『同期の桜』


 ももかの同僚の美稀です。この間、健康診断で計ったら身長が5ミリ伸びてました。まだまだこれからです。
 それはさておき、今日は同期の立樹の話をしてみたいと思います。
 ……今、色々思い出したら割と話したくないことの方が多いような気がしたんですが、それには気付かなかった事にして進めます。尚、そろそろ慣れない敬語で痙攣してきたので、以下は、いつも通りオレ流で。


 あれは……立樹との出会いは忘れもしない、入社式の時だった。
 オレはこれからの社会人生活に思いを馳せながら期待と不安で一杯……いや、不安で一杯だった。だってオレの隣、立樹だったんだけどなんかすごいデカかったし、しかも口もぐわっとデカくてなんか威嚇されそうだったし。更に反対の隣は秋園だったんだけど、なんか入社式なのにすごいピンヒール履いていたんだよ、踏まれたら痛そうな。とても話し掛けられる雰囲気じゃなかったんだ。
 とにかくオレは緊張していた、なんだかすごいところに来てしまったような気がしてしょうがなかった。あんまり緊張していたから、式の最後に新入社員退場で立ち上がったとき、オレ、貧血で倒れちゃったんだよね……。そのオレを介抱してくれたのが立樹だったんだけど、それがきっかけだった……え?それだけじゃなかっただろうって?いや、それだけ!それだけだから!


 突然ですが同期の秋園です。
 ちぐがなんだか隠しているようだから、わたしが補足しておくわね。
 別に隠すことじゃないのに、というか皆知っているわよね。
 それでちぐが入社式に貧血で倒れたわけだけれど、そりゃわたしもびっくりしたわ。小学校の朝礼じゃないんだから。まあ隣になんか小学生みたいなのがいるわねー、とは思っていたけれど。でも介抱しなくちゃと、動こうとしたら、ちぐの反対側にいた立樹がね、あろうことかちぐを「おひめさまだっこ」をしたのよ!ハタチ過ぎた男がハタチ過ぎた男を「おひめさまだっこ」!別にそうする必要性はまったくないわよね。だからといって「あら、いいわぁ」というビジュアルでも全然無かったし。でもあまりのことに会場もシーンとしちゃってね。立樹はそういう事気にしてなくてね、「どこか寝かせられるところないですか?」ってそのままちぐを会場の外に運んでいったの。しばらくしてようやく「おひめさまだっこだ」「おひめさまだっこだ」って囁きがざわざわーって広がってね、一躍有名人よ。ちぐは後でこの様子を聞いて愕然としていたわね。彼は彼なりに屈辱だったようよ、男泣きに泣いていたわ。まあ、普通はそうよね。でも立樹はあの調子で「よかったねぇ」ってね。
 悪いけれど、初日からわたしの同期リスト(もちろん男子のみ)から二人は即行削除させてもらったわ
 じゃあ、ちぐ。続きをどうぞ。


 …………。
 …………。
 と、とりあえず、オレと立樹の出会いはこうだったワケで。でもオレを立樹は助けてくれたワケだから、やっぱりいいやつなんだよな。
 応接室のソファーに寝かされたオレが気付いた時、立樹はあのでっかい口でにっこり笑って「あ、気付いた?大丈夫?ちーくん」って……そういえば、あいつ最初からオレの事「ちーくん」言ってたな……今、初めて気付いた。
 ま、とにかくオレと立樹はそれをきっかけに仲良くなったワケだ。


