『年始』
紅白の終わる頃、母は雑煮の下ごしらえのために席を立つ。
父はストーブの灯油をつぎ足しに行き、一人離れにいた祖父が炬燵のある居間に戻ってくる。
祖父はテレビを見て、「最近の若い者は、独りで歌も歌えんのか」と毎年同じ感想を述べるのが慣例だ。
除夜の鐘も大詰めになると、台所から母の声が届く。
国光、と催促され、しぶしぶと席を立って玄関へと向かう。
鍵を開けると同時に、勢いよく扉が開いた。
正月早々目の前にある顔はごく見慣れたもので、あまり新鮮味はない。
「よぉ。手塚」
「跡部、チャイムもなしに戸を開けるなといつも、」
「彩菜さん。明けましておめでとうございます」
エプロンで手を拭きつつ出迎えに出る母に、跡部は深々と頭を下げる。
余所行きの完成された笑顔を見て、どっと疲れを覚えた。
外面を繕う能力があるのなら、普段からそれを発揮して欲しい。とりあえず、今年の初詣ではそれを願うことにする。
「おや、跡部くん。こんばんは」
玄関からストーブの灯油缶を抱えて戻ってきた父に、跡部は更に丁寧に挨拶を返す。
そして、遅れて出てきた祖父にも。
その際に、一瞬両者の間に火花が散った。
今を去ること数年前。初めて家に来た跡部は、初対面の祖父に「余所のお宅に御邪魔したときの態度」について散々説教をくらい、以来年始の挨拶時にはある種の緊張が走るのだ。
もっとも、跡部が祖父に叱られたのは最初の一度だけで、以降ずっと合格点が続いている。
「手塚、俺もちゃんと反省したんだぜ。あの後、冠婚葬祭のマナーについては曽我史原先生のいうとおりに勉強してきた」
というのが跡部の言い分だ。
俺としては、マナー云々よりもその曽我史原何某という人の方が気に掛かる。いつも思うんだが、それはどこの誰だ。
「つまらないものですが」
と、跡部の差し出した箱を見て、また気が遠くなった。
達筆な字で御年賀を書かれている。それはどうでもいい。
それよりも、中にどうみても値が張りそうな食器やら何やらが入っているのが問題だ。
当人に言わせれば、「うちで作ったものですから」ということだが、跡部。確かにお前の家の経営する会社のロゴマークが入っているが、うちで採れたものですから、と米やら山菜を差し出すのとそれとでは訳が違うんだ。
そのへんの葛藤を笑顔で黙殺してなかったことにするあたり、やはり両親は大人なんだと思う。
祖父が仏壇に御年賀を備えている間に、(うちでは御歳暮も御年賀も同じ場所に平積みされる)母が雑煮を炬燵の上に並べる。
家族全員ともう一人とで食卓を囲んだ後、祖父が着物の裾の中からお年玉をとりだし、俺と跡部はかしこまってそれを受け取る。
―――と、ここまでがここ数年の我が家の慣習となっている。
二階に上がって、俺の部屋で我が物顔にくつろぎながら跡部は楽しそうに「お年玉」と書かれた袋を裏返した。
その習慣は、跡部にはとても珍しいものらしい。
「俺、ここでしかもらったことないんだよな」
跡部は御札でも扱うように、袋を額に当てる。
「最初の時さ、爺さんにすっげー怒られたな、俺。でもなんでかくれたよなーこれ。なんだっけ? のし?」
「ポチ袋」
「いつもこの袋をもらうのが楽しみでさ。奇麗だし」
「…時々、お前は普段以上にズレたことを言うな」
「えぇ? ちゃんとしてるだろ。マナーならこの通り」
言って、『曽我史原先生のよくわかるマナー教室』という薄い本を振ってみせる。
そうか。お前の礼節というのは540円(税別)が根拠なわけか。
「その本には、年始の挨拶というのは、せいぜい元旦の午後からするものだとは書いていないのか?」
「仕方がないだろ、それは。年賀状、渡さなきゃならねーんだから」
本に挟んでいた葉書を一枚、投げて寄こす。
年賀状は24日までに投函してください、という郵便屋さんのキャンペーンは跡部には効果がないということがわかる。
裏面に富士山が印刷されているだけで少し嬉しい自分を叱咤しつつ、一言皮肉ってみた。
「いい加減、その言い訳は苦しいな」
対する跡部は、まったく動揺を見せず黙って片手を差し出した。
その余裕ぶった態度が腹立たしいことこの上ない。
これ以上の増長を予防すべく、跡部宛の年賀状を渡しながら一つ念押しをする。
「言っておくが、これを投函せずにとって置いたのは、お前が来ることを知っていたからで、断じて、待っていたからじゃない」
「それも言い訳だな」
と、跡部は笑った。
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