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 題名:「東方一夜夢」
<三題噺テーマ テーマ D「半月」「犬」「鍵山雛」:出題者 まほろば様>


 ※警告! 本作品は以下のものを含んでおります。
 1.東方project(原作・上海アリス幻樂団)の二次創作……もとい、三次創作?です。
 2.作者は『東方紅魔郷』の体験版と『東方星蓮船』しか遊んだことがありません。(しかも未クリア)
 3.その他の知識は、ほぼネットから掻き集めました。(二次創作が知識の元なので、三次創作)
 4.多分、キャラの解釈とか口調とか考え方とか世界観について、色々問題があると思います。
 5.オリジナルキャラ出ます。
 7.現代人が、幻想郷に迷い込んでしまうという、いわゆる『幻想入り』です。
 6.あくまで三題噺の回答として即興的に作ったものであり、真面目に幻想郷を云々するつもりはありません。

 ……以上のことを了解の上で、読み進めてください。(意訳:自分の考える東方と違っても泣かないでね)


 気がついたら、暗がりの中にいた。
 真っ暗闇ではない。どこからかほんのりと光が差し込んでいるようだ。視界に薄らぼんやりと何かが見えるような気がする。でもまあ、見えないのと同義語ぐらいに、視界に意味のあるものは見えない。
 少なくともここは、思い出す限りの記憶の最後にある、自室の布団の中ではない。頬やうつ伏せの服越しの腹に感じているのはまぎれもなく土の感触だ。しかも、あまり良くないことに冷たく湿っている。
 だが、それより最悪なのは、漂うにおいだ。
 酷いにおいがする。およそ、自分の部屋ではかいだことのない、生臭いにおい。これはあれだ。か何かだ。宅内を飼っている家で、これに似たにおいを嗅いだ覚えがある。あれを十倍ぐらい強くした感じだ。
 もっとも、宅内を飼うような家では、消臭にそれなりに気を使っているだろうから(まあ、それでも俺からしたら十分嫌なにおいが漂っているのだが)、これは本来のにおい――いわゆる獣臭いってやつだ。

 総合して考えると……自分は今、獣のにおいが充満している中、土の上でうつ伏せに寝ているということになろうか。

 ――おかしい。

 自分で自分に突っ込んでみる。
 なぜ自分がここにいるのか、思い当たる節がない。
 いや、そもそもここがどこなのかもわからないのだが。
 夢遊病でも発症したのだろうか。
 あれか。
 ネットとゲームのしすぎか。
 テレビの見すぎか。
 妄想のしすぎか。
 栄養の偏りすぎで、とうとう病気まで発症したか。
 一応マルチビタミンのサプリメントは飲んでいたんだが。
 というか、うちの近所に土が剥き出しの場所なんかなかったはずだが。
 ……工事中の穴にでも落ちたか。
 ありうるな。いや、それ以外に考えられん。
 予算消化のために穴掘りをするなと何度言えば(ry

 考えていても埒が明かないので、周囲の状況を把握してみよう。
 身体を仰向けに返す。
 すると、光源が見えた。暗がりの中、半月がぽっかり浮かんで見える。
 目を凝らすと、その半月の周りに黒々と穴の縁が見えた。
 つまり、俺は今、間違いなく自室ではなく外にいて、縦穴の底にいるということか。
 しかし、不思議なのは、月以外に光源が見当たらないことだ。歩いていける範囲でこんな暗がりになるような場所は、うちの近所にはなかったはずだが。

