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改定常用漢字表

 はじめに
 平成17年3月30日に,文部科学大臣から文化審議会(以下,「審議会」という。)に対して,「敬語に関する具体的な指針の作成について」及び「情報化時代に対応する漢字政策の在り方について」が諮問され,文化審議会国語分科会(以下,「分科会」という。)において検討することとされた。
 分科会では,平成17年5月16日に開催された第29回分科会以降,継続して上記の諮問事項の検討を行い,平成17年7月5日の第30回分科会では,この諮問事項に対応するために,分科会に敬語小委員会及び漢字小委員会を設置した。「敬語に関する具体的な指針の作成について」は敬語小委員会で,「情報化時代に対応する漢字政策の在り方について」は漢字小委員会でそれぞれ検討することとされた。このうち,敬語に関しては,敬語小委員会の検討に基づいて分科会でまとめられた「答申案」が,平成19年2月2日に開かれた審議会総会で了承され,「敬語の指針」として,文部科学大臣に答申された。
 漢字小委員会では,「国語施策として示される漢字表」の必要性から検討を始め,現行の常用漢字表が,現在の文字生活の実態から既に乖離していることを踏まえて,その改定作業に入ることとした。そのために,種々の漢字調査を行いつつ,周到かつ慎重に審議を進めた。審議に伴う具体的な作業に対応するため,平成19年10月17日に開催された第17回漢字小委員会では,「漢字小委員会ワーキンググループ」の設置を決めた。その後,漢字小委員会は,字種,音訓,字体等についての考え方を整理しつつ,議論を深め,「「新常用漢字表(仮称)」に関する試案」の案を平成21年1月16日の委員会において取りまとめた。この案は,同年1月27日の分科会で了承され,同年3月16日から4月16日まで広く一般からの意見募集を行った。ここで寄せられた意見については,漢字小委員会で丁寧に検討し,新たに9字追加,4字削除するなど必要な修正を施した「「改定常用漢字表」に関する試案」の案を同年10月23日に取りまとめた。
 この案は,同年11月10日の分科会で了承され,同年11月25日から12月24日まで2度目の意見募集を行った。ここで寄せられた意見についても,漢字小委員会で十分に精査した上で,更に必要な修正を施し,「「改定常用漢字表」に関する答申案(素案)」を同年4月23日に取りまとめた。この素案は,同年5月19日の分科会で,「答申案」として了承され,同年6月7日の審議会総会の決定を経て,文部科学大臣に答申するものである。
 なお,ここまでに開催された漢字小委員会,漢字小委員会ワーキンググループ等の回数は計94回(漢字小委員会:42回,同ワーキンググループ:49回,このほかに漢字小委員会・懇談会:3回)に上る。
 答申は,「T 基本的な考え方」「U 漢字表」「V 参考」から成る。このうち「基本的な考え方」においては,「情報化社会の進展と漢字政策の在り方」「改定常用漢字表の性格」などについて述べるとともに,これに関連する「漢字政策の定期的な見直し」「学校教育における漢字指導」などについての見解を述べる。また,「参考」においては,「追加字種(196字)表」「現行「常用漢字表」からの変更点一覧」などを掲げる。

T 基本的な考え方
1 情報化社会の進展と漢字政策の在り方
(1)改定常用漢字表作成の経緯
    改定常用漢字表の作成は,「はじめに」で述べたように平成17年3月30日の   文部科学大臣諮問に基づくものである。この諮問に添えられた理由には, 種々の社会変化の中でも,情報化の進展に伴う,パソコンや携帯電話などの情報機器の普及は人々の言語生活とりわけ,その漢字使用に大きな影響を与えている。このような状況にあって「法令,公用文書,新聞,雑誌,放送など,一般の社会生活において,現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安」である常用漢字表(昭和56年内閣告示・訓令)が,果たして,情報化の進展する現在においても「漢字使用の目安」として十分機能しているのかどうか,検討する時期に来ている。
 常用漢字表の在り方を検討するに当たっては,JIS漢字や人名用漢字との関係を踏まえて,日本の漢字全体をどのように考えていくかという観点から総合的な漢字政策の構築を目指していく必要がある。その場合,これまで国語施策として明確な方針を示してこなかった固有名詞の扱いについても,基本的な考え方を整理していくことが不可欠となる。
 また,情報機器の広範な普及は,一方で,一般の文字生活において人々が手書きをする機会を確実に減らしている。漢字を手で書くことをどのように位置付けるかについては,情報化が進展すればするほど,重要な課題として検討することが求められる。検討に際しては,漢字の習得及び運用面とのかかわり,手書き自体が大切な文化であるという二つの面から整理していくことが望まれる。(平成17年3月30日文部科学大臣諮問理由)   と述べられている。
    分科会においては,上述の理由を踏まえて,「総合的な漢字政策」の核となるものが「国語施策として示される漢字表」であること,また,昭和56年に制定された現行の常用漢字表が近年の情報機器の広範な普及を想定せずに作成されたものであることから,「漢字使用の目安」としては見直しが必要であることを確認した。
   このため,常用漢字表の内容に急激な変化を与えて社会的な混乱を来すことのないよう留意しながら,常用漢字表に代わる漢字表を作成することとした。
(2)国語施策としての漢字表の必要性
