電蝕に付いて考える



はじめに

 

 

船の船尾装置等にはプロペラシャフトや、ラダーシャフト、スルハルコック等の船にとって極めて重要な金
具が使われています。しかも、その金具類は常に海水に漬かって腐蝕の危険に晒されています。そこで、
適切な電蝕防止策をしないと金属腐蝕が発生し、部材脱落や、欠損が起き大変危険な状態となります。

最近多くの船に使用されるステンレスもこの問題から逃れる事が出来ない様だ! それどころか表面は何
事も無い様に見えるもののその実、電蝕は金属内部に進み、ある日突然欠損するケースが多々見られる
全く油断が出来ない問題です。

そこで、この電蝕に付いて考えて見ようと思い、化学の教科書を読み直し、電蝕防止の原理とその方法に
付いて復習してみました。


金属の種類







元素の中で金属と呼ばれるものは下記の種類があります(元素記号名、金属名、標準単極電位)

Li(リチュム) -3.04 K(カリュウム) -2.93 Ca(カルシュウム) -2.76 Na(ナトリュウム) -2.71
Mg(マグネシュウム) -1.55 Al(アルミニューム) -1.662 Mn(マンガン) -1.185 Zn(亜鉛) -0.762
Cr(クロム) -0.744 Fe(鉄) -0.744 Cd(カドミューム) -0.403 Co(コバルト) -0.28
Ni(ニッケル) -0.257 Sn(錫) -0.138 Pb(鉛) -0.1262 H(水素) 0.00
Cu(銅) +0.342 Hg(水銀) +0.851 Ag(銀) +0.80 Pt(プラチナ) +1.118
Au(金) +1.498 .

この様に金属には多種多様な種類があります。この他にも2種類以上の金属を混ぜて出来た合金があります。


金属の性質 【イオン化傾向】

金属の中には
水中で金属がイオン化し単体でいるよりイオンの状態でいる方が安定している金属があります。
その反面、イオン化しにくい金属もあり、単体でいる方が安定していると言う金属もあります。

この状態をイオン化傾向と呼び、イオン化傾向の高い順に並べたのがイオン化傾向値表で、学校でさんざん
覚えさせられた記憶があるでしょう。

上表を見れば判る様に、左上ほどイオン化傾向が大きい、つまりイオン化しやすい金属が並んでいます。
イオン化し易いと言う事は、逆にいえば単体でいる事が難しいという事です。 単体でいるよりもイオンとしてい
る方が安定だという事になります。

また、表の左側にアルカリ金属やアルカリ土類金属のような ”危険な” 金属が並んでいる事が判ります。
これらの金属は非常に反応性に富んでおり、金属ナトリュム等は空気に晒すと直ちに空気中の酸素と結合し
激しく発火反応が起きます。これはまさに単体としてよりも反応してイオン化しようとする性質が強い事を示し
ています。

一方、表の右下には白金や金などの貴金属があります。これらの金属が重宝されるのは、その美しい光沢を
持ち、その光沢を維持できることでしょう。何故なのでしょうか?
それはこれらの金属が単体として非常に安定だからです。イオンでいるよりも単体でいる方がずっと安定であ
るから、わざわざ反応してイオン化する必要がない。つまり、金属表面が空気などで酸化されないために何時
までも何時までもその光沢を失うことがないわけです。

他の金属では時間がたつと表面が酸化されるために光沢を失ってしまいます。全ての金属は、電子と、分子
の組み合わせで成り立っているのです。


イオン化傾向と電蝕 二種類の金属を同じ水中に入れると、それぞれが持つ電荷により電荷の高低差が発生します。
この二つの金属を導体で繋ぐとイオン化傾向の高い金属から電子が飛び出し、イオン化傾向の低い金属に流
れます。電流は、電子の逆方向に流れますのでイオン化傾向の高い金属側がマイナス極になり、低い方がプラ
ス極となります。この現象が電池の原理です。

金属個体から水中に電子が放出される(イオン化と言う)とその分金属個体の質量が減少する現象を電蝕と言
うのです。

船で使用している金具には、高価な金や、白金の様な貴金属は使えませんから、ステンレスや黄銅と言った
イオン化傾向が比較的低い金属が使われています。しかし、水中に漬かると若干のイオン化が生じますので、
水中にあるイオン化傾向の低い金属に流れ金具の金属単体が溶け出し電蝕が発生する事に成ります。


