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希望の道標

「軍曹のことぉ? あーん? んなんだよぉ、俺様の活躍が聞きたいってことじゃなかったのかよ! ちくしょう、だまされたぜ!」
 取材前の目的を話した途端喚いた防衛軍隊員に、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。一応、取材目的は広報を通して伝えておいたのだが……伝え忘れたのか、この隊員が聞いてなかったのか。
 彼は今般の戦争における英雄の一人、ストーム2の部隊に所属している隊員で、情報を遡る限り開戦以前からの『軍曹』の部下だったらしい。
「で? 軍曹の何を聞きたいって? いや、でもなんで軍曹なんだ? 大将じゃなくていいのかよ?」
 ……こちらが答える前に、質問を重ねてくる。こういう手合いは口が軽いので、情報集めの最初には最適だ。


 実際、彼の質問ももっともだ。
 今般の戦争――侵略者プライマーとの激戦において、人類最高の戦力、チームが揃えば敵の戦力集積地ですら灰燼と帰す、などという噂が私程度の耳にまで届くストームチーム。そのナンバー1を背負う男。
 地球の人口の何割かを失った、などというこの先行きの暗い戦況の中での、唯一と言えるほどの明るい話題に皆がすがり、飛びつき、救いを求める対象。

 だが、私はジャーナリストだ。ジャーナリストというのはひねくれてなんぼ。

 世の中では一括りに特別遊撃部隊ストームと呼ばれているが、実は四つのチームで構成されている。
 かつて、スプリガンを名乗っていた精鋭ウイングダイバーチーム、ストーム4。
 死神部隊と恐れられ、先の紛争時には最新鋭の二足歩行装甲機コンバットフレームを3機も破壊したというフェンサー部隊、ストーム3。
 『軍曹』率いるレンジャー部隊ストーム2。
 そして、『英雄』ストーム1。

 実にそうそうたるメンバー――のはずなのだが。
 ストーム2だけは特段の活躍エピソードを聞かない。
 にも関わらず、ストームチームにおいて、『英雄』に次ぐナンバー2を背負う男『軍曹』。
 ひねくれてる私は、ナンバー1よりも、その影ともいうべき男の存在に興味を引かれた。
 『軍曹』。
 関係者の間ではそう呼ばれるレンジャー隊員。唯一、世に知られざる謎の実力者。
 本人に申し入れた取材は、にべもなく断られた。
「自分は一兵士に過ぎない。自分から発すべき情報はない。聞きたいことはEDF広報に聞いてくれ」
 それが彼の答え。
 ……まあ、そんな回答で諦めるくらいなら、ジャーナリストなんてやってませんよ、と。


「軍曹。軍曹なぁ……」
 腕組みをした彼は、しきりに首をかしげた。
「どういう人かって言われても………………うーん。上司であり、兄貴であり、オヤジみてえな? オレはこういう感じで思ったことすぐ口に出す方だからよ、あっちこちで結構トラブルになるんだが……軍曹に関しちゃ、弱音を一喝されることはあっても、『やかましい』とか『黙れ』って言われたこたぁないな」
 そこまで言って、しばらく宙に視線を漂わせる。ややあって、納得したようにうんうんと頷いた。
「年はそこまで離れてねえからアレだけど、やっぱオレの中ではオヤジとかおやっさんとかが一番しっくりくるな。戦況がどうなろうとも、やべえ状況でも、弱音をまき散らしながらでも、とりあえずあの人について行きゃあ、なんとかなるんじゃねえかって安心感がある」
 それは、いかなる戦場でも圧倒的戦果を挙げるというストーム1に対する感情と同じなのか、と問うと、彼は首を振った。
「ああ、いやぁ。大将とは全然違うな。大将はオレ達が何を言おうと、無言で突っ込んで行っちまう。そんで、一人ででも何とかしちまう。けど、軍曹はそこまで凄くはねえよ。――いやいやいや、決してあの人が大将に劣るってわけじゃねえんだぜ? ええと、こういう時、なんて言やぁいいんかなぁ」