    国語施策として示される漢字表は,一般の社会生活において,現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すものであるが,情報機器による漢字使用が一般化し,社会生活で目にする漢字の量が確実に増えていると認められる現在,このような目安としての漢字表があることは大きな意味がある。すなわち一般の社会生活における漢字使用を考えるときには「コミュニケーションの手段としての漢字使用」という観点が極めて重要であり,その観点を十分に踏まえて作成された漢字表は,国民の言語生活の円滑化,また,漢字習得の目標の明確化に寄与すると考えられるためである。
    言語生活の円滑化とは,当該の漢字表に基づく表記をすることによって,我が国の表記法として広く行われている漢字仮名交じり文による文字言語の伝達をより分かりやすく,効率的なものとすることができ,同時に,表現そのものの平易化にもつながるということである。このことは,情報機器の使用による漢字の多用化傾向が認められる現在の情報化社会の中で,<漢字使用の目安としての漢字表>が存在しない状況を想像してみれば明らかである。
    また,情報機器の広範な普及によって,書記環境は大きく変わったが,読む行為自体は基本的に変わっていない。端的に言えば,現時点において情報機器は「読む行為」よりも「書く行為」を支援する役割が大きい。情報機器が広く普及し,その使用が一般化した時代の漢字使用の特質は,この点と密接にかかわるものである。
   その意味で,情報化社会においては,これまで以上に「読み手」に配慮した「書き手」になるという注意深さが求められる。情報化時代と言われる現在は,これまでと比較して,受け取る情報量が圧倒的に増えているということからも,この考え方の重要性は了解されよう。
(3)JIS漢字と,国語施策としての漢字表
    現在,多くの情報機器に搭載されているJIS漢字の数は,第1水準,第2水準合わせて635 字あり,現行の常用漢字表に掲げる1945 字の3倍強となっている。さらに,既に1万字を超える漢字(JIS第1〜第4水準の漢字数は10050 字)を搭載している情報機器も急速に普及しつつある。情報機器を利用することで,このような多数の漢字が簡単に使える現在,常用漢字表の存在意義がなくなったのではないかという見方もある。
    しかし,このことは,既に述べたことからも明らかなように,一般の社会生活における「漢字使用の目安」を定めている常用漢字表の意義を損なうものではない。むしろ簡単に漢字が使えることによって,漢字の多用化傾向が認められる中では,「一般の社会生活で用いる場合の,効率的で共通性の高い漢字を収め,分かりやすく通じやすい文章を書き表すための漢字使用の目安(「常用漢字表」の答申前文)」となる常用漢字表の意義はかえって高まっていると考えるべきである。改定常用漢字表に求められる役割もこれと同様のものである。
    現在の情報化社会の中で大きな役割を果たしているJIS漢字については,その重要性を十分認識しつつ,一般のコミュニケーションにおける漢字使用という観点から,「国語施策としての漢字表」を確実に踏まえた対応が必要である。すなわち,分かりやすい日本語表記に不可欠な「国語施策としての漢字表」に基づいて,情報機器に搭載されている<多数の漢字を適切に選択しつつ使いこなしていく>という考え方を多くの国民が基本認識として持つ必要がある。
(4)漢字を手書きすることの重要性
    漢字を手で書くことをどのように位置付けていくかについては,情報機器の利用が一般化する中で,早急に整理すべき課題である。その場合,文部科学大臣の諮問理由で述べられていたように,「漢字の習得及び運用面とのかかわり,手書き自体が大切な文化であるという二つの面から整理していく」必要がある。
    このうち前者については,漢字の習得時と運用時に分けて考えることができる。情報機器を利用する場合にも,後述するように,情報機器の利用に特有な漢字習得が行われていると考えられるが,情報機器の利用が今後,更に日常化・一般化しても,習得時に当たる小学校・中学校では,それぞれの年代を通じて書き取りの練習を行うことが必要である。それは,書き取り練習の中で繰り返し漢字を手書きすることで,視覚,触覚,運動感覚など様々な感覚が複合する形でかかわることになるためである。これによって,脳が活性化されるとともに,漢字の習得に大きく寄与する。このような形で漢字を習得していくことは,漢字の基本的な運筆を確実に身に付けさせるだけでなく,将来,漢字を正確に弁別し,的確に運用する能力の形成及びその伸長・充実に結び付くものである。
    運用時については,近年,手で書く機会が減り,情報機器を利用して漢字を書くことが多いが,その場合は複数の変換候補の中から適切な漢字を選択できることが必要となる。この選択能力は,基本的には,習得時の書き取り練習によって,身に付けた種々の感覚が一体化されることで,瞬時に,漢字を図形のように弁別できるようになることから獲得されていくものであると考えられる。
    情報機器の利用は,複数の変換候補の中から適切な漢字を選択することにより,それ自体が特有の漢字習得につながっている。この場合,様々な感覚が複合する形でかかわる書き取りの反復練習とは異なって,視覚のみがかかわった習得となる。今後,情報機器の利用による習得機会は一層増加すると考えられるが,視覚のみがかかわる漢字習得では,主に漢字を図形のように弁別できる能力を強化することにしかならず,繰り返し漢字を手書きすることで身に付く,漢字の基本的な運筆や,図形弁別の根幹となる認知能力などを育てることはできない。
    以上のように,漢字を手書きすることは極めて重要であり,漢字を習得し,その運用能力を形成していく上で不可欠なものと位置付けられる。
    平成14年度に実施した文化庁の「国語に関する世論調査」の中で,「あなたの経験から漢字を習得する上で,どのようなことが役に立ちましたか。」と尋ねているが,第1位は「何度も手で書くこと」(74.3%)であり,上述の考えを裏付ける結果となっている。