『――目を覚ましたかい』
「うわひゃっ!!」
 身を起こした途端、背後から聞こえた女っぽい声に、俺は驚いて振り返った。
 だが、そこに見えるのは暗がりばかり。月の光も届かぬ暗がりに、声の主は身を潜めているらしい。
『怪我はないか? ……血の匂いはしないから、大事ないとは思うが』
 年かさの女性を思わせる、落ち着いた声音だ。大人の女性……と呼ぶには少し若そうに聞こえる。少なくとも害意と敵意は感じられない――気がした。
「あ、ああ。……ええと……特にないみたいだ。この暗さじゃ自分の身体もよく見えんが、痛みは特にないな」
『そうか。それはなにより』
 俺は声のする暗がりをじっと見つめた。だが、よく見えない。なにか、闇の中に光る点が二つ浮いているような気もするが、錯覚のようにも思える。
 ともかく、相手が何者であれ、落ち着いて話が出来そうなのはありがたい。
「まさか先客がいるとは思いもしなかったが……ここ、どこだ? どうも穴の下っぽいんだが」
『その通りだ。ここは、穴の中だよ。……誰かが作ったのか、自然に出来たのかはわからないが、獣を獲るための罠ではないようだ。罠にしては、穴の中が広すぎる』
「広すぎる? ……ああ、まあそうか。俺とお前の二人が一緒にいて、しかもこれだけ離れて話が出来るってンだから、相当広いよな。ここ」
『そうだな。差し渡しで三間……から四間ほどの大きさがあるな。深さ――穴の縁までの高さもそれくらいだろう』
「三件? バカ言え。いくらなんでも、家三件も入るほど広くはないだろう。いや、見えないけど。っつーか、見えるのか、お前。この暗がりの中で」
『ああ、見えるとも。……そうか、お前には私が見えてなかったのか。だからあんな風に驚いたのだな』
「すごいな。こんな暗がりの中で見えるとか。ははっ、ノクトビジョンでも装備してんのか」
 かっかっか、と笑うも、向こうはくすりともしない。妙な静寂が帰ってくるばかり。
「おい、なんで黙るんだよ」
『あ、いや。……お前の姿を見ていたんだが……その珍しい装束、人里の人間ではないな?』
 今度はこっちが黙り込む番だった。なんだか、会話が上手く噛み合っていない気がする。
 その齟齬がどこにあるのかを考えているうちに、向こうから続けてきた。
『妖怪にしては妖気を感じないし、妖精のような無邪気さもなし。……においからして人間のはずだが……お前、何者だ?』
「はあ? 何者って……」
『ああ、すまん。こういう時は、自分から名乗るのが礼儀だったな。……いかんいかん、またあの方に怒られるところだった。私は山だ。名前はまだない』
「……………………えーと。それは……ギャグか?」
『ぎゃぐ? なんだ、それは』
「夏目漱石の『吾輩は猫である』にかけたギャグじゃなかったのか? つうか、やまいぬって名前なのか。またすごい名前だな」
『いや、よく意味はわからんが、勘違いしてるぞ。私に名前はない。私はただの山だ。山の中で生きているだ。ええと……そうだ。そっちへ行こうか? 見えないにしても、せめて触れればわかってもらえると思うんだが』
「……………………」
 俺がどう受け止めたものか考えあぐねて黙っていると、声のしていた辺りで重い物が動き始める音がした。さらに、何かが近寄ってくる――暗がりに大きな物が蠢いているのがほのかに見える。その中に、かすかに光を放っている一対の光点。やはり錯覚ではなかったのか。あれは、目か。
 そして、においが強くなる。の――獣のにおいが。
 俺は、思わず立ち上がっていた。
『ちょっと手を伸ばしてみてくれ。頬を摺り寄せてみせるから』
 声が目の前から聞こえる――俺と同じ目の高さに、一対の光がある。
 そして、圧倒的な何かがそこにいるのを感じる。黒々とした巨大なものが。
 言われたままに手を出しながら、俺は内心驚異と恐怖に躍り上がる心臓をなだめようと必死で思考をまとめていた。

 と言ったか?
 自分と同じ背丈のだと?
 見た事ねえよ、そんなの。見たくもねえよ、そんなの。動物園で昔見たシベリア狼じゃあるまいし。普通、でかくても人の腰ほどの高さが限度だろ、っころなんて。
 だいたい、は人の言葉で、しかも女の声でしゃべったりしねえよ。
 しかも礼儀を気にするとか……いかん、想像すると萌えそうだ。
 ともかく、俺が知る限りそんなはいないし、そもそもそんなのはじゃない。

