『第一印象』



またか、と思った。

どこにでもいるのだこーゆー馬鹿は。
馴れ馴れしく話しかけてくる。さも自分を知っていて当然という風に。

ああ知っているともお前が雑魚だって事だけはな。
同学年のようだが、顔も名前も知らん。
それがどういうことかといえば、覚えるだけの価値もない…ってことだ。とっとと失せろ。






「―――とまあ、これが手塚と跡部の出会いだったそうだよ」

へーえ、と感服したように菊丸が頷いた。
語り部の不二はにこにこと笑っている。その隣では大石が胃を押さえている。

気心の知れた同学年だけが残った部室。
話題は目下に迫った氷帝戦のオーダーについてだった。
試合の組み合わせは顧問である竜崎先生が決めることとはいえ、誰が誰と当たるかという予想大会が始まるのは、引退がかかっている三年にしてみれば当然のことだった。
その最中での不二の昔語りである。

「冗談が過ぎるよ、不二」
「え? 冗談なんかじゃないよ? 手塚は普段からこのくらい普通に思ってるよ?」

まさか今まで知らなかったわけじゃないよね、と首を傾げられて大石は硬直した。
乾は何か呟きながら、その様子をメモしている。

「……冗談だよ、な?」

おろおろと、としか表現できない手つきで大石が手塚に問う。
いつもの無表情でパイプ椅子に腰掛けて部誌を書いていた当の本人は、眼鏡の片端を持って、軽く押し上げた。

「正確には、」
吐息と共に手塚は吐き出した。

「知らなかったのは顔だけだ。跡部というのが氷帝のエースだとは知ってたさ」
「彼、名前を言わなかったのかい?」
「名乗ったかもしれんが聞いていなかったな。ああゆう安っぽい挑発をするのは大概雑魚と決まってるんだ。覚える価値もないだろう?」
「相手をする暇もないって?」
「俺を誰だと思っている?」


その言葉に対する各人の反応は様々だった。
真面目な顔でメモを取ったのは乾だけ。河村は苦笑して首を振ったし、不二は笑顔で舌打ちした。
大石ははらはらと泣いていたし、菊丸は「あとべーとどっちが性格悪いかにゃ〜」と腕を組む。
ちなみに、手塚のこの性格を下級生達は知らない。幸福なことである。


「で? その手塚国光様は、跡部が跡部だと知ってどうしたのかな?」
「まさかあんなに頭が悪い奴だとは思わなくてな」
「……………………」
「いや、頭が悪い分には一向に構わないんだが。あれでテニスが上手いというのは反則じゃないか? いかにも一回戦で負けて消えます――みたいな登場の仕方だったぞあれは。おかげであいつが部長になってからの一年、氷帝と折り合いが悪くて敵わん」
「それは手塚が最初のあしらい方を間違えたからだね。今からでも仲を取り持ってやろうか? 大丈夫、まけとくから」
「遠慮しておく。乾はふっかけるからな」
「へーぇ」

不二が薄目を開いた。ああ、と祈ったのは大石だけだったろう。
一触即発。この二人は仲が悪い。とても和やかに、仲が悪いのだ。

「じゃあ何? 君、自力で氷帝との仲を修復できるわけ?」
「何故そうなる? 別に今のままでも大した問題じゃないだろう」
「後輩によりよいテニス部を残してあげるのが部長の義務でしょーが」
「………」
「君の代に悪化させた関係なんだから、君が責任とってよね。ねぇ人柱氏?」
「…前々から思っていたんだが、その呼び方は不愉快だ」
「そぉ? じゃあこうしようか。君が跡部を引っかけてこの部室まで連れてきたら、この呼び名を訂正して謹んで謝るよ僕は」
「乾、今の言葉記録しておけ」
「了解。18時17分、証人は三年一同」

「どこへ行くんだい? 手塚」

河村の声に、手塚は振り返らず片手の部誌を振った。
顧問の机へ提出に、職員室へ行くらしい。




残された面々は、堰を切ったように声を重ね合う。

「よっしゃ、俺達は賭けよっかぁ」
「…英二、頼むからこれ以上俺の胃を…」
「ち。しぶとい」
「…不二、頼むからあんまり手塚と喧嘩は…」
「しかし、よく承知したな。俺の分析ではかなり手塚に分が悪いぞ」
「だから手塚も馬鹿だって言うの。自分が馬鹿なことも自覚しないで他人を見下してるんだから世話ないよね」
「おいおい。ホントに連れて来ちゃったりしたらどうする気?」
「あぁ。連れてくるだろうね、手塚は」
「はぁ?」
「無駄にプライド高いもの。多分手段を問わず、やってくれると思うよ」
「じゃあ不二の負けじゃん〜なんでそんな賭けしたの?」
「賭け? 何も賭けてないよ僕は」

不二は何かを放つように、微笑みながら両手を掲げた。


「その為に手塚が何をどれだけ支払うか、これは見物じゃない?」