『誕生日』
玄関の扉を開ければ、荒んだ目つきの跡部が立っている。
正直言って驚いた。
今日の跡部は、目つきが悪いのもさることながら、なんというか、彼らしくもない格好をしていた。
皺の寄ったシャツに、部屋着と思われるジーンズ。さらには髪が跳ねているが、これは寝癖のように見える。
敢えて言葉にするなら、野暮ったいというところだ。
それを口に出したら殺されるだろうか、と心の片隅で考える。
「どうした跡部。今日は駅で十時に待ち合わせじゃなかったのか」
なのにどうして朝八時に俺の家に来るんだ?
彼の背後には跡部家の自家用車が走り去る姿が見える。
「予定は中止だ」
そう言って、勝手に家に上がり込む。
母がゴミ捨てに行っている時間で本当に良かった。なんだかわからないが、この機嫌の悪い跡部と母が出会っていたら、また一悶着あったに違いない。
「おい、景吾」
呼んだが彼は立ち止まらず、俺の部屋に入るなり手に持っていたバッグの中身をぶちまけた。
返す本。返す本。返すCD。返す本。
言いながら次々と床に落とす。
本はともかくCDは本気で止めておけ。壊れる。
「じゃあな」
何故か別れの挨拶をしながら、跡部は俺のベッドに潜り込んだ。
…ちょっと待て。おい。
「…眠かったのか?」
「昨日、徹夜。死ぬ、もう寝るから話かけんな」
「どうして人と待ち合わせの前日に徹夜をする」
「誕生日だったんだよ。で、部の連中と騒いでたら、朝だった」
「誕生日って、お前が?」
初耳なんだが。
「寝るっつってるだろ。起こすな。夕方起こせ。あと腹減るから何か買っとけ。インスタントはヤだから、な」
不機嫌に言い捨てて、跡部は本格的に寝てしまった。
試しに髪を引っ張ってみたが、起きる気配はない。
俺は寝具類に特に思い入れがあるわけではないが、そう気持ちよさそうに自分のベッドを占領されるとはっきり言ってむかつくのは何故だろう。
大体、誕生日が来るならどうして先にそういわない。何も出来ないだろうが。
しかもそんな適当な格好で家にまで来て、しかも俺の部屋を占領して。
もうちょっと俺に遠慮しようとか、そういう気はないのか?
百歩譲って俺に気を許していると解釈してやるとして、だ。
せめて、自分の家で寝ろ。
わざわざ俺の家まで来て寝るなんて、がっかりするだろう。俺が。
…とそこまで考えたが、声には出さない。
その日は静かに部屋で読書をして、昼は外出した母が作り置きしておいた蕎麦を食べて、明日やる予定だった宿題を片付けて、スーパーに買い物に行って終わった。
夕方、起こすまでもなく起き出してきた跡部に夕飯を食べさせる。
「なに。これ、お前が作ったの?」
「あぁ」
「ふーん。お前、キャンプとか行くもんな。その時のメニューなのか?」
「…キャンプでみそ汁と鮭の切り身とほうれん草のお浸しという組み合わせはあまりないと思う」
「そうなのか? 結構うまいな」
寝癖を付けたままで、まだ半分寝惚けながら跡部は一食分を平らげる。
その後「もう帰る」と言うので「あぁ、帰ってくれ」と返してやった。
自宅から呼び寄せた車に彼が乗り込む際、ひとこと「誕生日おめでとう」と伝える。
「それから、明後日は俺の誕生日なんだが。お前はどう祝ってくれるんだ?」
耳元で告げると、跡部が今日初めて目を見開くのがわかった。
どうやら完全に目が覚めたらしい。
「―――そんな大事なこと、もっと早くに言えよッ!」
終わった後に言わないだけ、俺はお前より親切だと思うが。
跡部は怒るが俺だって不機嫌だ。お前が言わないから、昨日を素通りしてしまったじゃないか。一年に一度しかない日だというのに。
…来年の4日は覚えてろよ。
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