 だが。
 ああ、だが。
 手に、俺の手に、――いやこの際、かどうかはともかく――獣の頬擦りが感じられるよ畜生。
 俺は、現実に負け――今ここにある現実を受け入れてしまった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 俺は今、日本語をしゃべる、人よりでかいと一緒に落とし穴の底にいる。それが現実らしい。
 現実を受け入れた――これが夢オチでなければだが――俺達は、ひとしきり情報交換をした。
 彼女が言うには、ここは大昔に結界で封じられた土地で、妖怪変化や妖精が普通に跋扈する――俺の聞き間違いでなければ、東方Projectというシリーズものの弾幕シューティング同人ゲームの舞台と同じ――幻想郷というのだそうだ。
 そして、彼女は獣から妖怪を目指しているいわゆる『妖獣』と呼ばれる存在で、今はある仙人の元で妖怪修行を続けて人型(ヒトガタ)になる術を会得すべくがんばっているのだとか。
 今日のところは腹が減ってないので、食うつもりはないということだが……彼女の腹が減っていたら食われていたのか、俺は。やばいやばい。
『……そうか、お前が噂に聞く外来人なのだな』
 俺の目の前で伏せた(見えないが、光る瞳の高さから推察して多分)山が興味深そうに唸る。
 唸ると言っても、が威嚇の声をあげるあれではなく――って、ああややこしい。
 いやそれよりも。
「幻想郷って、本当にあったのか……。いや確かに、画面の向こうへ行きたいとか思ってはいたけれども」
 その場で腰を下していた俺も、腕組みをしたまま唸る。
 これで相手が人間の姿をしていたら相手の頭を疑うところだが、目の前にいるのがしゃべるで、そいつがそうだと言うなら信じる他ない。(どうやって来たかは色々と謎だが、まあスキマ妖怪とか結界のほつれとか、なんか理由があんだろ。今の俺には果てしなくどうでもいいが)
 ともかく、これが夢であるにせよ現実であるにせよ、この状況で東方オタの端くれがとるべき指針は一つしかない。
 まずは……この状況を楽しむのだ!
 つーか、なんの因果かは不明だとしても、俺は今、液晶画面の前で歯軋りする凡百凡千の東方オタの同胞どもより、一歩先んじたのだ。ならば、彼方の同胞の代わりに、成し遂げねばならぬことがある。
「おい、
 俺は喜びはやる心を押しとどめつつ、呼びかけた。
『なんだ?』
「ここが本当に幻想郷だというのなら、俺はどうしても行かねばならん場所がある!!」
『ほう。どこだ?』
「妖怪の山だ!」
『……………………また、それは。危険な場所だな』
 の口調には明らかな戸惑いがある。いや、呆れているのか? 表情が見えないので、よくわからないが、まあそれはどうでもいい。
「危険? やっぱり妖怪の山は危険なのか。ふふふふ……しっかぁ〜し!! 男一匹恋心、惚れた相手に会いに行くのに、危険が危ないごときで退くわけにはいかん!」
『……ほう。誰か逢いたい人がいるのか。外来人なのに』
「ああ。人ではないがな。まあ、なぜ彼女を俺が知ったかは、お前に言っても理解出来まい。だが、幻想郷に来てしまったからには、逢わずにはいられないっ!」
『てっきり、外の世界に帰りたいとか言うのかと思っていたが』
「そんないつでも出来るようなこと、改めて言うまでもあるまい。っつーか、彼女に会えるなら、俺はこのまま幻想郷に定住する勢いである」
『ふぅむ。……そこまで言わせる想い人って、誰なんだ?』
「ふはははははは、言わずと知れたことッ!!」
 俺は見えない黒い塊の中に浮かぶ一対の光に、びしりと指を突きつけた。
「心優しき秘神流し雛――その名も、鍵山雛様だ!!」
 鍵山雛
 東方projectの弾幕シューティングゲーム『東方風神録』STAGE2のボスにして、人から集めた、もしくは人が流し雛に乗せて流した厄(悪いもの、災いをもたらすもの)を集めて神々へ渡すという健気な少女神様。