    後者の,手書き自体が大切な文化であるということに関連する調査として,同じ平成14年度実施の文化庁「国語に関する世論調査」の中で,「あなたは,漢字についてどのような意識を持っていますか。」ということを尋ねている。この結果は,「日本語の表記に欠くことのできない大切な文字である。」を選んだ人が71.0%で最も多く,逆に,最も少なかったのは「ワープロなどがあるので,これからは漢字
   を書く必要は少なくなる。」の3.4%であった。漢字を書く必要性は今後もなくならないと考えている人が多数を占めていることは注目に値する。パソコンや携帯電話などの情報機器の使用が日常化し,一般化する中で,手書きの重要性が再認識されつつあるが,一方で,手書きでは相手(=読み手)に申し訳ないといった価値観も同時に生じていることに目を向ける必要がある。
    上述のような状況を踏まえて,効率性が優先される実用の世界は別として,<手で書くということは日本の文化としても極めて大切なものである>という考え方を社会全体に普及していくことが重要である。また,手で書いた文字には,書き手の個性が現れるが,その意味でも,個性を大事にしようとする時代であるからこそ,手で書くことが一層大切にされなければならないという考え方が強く求められているとも言えよう。情報機器が普及すればするほど,手書きの価値を改めて認識していくことが大切である。

(5)名付けに用いる漢字
    人名用漢字は,平成16年9月27日付けの戸籍法施行規則の改正により,それ以前と比較して,その数が大幅に増えた。このこと自体は名付けに用いることのできる漢字の選択肢が広がったということであるが,一方で,このような状況を踏まえると,名の持つ社会的な側面に十分配慮した,適切な漢字を使用していくという考え方がこれまで以上に社会全体に広がっていく必要がある。具体的には「子の名というものは,その社会性の上からみて,常用平易な文字を選んでつけることが,その子の将来のためであるということは,社会通念として常識的に了解されることであろう。(国語審議会「人名漢字に関する声明書」,昭和27年)」という認識を基本的に継承し,
     @ 文化の継承,命名の自由という観点を踏まえつつも,社会性という観点を併せ考え,読みやすく分かりやすい漢字を選ぶ。
     A その漢字の意味や読み方を十分に踏まえた上で,子の名にふさわしい漢字を選ぶ。
   という考え方が社会一般に共有される必要がある。
(6)固有名詞における字体についての考え方
    固有名詞(人名・地名)における漢字使用については,特にその字体の多様性が問題となるが,その中でも姓や名に用いている漢字の字体には強いこだわりを持つ人が多い。そこに用いられている各種の異体字は,その個人のアイデンティティーの問題とも密接に絡んでおり,基本的には尊重されるべきである。しかしながら,一般の社会生活における「コミュニケーションの手段としての漢字使用」という観点からは,その個人固有の字体に固執して,他人にまで,その字体の使用を過度に要求することは好ましいことではない。
    公共性の高い,一般の文書等での漢字使用においては,「1字種1字体」が基本であることを確認していくことは「コミュニケーションの手段としての漢字使用」という観点からは極めて大切である。姓や名だけでなく,新たに地名を付ける場合などにおいても,漢字の持つ社会的な側面を併せ考えていくという態度が社会全体の共通認識となっていくことが何より重要である。
2 改定常用漢字表の性格
(1)基本的な性格
    改定常用漢字表は,現行の常用漢字表と同じく,法令・公用文書・新聞・雑誌・放送等,一般の社会生活で用いる場合の,効率的で共通性の高い漢字を収め,分かりやすく通じやすい文章を書き表すための,新たな漢字使用の目安となることを目指したものである。一般の社会生活における漢字使用とは,義務教育における学習を終えた後,ある程度実社会や学校での生活を経た人を対象として考えたもので,この点も現行の常用漢字表と同様である。端的には,
     1 法令,公用文書,新聞,雑誌,放送等,一般の社会生活において,現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すものである。
     2 科学,技術,芸術その他の各種専門分野や,個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない。ただし,専門分野の語であっても,一般の社会生活と密接に関連する語の表記については,この表を参考とすることが望ましい。
     3 固有名詞を対象とするものではない。ただし,固有名詞の中でも特に公共性の高い都道府県名に用いる漢字及びそれに準じる漢字は例外として扱う。
     4 過去の著作や文書における漢字使用を否定するものではない。
     5 運用に当たっては,個々の事情に応じて,適切な考慮を加える余地のあるものである。
  という性格の漢字表と位置付けて作成するものである。また,「漢字使用の目安」における「目安」についても,現行の常用漢字表と同趣旨のものである。具体的には,「@ 法令・公用文書・新聞・雑誌・放送等,一般の社会生活において,この表を無視してほしいままに漢字を使用してもよいというのではなく,この表を努力目標として尊重することが期待されるものであること。」,「A 法令・公用文書・新聞・雑誌・放送等,一般の社会生活において,この表を基に,実情に応じて独自の漢字使用の取決めをそれぞれ作成するなど,分野によってこの表の扱い方に差を生ずることを妨げないものであること。」(「常用漢字表」答申前文)という意味の語として用いているものである。