 ――考え込んでしまった彼は、結局その後『軍曹』ではなく、『大将』と呼ぶストーム1がどれほど凄いかの話に飛んでしまった。
 不覚ながら私もその話に引き込まれてしまったため、『軍曹』に関するこの取材はここで終わった。

 ―――― *** ――――

「『軍曹』……ストーム2かぁ。うーん」
 次の取材相手である彼女も、質問をぶつけるなり初手から考え込んだ。
 ストームチームの一員、ウイングダイバー部隊ストーム4の隊員。
 チームがスプリガンを名乗っていた頃から、彼女はその隊長とともに戦場の空を飛んでいた。
「あんまり知らないのよねー。戦場で顔を合わせる程度だったし。……寡黙で、実直で、部下からの信頼も厚くて、うちの姐さんでさえ一目置くレンジャー部隊の隊長? まあ、確かにあれが上司だったら姐さんも黙ってついて行くわなぁ、って思うかな」
 かつての取材ではスプリガンと言えば、戦果もさることながら非常に高圧的な態度も評判だった。その辺について訊いてみた。
「まー、うちら女性部隊だからねー。ある程度は高い所にいることをアピールしないと、他の女性部隊も舐められるっていうか。姐さんの場合、それが高じてっていうかこじれてっていうか。あはは……これ内緒ね?」
 皮肉めいた笑みに唇を緩め、ちらりと目をそらす。過去になにがあったか、聞きたくなる素振りだ。だが、今回の取材とは関係ない。
 私は、前の取材で聞いた話を彼女にぶつけてみた。スプリガン隊の隊長はストーム1には高圧的だが、『軍曹』に逆らう所は見たことがない、と彼は言っていた。
 すると彼女は深々とため息をついた。
「そりゃそうでしょ。常に正論ぶちかましてきて、しかも、それを黙々と達成する兵士の鑑みたいな男相手に高圧的に出るとか、まるっきり分別の無いガキじゃん。うちの姐さん、そこまでバカじゃないよ? ……同じ戦果出すにしても、ストーム1は、あれはバカだから」
 ストーム1に言及した途端、彼女の顔は感情の波間に放り出されたかのようにさらに歪んだ。『軍曹』の話より、何か刺さるものがあるらしい。
 同じチームの人間にバカだと断言されるストーム1に興味は尽きないが、取材の目的はあくまで『軍曹』だ。
 私は最後に、『軍曹』との個人的なエピソードはないかと聞いた。
「うーん……取材で話せるようなエピソードは……ないかなぁ。ストーム1も大概だけど、軍曹も結構他人と距離置くタイプだからねぇ。離れていくって言うより、付かず離れずの距離をしっかり保つタイプ。ストーム1は置いてけぼりにしてすっ飛んでくタイプ」
 その後、少し口をつぐんだ彼女はしばらく視線を中空に泳がせ――
「……えへへ。ここだけの話、私は好きよ? 軍曹みたいな渋いタイプ」
 と、年相応の女性らしくはにかんだ。が、すぐにまたため息を落とす。
「でもガードが固いんよねー。モーションかけても、なんか自分の娘とかを相手にしてるような塩対応だし。いやもうほんと、わざとなのか、ただのニブちんなのか。……あんまり露骨にやると、今度は姐さんが怒るし。媚びを売るなって。嗚呼、希望はないのかしら……」
 途端に饒舌になった彼女に、思うことは一つ。
 あんまり知らない、とはなんだったのか。