 戦意剥き出しだったり、妙に高飛車だったり、あくの強い敵キャラクターが多い中で、なんかほんわかしたあの雰囲気に魅かれ、気がついたら好きになってしまっていた。今では恥ずかしげもなく、愛していると言える。……そうとも、恥ずかしくなんかないから間違いなくこれは愛なんだ。
『……知らないなぁ』
「ぬがっ。厄神様を知らんとか、勉強が足りんぞ現地人!!」
『人じゃなくてだってば』
 指先に、何か生暖かいものがぬるりと絡んだ。
「?」
『あ、ごめんよ。目の前に突き出されると、反射的に舐めちゃうんだ』
「あ、そうなのか。俺の方こそ悪かった」
 俺は手を戻し、指先を服で拭う。
 ……なんか、こいつキャラが変わってきてないか? ちょっと萌えるぞ。
「ともかく、そういうわけで俺は妖怪の山に行かねばならん。……のだが」
 俺は上を見上げた。絶望的なまでに高い穴の縁に、半月がかかっている。
「まずは、どうやってここから出るかなんだが」
『そうだな。私にとっても、それが問題でね』
 密かに期待していたのに、あろうことか妖獣は残念そうにため息をついた。
『この高さだと、ひとっ跳びにはいかないんだよ。まだ空を飛ぶことも出来ないし』
「え〜……妖獣って言うから、それぐらい出来るものかと期待してたんだが……できないのか」
『なりたてだからねぇ。出来るなら、お前が現れる前に出てってるよ。ん〜……せめて、踏み台があればいいんだけど』
「踏み台って、どれくらいの」
『ん〜……あの高さだと、ちょうど一間ぐらいあればいいかな』
「家一件? ……あ、いや。ここは幻想郷だから、一間というのは長さの単位か。ええと、確か一間は両手を広げたくらいよりやや広いぐらい、1.8mぐらいだっけか。――あ」
『なに?』
「俺の身長、それくらいだ。一間よりはちょっと低いけど。六尺、いや五尺……六、七寸ぐらいか」
『……………………』
「……………………」
『いやいやいやいや。無理だ無理だよ。私に踏んづけられた拍子に、どこか傷めるかもしれないぞ? 肩とか、首とか。悪いよそんなの』
 なんだその気遣いは。本当にか、お前は。いや、忠義深いらしいといえばらしいけど。
「とはいえ、他に方法はない。俺ぐらいの踏み台があれば、穴の外に届きそうなんだろ?」
『それは……そうだけど。でもさ、たとえそうやって私が外に出られたとしても、お前をどうやって引き上げればいいんだ?』
 声の調子で、おののいているのがわかる。目の前の黒い塊の姿勢が低くなっているのを見て、俺は耳まで伏せている彼女を想像してしまった。女の声を出す、うなだれている。やばい。萌える。
「やれやれ。そこはやっぱりだな。辺りから丈夫な蔦を探してきて下してくれるとか、誰かに助けを求めるとか、出来るだろ? 人の言葉話せるんだから。お前が修行つけてもらってる仙人でもいいし、人里の守護者とか、竹林の医者とか、魔法の森の入り口の道具屋とか……あと、博麗の巫女――は、ああ、面倒臭がって来ないか」
『……お前、本当に外来人か? よく知ってるなぁ、幻想郷のこと』
「ふふん、幻想郷の人間より知ってるかも知れんぞ? ……いやま、それはともかく。とりあえずお前が出て助けを求めるなりしないと、俺はどうにも出来んし、お前とこのままここにいても腹が減ったら食われるだけじゃないか。どっちにしろダメなら、まだお前の踏み台になって怪我する方がましだ」
『くぅ〜ん……』
 おいおい、それはの声でやれ。女の声で言われたら、さっきから抑制し続けている萌え心がメルトダウンしそうだ。
「いいから、ぐだぐだ言ってないでやれ。この状況では踏み台になるのは俺にしか出来ないし、俺を踏み台にして穴から出るのはお前にしか出来ないんだ。どっちもやらなきゃ、俺たちこの中で飢え死にだぞ。まあ、お前は俺を食えるから、俺よりは長生きするかもしれんが」
『……そんな言い方しないでおくれよぅ。別にお前をとって食いたいわけじゃないんだから』
 情けない声を出しながら、鼻を鳴らす。ああもう。かわいいなぁ。ちくしょう。
