『涼さんのチェキ日記』


 涼です。
 ひょんな事から僕もチェキ日記をつけることになりました。
 いえ、事の発端はヤツカのチェキ日記を見ていたとき(結婚してからは、勝手に覗いてもあまり怒られなくなりました)、ヤツカが「わたしのばかり見ていてずるい」と言い出したことからなんですが。でもさすがに僕がチェキを持ち歩く訳にはいかないでしょう?といったら早速ヤツカがこんなものを用意してきました。僕の携帯にもカメラはついているので、これをつかってチェキとして出力すればいいのです。僕がだったら普通にプリンターで出力したら?と聞いたら、チェキはこのサイズと、この余白が「キモ」なんだそうです。ヤツカがそう言うのですから間違いないのでしょう。
 でもちょっと楽しくなってきました。だって読むだけでも楽しいヤツカのチェキ日記です。僕のヤツカが日々の色々な事にこころを躍らせて、こころをときめかせて、嬉しかったり悲しかったりしたことが、一杯つまっているヤツカのチェキ日記、そんなヤツカはもう抱きしめてもたりないぐらい可愛くて。え?のろけていますか?ありのままを言ったまでなのですが。
 とにかくそんな風に楽しいチェキ日記です、きっとつけるのも楽しいのだと思います。
 かくして僕のチェキ日記がはじまりました。


 ヤツカです。
 結婚してからも涼さんはチェキ日記を読むのをやめてくれません。でもまあ、結局はふたりの事ばかり撮っていますから、あまり構わないような気もしますが……いやいや。でもいつもわたしのことだけ見られるのは不公平です、と涼さんにチェキ日記をつけることを薦めてみました。今は色々便利な小道具がありますからね。もちろんわたしは携帯のカメラはつかわず、愛用のチェキ本体で撮っています。
 最初は思いつきだったのですが、これはなかなかいいアイデアだと思いました。涼さんが何を撮るのかものすごく興味があります。もしかしたらわたしの知らない涼さんが垣間見えるのかもしれません。どうしよう、すごい楽しみ!!あ、いえいえ、涼さんの為の、涼さんがつけるチェキ日記です。自分で言うのもなんですが、チェキ日記をつけるのは楽しいですし、嬉しいことも悲しいこともあるけれど、後でそれを読み返すのもいい思い出になります。そういう楽しさを涼さんにも味わってほしいなぁと、心の底から思うのです。
 さて、涼さんのチェキ日記がスタートしました。でも最初からわたしが色々覗いては涼さんもつけにくいかなぁと、見たい気持ちをぐっと我慢していました。一週間ぐらいたってから、こっそり涼さんのチェキ日記(わたしのと色違いのをお揃いで買いました)を覗いてみることにしました。うわ、どうしよう、ドキドキする。涼さんもいつもこんなドキドキを味わっているのかしら……いや、あの人はきっと堂々と悪びれずに当たり前のようにわたしのチェキ日記を覗いているに違いない、間違いない。
 一枚目は涼さんの写真。『今日からチェキ日記をつけます。』と。うんうん、妥当な始まり方です。二枚目も涼さん自身の写真。『会議でちょっと疲れた僕』と。うんうん、なんだかカワイイなぁ。三枚目、も涼さん。『これから接待に出かける僕』。以下『商談成立で嬉しい僕』、『これからヤツカの元に急いで帰る僕』、『ヤツカの事を思い出している僕』……ぜんぶ涼さんの写真。うわ、ナルシスト。いや知っていたけれど、でもこれはちょっと違うような気がする、なんか違うような気がする……。


 涼です。
 チェキ日記は順調に続いています。
 でも一週間ぐらいしてからヤツカからダメ出しが入りました。なんか違う、と。でもヤツカはチェキ日記は好きなものを撮ればいいんですよ、と言っていました。僕はヤツカがきっと仕事をしている僕を見たいだろうなと思って、だから僕を撮ってみたのですが。そしたらヤツカはチェキ日記は誰かに見せる為に撮るんじゃないんですよ?と言いました。そういうものでしょうか?でも結婚してからのヤツカのチェキ日記は、僕に読まれることを意識して撮って書いているような気がします。その行間にこめられた僕への愛の言葉……え?のろけていますか?事実を言ったまでなのですが。
 それじゃあ何を撮ればいいんです?と聞きました。やっぱりヤツカは何でもいいんですよ、と言いました。なんですかもう。僕がちょっと機嫌を悪くしたら、慌てて、毎日何かちょっとづつ変わるものとかを撮ると楽しいですよ、と教えてくれました。なるほど、せっかく毎日撮るのですから、そういう観点もありますね。
 というわけで、次の日から僕はその日のお昼ご飯を撮ってみる事にしました。これはなかなか楽しかったです。日々色々変わる写真は、なんだかカタログみたいでした。もしかしたら健康管理ににも一役買うのかもしれません。たまに撮りそびれるとちょっと悔しくなったり。これは一種のコレクター魂でしょうか。そんな感じに、これならヤツカも楽しんで読んでくれる……と思っていたのに、またしてもヤツカからダメ出しが。