 ―――― *** ――――

「『軍曹』だと? ……それは興味深い」
 三回目の取材にして、最大の山場を迎えたこの日、目前で低く笑うのは、ストーム3その人だった。
 死神部隊グリムリーパーの隊長にして、フェンサーの精鋭。その死を恐れぬ戦い振りには、味方すらも畏怖を覚えるという。
「……『軍曹』か。奴は、まさしく兵士の鑑だ」
 一部隊を率いる将が、階級的には下だった前回の取材相手と同じ感想を述べたことに、私は驚いた。
「オレとは違う。生きて、作戦を遂行し、戦いに勝つために何が必要か、常に見ている」
 あなたも隊長として、同じ視線に立っているのでは、と聞くと、彼は笑いながら首を振った。
「確かに、オレも奴も部下を強引に戦場へ連れてゆくという点では同じかもしれん。だが、オレは戦場に死に場所を求める。奴は勝利を求める。この違いは大きい」
 天井を見上げたストーム3は、そのまま目を細めた。
「ストーム4――スプリガンの隊長と、うちの副隊長が言い争ったことがあってな。なぜスプリガンがストーム4で、グリムリーパーがストーム3なのかと。司令官はナンバーに序列の意味はない、と言っていたが……しかし、それでも意味を見出してしまうのが人情だ。彼女の気持ちもわからんでもない。だが、ストーム1とストーム2に関してはついぞ文句が出なかったな」
 天井から戻って来た視線が、私を射抜く。
「別にオレはストーム4を拝命していたとしても、思うところはないが、それでもストーム2――『軍曹』にだけは、オレの上であってほしい。それは思う。それほどの男だ、奴は」
 ストーム1にも同じ思いを抱くのか、という私の質問を聞いた途端、ストーム3は豪快に笑った。
「バカを言え。同じであるものか。『軍曹』はあくまでも最高の兵士だ。守るものを弁えた男だ。だが、ストーム1は戦士の高みに居る者だ。あんなものは兵士ではない。奴は……一人でEDFであるかのような印象すら抱かせる、我々の先にあり、しかして我々とは別種の存在。そんな奴だ。そんな奴をどう呼ぶのか、それはお前たちの領域だろう」
 私が少し考えて、正義の味方とかそんな類のものか?と答えると、ストーム3はまた豪快に笑った。今度は膝を叩くほどの勢いで。

 ―――― *** ――――

「『軍曹』さんですか」
 記憶を探るように考え込む。今回の取材相手は、ストームチーム専属のオペレーター。
 かなり年若く、印象としては研究員とかの学術部門の人間に見える。事前情報では戦略情報部所属とのことだったが……そんなエリート部署の所属には見えない。なんなら朝に弱くて遅刻しそうにすら見える――というのは失礼が過ぎるだろうか。
 戦略情報部所属の相手が取材に応じてくれるとは思っていなかったので、思わぬ僥倖に当初は喜んだが、ひょっとするとなんらかの釘を刺しに来たのかもしれぬ、と私は身構えていた。
「『軍曹』さんはいい人ですよー」
 彼女は屈託なく笑って言った。
「作戦中にあの人がこちらに皮肉言ったり、悪態吐いたところ聞いたことないですもん。……部下の方たちは結構アレですけど……正直というか、口悪いというか」
 私は、彼女の戦略情報部所属という肩書に期待して、彼の家族構成などを聞いてみた。
「残念ながら、それは個人情報ですので……」
 なるほど、見た目以上にはしっかりしているらしい。
「ただ、『軍曹』さんはいい人過ぎるので、心配です。自分のことを置いておくタイプの人に見えるので……いつか、無理を押して取り返しのつかないことにならないか……」
 目を伏せ、少し表情を陰らせた彼女だったが、すぐにころりと笑顔に戻った。
「でも、ストーム1がついてるので大丈夫です! あの人、凄いんですよー!? こないだもねー……」


 ――しばらく彼女のストーム1に関する独演会が繰り広げられたが、10分ほどで上官(階級章から判断しておそらく少佐)が物凄い勢いで乱入。  私は録音機材を取り上げられ、今聞いたストーム1の情報に関しては絶対に口外しないよう脅迫され、念を押され、2時間後にようやく解放されたため、これ以上言及することは出来ない。