 俺は立ち上がり、穴の開口部の真下まで移動した。
 やや足を肩幅に広げ、全身を緊張させ、頭か肩にかかるであろう強烈な荷重に備える。
「さあ、俺の方は覚悟完了した。さっさと来い」
『じゃあ……ゴメン』
 その声が終わるなり、たたたっ、とあの体格に合わぬ軽妙な足音――それこそ小型くらいの音が響き、左肩を叩かれた。
 そう。誰かに肩を叩かれた程度、その程度の衝撃だった。
 びっくりして振り仰いだ頭上には、巨大なの黒々としたシルエットが跳んでいて――かろうじて穴の縁を飛び越えて行った。右の後ろ脚が穴の縁まで届かずに、空足を踏んだのには少しヒヤッとしたが。
『――やった! やったよ! 出られた!』
 穴の縁から喜び勇んで覗き込むのシルエット。その肩越しに、大きな尻尾が嬉しそうに振られているのが見えた。……もふもふしたら気持ちよさそうだな。
『と、喜んでる場合じゃないね。大丈夫か? 怪我はしてないか?』
 不埒なことを考えていた俺は、すぐに頭を打ち振って現実に戻った。
「ああ。大丈夫だ。お前の踏み切りが上手だったおかげで、全然どこも痛くなかった。すごいな、お前」
『無事ならよかった。じゃあ、次はお前の番だな。必ずなんとかするから、しばらく待っていてくれ』
 シルエットが消えると同時に、俺はその場にへたりこんだ。
 とりあえず、この穴倉で命を終える、という結末だけは避けられそうだ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 穴に下された蔓だか蔦だかにしがみついた俺を、自慢の(というと彼女に悪いか?)怪力で引っ張り上げてくれた彼女は、そのまま俺を背中に乗せて移動していた。
「ところで、ここは幻想郷の中のどの辺りになるんだ?」
 辺りは鬱蒼としており、そのうえ月の光も半端なのでよくわからないが、周囲でざわめく葉擦れの音から察するに、林の中の道といったところか。
『どこって言われても……私は山だから、人間や妖怪たちがつけた地名とかはあんまり……』
「ああ、そうか」
『でも、永遠亭とか、吸血鬼の館とか、博麗神社とか、人里とか、妖怪でも知ってないと危ない場所については、いくつか師匠から教えてもらってる。妖怪の山は……行ったことはないけど、吸血鬼のいる湖の向こう側の一番高い山とだけ。お前の会いたい人……じゃなかった、神様がどこにいるかはわからない』
「なるほど。細かいのは後にして、要するに、見渡して一番高い山を目指せばいいってことだな。てことは、まずは見渡しのいい場所……湖に出るのがいいか」
『湖ねぇ。ま、一応そっちには向かってるけど……』
 彼女の口ぶりからすると、あまり気乗りしないようだ。
「嫌そうだな。なんかあるのか?」
『今も言ったけど、湖は基本吸血鬼っていう妖怪の縄張りだから。あと、結構妖精とか、その他の妖怪なんかも集まって来るんで、私みたいな人型にもなれないような中途半端な妖獣にはちょっと……』
「ふーん。妖獣って、妖精より弱いのか?」
『一対一なら負けないけど。中にはスペルカード使って来る妖精とかもいるし、こっちはスペルカードなんてまだ持ってないし。そうでなくても妖精って群れて悪戯しかけてくるから、危ないんだよ。……主にお前が』
「俺が?」
『妖精に自制心や手加減なんて求めちゃいけないよ? あいつら、相手が死のうが生きようがお構いなしなんだから。しかも、人間相手に、命に関わりかねない悪戯しかけるのが大好きだから』
「……………………」
『まあ、何とか連中に合わない道を選んでみるよ』
「すまんな。重ね重ね世話になる」
『いいのいいの。お前が来なかったら、私はあの穴倉の下で飢え死にしてたかもしれないんだから。これくらい恩返しさ』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 かなりの時間が経つ。
 どういう基準で道を選んでいるのかわからないが、彼女は時折方向を変えたり、元来た道を戻ったりしながらとぼとぼと歩き続ける。