 ヤツカです。
 涼さんはナルシストセルフポートの次に「突撃!涼さんのお昼ご飯」をテーマにしてきました。いや、テーマを決めなくてもチェキ日記は撮れると思うのですが、涼さんにはこういうほうがやりやすいのかもしれません。涼さんのお昼ですから、接待がらみの事も多く、高級料亭のお弁当だったり、ちょっとしたコース料理だったり、見るからにゴージャスできらびやかで美味しそうでまるで『今日の料理』を眺めているようです。いえ『今日の料理』にはこんな高そうなお昼ご飯は載ってないですね。
 でも途中で気付きました。涼さん、チェキの余白に何も書かないんですよ。そこがチェキ日記の醍醐味なのに。こんなに美味しそうなごはん、わたしだったらどんな味がしたかとか、どんな印象だったかとか、誰と食べたかとか書くのになぁ。と、言ったら特に書くことはないですね、と涼さん。ええー、もったいない。でも涼さんにとってはこんなの当たり前で普通なのかもしれない、こんなのにいちいち感想なんか持たないのかもしれない。食事は一日に必要なエネルギーを取るためのものですからと、そんな台詞が聞こえてきそうだった。……ちょっとさびしい。寂しかったから、何か書いてくださいと言いました。何か書かないとチェキ日記にならないですよ、と。そしたら今度は会議室の扉の写真ばかりが続くようになって。余白には、日付と場所と、打ち合わせ相手。毎日毎日、本社の会議室やら、支社の会議室やら、客先の会議室やら……。確かに、ちゃんと「何か」を書いています。確かに、日記は記録でもあるとは思います。でも……なんだか違うなぁ。まあ仕事上の記録として役に立つならそれでいいかと思っていたら、そういう情報はちゃんと別口で自分で管理しているとのこと。もちろん秘書も把握しているとのこと。なんだ、だったら意味ないじゃないですか。


 涼です。
 まあ確かにヤツカの言う事もわかる気がするのですが。でも食事にいちいち感想を持っている暇もないですし、そうさして珍しいものでもないですし……。会議室の記録はヤツカの指摘が正しいですね。情報の二重管理は混乱をまねきますからね。ビジネスの基本から外れていました。
 さてチェキ日記。なかなか難しいものです。ヤツカにそれじゃあ何を撮ればいいんです?と聞いたらやっぱり何でもいいんですよ、と言います。ヤツカ、言っていることが違います。そう言ったらヤツカはしばらく考えてから、でも何でもいいんですよ、毎日のちょっとした事、ちょっと嬉しかったこと、ちょっと悲しかったこと、ちょっとした変化、新しい発見。そうやって心を動かされたことを記録していくんです。時間は止められないから、せめてそんな心動かされる時間を、チェキという形を借りて留めるんですと。
 でも僕は、僕の日常はそうした変化を敢えて避けようとするものです。日常は常に平静で、できるだけ恒常的に続くのが望ましいのですから。日々同じ事を繰り返し積み重ねることが、明日の成功へと続くのです。そう、僕はできるだけ変化のない毎日を望んでいるのです。いや、そうあるべきと教えられてきたのです。それはもしかしたら、ちょっと寂しいことなのでしょうか?
 でもそうやって考えているうちに気付きました。僕にだってちゃんと心動かされる事はあります。僕が心動かされるのは、ヤツカといる時です。
 僕とヤツカはお休みの日によく散歩にでかけます。何の目的も無く、ただぶらぶらと。この何の目的もないというのは、僕は苦手でした。なんだか時間の無駄遣いをしているように思えたのです。けれどもヤツカと一緒にいると、ヤツカが僕に色々な事を教えてくれます。道端に咲く小さな花、先週はなかった新しくできたお店、人様の庭先にいつもいる猫が今日はいないと言い、ふく風に季節を感じて……。僕がひとりでは気付かないことばかり。ヤツカの目に映るもの、そして僕に教えてくれるもの、それがとても新鮮でした。そしてそれを知ることが僕の喜びでもありました。それまでなんともなかったただの風景が、なんだか急にいとおしいものになりました。ヤツカと一緒にいるから、僕の心は動かされます。いや、動かされるようになったのです。ヤツカと一緒になってから……僕が何をチェキ日記に撮るべきなのか、わかってきたような気がしました。


