『優劣』
優れた人間が、それ故に己を誇ることは当然のこと。
優れた人間が、それ故に賞賛されるのは当然のこと。
跡部は固くそれを信じていたし、人生十余年。現在に至るまでの軌跡のどこを見ても、その事実を疑う余地はなかった。
そして、賞賛されることが例えようのない優越を生み出すのも事実だ。
褒められ崇められることが楽しくないはずがない。
そうでなければ何のための努力だ。何のための力だ。
――そもそも人より優位な位置に立つために、常人の数倍の努力をしている彼の人生は果たして割に合っているのかどうか。
その点を跡部は考慮したことがない。
もとより彼は上から人を見下すための努力は惜しまないタイプだ。
為に、一日何時間のテニスをしようが勉強をしようが、苦にならない。
跡部には、何かを削っているという認識はない。
しかし、人から見ればそれは明らかに努力であり、あの性格への風当たりを“やや”和らげる要因の一つである。
繰り返すが、彼にとってそれらは努力でも何でもない。
他人を見下して優越感に浸るために支払っている対価に過ぎない。
彼の嫌いな褒め言葉は「努力してるもんな」であり、逆に好きな褒め言葉は「流石!」である。
「お前が持てる資質だけに頼らず努力しているのは知っている。しかしお前の物言いは感心しない」
というわけで、偶然街中で出会った青学の手塚に“一番言われたくない言葉”を皮切りに説教を始められた跡部は、ものの十秒で既に忍耐の糸が切れていた。
「てめー何様だ。ってかアレか? 嫌がらせか。去年の関東大会でてめぇんとこが負けて以来だっつーのに、最初の一言がそれなのかよ」
「正しい日本語をしゃべれ」
「日本人のオレが喋ってるんだからこれが日本語だ!」
「…そうだったのか? てっきり4分の3くらいはラテン系かと」
「…どうしてわざわざラテンを指定するんだ、あァ?」
「気に障ったのか? 一々不思議なところで文句を付ける奴だとは思っていたが」
「妙なのは貴様の方だ!」
往来でおもいっきり指を指して叫んでいる中学生の姿は道行く人々の注目の的だったが、幸か不幸か、跡部も手塚も人の視線を気にする性格ではなかった。
「…そういう話をしているのではない」
「てめーが振ったんだろ。最初に戻せ」
「いいだろう。…お前の立ち居振る舞いに関してはよく耳にするが、どれも感心しない。改めろという話だ」
「何の権利があって俺に命令するっての」
「うちの桃城に喧嘩を売ったそうだな」
「あぁ、それね」
「それから不動峰の橘の妹に無体をしたとか」
「デェトに誘っただけだろ?」
ニヤニヤと、跡部は腕を組んだまま笑った。
手塚の口調は「悔い改めよ」と今にも念仏を唱えそうな勢いだったが、この悪霊には効きそうにない。
「弱者のたまり場と言ったとか」
それはストリートのテニスコートの話だ。
確かに跡部はそう言った。それは当然の感想で、見たままを口にしただけで、前の二件と違って跡部に悪気というものは更々なかった。
だから、手塚が三件の苦情のうちで最もこの話に怒っているというのが、さっぱり理解できない。
「何眉間に皺寄せてんだ? わっかんねぇな。てめーだって見てりゃ同じ感想を持つだろうよ」
「お前と一緒にするな」
「ああ確かに。てめーはオレとは人種が違うよな」
傲然とした言い方に不快になって、跡部はケッと吐き捨てた。
手塚も頭がいい。テニスの実力も拮抗しており、同じ部長という立場にいる。
にもかかわらず、手塚という人間を近くに感じたことはない。
どういう人間なのかもよく知らないし、推し量れない。
大体、自分と同じだけのレベルの人間のくせに、手塚は己を誇らない。
溢れんばかりのものを持っているくせに、それを自慢しない。
それどころか、自分の現状に満足していないように思える。
跡部が更なる賞賛を求めて上へ登るのに比べて、手塚は何もかもが足りないという風に上を目指す。
まったくの異質。
指と指が触れたらきっとショートする。
「テニスをなんだと思っているんだ。お前の力は確かに凄いが、プレイヤーとしては尊敬できない」
手塚の苦情。
そこで跡部は初めて気が付いたのだが、手塚はどうやら「テニスプレイヤーとは斯くあるべし」という堅固な指針を持っているらしい。
その理想と、跡部はかけ離れすぎていて彼の気に障るのだ。
そうか。なるほど。
「お前は何のためにテニスをする?」
「そんなの、楽しいからに決まってんだろ」
勝つことが。上手くなることが。ラケットを振ることが。楽しいからだ。
「貴様はどうなんだ。何でテニスをする?」
「テニスプレイヤーだからだ」
目から鱗。
言ってふいっと背中を向けた手塚に、跡部は目を見張った。
手塚国光という人間は、どうやらテニスプレイヤーという人種らしい。
で、俺はラテン系。
えらい差じゃねえかよオイ。
なんだろう。あぁいう生き物をどっかで見たことがある気がする。
どこかで。どこかに。
「あ、」
思い出した。そうだ。奴はとてもよく似ている。
賞賛も見返りを求めず、己に課した人生を背負い、ただ境地を目指す。
「ブシドーってやつ? 存在自体が古典だな」
「…何か言ったかラテン系」
―――こいつは性格が悪い。
両者の感想は完全に重なっていた。
そのまま別れて、メルアドすら知らないので決して修復などされない関係。
知り合って二回目の夏が来る。
今日の会話で少しは異文化交流が出来ただろうか。