「大西洋小咄」                   by Oldsolt         Date: 29 Jan 2005                                               

 大西洋はアフリカの西海岸沖にカポ・ベルデ諸島というのがある。

その名(Capo Verde→緑の岬)が示す通り、かつては緑の樹木に覆われた美しい島 だったのが

帆船の建造が全盛の頃 ポルトガルが船を造るための材木を切りす ぎて島全体が禿げ山とな

り、砂漠化してしまったのだそうだ。

そのため一時は燃料の薪にも事欠く始末だったとか、しかし真偽のほどは不明。

昔はときたま、年に数回は日本からも トランパ−(不定期貨物船) が物資補給に 訪れていた、

いわば大西洋に浮かぶ孤島みたいなところ。



 そのカポ・ベルデ最大の街、サオ・ビセンテのとある飲み屋での話し。

しこたま葡萄酒に酔っ払った一人の老人にトランパ−乗員がからまれた。


    老人 「おメエ−、日本の船乗りだろう?」

    乗員 「そうだが、それがどうした?」

    老人 「サオ・ビセンテって知ってるか?」

    乗員 「街の名前だろう?」

    老人 「そりゃそうだが、オレが言ってるのはそうじゃねえ、セント・ビセンテと いう聖者様だ」

    乗員 「・・・・・・・?」

    老人 「その聖者様が昨晩オレの夢枕に立ってお怒りになっていた・・。 

                        最近の 船乗り連中は全く仁義を心得ない輩ばかりだ、と・・。」

    乗員 「・・・・・・・・・・。」

    老人 「昔はその聖者様が枕元に立つと必ず良いことが起きたものだ。 この沖で 難破した

         
船が沈む。そうすると海岸に色々なものが流れ着く、衣類からぶどう酒、 樽詰めの塩漬

         け肉、雑貨から宝石までだ。 それらを拾い集めてきてこの島の村 は大いに潤った。

         船の残骸の材木はまたとない良い薪になった。」

    老人 「聖者様はオレに言うんだ。 
     
           『彼らは島中から材木を切り出して島を丸坊 主にしてしまった。

            沈んだ船はそれのせめてものお詫びのしるし、遠慮なく貰っ ておきなさい・・』  」

    老人 「ところがどうだ、最近の鉄の船ときたひにゃ大嵐の晩だろうが、鼻をつま まれても分からない

        深い霧の日だろうがいつでも位置がわかる便利な機械のせい で、偽の灯台の光で岩礁地帯

        に誘い込み難破させようと思っても、全くそれには 見向きもしないで一直線に港に入っていき

        やがる・・」

    乗員 「ゾオ〜・・(鳥肌)」

    老人 「昔の船乗りは受けた恩をちゃあ〜んと返していた。 ところが最近の船乗 りは恩知らずで

         仁義をわきまえねえ、こりゃ何とかしねえ手はねえ・・」


乗員は返す言葉もなく、戦々恐々とした面持ちで老人の次の一言を待った。

潮風とアルコ−ルで濁りきった眼を半眼に開いて老人が荘厳な口調でいう。


 「サオ・ビセンテの御名のもとに、その償いとして余はもう一杯の葡萄酒を そち におごらせる事とした」



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