 ―――― *** ――――

「『軍曹』かね?」
 私の問いに相手は少し小首を傾げて考え込んだ。
 ストーム3が最大の山場だと思っていた私を嘲るように現れたのは、EDFのこのエリアの司令官。
 なぜこんな相手が、今の戦況にも拘らず、こんな――戦況報道ですらない、興味本位の下世話な――取材のアポが取れたのか、私にもわからない。
「個人情報と機密の問題もあるので、深くは答えられないが……上司と部下の関係になってから、かなり経つ。信頼できる部下だよ、彼は。戦果も素晴らしく、後進への影響も非常に大きい。ただ……一つだけ不満があるとしたら――」
 そこで言葉を区切り、大きなため息を落とした。
「さっさと昇進を受け入れ、もっと高い舞台であの眼力と見識を使ってもらいたい」
 その気になれば依怙贔屓での昇進を司ることもできる立場の人間とも思えぬ言葉に、私はつい聞き返してしまった。『軍曹』は昇進を受け入れないのか、と。
「現場が好きなのだ、彼は」
 またため息。
「ストーム隊の連中は皆、戦果から言っても、用兵においても、もはや下士官レベルではないのだがな。中でも『軍曹』は特に、だ。早くあの通称を返上してもらいたい。そうだな……『大尉』辺りに」
 ストーム1も?
「う……あれは、特殊だ」
 司令官は、顔をしかめた。『軍曹』を語る時には微笑さえ浮かべていたのに。
「士官とか、軍隊とか、そんなものにすら収まる器ではない。『軍曹』は良い部下だが、あくまで軍人だ。そして、本人もそうであろうとしている。だが、ストーム1は……」
 再び言葉を区切り、何かを探して視線を彷徨わせる。そして、唇を噛んだ。
「ここだけの話にしておいてほしいのだが」
 前回、オペレーターの彼女がストーム1を語る際に繰り返した言葉を、司令官も告げた。
「階級の件はともかく、『軍曹』が部下であることを私は誇りに思っている。だが、あれは――ストーム1は、私の部下にいるということが、時折恐ろしくなる。わかるだろうか」
 戦果を挙げすぎる部下に対するやっかみ――とは思えない。苦しげな表情だ。私は首を傾げるしかなかった。上官が部下を恐れるとはどういうことなのか。
「彼は、強すぎる。我々の作戦を常に120%遂行する。そう、100%ではない。120%だ。常に冷静に冷徹に、戦況と戦果を想定しなければならない我々が、彼に関してだけは全く想定できないのだ。あれは……なんなのだ」

 ――この直後、話し過ぎたと思ったのか、司令官は次の職務の時間を理由に取材を打ち切り、そそくさと部屋を出て行った。

 ―――― *** ――――

「『軍曹』さん?」
 情報源というのは、思わぬところに転がっている。
 ストーム2がよく駐屯地にしている地下避難施設の一つで、世間話のついでに聞いた相手は売店のおばちゃんだった。
「よくここで昼ご飯買ってってくれるよ。ほら、これ」
 そう言って棚から持ち出したのはゼリー飲料。
「忙しい人だからねぇ。ちゃんと食べないとダメよ、って言ってるんだけど」
 丁度小腹の空いていた私はそのゼリー飲料を受け取り、小銭を渡しながら、彼は毎日これを?、と聞いた。彼女は笑いながら首を振る。
「そんなわけないでしょ。忙しい時だけよ。ただ……」
 表情が曇る。
「最近その忙しい時、が増えてきてるのよね。だから心配でねぇ」
 EDF関係者が口を揃えて言う『兵士の中の兵士』たる彼が忙しい、ということは、とりもなおさず戦況の慌ただしさを意味する。彼は今日も戦場を駆け回っている。
「ま、でも、いつもの調子でふらっと現れて、あの声でおばちゃん、いつものって言ってくれると、安心するわね。なんていうか、この戦争まだまだ大丈夫みたいな」
 うふふ、と笑うおばちゃんは幸せそうだ。
 ふと、おばちゃんに『軍曹』と関わりのある一般人を知らないかと尋ねた。例えば、恋人とか家族とか。
 軍に聞けば機密情報でも、案外本人や周りの人間(例えば、最初に取材をした隊員とか)が、こういうところではぽろっとこぼしている可能性がある。
「『軍曹』さんの家族ねぇ。知らないねぇ。常々、EDFが家、隊員が家族、みたいなことを言ってるけど……。何かの話題の時に、彼女でも作って落ち着いたら、って言ったら、任務が恋人でね、とかドヤ顔で言われたわね。……あ、そうだ」
 ぽん、とおばちゃんは手槌を打って破顔した。
「なんか、かつての部下が凄い活躍してるらしいって。凄い奴なんだけど、目を離すと何をしでかすかわからないからいつも心配してるって話してる軍曹さん、なかなか見れない顔だったわよ。あれは恋人……とまでは言わないけど、かなり意識してるわね。ねえねえ、記者さん記者さん。あなたなら、どんな相手か知らない?」
 いやそりゃ、ストーム1でしょ、と思ったが――今現在、広報で祀り上げられてる彼のイメージからは、かつて『軍曹』の部下だったと想像するのは、一般人には難しいのかもしれない。