 その間、俺達はお互いのことを色々と話し続けていた。
 外の世界のこと、幻想郷のこと、外の人間のこと、幻想郷の妖怪のこと。
 月が山の彼方に沈み、星だらけの空に時折花火のような閃光が光る時があった。
 何者かがスペルカード戦をやっているらしい。
 こんな夜中に暴れるとなると、吸血鬼のお嬢様か、宵闇の妖怪か。蛍の妖怪もありそうだ。いやいや、そもそも夜は妖怪の時間なんだから、どんな妖怪が戦っていてもおかしくはないな。
 そんなことを考えていると、不意に彼女の足が止まった。進むべきか否か、迷っている風でもある。
「どした? なにかいるのか?」
『あ、いや。うん……いつの間にか、人里に近づいてたみたいだ。お前は人間だから問題ないけど、私は……あんまり近づきたくないんだ』
「ふぅん……。でも、東方求聞――っと、外の世界の読み物では、人里に妖怪が買い物に行くこともあるって書いてたような気がするけどな」
『ん〜……。それは人型になれる妖怪相手だと思うけどね。それに、こんな夜中に人里に近づく妖怪なんて、その気がなくても怪しまれるよ』
「なるほど。言われてみればそうか。……ずっと話してたんで、お前が人からは警戒される妖獣だっての忘れてた」
『まあ、いざという時は最近出来たお寺なら匿ってくれるそうだけど……でも、近づかないのが一番かな。遠回りしてもいい?』
「ああ。別に急ぎじゃないしな。どうせこの暗さじゃ、湖に出ても山がどっちかわからんし。ゆっくり行こうぜ」
『ありがとう。じゃあ、ちょっと戻るよ』
 そう言って、彼女は踵を返した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 またしばらく時間が経って。
 道の脇に一件の建物が見えた。
 星明りで見えるのは建物のシルエットぐらいだが、辺りになんだか色々とガラクタっぽいものが散乱しているようだ。
(……ひょっとして、魔法の森の入り口に立つ道具屋ってやつか? せめて看板が読めれば……)
 俺のそんな疑問を察することもなく、彼女はその前をゆっくり通り過ぎて行った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 森の縁に沿うような道筋でと人の深夜行は続く。
 彼女の背中に乗っているため、人の足では進むのが躊躇われるようなぬかるみや茂みもさっさと突っ切ってゆけるのはありがたい。
 そうこうしているうちに、山の稜線が仄白んできていた。
「明けてきたな。これで方角がわかる。それに、せっかく来た幻想郷の風景がはっきりと見られるってもんだ」
 辺りも少しずつ見えるようになってきていた。どこ辺りなのかはわからないが、今は森の中にはっきりと切り拓かれた道を進んでいる。かなり傾斜がある道だ。どこかの山を登っているのだろうか。
『ふぅん。幻想郷が好きなんだねぇ』
「そりゃまあ、ゲームの中……っとっと、お話に聞くだけの憧れの場所だったからな」
『けど、妖怪がいる場所だよ? 人間なんていつ襲われて、食われるかわからないんだから。特に……妖怪の山となると……もし私がついていったとしても、私なんか足元にも及ばない連中がわんさかいると思うし。……はぁ、心配だなぁ』
 うなだれて、ため息をつく。……可愛いなぁ。
 女の声でしゃべるとの楽しい会話。うん、これだけでも幻想郷に来た甲斐があったというものだ。
 とはいえ、憧れの女神様・鍵山雛の本物と出会える機会、怖いだの心配だのを理由に投げ出すわけにはゆくものか。
 いざとなれば……彼女とは別れて、一人ででも行くしかない。
 俺は彼女の背中の毛を、くしけずるように優しく撫でてやった。
「しかし、そこまで心配してくれるとは、お前って本当にいい奴だな。妖怪扱いがもったいない。良い修行して、早く人型になれるといいな」
『うん。ありがとう。がんばるよ』
 そうこうしているうちに夜はすっかり明け、俺達は旅の終着点についた。