   上述のように,改定常用漢字表は一般の社会生活における漢字使用の目安となることを目指すものであるから,表に掲げられた漢字だけを用いて文章を書かなければならないという制限的なものでなく,必要に応じ,振り仮名等を用いて読み方を示すような配慮を加えるなどした上で,表に掲げられていない漢字を使用することもできるものである。文脈や読み手の状況に応じて,振り仮名等を活用することについては,表に掲げられている漢字であるか否かにかかわらず,配慮すべきことであろう。このような配慮をするに当たっては,文化庁が平成22年2月から3月に実施した追加及び削除字種にかかわる国民の意識調査の結果も参考となろう。
   なお,情報機器の使用が一般化・日常化している現在の文字生活の実態を踏まえるならば,漢字表に掲げるすべての漢字を手書きできる必要はなく,また,それを求めるものでもない。
(2)固有名詞に用いられる漢字の扱い
    改定常用漢字表の中に,専ら固有名詞(主に人名・地名)を表記するのに用いられる漢字を取り込むことは,一般用の漢字と固有名詞に用いられる漢字との性格の違いから難しい。したがって,これまでどおり漢字表の適用範囲からは除外する。ただし,都道府県名に用いる漢字及びそれに準じる漢字は例外として扱う。
    適用の対象としない理由は,既に述べた両者の性格の違いからということであるが,もう少し具体的に述べれば,使用字種及び使用字体の多様性に加え,使用音訓の多様性までもが絡んでくるためである。一般の漢字表記にはほとんど使われず,固有名詞の漢字表記にだけ使われる<固有名詞用の字種や字体及び音訓>はかなり多いというのが実情である。
3 字種・音訓の選定について
(1)字種選定の考え方・選定の手順
    現行の常用漢字表に掲げる漢字と,現在の社会生活における漢字使用の実態との間にはずれが生じており,このずれを解消するという観点から,字種の選定を行うこととした。そのため改定常用漢字表における字種としては,基本的に,一般社会においてよく使われている漢字(=出現頻度数の高い漢字)を選定することとし,具体的には,最初に常用漢字を含む3500 字程度の漢字集合を特定し,そこから,必要な漢字を絞り込むこととした。この選定過程では,以下の@を基本として,A以下の項目についても配慮しながら,単に漢字の出現頻度数だけではなく,様々な要素を総合的に勘案して選定していくことを基本方針とした。
     @ 教育等の様々な要素はいったん外して,日常生活でよく使われている漢字を出現頻度数調査の結果によって機械的に選ぶ。
     A 固有名詞専用字ということで,これまで外されてきた「阪」や「岡」等についても,出現頻度数が高ければ最初から排除はしない。(これについては最終的に上記2の(1)3のように扱うこととした。)
     B 出現頻度数が低くても,文化の継承という観点等から,一般の社会生活に必要と思われる漢字については取り上げていくことを考える。
     C 漢字の習得の観点から,漢字の構成要素等を知るための基本となる漢字を選定することも考える。
   @の考え方に基づいた漢字集合を特定するために,以下のような「漢字出現頻度数調査」を実施した。
対象総漢字数調査対象としたデータ
A 漢字出現頻度数調査(3)※1  49,072,315 書籍860 冊分の凸版組版データ
B 上記Aの第2部調査  3,290,795 Aのうち教科書分の抽出データ
C 漢字出現頻度数調査(新聞)※2   3,674,613 朝日新聞2か月分の紙面データ
D 漢字出現頻度数調査(新聞)※2   3,428,829 読売新聞2か月分の紙面データ
E 漢字出現頻度数調査(ウェブサイト)※3 1,390,997,102 ウェブサイト調査の抽出データ
 ※1 Aの調査対象総文字数は「169,050,703」。また,Bとは別に,第3部として月刊誌4誌の抽出調査も実施している。 
   これらの組版データは,いずれも平成16年,17年,18年に凸版印刷が作成したものである。
 ※2 C,Dは,いずれも平成18年10月1日〜11月30日までの朝刊・夕刊の最終版を調査したデータである。
 ※3 調査全体の漢字数は「3,128,38,952」。このうち「電子掲示板サイトにおける投稿本文」のデータを除いたもの。
    これらの調査結果のうち,Aを基本資料,B以下を補助資料と位置付けて,上記の3500 字の漢字集合に入った漢字の1字1字について,改定常用漢字表に入れるべきかどうかを判断した。実際に検討した漢字は,調査Aにおいて,常用漢字としては,最も出現順位の低かった「銑」(4004 位)と同じ出現回数を持つ漢字までとしたので,4011 字に上る。
    この漢字集合に入った漢字については,常用漢字であるか,表外漢字であるかによって,次のような方針に従い,かつ常用漢字表における字種選定の考え方を参考としながら選定作業を進めた。
<方針:常用漢字・表外漢字の扱い>
      @ 常用漢字のうち,2500 位以内のものは残す方向で考える(個別の検討はしない)。
      A 常用漢字で,2501 位以下のものは「候補漢字A」とし,個別に検討を加える(→該当する常用漢字は60字)。
      B 表外漢字のうち,1500 位以内の漢字を「候補漢字S」とし,個別に検討する。
      C 表外漢字のうち,1501 〜 2500 位のものを「候補漢字A」とし,個別に検討する。
      D 表外漢字のうち,2501 〜 3500 位のものを「候補漢字B」とし,個別に検討する。
   なお,3501 〜 4011 位までの表外漢字のうち,特に検討する必要を認めた漢字については「候補漢字B」に準じて扱うこととした。また,常用漢字の異体字(「嶋」,「國」など)は検討対象から外した。候補漢字については,
     ・候補漢字S:基本的に新漢字表に加える方向で考える。
     ・候補漢字A:基本的に残す方向で考えるが,不要なものは落とす。