 ―――― *** ――――

「ストーム2、『軍曹』のエピソードか……」
 遂に完成を見なかった私の原稿に目を走らせながら、古くからの友人は感慨深そうに漏らした。


 無限とも思える戦力を投入してくるプライマーに、人類社会は二年と保たず崩壊した。
 運よく地下の避難施設の一つに逃げ込めた私は、そこで彼に再会した。
 EDFの先進技術研究所だか研究部だかの主任をしていたはずだが、聞けば研究施設はプライマーの攻撃で破壊され、ほぼ同時期に家族も失い、もはや行く当てもなく、素性を隠してここに潜んでいたのだという。
 家族や仲間を喪った傷心からか、再会してからもずっと自室に閉じこもっていた彼が、今日はなぜかふらりとここを訪れた。
 そして、他愛ない雑談をしている中で、デスクに放り出していた原稿を目ざとく見つけたのだった。

 『軍曹』と面識が?と水を向けると、彼は紙面から目を離さないまま、頷いた。
「――んー……ああ。試作型のブレイザーを渡した。その時にな」
 ブレイザーが何かはわからないが、おそらく最新武器の類なのだろう。
「正直、エピソードといっていいかはわからないが、彼のお礼の言葉は覚えている。彼は――『軍曹』は」
 ようやく顔を上げ、こちらを見る。眼鏡の奥の目の周りには酷い隈。家族を失った悲しみに眠れないのか。
「自分が武器を選べるほど上等な兵士ではないつもりだが、それでも常に最前線にいる奴らと肩を並べるには少々物足りなさを感じ始めていた、ありがとう――と」
 奴ら?
「おそらく今で言うストームチームだろう。当時はまだ結成前だったが。――ありがとう、面白い記事だった」
 そう言って、原稿をデスクに戻す――手がふと止まった。しばし目を細めて、なにやら記憶を探る表情。
「待てよ? そういえば……」
 なにかあったか?
「その後もブレイザーの調整のために時折来てもらっていたんだが……彼は雑談中であっても、余り他人について語らない男だった。しかし、一度だけストーム1について、言及したことがあった」
 ほう、と思わず身を乗り出したのは、ジャーナリストの悪い癖かもしれない。もはやそれを聞いたところで、どこに発表できるわけでもないのに。
「『軍曹』はストーム1と交わした約束について、かなり気にしていた」
 約束とは?
「ストーム1がEDFと関わるきっかけとなった、ベース228からの脱出行。その中で『軍曹』は、当時まだ民間人だったストーム1に、安全な所に連れて行ってやる、と約束したんだ。にも関わらず、結局入隊させてしまったことに、負い目を感じている、と話していた」
 私は、ぞわりと背筋を走る感覚を久々に味わった。
 そうだ。それだ。
 『軍曹』という男の内面に踏み込むエピソード。探し求めてきたそれを持っていたのが、まさかこの友人だったとは。
「『軍曹』は言っていた。ストーム1はその約束を、『軍曹』自身が違えたとは思っていないと。むしろ、その約束を果たすため、熾烈な戦いに身を投じているのではないかと思う時があると」
 頭の上に『?』が浮かぶ。どういう理屈だ?
「つまり、こうだ。『軍曹』は安全な場所へ連れて行ってくれると約束した。だが、地球上にもはや安全な場所はない。だから、自分が『軍曹』とともにプライマーを駆逐し、安全な場所を作り出せば……安全な場所まで『軍曹』に連れてきてもらったことになる――」
 そんなアホな理屈があるか、と呆れる私をしかし、目の前の友人は至って真面目な表情でゆっくり首を振る。
「ストーム1とはそういう男だ。私もよく知っている。だから『軍曹』のその言葉を、正しいと感じた。……ストーム1自身が口にすることはないだろうが」