電蝕防止の理論 海水に漬かっている金具を電蝕から守る為には、守るべき金属よりイオン化傾向の高い金属から電子を補っ
て貰い、金具側のイオンを放出させない様にすれば電蝕を防ぐ事が出来ます。
そのためにはイオンを放出して犠牲となってくれる金属を選び、守るべき金具に導体で電気的に接続します。
この様な金属を犠牲金属などと呼びます。一般的に犠牲金属には亜鉛が多く使われていますが、その理由は
亜鉛のイオン化傾向値が、船に使われるいろいろな金属の中でイオン化傾向が高い事にあることが判ります。

そこで、船舶では亜鉛を、守るべき金具に電気的に接続し取りつけ、亜鉛から電子を流させる事で電蝕を防止
する事が出来るのです。


   
電蝕の実際 さて、金属には「金属の性質」で書いた固有の電位があり、ポピュラーな金属の例を示すと下の表になる。

金    +0.15V 白金   +0.15V ニッケル -0.15V 銅    -0.20V ステンレス -0.35V
ハンダ -0.50V -0.55V 炭素鋼 -0.7V アルミ -0.75V 亜鉛メッキ -1.05V
亜鉛 -1.10V マグネシウム -1.60V
.

この表には合金のイオン化傾向も示されていますが、ここでも、マイナス値の大きいものほどイオン化傾向が
大きくなります。

電蝕は、2種の金属の間に水分が介在し電気的に繋がった状態の中で、イオン化傾向の高い金属から低い
金属にイオンが移動する時に生れる電流を利用し、電池として利用していると言いました。実際の例を挙げて
説明しましょう。

上の金属、例えばステンレス(-0.35V)と、マグネシウム(-1.60V)を合わせると1.25Vの電位差が発生します。
ここに電解質があると電気はステンレスからマグネシウムに流れます。つまり電子はマグネシウムからステン
レスに移動し電子を失ったマグネシウムはイオン化して水の中に流れ出ることになり犠牲金属としての役割を
果たすのです。


疑 問  ☆1.アルミの場合

現在、アルミの防蝕に亜鉛が使われています。
「金属の種類」の表のイオン化傾向表では、亜鉛よりアルミの方がイオン化傾向が高いのでアルミの方が犠牲
金属に成るはずで、この組み合わせは正しく無いのではとの疑問が生じます。

この答えは、純粋のアルミと、アルミ合金(アルミ、亜鉛、マグネシューム、銅の合金)の違いで、イオン化傾向
の低いアルミの開発で塩水に強いアルミを作り出した事で可能となったのです。
昔のアルミ弁当箱がアルマイト加工したものでも、梅干の酸で簡単に穴が開いた事を思い出します。しかし、現
在では錆びない代表としてアルミ素材が海辺の橋の欄干等に多く使われています。アルミの表面処理とアルミ
合金技術が進み、イオン化傾向の低いアルミ合金の誕生により亜鉛よりイオン化傾向が低く抑える事が出来
たのです。


☆2.合金の電蝕

黄銅の場合】
船尾装置(シャフト、ラダー)、スルハルコック等には、銅と、亜鉛を混ぜて作られた黄銅と呼ばれる合金が多く
使用されている。イオン化傾向では銅単体の方が低いが銅は硬度が低い。そこで、イオン化傾向は若干上が
るものの亜鉛を混ぜて硬度と強度を得ている。
黄銅の長所は、黄銅:-0.25V、ステンレス:-0.35Vと、ステンレスよりもイオン化傾向が低く電蝕が起りにくい
金属と成っていることにある。
但し、電蝕防止処理を施さないで放置すると、成分中の亜鉛がイオン化し流失し脱亜鉛現象を起して金具素材
が銅単体に成ってしまう。銅は柔らかい金属で強度も低いし、脱亜鉛の為にスポンジ状となり船尾装置に要求
される強度が不足し毀損する事になる。
黄銅は本来、黄色であるが脱亜鉛が進むと銅本来の赤色に変わり脱亜鉛が進んでいる事が判明できる。