     ・候補漢字B:特に必要な漢字だけを拾う。
   と考えたが,これは,検討を効率的に進めるための便宜的な区分であり,実際には対象漢字の1字1字を常用漢字表の選定基準に照らしつつ総合的に判断した。選定基準の3に関して,都道府県名に用いる漢字及びそれに準じる漢字は例外とした。
<選定基準:昭和56年3月23日国語審議会答申「常用漢字表」前文>
   字種や音訓の選定に当たっては,語や文を書き表すという観点から,現代の国語で使用されている字種や音訓の実態に基づいて総合的に判断した。主な考え方は次のとおりである。
  1  使用度や機能度(特に造語力)の高いものを取り上げる。なお,使用分野の広さも参考にする。
  2  使用度や機能度がさほど高くなくても,概念の表現という点から考えた場合に,仮名書きでは分かりにくく,特に必要と思われるものは取り上げる。
  3  地名・人名など,主として固有名詞として用いられるものは取り上げない。
  4  感動詞・助動詞・助詞のためのものは取り上げない。
  5  代名詞・副詞・接続詞のためのものは広く使用されるものを取り上げる。
  6  異字同訓はなるべく避けるが,漢字の使い分けのできるもの及び漢字で書く習慣の強いものは取り上げる。
  7 いわゆる当て字や熟字訓のうち,慣用の久しいものは取り上げる。
   なお,当用漢字表に掲げてある字種は,各方面への影響も考慮して,すべて取り上げた。
(2)字種選定における判断の観点と検討の結果
    上記(1)に述べた作業の結果,現行の常用漢字表に追加する字種の候補として220字,現行の常用漢字表から削除する字種の候補として5字を選定した。その後,「出現文字列頻度数調査」を用いて,追加候補及び削除候補の1字1字の使用実態を確認しながら,追加字種候補を188字とした。「出現文字列頻度数調査」とは,(1)の「漢字出現頻度数調査A」に出現している漢字のうち,検討対象とした漢字を中心として前後1文字(全体で3文字)の文字列を抽出し,当該の漢字の出現状況を見ようとしたものである。この「出現文字列頻度数調査」によって,当該の漢字の出現状況が明らかになり,その漢字の具体的な使われ方を正確に確認することができた。その上で,当該の漢字を追加候補とするかどうかについては,基本的には前述の常用漢字表の選定基準と重なるものであるが,以下のような観点に照らして判断した。
<入れると判断した場合の観点>
 @ 出現頻度が高く,造語力(熟語の構成能力)も高い
   → 音と訓の両方で使われるものを優先する(例:眉,溺)
 A 漢字仮名交じり文の「読み取りの効率性」を高める
   → 出現頻度が高い字を基本とするが,それほど高くなくても漢字で表記した方が分かりやすい字(例:謙遜の「遜」,堆積の「堆」)
   → 出現頻度が高く,広く使われている代名詞(例:誰,俺)
 B 固有名詞の例外として入れる
   → 都道府県名(例:岡,阪)及びそれに準じる字(例:畿,韓)
 C 社会生活上よく使われ,必要と認められる
   → 書籍や新聞の出現頻度が低くても,必要な字(例:訃報の「訃」)
<入れないと判断した場合の観点>
 @  出現頻度が高くても造語力(熟語の構成能力)が低く,訓のみ,あるいは訓中心に使用(例:濡,覗)
 A 出現頻度が高くても,固有名詞(人名・地名)中心に使用(例:伊,鴨)
 B 造語力が低く,仮名書き・ルビ使用で,対応できると判断(例:醬,顚)
 C 造語力が低く,音訳語・歴史用語など特定分野で使用(例:菩,揆)
   188字の追加字種候補を選定した後,追加字種の音訓を検討する過程で,字種についても若干の見直し(追加4字,削除1字)を行い,「「新常用漢字表(仮称)」 に関する試案」では191字を追加することとした。さらに,平成21年3月から4月に実施した,一般国民及び各府省等を対象とした意見募集で寄せられた意見を踏まえて再度の見直し(追加9字,削除4字)を行い,「「改定常用漢字表」に関する試案」では196字を追加字種とした。また,平成21年11月から12月には2度目の意見募集を実施し,寄せられた意見を精査した上で更に検討を加えたが,答申でも,この196字の追加字種をそのまま踏襲することとした。
    さらに,選定した196字の追加字種と5字の削除字種については,平成22年2月から3月に,意識調査(16歳以上の国民約4100 人から回答)を実施した。その結果は,字種の選定が妥当であったことを裏付けたものとなっている。
     なお,2度の意見募集に際し,関係者から追加要望のあった「碍(障碍)」は,上述の字種選定基準に照らして,現時点では追加しないが,政府の「障がい者制度改革推進本部」において,「「障害」の表記の在り方」に関する検討が行われているところであり,その検討結果によっては,改めて検討することとする。
(3)字種選定に伴って検討したその他の問題
    字種の選定に伴って,検討の過程では,「準常用漢字(仮称=情報機器を利用して書ければよい漢字)」や「特別漢字(仮称=出現頻度は低くても日常生活に必要な漢字)」を設定するかどうか,また,現行の常用漢字表にある「付表」(当て字や熟字訓などを語の形で掲げた表)に加え,例えば,「挨拶」の「挨」と「拶」のように,「挨拶」という特定の熟語でしか使わない<頻度の高い表外漢字の熟語>や,「元旦」のように表外漢字の「旦」を含む熟語等について,その特定の語に限って常用漢字と同様に認める熟語の表を「付表2(仮称)」あるいは「別表(仮称)」として設定するかどうかなどについても時間を掛けて検討したが,最終的には<なるべく単純明快な漢字表を作成する>という考え方を優先し,これらについては設定しないこととした。
(4)音訓の選定
