『交換留学』



『祝! 青春学園男子テニス部 全国大会出場おめでとう!』

屋上で垂れ幕を畳みながら、大石と河村はその文言を見つめた。
九月。秋である。
全国大会も終了し、中学最後の夏を全てやり尽くしたという感慨が深い。

乾は(実は兼部していた)化学部の最後の会誌をまとめるのに忙しく、不二と菊丸はテニススクールに通い初めた。
結果、たまたま残った二人がそのビニールの長いシートを引きずり下ろしているわけだ。
これからこれを水洗いして乾かして体育倉庫まで運ばなければならないのだが、そのことが面倒だと思う面子ではない。

「来年も、これが使えるといいよね」
「大丈夫さ。桃と海堂と、それに越前がいるからね」
「そうだね。来年も楽しみだよ。…ところで、竜崎先生は? 屋上の鍵、閉めてもらわないと」
「ああ、鍵なら預かったよ。なんでもいまから会議があるとか」
「え、生徒会? それで手塚がいないのかぁ」
「もうじき生徒会選挙で、予算の締めもあるし、あと交換留学生。今年も氷帝から来るからね、今日はその会議だろ?」
「ってことは、氷帝の生徒会長が来てるのかな?」
「そういうことになるかな。垂れ幕、しまうの間に合って――」
「ないね」

氷帝の生徒会長。テニス部部長を兼ね、手塚との因縁が深い(そしてきっとブラックリスト上位に青学の名を刻んでいるであろう)その相手の名を、二人は敢えて口にせず肩を落とした。


青学-氷帝間の交換留学制度(とどのつまりは、学生の一時的な入れ替え)は、両校の生徒会選挙直前までの二週間で実施される。
その交流制度の仕切は実質、生徒会長の最後の仕事と言っていい。
氷帝生徒会長が跡部ということは、一部テニス部部員にとって緊張が走る事実ではあるが、こうなると青学の生徒会長が手塚であったということは不幸中の幸いといえるかもしれない。
まあ、全校生徒に向かってうっかり「騒ぐ者は校庭十周!」と言ってしまうような会長だが、跡部への対抗馬としてはこれ以上ない人事である。

氷帝には、二度勝ったからなあ…。

それは微塵も悪いことではないが、その際に自分のところの部の一年生が氷帝の元部長に下した仕打ちは、いまだに報復が来ないことからして大石の胃を痛め続けている出来事の一つだった。
職員室へと向かい、竜崎先生に屋上の鍵を返そうとして、大石は目を見張る。
両校生徒会長が揃ってなにやら口論をしている。
しかも、苛立ちを隠さずに問いつめているのは手塚の方だった。

「納得できません。どうして越前が氷帝に? 秋の新人戦を控えているんですよ」
「手塚。それは生徒会長としての発言じゃないだろ」
「だがそれは、」
「まぁ、いいんじゃないか? 氷帝に行けば、当然部活動にも参加させてもらえるんだろ? リョーマにとってもプラスになると思うがね」
「俺もそう思いますよ、竜崎先生」
「お前は黙ってろ」
「お前こそ黙ってろっつーの」
「…何をたくらんでいる?」
「ひでーなぁ手塚。…まさか俺がバリカンで頭を刈られたことを逆恨みしているとでも?」
「………いや、跡部。その件についてはこの十日間、話し合っただろう」
「話し合いというか、まあ一方的だったけど。それとは別の話だ、手塚」
「あの、ここが職員室だってことは、忘れないでおくれよ」
「「すみません、竜崎先生」」

低音の響きが見事に重なり、そのまま跡部は笑顔を続ける。

「なにせ、あの一年のチ…優秀な一年生でしょう? 勉強の遅れの心配もないし、うちの部に発破を掛けてやりたいってのもあるし。あ、勿論イジメなんぞさせません。跡部家オレが全面的にバックアップしますから」
「だから、何故そこまでする必要があると聞いている」
「――さすがは手塚の見込んだ一年だと思って」
「なんだ?」
「夏、良い試合だったぜぇ? お前も勿論知ってるが、青学の柱を継ぐものだけあるよな。あの時の発言は撤回する。青学に手塚ありと言われた今年だったが、来年からはあのチビがそう言われるんだな、と思うとちょっとは興味がわくのもわかるだろ?」
「まあ、わからなくもないが」
「お前が見込んだ大事な後輩だ、俺にも面倒見させてくれねぇか?」
「…しかし」
「それじゃ、本人に聞いてみたらどうだ? 本人が来たくないっつーならそれで終わる話だろ」
「…そうだな。では越前が断ったらこの話はナシだ、それでいいな」
「じゃ両校合意、ということで」

やれやれ、と肩を下ろす竜崎先生と得意げに笑う跡部を見て、大石は嫌な予感が渦巻くのを禁じ得なかった。
そしてその予感は的中する。

翌日、焦燥した顔の手塚に両肩を捕まれて、大石はもう何度目かわからない親友の我が侭に付き合わなければならないことを悟った。
「大石、頼みがあるんだが」
「…ああ、わかったよ手塚」
「そうか。それは助かる」
「いや、別に了承したわけじゃなくて! 頼みがあることがわかったってことだよ。…何かあったのかい?」
「越前が―――ではなくて。そう、交換留学生の話、お前にも来ているだろう」
「ああ、そろそろ参加不参加を決めなければならないだろ」
「…越前も行くことになった」
「………そうなんだ」
「それで頼みがある。是非、氷帝に行って越前を保護してくれ」
「いやまだ行くと決まっては…最終的には抽選だし」
「是非、頼む。越前が氷帝で何かやらかさないか心配だし、氷帝の連中が越前をどう扱うか心配だし、跡部と越前が二人で何かしでかすのも心配で…何故か越前はこの話に乗り気でそれもまた怖い話で、出来ることなら俺が氷帝に行きたいくらいだが、先生に止められてしまったしな」

極めて遺憾そうに呟く手塚に、「まぁ、生徒会長だから無理だろうね」と大石は力無く呟く。
これまで手塚がおかしくなるのは大概跡部絡みだったが、今年に入ってからは越前もその対象に加わって、胃薬の消費量も1.5倍に増えた。
その跡部と越前の組み合わせでは、はっきりいって相乗効果である。

「抽選は、俺がなんとかする。頼んだぞ」

極めて真剣な顔で職権濫用を口にする手塚に、「ああ、ある意味手塚らしいよな」大石は深く肩を落としたのだった。