『ビジネスはサバイバル』


 今日は事業部の防災訓練。
 「ビジネスはサバイバル」、そんな持論を持つ事業部長の元、防災訓練が毎年豪勢に行われる。防災訓練に豪勢も何も無いが、一日がかりの一大イベント。そんな一日を追ってみよう。


プログラム1:避難訓練(非常階段編)

 避難時にエレベーターが使用できないことを想定しての避難訓練。そして怪我人救助訓練もかねて、ペアになった二人組みでじゃんけんをして、負けた方が勝った方を怪我人として、背負って非常階段を下りてゆく。ところが。
「……」
 立樹さんと組んだちーくん、そして立樹さんに負けたちーくん。
「えー、いいよ、俺が背負っていくからさ」
 立樹さんの遠慮がちな申し出が親切とわかっていても、なんだか悔しい。
「いや、こういうのは公平じゃないと!」
 しかしそんなちーくんの顔は真っ青だ。
「じゃ、じゃあもう一回じゃんけんしようよ!」
「バカ!訓練にもう一回も何もあるかよ!」
「ちーくん……」
 真面目なのか男の意地か単に引き下がれないだけか、そんなちーくんを「うわぁ、ちーくんいいこと言う!」と全身から尊敬オーラを出し始めて見つめる立樹さんを前に、ますます引き下がれなくなったちーくん。
「さあ立樹!俺の背中にすべてを預けろ!」
 そんな二人の脇を、じゃんけんに負けたまりえちゃんがじゃんけんに勝った麻園さんを背負って、ひょいひょいと非常階段を降りていった。
「まりえ!これぐらいもちあげられるよ!!」
 ……ちーくんの長い一日が始まった。


プログラム2:避難訓練(脱出シューター編)

 避難時にエレベーターも非常階段も使用できないことを想定しての避難訓練。窓から脱出シューターと呼ばれる滑り台状のものを滑り降りて避難する。訓練とはいえ脱出シューターの出口では、滑り落ちた勢い余って倒れたり怪我をしたりする人たちも続出だ。そんな人たちを補助する為に、嶺君が出口で待ち構えてくれている。
 しかし嶺君はどこか落ち着かない。もうすぐひかるさんが降りてくる番だ。
(ひ、ひかるさんの細腰は俺が守る!)
 いつぞやの、椅子から落ちてしまったひかるさんを抱きとめたあの日の感触がよみがえる。ついでにカメの感触もよみがえる。いやいや、これは訓練だ、俺は今何を考えているんだ!災害時にこんな不謹慎な事を考えているだなんて!
 そんな風に己を諌めつつ、自分の胸にひかるさんの小さな身体が飛び込んでくるのを想像しては、その時の自分が想像できない。赤くなったり青くなったりする嶺君を周囲の人が訝しげに見ている。
 ひかるさんの番がきた。
 軽い衝撃音、そしてしゃーっと滑る音。ひかるさん、ひかるさんが今、俺の――――−!!。
 滑り落ちてきたその小さくて柔らかな身体を嶺君はガッツリ抱きとめた。必要以上に力が入った嶺君、ああ、ひかるさんのちいさくてやわらか……や、やわらか、くない。
「随分と力強いですね」
 細くはあったが筋肉質な身体、顔をあげるとそこには
「す、涼さん!」
「面白そうだったので参加させてもらいました」
 取引先の涼さん、たまたま避難訓練中に来社していたのだ。慌てて離れる嶺君。涼さんが脱出シューターでついたほこりを払うと、どこからともなくお付きの人たちがやってきて、あっという間に涼さんの身だしなみを整えていく。
 涼さんは辺りの光景を見ながら
「いいですね、こいいうイベントも。社員の結束が固まりますね」
 感心したように言い残して去っていった。
「いや、目的は社員の結束じゃなくて避難訓練じゃんねー」
「ひ、ひかるさん!」
 いつの間にか降りてきてしまっていたひかるさんが涼さんにボソリとツッコむ。嶺君はがっくりとうなだれた。


プログラム3:避難訓練(はしご車編)