     「「新常用漢字表(仮称)」に関する試案」で追加字種とした191字については,既に述べた「常用漢字表の選定基準」及び「出現文字列頻度数調査」の結果を併せ見ながら,採用すべき音訓を決めた。また,現行の常用漢字表にある字についても,その音訓をすべて再検討し,現在の文字生活の実態から考えて必要な音訓を追加し,必要ないと判断された訓(疲:つからす)を削除した。「付表」についても同様の観点から再検討し,若干の手直しを施した。
    なお,音訓の選定に当たっては,独立行政法人国立国語研究所から提供を受けた資料(「現代日本語書き言葉均衡コーパス」の生産実態サブコーパス・書籍データのうち,平成20年9月9日の時点で,利用可能な約1730 万語のデータに基づく調査結果)を併せ参照した。
    その後,(2)の「字種選定における判断の観点と検討の結果」で述べた2度の意見募集によって寄せられた意見を踏まえ,新たに追加した字種の音訓も含めて,音訓についての見直しを行い,必要な音訓の追加及び削除を行った。
4 追加字種の字体について
(1)字体・書体・字形について
    字体・書体・字形については,現行常用漢字表の「字体は文字の骨組みである」という考え方を踏襲し,この3者の関係を分析・整理した「表外漢字字体表」(国語審議会答申,平成12年12月)の考え方に従っている。以下に,3者の関係を改めて述べる。
    文字の骨組みである字体とは,ある文字をある文字たらしめている点画の抽象的な構成の在り方のことで,他の文字との弁別にかかわるものである。字体は抽象的な形態上の観念であるから,これを可視的に示そうとすれば,一定のスタイルを持つ具体的な文字として出現させる必要がある。
    この字体の具体化に際し,視覚的な特徴となって現れる一定のスタイルの体系が書体である。例えば,書体の一つである明朝体の場合は,縦画を太く横画を細くして横画の終筆部にウロコという三角形の装飾を付けるなど,一定のスタイルで統一されている。すなわち,現実の文字は,例外なく,骨組みとしての字体を具体的に出現させた書体として存在しているものである。書体には,印刷文字で言えば,明朝体,ゴシック体,正楷書体,教科書体等がある。
    また,字体,書体のほかに字形という語があるが,これは印刷文字,手書き文字を問わず,目に見える文字の形そのものを総称して言う場合に用いる。総称してというのは,様々なレベルでの文字の形の相違を包括して称するということである。したがって,「諭」と「論」などの文字の違いや「談(明朝体)」と「談(ゴシック体)」などの書体の違いを字形の相違と言うことも可能であるし,同一字体・同一書体であっても生じ得るような微細な違いを字形の相違と言うことも可能である。
     なお,ここで言う手書き文字とは,主として,楷書(楷書に近い行書を含む。)で書かれた字形を対象として用いているものである。
(2)追加字種における字体の考え方
    現行常用漢字表では,「主として印刷文字の面から現代の通用字体(答申前文)」が示され,筆写における「手書き文字」は別のこととしている。本答申でも,この考え方を踏襲し,本表の漢字欄には,印刷文字としての通用字体を示した。具体的には,「表外漢字字体表」の「印刷標準字体」と,「人名用漢字字体」を通用字体とを掲げ,人名用漢字字体の「瘦」は「痩」を掲げた関係で採用していない。なお,現行の常用漢字表制定時に追加した95字については,表内の字体に合わせ,一部の字体を簡略化したが,今回は追加字種における字体が既に「印刷標準字体」及び「人名用漢字字体」として示され,社会的に極めて安定しつつある状況を重視し,そのような方針は採らなかった。より具体的に述べれば,以下のとおりである。
     @ 当該の字種における「最も頻度高く使用されている字体」を採用する。
      ・ 「表外漢字字体表」の「印刷標準字体」及び「人名用漢字字体」がそれに該当する。(「表外漢字字体表」の「簡易慣用字体」を採用するものは,頻度数に優先して,生活漢字としての側面を重視したことによる。)
      ・ 教科書や国語辞典をはじめ,一般の書籍でも当該字種の字体として広く用いられている。例えば,上述の「漢字出現頻度数調査A」では,
         (頬:8 回,頰:6685 回)  (亀:6695 回,龜:  4 回)
         (遡:2 回,遡: 753 回)  (餌: 3 回,餌: 1377 回)
       という結果(出現回数)となっている。
      ・ 情報機器でも近い将来この字体に収束していくものと考えられる。
     A 国語施策としての一貫性を大切にする。
      ・ 今回,追加する字種の標準の字体が,既に「印刷標準字体」及び「人名用漢字字体(=昭和26年以降平成9年までに示された字体。なお,平成16年9月に追加された人名用漢字においては,印刷標準字体がそのまま採用されている。)」として示されており,表内に入るからといって,その標準の字体を変更することは,安定している字体の使用状況に大きな混乱をもたらすことが予想される。このことは,表外に出る漢字にも同様に当てはまることであり,標準の字体は表内か表外かで変わるものではない。
      ・ 社会的な慣用(字体の安定性)を重んじ,一般の文字生活の現実を混乱させないという考え方が国語施策の基本的な態度である。
     B 「改定常用漢字表」の「目安」としての性格を考慮する。
      ・ 目安としての漢字表である限り,表外漢字との併用が前提となる。この点から表内の字体の整合を図る意味が,制限漢字表であった当用漢字表に比べて相対的に低下している。
      ・ 今後,常用漢字が更に増えたとしても表外漢字との併用が前提となる。その表外漢字の字体は基本的に印刷標準字体であるので,表内に入れば,字体を変更するということが繰り返されると,社会における字体の安定性という面で大きな問題となる。
     C JIS規格(JIS X 0213)における改正の経緯を考慮する。