 新入社員として忙しく毎日を送っていたオレ。まあ新人らしく色々失敗もしたけれどな。でもそんな日々にも慣れて、余裕が出てきたら、やっぱりお楽しみが欲しくなるよな。
 というワケで合コンしようと立樹にもちかけたんだ。立樹は「別にいいよー」ってすぐ同意してくれて、それでオレ、あ、今立樹には彼女いないんだなってわかったんだよな。いてもおかしくないのにな、あいつ。
 それはさておき、せっかく社会人になったんだから大人の合コンがしてみたいと俺は思った。学生の頃とは一味違うヤツを、だ。で、秋園に女の子のセッティングを頼んだんだよね。昼飯一週間おごったのは高くついたけれど、でもウチの同期の中では抜群にイケてる秋園だから、彼女の伝手ならレベル高いコを呼んでくれるんじゃないかなと。
 ようやく合コンセッティングを引き受けてくれた秋園は、「いいけれど、そっちもそれなりのメンツ揃えてよ」って言われてね。それじゃあとオレは隣の部の麻園さんを誘った。今もそうだけれど、麻園さんはその頃から「おとなの男」って感じで、オレはちょっとカッコいいなって思っていたんだよね。うん、この頃は麻園さんちがアイボ天国だって知らなかったからね。
 かくして、合コン当日。オレはがんばって奮発して「ふぐ」にした。まあチェーンだけれど、それでも高くついた。でも、やっぱり社会人の合コンで、「白木屋」とか「和民」とかじゃ情けないもんな。
 秋園は約束通り、ベストメンバーを組んできてくれた。あ、ちなみに秋園は参加してないんだけど。三人ともキレイなコ達だったけれど、割と気さくで。オレのちょっと滑りがちなギャグなんかでも笑ってくれて、麻園さんのうんちくで、へーっと盛り上がったり、立樹のボケも仕込みだと思われたみたいでウケてね。そんなこんなでお酒と食事が進んで、その日のメインのふぐちりが出てきた。この店はいけすから出したばかりのふぐをさばくから、皿に一緒に盛られていたふぐの頭がまだぱくぱく言っているぐらい新鮮で、うわー、って盛り上がるはずが、いきなり立樹が泣きだしたんだよ、いきなり!
「た、立樹!どうしたお前!」
「だってまだ生きているじゃないかー」
「バカ、身体ないからもう死んでいるんだよ」
「でもかわいそうじゃないかー」
「じゃあわかったよ、早くこの頭を大人しくさせればいいんだろ?」
「ちーくんひどい!ひ、ひどいよお……」
 立樹が泣いている、本気で泣いている。
 確かに立樹は心の優しいヤツだけれど、でもこれはあんまり度がすぎないか?というかすっかり場が白けてしまった。女のコ達も呆れている。さっきまで立樹のことを「気はやさしくて力持ちってカンジ?」と好意的に見ていた女のコの達が。
「じゃあさ、もう食べるのやめようか。ねぇ?」
「うん、もう帰ろうか、ねぇ?」
 うわー、合コン失敗だー!!
 頼みの麻園さんは立樹を慰めるにかかりきりだった。そうこうしているウチに、ふぐの頭は呼吸するのをやめていた。ああ、せめて最初に気付いていれば、立樹に見られないうちに鍋につっこんだのに!いや、だれがこんな流れになると思っていたか。
 女のコ達は帰ってしまった。ワリカンとまでいかなくても、多少はもらうつもりだった会費ももらいそこねて。これはオレの負担だよな……。
 がっくりと落ち込むオレ。いや麻園さん、慰めるならオレをと思って顔を上げたら
「!!」
 すっかり復活した立樹が鍋を食べていた。
「お、お前!」
「あ、ちーくんおいしーよー」
「だって、お前さっき!」
「うん、でもここで食べてあげなかったら、このお魚も浮かばれないじゃないか!」
「お前ー!!」
「俺たちの為に、尊い命を犠牲にしてくれたんだよ。感謝して食べなくちゃ。ねー、麻園さん」
 麻園さんはもくもくと食べている。我関せずという顔だ。オレは立樹を殴ろうかと思ったけれど、オレのお腹がぐーっと鳴った。くそ!どうせ代金をかぶるなら、食えるだけ食ってやるー!!


 まあ、それでも立樹と妙につるむことの多かったオレ。立樹は困るくらいにいい人で、いやホント何度困ったことか。でもどこか憎めない。
 でも立樹、こんな性格ででちゃんと仕事しているのかなぁと、ちょっと心配もしていた。
 立樹はこれでも一応「営業職」。特定大口顧客専門営業という事で、昔から付き合いのある個人経営の大きな病院とか、大学病院とか、固定客ばかり相手で、飛び込みとかはないから、バリバリの営業というワケじゃないけれど。一応ウチの事業部では「前線」にあたるワケだし。
 そんな風に思っていたところ、立樹がとある大口新規顧客を獲得してきたと評判になった。「特定」だけに新規の顧客というのは珍しいのだ。秋園が「ふうん、立樹くん仕事できるんだ」と、オレの隣でつぶやいていた。それが、オレと同じように立樹の仕事っぷりを心配していたゆえなのか、それとも他の意味なのかはわからない。
 何はともあれ、同期の活躍は嬉しいもんな。オレは立樹にお祝いを言いにいった。
「立樹、すげぇなお前!」
 でも当の立樹はえ?という顔をして。
「えー、だって俺、何もしてないよ」
「謙遜するなよ、で、どういうお客さんなんだ?」
「うん、昔から代々耳鼻科をやっている町医者さんなんだけれどね。すごい患者さんの事を考える人でね。名医って評判なんだよ」
 それはオレも聞いたことがある。名医と名高いその耳鼻科は、規模が大きい医院の割には、昔ながらの方法や器具で診察している。ウチの会社、というか同業者からも有望な市場として狙われていた。ウチからも今まで色々な営業活動をしてきたけれど、その名医は実はすごく気難しい人で、頑なに最新機械を入れることを拒むのだ。
「っていうかやっぱりすごいよ、それ」
「そう?でもいつも通りやっていただけだよ、ただ先生の話を聞いていただけだし」
 話を聞いていただけ……そ、それはそれですごいな。
 これが一回だけだったら、まあ単に運がよかっただけかなと思えるけれど、その後もそんな風に「話を聞いているだけだよ」と言いながら、顧客を開拓したり、新しく受注してくるんだから、立樹、営業って仕事がむいているのかもしれない。
 ちなみにこの耳鼻科の先生から最初の受注を取った時、立樹は特別に会社から金一封とともに表彰された。それを立樹は「俺だけの力じゃないから。皆が協力してくれたり支えてくれるから」と、気前よく皆におごってくれたんだっけ。……それじゃあお言葉に甘えてと、あの辺り一帯で立樹の「金一封」にあやかろうと飲みに繰り出したら、会計の時、その封筒から出て来たのは3000円分の商品券だった、というのは今となっては笑い話、というか思い出さなかったことにしようと思う。


