涼さんと結婚して、初めてのお正月。
といってもそんな感慨にひたる暇もなく、忙しい三が日だった。
まずはヘリで富士山麓上空から初日の出を拝んで(おめでたいものは重ねないとね、とは涼さんの言葉)、それから初詣(あんなに空いている明治神宮初めて見た。いくらほんの15分とはいえ)。なんだかスゴイ。
それから涼のおうちやら、あちこちにお年賀の挨拶周り。お年賀の挨拶といっても、行ったらイキナリ曲水の宴で初句会が始まったり、すごい豪華なおせち料理がでてきたり、いきなり板前さんの鮪解体ショーが始まったり、雅に投扇興に興じたり、百人一首が始まったり。なんだかスゴイ。
それから会社の新年会、といってもやっぱりすごいゴージャスで、年の初めだからとものすごい人数の人が挨拶しにきて、すっかり何がなんだかわからなくなって、そういえば年賀状もすごかった。スゴイ量だった。あれ、どうやってお年玉年賀くじを確かめればいいんだろうと思ったら、ますます気が遠くなったりして。
そんな風にめまぐるしいお正月だったけれど、嬉しかったのはずっと涼さんが側いてくれたことだ。もしかしたらわたしが粗相をしないようにと思ってのことかもしれないけれど、でもそうやってとまどったり、不安になっているわたしの側に涼さんがいてくれた。安心させるようにぎゅっと手を握ってくれたり、緊張をほぐすように笑わせてくれたり、最後には大変だったでしょう?と、ねぎらいのキス……涼さん、わたし大丈夫ですよ?だってわたしは涼さんの「奥様」なんですから。そんな涼さんの「奥様」なんですから。うん、大丈夫です。
甘いキスは、大変だったことへのねぎらいというより、ごほうびなのだと思おう。
そんなこんなで、一通りのイベントも終わり、三が日を過ごしたホテルから、ようやく二人のマンションに戻ってきた。
「ただいまー」
「ただいま」
そんな風に声をそろえた。そしたら涼さんからいきなりキス。
「今日は僕から『おかえりなさいのキス』です」
……もう、そんなのおかしいじゃないですか。二人とも「ただいま」なんですから。
だからわたしからも『おかえりなさいのキス』をした。涼さんが「今年最初の、『初おかえりなさいのキス』ですね」と笑った。
「やっぱり家が一番落ち着きますね」
うん、同じ事をわたしも思った。そうやって思えることが、ここがふたりにとってかけがえのない場所である事のようで、なんだか嬉しい。
少し遅いけれど、夕食にしましょう、と言ったところでどうしようかしら?と思った。ここ三日はずっとごちそうばかりで、涼さんも辟易しているんじゃないのかしら、と。一応おせち料理は用意してあるけれど、まだ置いておいても大丈夫だろうし。
「涼さん、何が食べたいですか?」
「カレー」
即答。なんで?
「ほら、テレビで昔からやっているじゃないですか『おせちもいいけどカレーもね』って」
ああー。
「僕、あれを一度やってみたかったんです」
そんなに構えてやることでもないけれど。そもそもわたしだって、そんな事したことない。お正月はおせちに飽きる前に日常に戻っていったものだったし。でも目の前の涼さんがワクワクした顔でわたしを見ている、おもわずわたしの顔もほころんだ。
じゃあ、リクエストに答えて、と、ちゃんとCM通りレトルトのカレーで夕食となった。そのレトルトパックをゆでるのも、涼さんには物珍しかったらしい。これで喜んでくれるなら、今度から忙しい時はこれでごまかそうかしら、なんてちょっとずるした考えも浮かんでくる。
「『初カレー』ですね」
いや、何でも初をつければいいわけでもなくて。
でも二人して鍋の前に並んでいる光景がなんだかおかしかった。こんな広い家なのに、こうしてレトルトカレーを前に肩を寄せ合っている。変な話だけれど、そんなことに「しあわせだなぁ」と思ってしまったり。
いただきます、とカレーを食べる。そう言えば『初食卓』かも。こうやって涼さんと向かい合ってご飯を食べるのがなんだかすごく久しぶりに感じる。そう思って涼さんをまじまじとみつめていたら、目があって、そして二人で笑いあった。
「それにしても、ヤツカの着物姿、ホントにかわいかったー」
「え、あ、そんなことないですよ」
慌てて照れた。
「そして僕の着物姿も男前だったー」
ナルシスト。
でも涼さんの着物姿は確かに似合っていた。浴衣姿は見たことあるけれど、羽織袴は初めて見たから……。
「……ステキでした」
「そんなこと……ありますね」
しれっと、言い放つ。
「もう!」
そんな感じに他愛のない会話が続く。いつもの食事風景、いつもの時間。
「うん、おせちもいいけどカレーもいいですね」
そんな涼さんの満足気な言葉で食事が終了した。2人で食後のお茶をしながら
「これでお正月も終わりですねー」
忙しかった三日間を反芻してつぶやいた。涼さんと結婚してから初めてのお正月は、わたしにとって本当に「初めて」尽くしだった。
「何言っているんですか?大事なイベントが終わっていないじゃないですか?」
「え?」
「『ひめはじめ』」
「は?」
「知らないんですか?『初……」
うわー!そんな直接的な言葉を!慌てて涼さんの言葉をさえぎる。そんな隙に涼さんはひょいとわたしを抱き上げた。
「大事なイベントですよ、おめでたい、初モノです」
いや、そうですけれど、確かに「初」ですけれど!