      ・ 表外漢字字体表の「答申前文」にある以下の記述に沿って,JIS規格(JIS X 0213)が平成16年2月に改正され,印刷標準字体及び簡易慣用字体が既に採用されていることを考慮する必要がある。今後,情報機器の一層の普及が予想される中で,その情報機器に搭載される表外漢字の字体については,表外漢字字体表の趣旨が生かされることが望ましい。このことは,国内の文字コードや国際的な文字コードの問題と直接かかわっており,将来的に文字コードの見直しがある場合,表外漢字字体表の趣旨が生かせる形での改訂が望まれる。改訂に当たっては,関係各機関の十分な連携と各方面への適切な配慮の下に検討される必要があろう。(平成12年12月8日国語審議会答申「表外漢字字体表」前文)
      ・ 今回,字体を変更することは,表外漢字字体表に従って改正された文字コード及びそれに基づいて搭載される情報機器の字体に大きな混乱をもたらすことになる。
    また,個々の漢字の字体については,現行の常用漢字表同様,印刷文字として,明朝体が現在最も広く用いられているので,便宜上,そのうちの一種を例に用いて示した。このことは,ここに用いたものによって,現在行われている各種の明朝体のデザイン上の差異を問題にしようとするものではない。この点についても,現行の常用漢字表と同様である。(「(付)字体についての解説」参照)
    なお,現行の常用漢字表に示されている通用字体については一切変更しないが,これも上記の理由(特に@及びA)に基づく判断である。
(3)手書き字形に対する手当て等
    上記(2)で述べた方針を採った場合,現行の常用漢字表で示す「通用字体」と異なるものが一部採用されることになる。特に「しんにゅう」「しょくへん」については,同じ「しんにゅう/しょくへん」でありながら,現行の「辶/飠」の字形に対して「辶/𩙿」の字形が混在することになる。
    この点に関し,印刷文字に対する手当てとしては,⎧||||||⎩
 「しんにゅう/しょくへん」にかかわる字のうち,「辶/𩙿」の字形が通用字体であるものについては,「辶/飠」の字形を角括弧に入れて許容字体として併せ示した。当該の字に関して,現に印刷文字として
許容字体を用いている場合,通用字体である「辶/𩙿」の字形に改める必要はない。
⎫||||||⎭
   という「字体の許容」を行い,更に当該の字の備考欄には,角括弧を付したものが「許容字体」であることを注記した。「字体の許容」を適用するのは,具体的には「遜(遜)・遡(遡)・謎(謎)・餌(餌)・餅(餅)」の5字(いずれも括弧の中が許容字体)である。
    また,手書き字形(=「筆写の楷書字形」)に対する手当てとしては,「しんにゅう」「しょくへん」に限らず,印刷文字字形と手書き字形との関係について,現行常用漢字表にある「(付)字体についての解説」,表外漢字字体表にある「印刷文字字形(明朝体字形)と筆写の楷書字形との関係」を踏襲しながら,実際に手書きをする際の参考となるよう,更に具体例を増やして記述した。
    「しんにゅう」の印刷文字字形である「辶/辶」に関して付言すれば,どちらの印刷文字字形であっても,手書き字形としては同じ「」の形で書くことが一般的である,という認識を社会全般に普及していく必要がある。(「(付)字体についての解説」参照)
5 その他関連事項
   以上のとおり改定常用漢字表を作成することに伴って,これに関連する漢字政策の定期的な見直しの必要性や,学校教育にかかわる漢字指導の扱いなどの問題については,次のように考えた。
(1)漢字政策の定期的な見直し
    現代のような変化の激しい時代にあっては,「言葉に関する施策」についても,定期的な見直しが必要である。特に漢字表のように現在進行しつつある書記環境の変化と密接にかかわる国語施策については,この点への配慮が必要である。今後,定期的に漢字表の見直しを行い,必要があれば改定していくことが不可欠となる。
    この意味で,定期的・計画的な漢字使用の実態調査を実施していくことが重要である。漢字表の改定が必要かどうかについては,その調査結果を踏まえ,
     @ 言語そのものの変化という観点
     A 言語にかかわる環境の変化という観点
   という二つの観点に基づいて,社会的な混乱が生じないよう,慎重に判断すべきである。なお,Aの変化とは具体的には,情報機器の普及によって生じた書記手段の変化等を指すものである。
(2)学校教育における漢字指導
    現行常用漢字表の「答申前文」に示された以下の考え方を継承し,改定常用漢字表の趣旨を学校教育においてどのように具体化するかについては,これまでどおり教育上の適切な措置にゆだねる。
 常用漢字表は,その性格で述べたとおり,一般の社会生活における漢字使用の目安として作成したものであるが,学校教育においては,常用漢字表の趣旨,内容を考慮して漢字の教育が適切に行われることが望ましい。
 なお,義務教育期間における漢字の指導については,常用漢字表に掲げる漢字のすべてを対象としなければならないものではなく,その扱いについては,従来の漢字の教育の経緯を踏まえ,かつ,児童生徒の発達段階等に十分配慮した,別途の教育上の適切な措置にゆだねることとする。(昭和56年3月23日国語審議会答申「常用漢字表」前文)
(3)国語の表記にかかわる基準等
    現行の常用漢字表の実施に伴い,各分野で行われてきている国語の表記や表現についての基準等がある場合,改定常用漢字表の趣旨・内容を踏まえ,かつ,各分野でのこれまでの実施の経験等に照らして,必要な改定を行うなど適切な措置を取ることが望ましい。
(付) 字体についての解説
第1 明朝体のデザインについて