 そう言えば、立樹は何故かお昼休みは社内にいることが多い。
「ちーくんお昼食べにいこー」
 と良く誘いに来る。外回り中心の営業なのにこんな時間に社内にいて大丈夫なのかなぁと思いつつ、同じ部署の麻園さんも嶺もいるから、まあ、それが隣の営業の気風なのか。
 ある日、そんな立樹と、立樹の部の麻園さん、嶺、そしてウチの銀河とそんなメンツでお昼に行った。今日は焼肉ランチ。ももかとかも誘ったんだけれど、女子達には「昼間から焼肉なんて」とスルーされた。まあ、たまには野郎だけもいいもんだ、と男五人焼肉を食ったワケだ。
「はぁー、食った食った」
 帰り道、これは午後から眠くなりそうだなぁと思いつつ、やっぱり肉は美味い。
「やっぱ肉ッスね!肉ッスね!」
 銀河も嬉しそうだ。ふと嶺が言った
「あ、お店の人ガムくれなかったですね」
 言われてみれば。そしたら立樹が
「あ、俺持ってるよ?」
 ミントブルーのガムを差し出した。おお、気が利くなぁ。丁度人数分あると、皆で手を伸ばした。たまたまオレが最後の一枚を引いてね。そしたらそれが、パッケージの中に一枚だけ入っているイルカ模様の包み紙の奴だった。あ、ちょっと得した気分。
「あ、イルカだ。なんかこういうのは当たりを引いた気分になるよねー」
 言ってからはっと、気付いた。慌てて立樹を見るとすごく悲しそうな顔をしていた。 し、しまった!立樹はイルカが大好きだったのを思い出したオレ。きっと立樹はいつもこの一枚を楽しみでこのガムを買っているに違いない。
「あ、わりぃ。こ、これいいよ」
 オレは慌てて返そうとした。
「いいよー、遠慮するなよー」
 いや、そういうけれど、今の立樹の顔は無理して笑っている顔だ。だから余計に悲しいのがわかるんだ。オレも立樹とつきあい長いからな、というか誰が見てもわかりすぎるぐらいわかる立樹の顔なんだけれど。
 いや、オレはどうしたらいいんだろうか。立樹の大好きなイルカを取る上げるなんてそんなひどいことできないし、かといって敢えてそれをくれるという立樹の気持ちも無視できない、うわ、どうしよう、すごいジレンマだよ。胃が痛い。マジ痛い。そんなオレたちの雰囲気を察して、なんだか周りも気まずくなった。「返すよー」「いいよー」の押し問答が繰り返されているうちに昼休み終了しちゃって。
 自席に戻ったオレは、もう気が気でならなかった。たかだかガム一枚と笑われるだろうけれど、でもオレは立樹の気持ちがそれこそこの胃痛と同じくらい、痛いぐらいわかる。オレがイルカを取ってしまった時のあの悲しげな表情。その原因がオレだなんて!どうしたら、オレどうしたらいいんだ?
 散々悩んだ挙句、オレはオレなりの立樹への「おわび」を考えた。
 翌日、いつもより早く会社に行ったオレはその「おわび」をそっと立樹の机の上に置いた。そして立樹の出勤を待った。立樹はいつも通り出社してきた。オレは物陰からその「おわび」を手に取るのを見守っていた。オレが昨夜、近所のコンビニで箱買いして、ひとつひとつ封をあけて、イルカのついているヤツだけを集めて入れなおした「おわび」のミントブルーガム。
 立樹がガムに気付いた。
「あ、ちーくんか」
 なんだバレたか。
「そんなに気にする事ないのになー、ちーくんも心配性なんだから」
 お前が言うな、お前があんな顔するからだろ!
「あ、でも封が開いてる。食べかけ?」
 失敬な、と物陰から出てツッコもうとしたら、立樹の手元からガムの中身がバラバラと落ちた。全部、イルカが並んでいるガムが。
「……」
 立樹は、ものすごくイイ顔をした。イイ笑顔だった。
 オレの胃痛もようやくおさまった。何よりもその笑顔で、ようやくオレの中の昨日の立樹の悲しげな表情が消えた。
「……健気ね」
 うわぁ、なんだよ。秋園後ろにいたのかよ!




 ……色々あった。とにかく色々あった。
 でも、思い返してみればそんなに悪い思い出じゃない、のかもしれない。多分な。
 だって、オレと立樹は最初から最後まで、同期だもんな。




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 しぃちぐです(真顔)。マシンガンで出したネタをお蔵だしというかリサイクル(笑)。

2004.11.07