『不愉快な友情』



闇に慣れた目が一気に陽光に晒され、ゆるやかに現実へと戻っていく夏の午後。
しみじみ幸せに浸っている隣で、岳人が大きく欠伸をする。

「…また寝てたんか」
「だってつまんねーもん。どうせならワンピースが見たかったよオレ」

しれっと言う彼には悪びれる様子もない。
まったく、誘ってやったのはこっちだっちゅーに。

つい眉間に皺が寄る。 いかんいかん。いましがた幸福を補充したばかりやないか。
「映画ってほんとーにいいものですね」という先人の言葉にたがわず、スクリーンで見る恋愛映画ほど楽しいものはない。
…というのに、隣でぐーすか寝られた日には少々腹も立つというもの。

「別に、来たくなければ来なくてよかったんやで」
「来たくないなんて言ってねーじゃん」

互いに顔を逸らし、不機嫌そうに歩いていく中学生を、女子大生が見てクスクスと笑う。
ああ、煩わし。
一人で来ればよかったわ。いくら前売りを買い込む癖があるとはいえ、今日で公開が最後とはいえ、わざわざ連れてきた相手に不快にさせられるくらいなら。

「さよか」

……岳人はよぉわからん。
よく一緒に遊ぶし、タブルスを組んでいたりもするが、やることなすこと理解の範疇外や。
人種が違うってやつ。
一生歯車は噛み合わないに決まってる。まぁ友達なんていっても、所詮そんなもんやろうけど。


「まーたヤな事考えてるだろ」
「は? なんやって?」
「お前さぁ、いつも『どうせ』とか『こんなもん』とか思ってるだろ。そんくらいわかるんだぜ」
「だからなんやの」
「お前のそういうとこ、キライ」
「ほー」

言ってくれるやん。岳人のくせに。

「じゃ、そーゆーことで」

へっと笑って背を向ける。
今更そんな言葉に傷付くものか。たかだか友達のお前に、自分を傷付けられるとでも思ってるんなら大間違い。
冷たく嗤ってまた明日。

「待てよ侑士!」

走ってきて隣に並ぶ、岳人は頭一つ分小さい。

「お前、本っ当にむかつくよな」
ああさいですか。結構なことですな。

「自分がどう言われたって気になんないんだろ」
それがどうかするん?

「………来たくないなんて言ってないじゃんオレ」
はいはい。文章が繋がっておらへんよ岳人くん。

「チケットさぁ」
ほら、また飛んだ。

「一枚だけ余ってるって言ったじゃん。お前、テキトーに部活のやつら誘ったろ?」
国語は得意やなかったっけな。そういえば。

「タダだったらさあ、そりゃ、あんまり行きたくなくても行く奴もいるじゃん」
それお前のことやんな。

「…だけどさぁ。お前、泣くじゃん」
「は?」

「目ェ赤いじゃん。今だって」
「はぁ…?」

「宍戸とかさあ。そういうの笑うじゃんな。それって悔しいっつーか」
「………はぁ」

「だからぁ。お前が笑われるのは嫌なのオレは!」
せんせー意味がよくわかりません。

「だからオレが来たんじゃん。映画は全然興味ないけどさ。来たいから来たんだって、わかった!?」

「いや全然」



「もー侑士はあったまわりーなっ!」
「岳人、自分人のこと言えるほど成績いいんかい」
「成績じゃなくて頭が悪いっての。跡部と一緒!」

あ、跡部と一緒…?
それは俺に対して物凄く失礼やないんか…?

「だーかーら! オレはお前がバカにされるのは嫌だし、お前がお前のこと自分でバカにしてんの見るとすげーむかつくの!」
「なんやそれ。理屈通ってないやん」
「理屈なんてどうだっていいだろ」
「よくないわ。俺のことやろ?」
「違う。侑士がバカにされているのを見て、オレがむかつくの! いい加減にしろっての。なんでそう、へらへらしてんだよ。信じらんねー。お前、だって、もっと出来る奴じゃん」
「何が?」

「え…と、だって色々できるじゃん。テニスもさ、勉強も」
「できんて。適当にやってるだけやから」
「嘘付け!」
「いや本気で。俺ろくな人間やあらへんよ」

「だから。そういうこと言うなっての!」



なにそれ。
何怒ってるん。
なんで俺のことで怒ってるん?
ひょっとして。それって、友達ってこと? それって、俺が思ってるのよりずっと、意味がある言葉だったりする? 本当は。


試してみてもいいんかな。


「岳人」
「何だよ!」

「来月の前売り、買って帰ってもえぇ?」


岳人は「オレに聞くか!?」という顔をしていた。













「……ワンピースなら」

んなこと言っとっても、俺が『愛と悲しみの果て』を買ったって付き合ってくれるんやろ?