  改定常用漢字表では,個々の漢字の字体(文字の骨組み)を,明朝体のうちの一種を例に用いて示した。現在,一般に使用されている明朝体の各種書体には,同じ字でありながら,微細なところで形の相違の見られるものがある。しかし,各種の明朝体を検討してみると,それらの相違はいずれも書体設計上の表現の差,すなわちデザインの違いに属する事柄であって,字体の違いではないと考えられるものである。つまり,それらの相違は,字体の上からは全く問題にする必要のないものである。以下に,分類して,その例を示す。
  なお,ここに挙げているデザイン差は,現実に異なる字形がそれぞれ使われていて,かつ,その実態に配慮すると,字形の異なりを字体の違いと考えなくてもよいと判断したものである。すなわち,実態として存在する異字形を,デザインの差と,字体の差に分けて整理することがその趣旨であり,明朝体字形を新たに作り出す場合に適用し得るデザイン差の範囲を示したものではない。また,ここに挙げているデザイン差は,おおむね「筆写の楷書字形において見ることができる字形の異なり」ととらえることも可能である。
 1 へんとつくり等の組合せ方について
 (1)大小,高低などに関する例
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
   硬  吸  頃
 (2)はなれているか,接触しているかに関する例
↓ ↓ ↓ ↓
    睡 ←異← 挨
 2 点画の組合せ方について
 (1)長短に関する例
    雪  満   ←斎←
 (2)つけるか,はなすかに関する例
↓ ↓
   発  備← ← 奔 ←溺←
↓ ↓
↓ ↓
    空 ←湿← 吹  ←冥←
   

 (3)接触の位置に関する例
   岸  家  脈
    蚕  印 
 (4)交わるか,交わらないかに関する例
    聴 非   祭
   存  孝  射
 (5)その他
   芽   夢
 3 点画の性質について
 (1)点か,棒(画)かに関する例
↓ ↓
    帰  班  均 麗   蔑                                 
 (2)傾斜,方向に関する例

   考    望
 (3)曲げ方,折り方に関する例
    勢  競  頑 災
 (4)「筆押さえ」等の有無に関する例
   芝   更  伎
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
    八  公  雲
 (5)とめるか,はらうかに関する例
    環    談
    医 継  園
↓ ↓
 (6)とめるか,ぬくかに関する例
    耳 邦   街  餌
 (7)はねるか,とめるかに関する例
   四   配 換  湾
 (8)その他
   次  姿
 4 特定の字種に適用されるデザイン差について
    「特定の字種に適用されるデザイン差」とは,以下の(1)〜(5)それぞれの字種にのみ適用されるデザイン差のことである。したがって,それぞれに具体的な字形として示されているデザイン差を他の字種にまで及ぼすことはできない。
    なお,(4)に掲げる「𠮟」と「叱」は本来別字とされるが,その使用実態から見て,異体の関係にある同字と認めることができる。
 (1)牙・・
 (2)韓・・  
 (3)茨・・
 (4)𠮟・叱
 (5)栃・



第2 明朝体と筆写の楷書との関係について
  改定常用漢字表では,個々の漢字の字体(文字の骨組み)を,明朝体のうちの一種を例に用いて示した。このことは,これによって筆写の楷書における書き方の習慣を改めようとするものではない。字体としては同じであっても,1,2に示すように明朝体の字形と筆写の楷書の字形との間には,いろいろな点で違いがある。それらは,印刷文字と手書き文字におけるそれぞれの習慣の相違に基づく表現の差と見るべきものである。
  さらに,印刷文字と手書き文字におけるそれぞれの習慣の相違に基づく表現の差は,3に示すように,字体(文字の骨組み)の違いに及ぶ場合もある。
  以下に,分類して,それぞれの例を示す。いずれも「明朝体―手書き(筆写の楷書)」という形で,左側に明朝体,右側にそれを手書きした例を示す。
 1 明朝体に特徴的な表現の仕方があるもの
 (1)折り方に関する例
   衣 去 玄
 (2)点画の組合せ方に関する例
   人 家 北
 (3)「筆押さえ」等に関する例
   芝
   入 八
 (4)曲直に関する例
   子 手 了
 (5)その他  
   辶・辶   𥫗   心
 2 筆写の楷書では,いろいろな書き方があるもの
 (1)長短に関する例
   雨 戸  
   無    
 (2)方向に関する例
   風 比
   仰   
   
   主 言
   年    
 (3)つけるか,はなすかに関する例
   又 文
   月  
   条 保
 (4)はらうか,とめるかに関する例
   奥 公
   角 骨
 (5)はねるか,とめるかに関する例
   切 改
   酒 陸
     
   木 来
   糸
   環    
 (6)その他
   令 外
   女 𠮟

 3 筆写の楷書字形と印刷文字字形の違いが,字体の違いに及ぶもの
     以下に示す例で,括弧内は印刷文字である明朝体の字形に倣って書いたものであるが,筆写の楷書ではどちらの字形で書いても差し支えない。なお,括弧内の字形の方が,筆写字形としても一般的な場合がある。
 (1)方向に関する例
    淫 ( ) 恣 ( )
    煎 ( ) 嘲 ( )
     ( ) 蔽 ( )
 (2)点画の簡略化に関する例
    葛 ( ) 嗅 ( )
    僅 ( ) 餌 ( )
    箋 ( ) 塡 ( )
    賭 ( ) 頰 ( )
 
 (3)その他
      惧 ( ) 稽 ( )
      詮 ( ) 捗 ( )
      剝 ( ) 喩 ( )

平成22年6月7日

文化審議会答申