 ヤツカです。
 ちょっとうるさく言い過ぎたかなぁと反省しています。でも、せっかくだから涼さんに楽しんでもらいたいし、それになんだか義務みたいになっちゃっていたから……。でもこうやってわたしの考えを押し付けるのは、ちょっと傲慢かなぁと思ったり。でもでも、同じ視点でチェキ日記を楽しみたかったから。涼さんと一緒に楽しみたかったから。
 それからしばらくは、あまりうるさいことを言わないようにと思って、涼さんのチェキ日記を覗くのを遠慮してました。でもどうやらマメに何かを撮ってはいるようだったので、ほとぼりが覚めた頃にまた覗いてみたんです。
「どわー!」
 い、いつの間に!
 涼さんのチェキ日記はわたしの写真ばかりになっていて、めくってもめくってもわたしの写真。しかも全然撮られた記憶がない。いくらこの広い家の中とはいえ、これじゃあまるで隠し撮りじゃないですか!でもチェキ日記らしく、ちゃんとコメントを入れることは覚えたみたいです。
『あくびをするヤツカ(まだちょっと寝てる)』、『メイクをするヤツカ(今日は気合入ってます)』、『料理をするヤツカ(ちょっと失敗したのかも)』、『お風呂上りのヤツカ(色っぽいv)』。そして
『ゆうべのヤツカ(……素敵でした)』
 うわー!うわー!うわー!これってこれって!いつの間に撮ってたんだ、ゆ、昨夜って!
 わたしは涼さんに思いっきり抗議しました。
 でも涼さんはこう言ったんです。
 僕が一番心を動かされるのは、ヤツカなんですよ?と。
 僕がちょっと嬉しかったり、悲しかったり、発見したりするのは、ヤツカがいてくれるからなんですよ、と。
 ヤツカが側にいてくれるからなんですよ、と。
 恥ずかしくなりました。でも嬉しくもありました。
 でも、この写真はあんまりです。悪趣味ですよ。……見せしめもかねて涼さんの見ている前で切り刻んで捨てました。涼さんはそれには特に何も言いませんでした。別に構いませんよ、だって今夜も見られますから、と……今夜。今夜か……。リアクションに困っていたら、涼さんに抱きしめられてしまって……ああ!もう!
 そんなこんなで涼さんのチェキ日記は、結局途中で自然消滅してしまいました。そのアルバムの続きは、そのままわたしのチェキ日記に。
 でも涼さん、ちゃんとチェキ日記のコツは掴んでくれたみたいです。

 時々、わたしが取ったチェキの次に、涼さんがこっそり自分のを差し入れておくことがあります。たとえばわたしが『今年最初の桜を見た!』とチェキ日記に記したら、涼さんが『会社の近くはもう五分咲きでしたよ』と桜の写真。『今日買った新しいスカートv』とチェキを撮って入れたら、涼さんが『こんなのはどうでしょう?』と、そのスカートに似合いそうなブラウスの写真(これは後で実際に買ってもらってしまいました)。なんだか交換日記みたいで、普段はあまり触れないちょっとしたこと、いや、敢えてそのチェキだけの会話を楽しんでいるような……これは新しい楽しみ方です。ううん、新しいチェキ日記です。『ヤツカのチェキ日記』、ではなく『涼さんとヤツカのチェキ日記』。……なんだかとてもステキだと思いました。
 今度はちゃんと『二人のチェキ日記』専用のアルバムを買おうと思います。




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 あえてこっちに置いておきます。つうかネタテキストとSSの境目は?(笑)。
 不意に浮かんだ『涼さんのチェキ日記』という単語からだらーっと漏れたものです。最初は小郷さんふっかけて、画像企画にしたら面白いかなぁと思ったのですが、他力本願はいかんぜよと、こんな形になりました。ちょっと楽しかったです(わたしだけだが)。

2004.03.20