 避難時にエレベーターも非常階段も脱出シューターも使用できないことを想定しての避難訓練。オフィス街の高層ビルであるがゆえ、高層階の窓からは消防署のはしご車を利用しての救助活動である。
 さて、火災により退路を絶たれた設定で、これまたじゃんけんで負けたかつきが「救助される人」として窓からSOSを送る。ハンカチを振って、助けを求めて、消防隊員を乗せたはしごが近づいていく。訓練とはいえかなり本格的、かつきも真面目に「救助される人」を演じていた。しかし、地上ではもっと本格的……いや、本気な人が
「誰か!誰かかっちゃんを早く助けてぇぇぇぇぇ!!」
 髪を振り乱さんばかりに泣き叫ぶちか。周囲が「これは、訓練だから」となだめても、ちかはかつきが心配で心配で心配で心配で(エンドレス)。ところが救助隊員がかつきに近づき助けようとすると
「いやあああ!かっちゃんに触らないでぇ!!かっちゃんが他の人の手に落ちちゃう〜〜!!」
 ぐちゃぐちゃに泣き叫ぶちか。
「憎らしいほどジェラシー!!」
 さらに泣き叫ぶちか。近くを通りかかった人は、最初本当の火災と思ったらしいが、次にはドラマの撮影と思ってスルーしていたらしい。
(ちか……おいどんの事をそこまでに!!)
 ちかが何を叫んでいるかまでは聞こえないかつき、ちかの嘆きっぷりにうっかりその愛を再確認してしまったようだ。
 かくして、無事に助けられたかつき、そのかつきに抱きつくちか。後のことは皆すべて見なかったことにした。


プログラム4:人命救助訓練

 さて、無事脱出が済むと、今度は中庭を利用しての訓練が行われる。救助隊員指導の元、さなえちゃんが人命救助訓練に取り組んでいた。
 おなじみの人工呼吸用人形に、定石通り、意識の確認、応援を呼ぶ、気道の確保。それから人工呼吸。息を吹き込もうとしたら、その人形が妙に丸顔であることに気付いた。更に良く見ると目が離れている。
(ぬおおおおおお!丸顔めぇぇぇぇ!!こんな、こんな奴にわたしの唇を奪わせはしない!!)
 何かがさなえちゃんのなかで切れた。恐ろしいほどの力とスピードで、手順をすっとばして心肺蘇生を行う。人形が激しく揺れる、それでもその手を休めることはない。
(こいつが!こいつが毎晩主任を!!)
 更に良く見ると、タレ目だった。
(ぬああああああああ!!!!!!!!!)
 ぎしぎしと音を立てる人形、やがてその口から中に詰められていたものが飛び出した。すでに肺にあたる部分は破れているだろう。
「そ、そんなんじゃ死んでしまいますよ!」
 救助隊員が止めるのも聞かず、さなえちゃんのピストン運動は止まる事が無かった。
(うおおおおおおおおおお!!!!!!!!!)
 人形は大破。合掌、そしてさなえちゃんが弁償。


プログラム5:非常持ち出し袋確認

 事業部には、各部に非常持ち出し袋が用意されている。
 年に一度のこの訓練、その袋の中身を確認し、新しいものにとりかえるのも大事な仕事だ。
 避難後の中庭で、各々の部の「非常持ち出し袋確認係」がその中身をひろげている。今年、ももかさんの部の「非常持ち出し袋確認係」はももか主任だ。
「えっとー、この缶詰賞味期限切れているけれど、もう一年ぐらい大丈夫、と」
「ももちゃん、それアバウトすぎ」
 ツッコむひかるさん。
「はいはいー!じゃあ来年に向けて何か入れたいもの無いー?」
「ももちゃん、話聞いてないし」
「主任ー!!バナナはおやつに入りますかー?」
 銀河がバナナを非常持ち出し袋に入れようとしている。
「うーん、どうかなぁ?ひかちゃんどう思う」
「いやももちゃん、遠足じゃないんだし」
「でも銀河にとってはバナナは主食だよねー」
「オレ、バナナがないと生きていけないっす」
「じゃー『バナナはおやつにはいりません』、でもおやつは300円までだからね、銀河」
「いやったー!」
 呆れたひかるさん、その脇でさなえちゃんがこっそりと何かを非常持ち出し袋に入れていた。
「さなえちゃん……それは?」
「この間の社員旅行の(主任との思い出ラブラブツーショット)写真です」
「さなえちゃん?タイムカプセルじゃないんだよ?」
「でも大事なものなんですぅ!!」
「えーっと、このカンパンはあと一ヶ月で賞味期限が切れるから今食べちゃおうねー!」
「ももちゃん!その基準は何よ!」
 ひかるさん、ツッコミに大忙し。いつもならこんな時は、ちーくんが……
「あれ、そういえばちーくんは?」
「そう言えばいないっスね」
「えええええー!もしかして間違って今、この袋にいれちゃった?どーしよー!!」
「ありえないから!」
 慌てて袋をあさるももかさん、そしたら出てきたものは、カメ。
「あーまりえちゃんだな!まりえちゃーん!!入れるなら自分たちの袋に入れてよー」
「だからそういう問題じゃないし!」
 ツッコミ疲れたひかるさん、そのひかるさんをいつものように嶺君が物陰から見ていた。
(ああ、俺がひかるさんの代わりにツッコめたら!!)
 多分、一生無理だろう。