 博麗神社に。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 すっかり明けた青空にそびえ立つ鳥居を見上げながら、俺はバカみたいにぽかんと口を開けていた。
「ええと……博麗神社とか書いてるんだけど」
『うん、ここは博麗神社だね』
 博麗神社といえば、俺が元いた世界(いわゆる外界)と幻想郷を隔てる結界の要の場所で、そこには紅白巫女と呼ばれる、腋出しルックの少女がいて……ああ、ちょうど今、目の前で境内を掃いている。
 少女――博麗霊夢(まあ、主人公機本体に出会えるというのもそうそうないので、これはこれで嬉しいサプライズではあるんだが)は、箒の手を止めて、こちらをじっと見ている。
「こんな朝早くから参拝かしら? 殊勝なことね。賽銭箱はあっちよ?」
 そう言って、本殿を指差す。
 俺は曖昧に頷きながら、の背から降ろしてもらった。
「なぁ、俺は妖怪の山を頼んだんだが」
『あー、うん。そう……なんだけど……ごめん』
「ちょっと、なにぼそぼそやってんの。用がないなら帰って。私は暇じゃないの」
 ちょっと小声で話していただけなのだが、博麗霊夢は不機嫌そうにこちらへ近寄ってきた。こうしてみると、本当に小さい。頭のてっぺんがこちらの顎辺りまでしかない。後頭部で結んでいる大きな赤いリボンを含めてさえ、鼻くらいか。
「あ、いや。実はその……」
「あら、あなたその服……外来人ね?」
「あ、はい」
「そっちのは……ちょっと妖気を感じるけど」
 途端に、がおびえたように後退り、耳を伏せる。尻尾が巻かれて股間に収まっている。そこまで怖いのか、この腋出し巫女が。
 いかんいかん、誤解は解いておかねば。
「ええと、大丈夫です。彼女とはたまたま出会いまして。親切にもここまで送ってもらいまして」
 相手は俺よりかなり年下なのだが、自然と敬語になっていた。……なるほど、これが畏怖というものか。
「ふぅん」
 そう言って近づいて来た博麗霊夢は、そっとの頭に手を置いて、撫で撫でした。
「そうね。おとなしい子みたいだし……ま、いいわ。この程度の妖気なら、私が退治するまでもなさそうだし」
 安堵したのか、の緊張がほぐれ、耳が戻る。巻いていた尻尾が普通に戻る。
「それで、とりあえずあなたを外界に送り返せばいいのね?」
 俺の方に向き直った博麗霊夢の言葉に、俺はぎょっとした。いやいや待て待て。ここで送り返されては、何のために来たのかわからない。いや、来たくて来たわけでもないが。
「いや、ちょっと待ってください。俺には行きたいところがあるので、今回は下見と――」
『この方、私の命の恩人なんですけど……どうしても妖怪の山に行きたいそうなんです。なんか、死んでも構わないくらいの勢いで』
「ふぅん」
 が話したことにも驚きもせず、なんだか急に冷たくなった視線を俺に投げつける少女。なんだろう。なにか変な琴線に触れたのか?
「時々いるのよね。最近の外来人。誰それに会いたいとか、ゆかりんちゅっちゅとか。あなたもその口ってわけ」
 ぎくり。
 ……いや待て。俺はスキマ妖怪に興味はない。俺が逢いたいのは鍵山雛様だけだ。
 博麗霊夢は俺が口を開く前に、続けた。
「さっきも言ったけど、私はそこまで暇じゃないし、そもそも幻想郷は観光地じゃないのよ。というわけで、あなたの要求は却下」
「えええええええええ」
 まったくこちらの意志など慮るつもりもなく、ただただ容赦なく一方的で事務的な宣言。
 そして、言うだけ言えば即行動。
 博麗霊夢は俺の耳をつまむと、そのまま歩き始めた。
「あい、あいたたたたっ! ちょ、自分で歩けるから」
「そう言って逃げようとした外来人が、過去に両手で足りないくらいいるのよ。もう御託はいいから、さっさと本殿に入れ」
 俺の悲鳴混じりであげた抗議も、一切聞き入れられることなく、俺は賽銭箱の奥の本殿に放り込まれた。
 いってええええ。耳がちぎれるかと思った。
 鬼だ、この巫女。
「大体ね」
 埃を打ち払うように両手をパンパンと打ち鳴らす博麗霊夢。俺を見るその目は、非常に厳しい。まあ、まだゴミを見るような、というレベルではないけれども。
「そもそも生きてここへたどり着けただけでも、あの子に感謝しなさい」
 言われてちらっと本殿の外を見やると、賽銭箱の向こうでが心配そうに見ている。あの様子では、多分助けてはくれまい。
「どうやって迷い込んだか知らないけど、この幻想郷で妖怪に出会って食われもせずに助けてもらうとか、この神社まで他の人食い妖怪に襲われずに来られたというだけでも、ありえない奇跡なんだから。賽銭も入れずにこれ以上の奇跡を望んだら、バチが当たるわよ。主に私の」
「……そんな大袈裟な。だって、他の妖怪なんて、見もしませんでしたよ?」
「ふぅん。じゃ、あの子が避けてきたんでしょ?」
「避けてきたって……」
 博麗霊夢は袖からお札を取り出し、本殿の内壁にそれを貼りつけてゆく。なにやら妙な結界が形成されてゆくのが、一般人の俺にもわかる。これって凄いことなんじゃなかろうか。
「湖は妖精とか妖怪が多いし、森だってそう。あなたたちが襲われなさそうな、安全な道を探してあっちこっちうろうろしてたら、着いたのがここだったってとこじゃない? 勘だけどね」
 俺は再び振り返ってを見やる。彼女は目が合った途端、博麗霊夢の言葉を肯定して頷いた。
「ああ……なるほど。それであんなに頻繁に方向転換をしてたのか……」
 道中でなぜあんなに道を選んだり、時に道を外れた場所を通ったり、急に来た道を引き返したりするのだろうと思ってはいたが。あれはこっちの安全を考えて、道を選んでくれていたのか。
 妖怪の山へ行けないというのも、つまりは安全な道がないからと言うことか。
『ごめんね。騙すつもりじゃなかったんだ。ほんとに、最初からここへ来るつもりでもなかったんだよ。どうしようかと迷ってはいたけど……』
 は今にも泣きそうな声で謝る。
 ああもう。そんな声と表情出で謝られたら、もう怒れないじゃないか。
「ま、しょうがないわね」
 文句も言えなくなってがっくり肩を落とした俺に、博麗霊夢がしたり顔で告げる。
「鼻が利いちゃったって事でしょ。だけに」

