗議の意を込めて跡部を睨んだ。

「何の用だ」
「何の用だ、じゃねーだろ。てめぇ昨日俺を殴ってそのまま逃げ帰っといて、よくものこのこを顔を出せたもんだぜ」
「逃げたわけではない。話すことがなくなったから帰っただけだ。大体、お前に会いにここへ来たわけでもない。家に帰る途中なんだ」
「人に一発入れといてその言いぐさ…。本気で命が惜しくないようだな」
「いや、今の話、流石に命にまでは発展しないだろう」
「俺様の顔はお前十人分くらいの価値があるんだ!」
「そんな天文学すら超越した数字分の価値があるはずがないだろう」
「……お前、今自分一人をどのくらいで見積もった?」
「お前の顔は、せいぜい俺の顔の1.2倍程度の価値で十分だ」
「―――へぇ。一応1.0倍は越えてんのな」
「……褒めたわけではない」
「ま、いいぜ。二割り増しの台詞に免じて、恩赦を授けよう。代わりに、携帯番号教えとけ」
「何故そうなる」
「言いたいことがあるときに、ここで待ってるのは非効率だろ。俺は土日通らないし、お前は月曜に通らない」
「……そうだな、非効率という点では同感だ」
「ついでにメールも」
「待て、不公平だろう。お前の連絡先を教えろ」
「ああ、じゃあ名刺。上の番号は社の代表番号だから、携帯に掛けろよ」
「…名刺?」
「こういうとき便利だろ。お前、持ってねえの?」
「……跡部、お前よくも俺に年齢詐称などと言えたものだ」


十一日目。
同じ場所、同じ時間に同じ展開。
そんな毎日が無限に続くので、敢えて日記に記す必要はない気がする。
このさきも跡部と出会うだろう。