【ステンレスの場合】
鉄と、クロムの合金がステンレスである。クロム:-0.744、鉄:-0.744と言う比較的に高い電位同士が混ざり合
い、電位:-0.35Vと低い電位の金属に成り電蝕が起こしにくい特性に生まれ変わる。
錆びない原理は、表面につねに作られるクロムの酸化被膜・・・一般に不動態被膜と言われる・・・の作用による
もので、酸素が無くなる等の環境変化で不動態被膜が破壊され、いとも簡単に耐食機能は失なわれ電蝕は起
こるのである。 しかも、ステンレスの電蝕の特徴は電飾が酸素の無い金属内部に向かって進むので表面から
中々判断が出来ない厄介な問題を抱えている。

ステンレスは硬度が高く強度的に黄銅より優れていると思われているが、粘りのある黄銅の方が強いと小型船
舶検査機構では定めている。 電蝕問題でも有利、価格も安価である事も加わり船尾装置に黄銅を選ぶ人も
多いと聞く。
「関東人はステンレス、 関西人は黄銅に人気がある」と船尾装置メーカー高澤製作所では言っている。


電蝕防止の実際  @プロペラシャフトにはシャフト用ジンクが必ず使われています。管理を怠ると地獄を見る事に!
 Aエンジン内部には冷却水が流れており防蝕亜鉛が必ず使われています。
 Bアルミ製のエンジンやドライブ等にも亜鉛が使われています。
 C漁船や、業務船には船体やラダーに大きな亜鉛板を取り付けています。
 Dラダーシャフト、スルハルコック、バラスト等には太いアース線を亜鉛板に繋いでいます。
 E海上繋留のヨット等では電蝕対策として船尾から流す防蝕亜鉛の商品化されている。(高価なり)
 F鉄製矢板盤の桟橋基礎部には大きな亜鉛を海中溶接で交換する姿を見かける。14年毎交換と聞く。


 
検証しました 多くのヨットにはラダーシャフトやスルハルコック等に防蝕処置がされないケースが見受けられます。その為、
スルハルコックの欠損や、ラダー脱落等の電蝕を起こしている艇を見かけ心配になります。

本来なら、ラダーに防蝕亜鉛を付けるのが正しい方法ですが大方の小型船舶には付けられていません。
そこで、OLIVEOILではラダーシャフトから電線を介して船尾から亜鉛を海中にぶら下げ電蝕予防をしてます。
今回、この処置が如何ほどの効果が有るのか気に成っていたので検証して見ました。

その方法は、不要に成った亜鉛を銅線で電気的に繋ぎ、一方の銅線を
シャフト軸に電気的に道通させて、亜鉛
をシャフト近くの海中に垂らします。

そして、ジンクと、ラダーシャフトの間でどの程度の電流が流れているかを実際に調べて見たのです。




スターンパルピットから海面に垂れている先にジンクがある。

  結果:亜鉛⇔ステンレス間で最終的に38μAの電流が流れていました。

「最終的」と表現したのは、面白い事に電流計を繋いだ当初の電流はこの値より大分低いのですが、徐々に
電流計の針が増加して行くのです。
この現象は、回路が電気的に繋がると同時に防蝕亜鉛が徐々に溶け出しイオン化して行く過程を示している
様に思えて実に興味深く観測しました。

流れる電流は、マイクロアンペア単位の微弱電流ではあるものの確かに電流は流れている。
この僅かな微弱電流でも一年間では、38μA×365日×24時間=332880μAH、一年では、332.88mAH分
流れる事に成る!! (確か、電流量から電蝕で失う質量を計算できるのだが忘れてしもうた^^;)

この組み合わせはプロペラシャフトに付けた防蝕亜鉛とほぼ等価であり、一年も経過した亜鉛が1/4近く減量
する事を考えと、たかが38μAの電流でも大きな電蝕防止に成っている事が理解できます。

また、この処置をして気が付いた事は、プロペラシャフトのジンクの減りが随分と少なく成った事でも効果が有
る方法だと思います。

ヨットの保管状態を見ると、10年、20年、30年と、水上で長期保管するケースが多いのでこの様な一寸した
心使いが船を健全に保管をする上で真に重要な事だと言う事が理解できました。


 

 

 

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