「本当は、ちゃんと作法があるんですよ?まず2人で白い袷を着て、神前に榊の枝を供えて、それからお清め」
「え、ええ?」
「何、本気にしているんですか」
「あ、ええ?」
「『初ジョーク』なんですから、流すかツッコむかしてくださいよ」
いや、だってもしかしたら涼のおうちには代々伝わる『ひめはじめ』作法があるんじゃないかと思ってしまって。というかだから何でも初をつければいいわけじゃなく、いや、そんな事を言っている場合じゃなくて。
あれよあれよと言う間にベッドの上。ああ、今年もわたし、これに関してはすごいイキオイで流されている。『初、流されている』いやいや、何を言っているんだか。
でも、まあ、その。別にいつも通りな訳だし。お正月でなくたってやることだし。いつもと同じと思えば……。
「さて、新年最初ですからね。何かリクエストありますか?」
リクエストて。
「あ、あの、いつもので」
なんだ、一体どこの飲食店の常連さんだ。
「いつも通りでいいんですか?」
ちょっと残念そうな顔をした。いつも通りじゃない何かをしようとしていたらしい。
「いやもう普通で!いつも通りで!」
思わず主張。涼さんが笑った。
「わかりました、『いつも通り』ですね」
そう、いつも通りでいいんです。というかいつもいつも通りでいいはずなのに、この人は……。
「……って!涼、さんっ、」
思わず声があがる。
…………………………………………全然、いつも通りじゃなかった。
そんなこんなで『ひめはじめ』が終わって、わたしはすぐに涼さんに抗議した。ちょっとひどいじゃないですか!あんな……あんなの初めてで。全然いつも通りじゃなくて。
「でもヤツカだっていつも通りじゃなかったじゃないですか?」
……。
「ステキでしたよ、ヤツカ」
…………。
「だ、だって、涼さんが」
涼さんが、あんまりあんなだから、ああああ、もう!一体どこでそういう事を覚えてきたんですか!と思わず言ったら
「我が家にはそういう代々伝わる秘伝の書物があるんです」
は?
「子孫を繁栄させる為に、家の直系を守る為に、代々、涼の家の嫡男に受け継がれてきた伝統ある……ってヤツカ、また本気にしていますね?」
え、ええ?
「これも冗談です。何そんな真顔になって」
いや、だって、そういうのがあってもおかしくないくらいだし、いっそあってくれたほうがなんだかすっきりするような気が……いや、そんなことないか。
涼さんがわたしの額に口付ける。そして涼さんが急に神妙な顔になって
「ヤツカ、今年もよろしくお願いします」
「あ、あの、こちらこそお願いいたします」
思わず2人でベッドの上に正座して、ご挨拶。
い、一体何をよろしくお願いするんだ、いやそういうことなんだけれど、でも、なんなんだろうこれは。
それでも、こうやって2人で迎えたお正月だ。2人一緒のお正月……うん、まあすべてひっくるめておめでたいことには違いないから……わたしは考えるのを放棄した。うん、だって、やっぱりわたしは今年もしあわせなんだもの。なんだかんだ言ったって。だから「よろしくおねがいします」、だ。わたしたちの新年最初の『ご挨拶』。一緒にいるから、いつも通りの毎日だから。節目って大事なのかもしれない。とても、大切なことなんだ、きっと。
「……すっ、涼さん!」
「ん?」
「こ、今度こそいつも通…………」
唇がふさがれて、そして「いつも通り」でお正月が終わりを告げた。
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いかん……すごくカレーが食べたくなってきた(笑)。
むっさんの『初SS』でございます。つうかクリスマス企画やっている最中なのに、何一人で正月なんですか!(いや、すずやつはクリスマス済んでいるからいいんだよ)(そういう問題か)。
きっと今年も涼さんはスゴくてツヨいんですね★(黒)。
……今年もよろしくお願いいたします(平伏)。(2005.01.08)
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