 まただ。
 また、『軍曹』の話が、ストーム1の話にすり替わってゆく。なぜみんな、ナチュラルにストーム1の話にスライドしてゆくのか。
 それこそが、この取材最大の謎なのかもしれない。
 どうせ完成しない取材だ、私はもうそう割り切って、友にその疑問を直接ぶつけた。
 すると、彼は一瞬きょとんとして――しばらく視線を中空に泳がせた後、重々しく口を開いた。
「……簡単に言えば、彼らは運命共同体だから、かな」
 そして、眼鏡を押さえるようにして、俯き加減に言葉を続ける。
「おそらく、ストーム1や私と同じく彼も……。いや、あの場にはいないから、記憶自体は受け継いでいないのだろうが、歴史の中での役割というか、楔? 灯台? なんにせよ、そこにいる彼の下に我々は帰ってゆく。彼は常にそこにいるんだ。『軍曹』として」
 全く要領を得ない内容ではあるが、本人は何か納得するところがあるらしく、何度も頷く。
「そして、ストーム1と『軍曹』を中心に、ストーム3とストーム4が集まり、ストームチームが結成される。何度やっても繰り返されるこれが歴史の既定路線なのだとしたら、プライマーもさすがにこんな地球人個人のつながり? 絆? には介入できない。気づきもしない。となると、やはり『軍曹』とは、楔なのかもしれない」
 完全に意味不明。
「希望そのものであるストーム1。そして、その彼と約束を交わしたことにより、『軍曹』は運命共同体となり、楔――つまり歴史の基準点となったのだとしたら……『軍曹』こそは、『希望の道標』」
 私はもう問いを重ねなかった。
 ご家族の不幸から何かのネジが外れてしまう人間はよく見てきた。彼は愛妻家だった。
 遠くに行ってしまった友の独り言めいた話を聞き流しながら、ぼんやりともう一度『軍曹』自身に取材を申し込むべきだったな、などと思った。
 思い描いていた形での原稿――彼を知る者の言葉によって、彼の輪郭を浮かび上がらせる――では、完成させられなかったことに、ジャーナリストとして、物書きとして忸怩たる思いはある。
 しかし、『軍曹』が何者であるのかを知るためには、もはや本人に直接訊ねるしか――
 突然、鈍い警報が鳴り響いた。
 次いで、スピーカーから施設守備を統括するEDF将校の声が響き渡る。
『マザーシップ及びその護衛部隊が接近している。オペレーションオメガに従い、これより出撃する。武器を配布された者は指定の場所に集合せよ。これは命令である。地球を守るための、最後の戦いだ! 繰り返す! オペレーションオメガに従い、マザーシップに対して陽動作戦をかける――』
「ああ……とうとう来たか」
 忌々しげにスピーカーを見やる友人を横目に、デスクの脇に立てかけておいたアサルトライフルを握り、立ち上がる。
「……行くんだな」
 君は残るのか、という私の問いに彼は、静かに首を横に振りながら立ち上がる。
「私は……死ぬわけにはいかないんだ」
 私だって死にたくはないさ、と突っ込んで頬笑む。
 笑ってくれればいいのに、彼はレンズの奥の瞳を潤ませ、肩を叩いてきた。
「この記事原稿、持ってはいけないが、憶えておくよ。いずれの完成を楽しみにしてる」
 いずれ? この戦いで死ぬだろうに?
「希望はある。希望はあるんだ。……そして、おそらくはその道標も。歴史の彼方で我々を待っている」
 希望……。
 もう、友の言葉の意味もよくわからない。ただ、遠いところからでも、私を元気づけようとしてくれているのだろう。
 まあ、死出の旅路の一歩目でこれ以上詮索したりするのも面倒だ。燻っていたジャーナリスト魂も、さっきの応答でもう踏み消した。
 ただこの疲れた友のために私は、そうだといいな、と曖昧に笑って――重い扉を開けた。




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