プログラム6:炊き出し

 ちょうどお昼になった頃、炊き出し訓練が行われた。担当はすっかり落ち着きを取り戻したちかとかつき。炊き出しでもちかの料理の腕が冴える。
「いやぁ、おいしいねぇ」
「どんどんおかわりしてくださいね」
「これならちかちゃん、いつでもお嫁にいけるねぇ」
「やだー、そんな。それより麻園さんこそ、おいしいご飯を作ってくれる人がおうちにで出迎えてくれるんじゃないですか?」
「いやぁ、出迎えるのはアイボぐらいだよ」
「すごーい、ハチ公みたいですねー」
 麻園さんとちかの、微妙なトークを聞きながら、「ちかが嫁にいったら、おいどんはひとりぼっちたい」とそんな想像に陥ってしまったかつき。
「かっちゃんどうしたの?元気ないよ?(むぎゅうううう)」
「ち、ちか!防災訓練中たい!」
 しかし防災訓練の自覚があるものが、果たしているのだろうか。
「いやあ、二人はいつも仲がいいねぇ」
 にこにこと麻園さん……緊張感もどこにもないのであった。


プログラム7:消火訓練

 さて、防災訓練のメインイベント。
「それでは、どなたかに消火器による消火活動をおこなっていただきます」
 選ばれたのは、いや立候補したのはももか主任。中庭に油を入れた大きなトレイが用意され、着火。目の前であっという間に炎の壁が。黒煙がもうもうと立ち込めるその様に、主任は慌てて消火器を構えたが
「いやああああ!!」
 ちょっと手を離した瞬間に消火器のホースが消化剤噴出の勢いで暴走。左手の噴出レバーを押さえるのをやめればいいのに、パニックでそこまで考えが回らない。
「どどどおしよーーー!!とまんないよー!!」
 辺りに消化剤を撒き散らす主任、火は消えず、周囲の人や炊き出しの大鍋に、白い泡がふりかかる。
「どええええええ!!!」
 結局、消防署の人が火を消してくれた。訓練にも何にもなっていない。
 辺りにはまだ煙が立ち込めていたが、その煙の向こうにゆらりと人影が……。
「あ、あれ、誰?」
 まさか誰か燃えちゃった?と慌てて目をこらすと、そこには立樹さんを背負ったちーくんが、放心状態で立っていた。
 そう、ちーくんは今、ようやく非常階段を降りきったのだ。その顔には達成感が満ち溢れて
「ちーくん!」
「立樹!」
 がっしりと抱き合う二人。それをみていたももか主任達も駆け寄る。皆が皆、感動の余り男泣き(BGMは中島みゆき)。
 今、ここに1人の男が伝説を作った。


プログラム8:表彰式

 MVPに、感動の救助劇を繰り広げたちーくん。
 主演女優賞にちか。
 それぞれ事業部長から表彰された。
 つうか表彰式て。


プログラム9:記念撮影

 事業部長を囲んでの記念撮影。
 ちなみに訓練中は麻園さんが「報道班」として、デジカメで撮影していた。この模様は後日社内HPに掲載される(ちなみに去年の報道班はヤツカ)。
 つうか記念撮影て。


 かくして、事業部の長い一日が終わった。
 ビジネスはサバイバル、毎日がサバイバル。



追記
 尚、避難訓練の間、秋園さんは電話番として社内に残っていた。
「ちょっと!わたしは避難しなくていいてこと?遭難ってこと?」
 記念撮影には、ちゃんと右上に「卒業写真撮影日にお休みしてしまった子」と同じ扱いで入るんだそうだ。




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 9/1にひらめきのように思いついたネタ(笑)。小郷さんにも強力してもらいました。防災訓練でもコレなので、事業部の運動会はもっとアレだと思います(言いっぱなし)。

2004.09.13