 終。


 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 おまけ。

 外界へ送り返される結界術が発動する寸前。
 鍵山雛様に逢えないまま帰ることに落ち込みきっている俺に、呪文だか祝詞だかを唱え終わった博麗霊夢がふと話しかけてきた。
「……ま、世の中に『全部丸ごと幸運』なんてうまい話はそうそうないわ。あの子に会った時点で、あなたは無事でいられる幸運と、あなたの望みが叶えられない不運を抱え込んじゃったのよ。命があっただけ儲けものと思って諦めなさいな。……それで――」
 声を一段低く落とし、きらりと光るは博麗霊夢の瞳。実に少女らしい、好奇心丸出しの目だ。
「誰に会いたかったのよ、あなた。妖怪の山ってことは……まさか、東風谷早苗とか言わないわよね?」
 ………………。なんだろう。今感じた怖気は。
「いえ。鍵山……様です」
 俺の出した名前に、博麗霊夢は怪訝な顔をした。思い当たる名前に覚えがないように、考え込む。
「……ええと…………ひな……雛……ああ。くるくる回る流し雛の、あれか。なぁんだ。それは絶対に無理よ」
「え? なんで?」
 驚く俺を鼻で笑いながら、再びを見やって微笑む博麗霊夢。見られたはきょとんとしている。
「人を不幸にする厄を溜め込んでいる神様なんて、こんな鼻の利く子が近づくはずないもの。立派な妖怪になれたら、『危険を避ける程度の能力』でも身につくんじゃないかしらね、あの子。ま、どっちにしろ、よかったじゃない。無駄な努力をせずにすんで。――あなたもいい子だったわね。ご苦労様」
 最初の畏怖はどこへやら、嬉しそうに尻尾を振って鼻を鳴らす
「それじゃ、もう来ないでね」
 そう言うと、俺はと別れの言葉を交わす暇も与えられず――結界のこっち側に移動してしまった。

 今度こそ本当に終わる。

あとがきへ


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